難しい大局判断
(令和6年司法試験刑事系第1問)

1.令和6年司法試験刑事系第1問設問2。一見すると、理論がメインで問われており、それが合否を分けそうにみえます。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

〔設問2〕 【事例2】における甲、丙及び丁の罪責に関し、以下の(1)及び(2)について、答えなさい。

(1) 丙による暴行(1回目殴打及び2回目殴打)について、丙に正当防衛が成立することを論じなさい。

(2) 丙に正当防衛が成立することを前提に、甲及び丁の罪責を論じなさい。その際

① 丙による2回目殴打について丁に暴行罪(刑法第208条)の幇助犯が成立するか
② 甲に暴行罪の共同正犯が成立するか

について言及しなさい。なお、これらの論述に当たっては

ア 誰を基準として正当防衛の成立要件を判断するか
イ 違法性の判断が共犯者間で異なることがあるか

についても、その結論及び論拠に言及し、①及び②における説明相互の整合性にも触れること

(引用終わり)

 しかし、ここで受験生が書けそうなことといえば、「共同正犯は正犯だから、狭義の共犯とは違うんです。」(※1)と説明するか、「主観的違法要素は共犯者間で違っててもいいんです。」と説明するくらいのものでしょう。設問の指示を無視して、このレベルの説明すらする気がない答案は、さすがに合格レベルには達しないでしょうが、このレベルを書いていたら、理論面ではもうそれ以上の差は付きようがないと感じます。ここから先のことについては、天才と呼ばれながら早逝した故島田聡一郎教授の著名な論文(「適法行為を利用する違法行為」立教法学55号(2000年)21~89頁)があるところです(※2)が、普通の受験生が現場で考えて思い付くわけないし、知識として知っていても答案に書けるような内容ではありません(※3)。ここを頑張って思い付きで延々と書いても、文字数の割に点数には繋がらないでしょう。現在のところ、「理論で頑張っても報われない。」というのが、確立した傾向です。
 ※1 当サイト作成の『司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)』は、この立場です(「共同正犯と正当防衛・緊急避難」の項目を参照)。
 ※2 ネット上ですぐ読めますが、普通の受験生が読みこなせる代物ではありません。これを読んで、「すっげーおもしれーじゃん!」と思ったなら、刑法の研究者を志望してみるのもよいかもしれません。
 ※3 仮に、答案で書くとすれば、「丙との意思連絡は正当防衛行為をすることについてのもので、犯罪実行の意思連絡と評価する余地がなく、そもそも共謀を認めることができない(最判平6・12・6)から、共同正犯は成立しないが、丙の正当防衛行為を道具として利用して犯罪を実現したので間接正犯の単独犯になる。単独犯なので従属性は問題にならない。」というのが最も簡明かつ理論的で分かりやすいと思うのですが、本問は共同正犯を成立させた上で要素従属性を問う趣旨でしょうから、多少強引でも共謀を認めるべきなのでしょう。過剰防衛の事案(当初から包丁を持たせていた。)であったフィリピンパブ事件を簡略化する趣旨で正当防衛事案にしたのだと思いますが、それだと共謀を認めるのは困難になってしまうことを看過したのでしょう。この点で、本問は不適切な出題だったのではないかと思います。

2.では、どこで差が付くのか。これは、やはり規範の明示と事実の摘示です。規範については、正当防衛における急迫性や相当性の意義、共同正犯の成立要件、幇助の因果性、侵害の予期がある場合の急迫性の判断基準あたりです。これらは、上位層なら当たり前のように明示できる規範です。これらを全然示さないまま当てはめに入る答案は、厳しい評価になっても仕方がないでしょう。後は、事実の摘示で差が付くということになる。
 もっとも、本問の場合、「よーし当てはめで大魔神しちゃうぞ!」という意欲が湧かない悩ましさがあります。原因は3つ。1つは、上記1で見たように、なんとなく理論がメインにみえること。もう1つは、結論が自明な感じがすることです。小問(1)は、「こんなの正当防衛に決まってんじゃん。」という感じだし、小問(2)も、甲の(共謀)共同正犯と丁の幇助の構成要件該当性は明らか過ぎる感じがする。なので、「詳細な当てはめなんて要求されてないんじゃない?」という感触を持つわけですね。それから、3つ目は、「正当防衛が問われているのに、登場人物の年齢しか書いていない。」ということです。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

【事例2】(【事例1】の事実に続けて、以下の事実があったものとする。)

