1.前回(「生命等の保護はどうなるのか(令和6年予備試験行政法)」)までの検討で、本問のXが主張すべき法律上の利益は、専ら本件畑の営農条件に関する利益、より具体的には、農地転用によって排水障害を受けない利益である、ということが分かりました。それを踏まえて、改めて農地法4条2項4号をみると、「周辺農地所有者等の農地転用によって排水障害を受けない利益を侵害するときは、許可をしてはならない。」という趣旨を含むことが明らかです。
(問題文より引用) 【資料】 〇農地法(昭和27年法律第229号)(抜粋) (中略) (農地又は採草放牧地の転用のための権利移動の制限) 第5条 農地を農地以外のものにするため(中略)、これらの土地について第3条第1項本文に掲げる権利を設定し、又は移転する場合には、当事者が都道府県知事等の許可を受けなければならない。(以下略) 一~七 (略) 2前項の許可は、次の各号のいずれかに該当する場合には、することができない。(以下略)
一~三 (略) 3~5 (略) (引用終わり) |
「することができない。」という効果裁量を許さない文言が使われていて、「農業用用排水施設の有する機能に支障を及ぼすおそれがある」が例示されているので、農地に排水障害が生じる場合には、許可したらダメなんだろう。それが、実は別の法益保護(例えば、自然環境保護)の手段であって、周辺農地所有者等の利益を保護する趣旨ではない、なんてこともないだろう。なので、「周辺農地所有者等の農地転用によって排水障害を受けない利益を侵害するときは、許可をしてはならない。」という趣旨を含むと考えて何の問題もなさそう。こうして、利益の具体性は容易に認められるのでした。
2.受験対策としては、上記のように考えれば十分です。ただ、本当は、とてもマニアックな検討事項があったりする。それは、Xが排水施設を設置していない、ということです。
(問題文より引用) Xは、Y県A市の郊外において多数の農地がまとまって存在する地域(以下「本件地域」という。)内にある土地を所有している(以下、Xが所有する土地を「甲土地」という。)。本件地域は、北東から南西に向かって緩やかに下る地形をなしており、多くは田として利用されている。Xは、甲土地の北東部分に木造平屋建ての住宅(以下「本件住宅」という。)を建築してそこで居住するとともに、甲土地のその他の部分を畑(以下「本件畑」という。)として耕作し、根菜類を栽培している。本件畑は、農業用の用排水路に接続していないものの、本件地域には、高い位置にある田から低い位置にある田に向かって自然に水が浸透し流下するという性質があるため、本件畑の耕作条件は良好であった。Xは、本件畑で育てた野菜の販売により収入を得ることによって、生活を営んできた。 (引用終わり) |
簡単に言えば、「排水管とかを設置しないで下流に流しっぱにしてた。」ってことですね。この点に着目すると、きちんと排水施設を備えていない周辺農地所有者等まで保護する趣旨を含むのか、すなわち、「ちゃんと排水設備を備えていたのに配管を塞がれたりしたっていうなら分かるけど、もともとちゃんとした排水設備を備えてなくて、たまたま土地の性質でうまいこと下に流れてたってだけなんだから、それで保護してくれっていうのはどうなの?」という疑問の余地が生じる、というわけです。農地法4条2項4号の例示をよく見ると、「農業用用排水施設の有する機能に支障を及ぼすおそれ」となっていて、排水施設をきちんと設置していることが前提になっているようにも読める。実は、本問に類似した事案に関する岡山地判平27・3・25がこの点を重視して要保護性を否定したのに対し、その控訴審である広島高岡山支判平28・6・30は自然に水が浸透し流下する性質なんだから、それを利用するのは不合理じゃないなどとして、要保護性を否定しなかったのでした。とはいえ、こんなもん誰も気付かないでしょうから、触れる必要はないと思います。
それから、もう1つ、細かいことを言えば、本件畑は、「農地」なのか、という問題があります。本問では、農地法2条1項が掲載されていないので、試験現場では断定できないようになっていました。受験生としては、「これって届出とか登記とかがなくても『農地』になるの?」と悩んでしまった人もいたかもしれません。その点では、不親切な出題だったといえるでしょう。
(参照条文)農地法2条1項 この法律で「農地」とは、耕作の目的に供される土地をいい、「採草放牧地」とは、農地以外の土地で、主として耕作又は養畜の事業のための採草又は家畜の放牧の目的に供されるものをいう。 (「農地法関係事務に係る処理基準について」より引用。太字強調は筆者。) 農地法(昭和27年法律第229号。以下「法」という。)、農地法施行令(昭和27年政令第445号。以下「令」という。)、農地法施行規則(昭和27年農林省令第79号。以下「則」という。)及びこの処理基準で「農地」……(略)……とは、次に掲げるものをいうものであり、これらに該当しない土地を農地又は採草放牧地(以下「農地等」という。)として取り扱ってはならない。 ① 「農地」とは、耕作の目的に供される土地をいう。この場合、「耕作」とは土地に労費を加え肥培管理を行って作物を栽培することをいい、「耕作の目的に供される土地」には、現に耕作されている土地のほか、現在は耕作されていなくても耕作しようとすればいつでも耕作できるような、すなわち、客観的に見てその現状が耕作の目的に供されるものと認められる土地(休耕地、不耕作地等)も含まれる。 ② (略) ③ 「耕作又は養畜の事業」とは、耕作又は養畜の行為が反覆継続的に行われることをいい、必ずしも営利の目的であることを要しない。 |