4 甲は、資産家名簿の流出先が以前仲間割れしたC(30歳、男性)であるとのうわさを聞き付け、同月10日午後5時頃、Cに電話をして「お前がうちの名簿を受け取っているだろう。」と言ったところ、Cから「お前が無能で管理できていないだけだ。」と罵倒されたことに激高し、C方に出向き、直接文句を言おうと決めた。その際、甲は、粗暴な性格のCから殴られるかもしれないと考え、そうなった場合には、むしろその機会を利用してCに暴力を振るい、痛め付けようと考えた。そこで、甲は、粗暴な性格の丙(26歳、男性)を連れて行けば、Cから暴力を振るわれた際に、丙がCにやり返してCを痛め付けるだろうと考えて、丙を呼び出し、丙に「この後、Cとの話合いに行くから、一緒に付いて来てほしい。」と言って頼んだ。丙は、Cと面識はなく、甲がCに文句を言うつもりであることやCから暴力を振るわれる可能性があることを何も聞かされていなかったため、甲に付いて行くだけだと思い、甲の頼みを了承した。

(引用終わり)

 過去問をきちんと解いていた人であれば、「あれっ身長・体重が書いてないぞ。」ということに気が付くでしょう。過去問で正当防衛の当てはめ大魔神を問う出題がされたときは、決まって登場人物の体格が具体的に書いてあったのでした。そうしたことから、「これって大魔神案件とは違うんじゃね?」という迷いが生じても、やむを得ない面があります。なので、ここは上位陣でも、あっさり当てはめをしてしまった人が多かったでしょう。そういうわけで、結果的に、ここの事実摘示は、合否を分けるほど大きな差にはならないと思います。

3.とはいえ、改めて問題文をきちんと見ると、要所要所には、ポイントになる事実が散りばめられていることに気が付きます。例えば、小問(1)の丙の正当防衛のところでは、粗暴なはずの丙が意外と落ち着いた対応をとっています。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

5 甲及び丙は、同日午後9時頃、C方前に行くと、甲がCに電話で「今、家の前まで来ているから出て来い。」と言って呼び出した。Cは、C方の窓から甲が丙と一緒にいるのを確認し、甲が手下を連れて来たものと思い腹を立て、「ふざけるな。」と怒鳴りながら、玄関から出た。
 その様子を見た甲は、事前に予想していたとおりCが殴ってくると思い、後方に下がったが、丙は、暴力を振るわれると考えていなかったため、その場にとどまったところ、Cから顔面を拳で1回殴られた。丙は、Cに「やめろよ。」と言い、甲に「こいつ何だよ。どうにかしろよ。」と言ったが、興奮したCから一方的に顔面を拳で数回殴られて、その場に転倒した

6 甲は、丙らから2メートル離れてその様子を見ていたが、丙にCを痛め付けさせようと考え、丙に「俺がCを押さえるから、Cを殴れ。」と言った。それを聞いて丙は、身を守るためには、甲の言うとおり、Cを殴るのもやむを得ないと思った。ちょうどその時、Cが丙に対して続けて殴りかかってきたことから、丙は、甲が来る前に立ち上がり、Cの胸倉をつかんで、Cの顔面を拳で1回殴った(以下「1回目殴打」という。)。すると、Cは、一層興奮し「ふざけるな。」と大声を上げた。

(引用終わり)

 1回殴られているのに、とりあえず制止しようという態度をとっている。それなのに、一方的にボコボコにされて殴り倒されたのだから、これは反撃しないと仕方がない。このような事情は、全体の事実関係を成立させるという意味では、なくてもいい要素です。例えば、「Cから顔面を拳で1回殴られた。丙は、Cに「やめろよ。」と言い、甲に「こいつ何だよ。どうにかしろよ。」と言ったが、」の記載を削除した問題文を読んでみましょう。何の違和感もありません。

問題文より引用。太字強調及び原文から「Cから顔面を拳で1回殴られた。丙は、Cに「やめろよ。」と言い、甲に「こいつ何だよ。どうにかしろよ。」と言ったが、」の記載削除は筆者。)

5 甲及び丙は、同日午後9時頃、C方前に行くと、甲がCに電話で「今、家の前まで来ているから出て来い。」と言って呼び出した。Cは、C方の窓から甲が丙と一緒にいるのを確認し、甲が手下を連れて来たものと思い腹を立て、「ふざけるな。」と怒鳴りながら、玄関から出た。
 その様子を見た甲は、事前に予想していたとおりCが殴ってくると思い、後方に下がったが、丙は、暴力を振るわれると考えていなかったため、その場にとどまったところ、興奮したCから一方的に顔面を拳で数回殴られて、その場に転倒した

6 甲は、丙らから2メートル離れてその様子を見ていたが、丙にCを痛め付けさせようと考え、丙に「俺がCを押さえるから、Cを殴れ。」と言った。それを聞いて丙は、身を守るためには、甲の言うとおり、Cを殴るのもやむを得ないと思った。ちょうどその時、Cが丙に対して続けて殴りかかってきたことから、丙は、甲が来る前に立ち上がり、Cの胸倉をつかんで、Cの顔面を拳で1回殴った(以下「1回目殴打」という。)。すると、Cは、一層興奮し「ふざけるな。」と大声を上げた。

(引用終わり)

 敢えてこれを入れてきたということは、「やむを得ずにした行為」のところで書き写してほしい、ということだろう。そのような考査委員の意図を読み取ったら、それに応えて答案に書き写しましょう。

参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。)

(5)「やむを得ずにした行為」とは、防衛手段として必要最小限度のもの、すなわち、相当性を有する行為をいう(判例)。
 確かに、丙が殴ったのは顔面である。しかし、殴ったのは1回だけである。Cは30歳男性で、丙は26歳男性である。丙は、1回目殴打直前にCから顔面を拳で1回殴られた。丙は、Cに「やめろよ。」と言い、甲に「こいつ何だよ。どうにかしろよ。」と言ったが、興奮したCから一方的に顔面を拳で数回殴られて、その場に転倒した。Cは、丙に対して続けて殴りかかってきたため、丙は、Cの胸倉をつかんで、1回目殴打をした。Cは、一層興奮し「ふざけるな。」と大声を上げた。Cに傷害は生じなかった。防衛手段として必要最小限度で相当性を有するといえ、「やむを得ずにした行為」に当たる。

(引用終わり)

 余裕があれば、評価を付していく。

参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)

6.「やむを得ずにした行為」とは、防衛手段として必要最小限度のもの、すなわち、相当性を有する行為をいう(判例)。
 Cは30歳男性で、丙は26歳男性で、年齢差はそれほどなく、体格差があるとの事実はない。丙は、先にCから顔面を拳で1回殴られた。丙は、Cに「やめろよ。」と言い、甲に「こいつ何だよ。どうにかしろよ。」と言った。直ちに反撃したのでなく、当初はCを制止しようとしていた。しかし、興奮したCから一方的に顔面を拳で数回殴られて、その場に転倒した。丙の制止が功を奏することがなく、そのままでは一方的にCに殴打され、自己の身体を守ることができない状況であった。Cは、丙に対して続けて殴りかかってきたため、丙は、Cの胸倉をつかんで、1回目殴打をした。素手に対し素手で応戦しており、武器対等の原則に反せず、質的過剰とはいえない。1回目殴打を受けても、Cは、一層興奮し「ふざけるな。」と大声を上げ、なおも殴りかかってきたことから、2回目殴打をした。侵害が継続しており、量的過剰とはいえない。顔面を殴っているが、Cも丙の顔面を殴っており、それだけで相当性を欠くとはいえない。正当防衛の成否は行為時を基準に判断すべきであり、防衛行為の結果それ自体は直接には相当性の判断要素ではないが、Cに傷害が生じなかったことは、殴打の態様がそれほど激しくなかったことを推認させる間接事実といえる。防衛手段として必要最小限度で相当性を有するといえ、「やむを得ずにした行為」に当たる。

(引用終わり)

 こうしたことを、現場で読み取れたかどうか。本問はちょっと読み取りにくかったかもしれませんが、冷静に問題文を読めば、読み取れないことはなかったと思います。

4.それから、甲の急迫性については、答案では最後になるので、仮に、「大魔神案件じゃないかも。」という疑いを持っていたとしても、時間を余らせるよりマシです。なので、時間の許す限り、大魔神しに行くべきところだったろうと思います。残り時間がそれほどないなら、参考答案(その1)のように最低限の事実を書き写すにとどめればよいでしょうし、時間に余裕があって評価も付していけるなら、できる範囲で参考答案(その2)のように蛮勇を振るえばよいでしょう。

参考答案(その1)より引用)

 甲は、粗暴な性格のCから殴られるかもしれないと考えており、侵害の予期がある。
 侵害を予期していた場合、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らし、その機会を利用して積極的に加害行為をする意思で侵害に臨んだときなど、36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には、急迫性が否定される(判例)。
 確かに、甲は、C方に出向き、直接文句を言おうとしていた。
 しかし、甲は、以前仲間割れしたCに電話したところ、Cから罵倒され激高した。粗暴な性格のCから殴られるかもしれないと考え、そうなった場合には、むしろその機会を利用してCに暴力を振るい、痛め付けようと考えた。そこで、甲は、粗暴な性格の丙を連れて行けば、Cから暴力を振るわれた際に、丙がCにやり返してCを痛め付けるだろうと考えて、丙を呼び出した。侵害の機会を利用して積極的に加害行為をする意思で侵害に臨んだといえ、36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない。急迫性を欠き、正当防衛は成立しない。

(引用終わり)

参考答案(その2)より引用)

 甲は、粗暴な性格のCから殴られるかもしれないと考えており、侵害の予期がある。
 刑法36条の趣旨は、急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容した点にあり、侵害を予期していた場合、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らし、その機会を利用して積極的に加害行為をする意思で侵害に臨んだときなど、36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には、急迫性が否定される。行為者と相手方との従前の関係、予期された侵害の内容、侵害の予期の程度、侵害回避の容易性、侵害場所に出向く必要性、侵害場所にとどまる相当性、対抗行為の準備の状況、実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同、行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容等を考慮する(判例)。
 甲は、C方に向かうに当たり、粗暴な性格のCから殴られるかもしれないと考え、そうなった場合には、むしろその機会を利用してCに暴力を振るい、痛め付けようと考えていた。侵害を予期し、かつ、その機会を利用して積極的に加害行為をする意思で侵害に臨んだといえ、特段の事情がない限り、36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない。
 確かに、甲がC方に出向いた主要な動機は直接文句を言うためで、暴力を振るうことは主要な動機でなく、Cを痛め付けるのは、Cから殴られるという仮定の条件が満たされた場合だけであった。丙を連れて行っただけで、殺傷力の高い凶器を準備したなどの事実はない。
 しかし、甲は、以前仲間割れしたCに電話したところ、Cから罵倒され激高した。甲はCと対立関係にあった。甲は、Cが粗暴な性格であると知っていた。甲は、粗暴な性格の丙を連れて行けば、Cから暴力を振るわれた際に、丙がCにやり返してCを痛め付けるだろうと考えて、丙を呼び出した。わざわざ丙を呼び出す行動に出たことは、甲において、Cが暴力を振るう可能性が高いと考えていたことをうかがわせる。Cが「ふざけるな。」と怒鳴りながら、玄関から出た様子を見た甲は、事前に予想していたとおりCが殴ってくると思い、後方に下がった。この行動からも、甲の予期の程度が相当高度であったと認められる。甲は、丙に対し、甲がCに文句を言うつもりであることやCから暴力を振るわれる可能性があることを何も説明しなかった。Cからの暴力を回避したいのであれば、上記を説明の上、暴力を振るわれそうになったら制止してほしい旨を丙に依頼するという方法があった。それが容易でないとの事実はうかがわれない。Cに直接文句を言おうとしたのは激高したという感情的動機にすぎず、他にCから暴力を振るわれる危険を犯してまでCに直接面会しなければならない理由は見当たらない。Cが「ふざけるな。」と怒鳴りながら、玄関から出た様子を見た甲は、事前に予想していたとおりCが殴ってくると思ったのであるから、直ちにその場から退避する方法があり、敢えてその場にとどまるべき相当な理由は見当たらない。甲はCから殴られると予期しており、実際にも、Cは丙を殴ったから、実際の侵害行為の内容は甲の予期のとおりであった。甲は、丙らから2メートル離れてその様子を見ていたが、丙にCを痛め付けさせようと考え、丙に「俺がCを押さえるから、Cを殴れ。」と言った。その後、甲が実際にCを押さえた事実はうかがわれない。甲は、自らは安全な場所にいて、専ら丙の正当防衛状況の機会を利用して、丙をして積極的にCに加害行為をさせる意思であったことが明確である。特段の事情は認められない。
 したがって、36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない。急迫性を欠き、正当防衛は成立しない。

(引用終わり)

 ちなみに、ここについては、「甲に積極的加害意思があるのは明らかなんだから、それ以上の当てはめは要らないんじゃね?」と思った人もいたことでしょう。それは、必ずしも間違ってはいません。問題文には、積極的加害意思に相当する要素がそのまま記載されています。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

【事例2】(【事例1】の事実に続けて、以下の事実があったものとする。)

4 甲は、資産家名簿の流出先が以前仲間割れしたC(30歳、男性)であるとのうわさを聞き付け、同月10日午後5時頃、Cに電話をして「お前がうちの名簿を受け取っているだろう。」と言ったところ、Cから「お前が無能で管理できていないだけだ。」と罵倒されたことに激高し、C方に出向き、直接文句を言おうと決めた。その際、甲は、粗暴な性格のCから殴られるかもしれないと考え、そうなった場合には、むしろその機会を利用してCに暴力を振るい、痛め付けようと考えた。そこで、甲は、粗暴な性格の丙(26歳、男性)を連れて行けば、Cから暴力を振るわれた際に、丙がCにやり返してCを痛め付けるだろうと考えて、丙を呼び出し、丙に「この後、Cとの話合いに行くから、一緒に付いて来てほしい。」と言って頼んだ。丙は、Cと面識はなく、甲がCに文句を言うつもりであることやCから暴力を振るわれる可能性があることを何も聞かされていなかったため、甲に付いて行くだけだと思い、甲の頼みを了承した。

(引用終わり)

 そして、平成29年判例は、積極的加害意思がある場合を例示しているので、それに当たるなら直ちに急迫性を欠くと読む余地がある。

最決平29・4・26より引用。太字強調は当サイトによる。)

 刑法36条は,急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに,侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したものである。したがって,行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合,侵害の急迫性の要件については,侵害を予期していたことから,直ちにこれが失われると解すべきではなく(最高裁昭和45年(あ)第2563号同46年11月16日第三小法廷判決・刑集25巻8号996頁参照),対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきである。具体的には,事案に応じ,行為者と相手方との従前の関係,予期された侵害の内容,侵害の予期の程度,侵害回避の容易性,侵害場所に出向く必要性,侵害場所にとどまる相当性,対抗行為の準備の状況(特に,凶器の準備の有無や準備した凶器の性状等),実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同,行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容等を考慮し,行為者がその機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだとき最高裁昭和51年(あ)第671号同52年7月21日第一小法廷決定・刑集31巻4号747頁参照)など,前記のような刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には,侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである。

(引用終わり)

 実際にも、そのように説明する学説等は存在します(※4)。そのような立場からすれば、「甲は、粗暴な性格のCから殴られるかもしれないと考え、そうなった場合には、むしろその機会を利用してCに暴力を振るい、痛め付けようと考えた。」という部分だけを書き写して、甲に積極的加害意思があるとだけ言えば、当てはめは終了ということになるでしょう。これはこれで、あり得る解答方法です。もっとも、それとは違う立場もある。すなわち、平成29年判例は積極的加害意思を例示してはいるものの、積極的加害意思に当たるかを検討した上でそれに当たれば直ちに急迫性を欠くという判断枠組みは採っていない、という立場です(※5)。このような立場からは、従来は「積極的加害意思があるから」という理由だけで簡単に急迫性を否定した事案についても、総合考慮して判断する趣旨だ、ということになります。この立場からは、大魔神して差し支えない、ということになるわけですね。
 ※4 例えば、大塚裕史ほか『基本刑法1総論(第3版)』(日本評論社 2019年)176頁は、平成29年判例を積極的加害意思が認められない事案に関するものであると位置付けた上で、積極的加害意思がある場合には当然に急迫性を欠くが、それ以外の場合にも急迫性が欠ける場合を明らかにしたものと説明しています。
 ※5 例えば、三代川邦夫「論説:正当防衛に関する最決平成29年4月26日(刑集71巻4号275頁)について」学習院法務研究13号(2019年)194、195頁は、平成29年判例の原々審及び原審がいずれも積極的加害意思を認定していることから、積極的加害意思を認定できる事案と位置付けた上で、「最高裁としては、積極的加害意思論を、平成29年決定が示した判断枠組みの中に解消しようとしていると考えられる」と説明しています。

 実戦的な観点でみると、本問は、平成29年判例が挙げる考慮要素として指摘してほしそうな事実があって、考査委員が配点を置いていそうにもみえる。ただ、それは本問の事実関係を成立させるために必要な要素ともいえそうで、悩ましい。後は、時間との兼ね合いでしょう。すなわち、ここは答案で最後に書くところなので、時間がなければ、簡単に積極的加害意思→急迫性なし、とすればよい。他方、時間に余裕があるなら、できる限りの大魔神をしてやればよい。もちろん、考査委員が、ここは積極的加害意思があることだけを示せば足りる、という考え方だった場合には、余事記載のような扱いをされるおそれもあるでしょう。それでも、時間を余らせるよりはいい。その意味では、他の大魔神案件を優先すべきであって、無理をしてこっちに時間を残す戦略を採る必要はなかったということになります。本問は、この辺りの大局判断がちょっと難しい問題だったといえるでしょう。

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