実際には、「農地」というためには、特に届出とか登記とかはいらない。耕作目的に供されていれば、それでいいわけですね。本件畑は畑として耕作され、根菜類が栽培されているわけですから、耕作の目的に供される土地であることは明らか。営利性は不要なので、「Xは、本件畑で育てた野菜の販売により収入を得ることによって、生活を営んできた。」の摘示も不要です。こうして、当たり前のように、農地法5条2項4号の「周辺の農地」に当たると考えてよかったのでした。
3.利益の具体性が肯定されれば、次は個別性です。個別性は、「不特定多数人の具体的利益だけを根拠に原告適格を認めてしまうと、客観訴訟みたいになってマズい。」ということ、言い換えれば、抗告訴訟が主観訴訟であることから導かれる要素です(『司法試験定義趣旨論証集行政法【第2版】』の「個別的利益を要する理由」、「個別的利益の判断基準」の各項目も参照)。講学上は、「個別保護要件」と呼ばれたりします。
(参照条文)行政事件訴訟法9条2項 (主婦連ジュース事件判例より引用。太字強調は筆者。) 現行法制のもとにおける行政上の不服申立制度は、原則として、国民の権利・利益の救済を図ることを主眼としたものであり、行政の適正な運営を確保することは行政上の不服申立に基づく国民の権利・利益の救済を通じて達成される間接的な効果にすぎないものと解すべく、したがつて、行政庁の処分に対し不服申立をすることができる者は、法律に特別の定めがない限り、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消等によつてこれを回復すべき法律上の利益をもつ者に限られるべきであり、そして、景表法の右規定が自己の法律上の利益にかかわりなく不服甲立をすることができる旨を特に定めたもの、すなわち、いわゆる民衆争訟を認めたものと解しがたいことは、規定の体裁に照らし、明らかなところであるからである。 (引用終わり) (行政訴訟検討会(第26回)議事録より引用。太字強調は筆者。) 小早川光郎委員 (引用終わり) (橋本博之先生*連載 行政法を学ぶ「第4回 原告適格の基礎(その1)より引用。太字強調は筆者) 最高裁としては、Bにより取消訴訟の原告適格を基礎付けられるとするなら、事実上誰でも(この場合、ジュースを購入する可能性がある以上誰でも)取消訴訟を提起できることになり、(立法ではなく)解釈で客観訴訟を認めることになってしまう、と懸念したのかもしれません。 (引用終わり) |
「周辺農地所有者等の排水障害を受けない利益」が帰属するのは周辺農地所有者等、それも、転用農地の上流のものに限られます。水は上から下に流れるわけですから、排水障害というのは、「下流の農地が転用されて、水が流れなくなっちゃったよ。」という場合に起きるからです。そして、侵害を受けたか否かについても、「今まで普通に流れていたのが流れなくなった。」というもので、その侵害を受けるのも上流周辺農地の所有者等に限られる。だから、転用農地の上流の周辺農地所有者等に原告適格を認めても、「日本の美しい自然環境を享受する利益」のように、「それだったら誰でも訴えを提起できて、客観訴訟になっちゃうじゃん。」ということにはならないのですね。こうして、個別性も容易に肯定できるのでした。
4.以上のように、本問は、被侵害利益の特定ができれば、当てはめは容易でした。なので、当てはめで、「確かに~。しかし~。」のように大魔神全開にすべきではありません。むしろ、簡潔に当てはめて、設問2に時間・紙幅を残しておくべきでした。構成段階でこれを見抜く、ということも、差が付くポイントだったといえるでしょう。
それから、勢い余って本案の要素まで当てはめてしまわないようにしなければなりません。例えば、現に本件畑に排水障害が生じている事実は、摘示してはいけません。
(問題文より引用)
Dの報告を受けたY県知事は、農地法第5条第2項第4号にいう「周辺の農地(中略)に係る営農条件に支障を生ずるおそれがあると認められる場合」には当たらないと認定して、令和6年1月9日、本件申請を許可する処分(以下「本件処分」という。)をした。
(引用終わり) |
(衆院法務委員会平16・5・7より引用。太字強調及び※注は筆者。) 山崎潮司法制度改革推進本部事務局長 (引用終わり) |
「農地法5条2項4号違反があったら、上流の周辺農地所有者等に排水障害が生じるおそれがあるよね。だから、上流の周辺農地所有者等には原告適格があるよね(※1)。Xは、上流の周辺農地所有者だよね。だからXには原告適格があるよね。」といえばよく、「じゃあ実際に本件畑に排水障害が生じるのに本件処分がされた(同号違反がある。)っていえるの?」というのは、本案の話です(※2)。
※1 厳密には、ここで具体性・個別性の話が入ってきます。
※2 取消訴訟の基準時は処分時なので、本件畑が冠水する等の令和6年5月頃の事実は、本案で主張するとしても、本件処分時である令和6年1月9日当時の事実を推認させる間接事実として主張しなければなりません。
5.このところ、原告適格が連続で出題されているのは、分かってなさそうな答案が多すぎる、と考査委員が思っているからかもしれません。それで、何度も出題してくる。現在のところ、規範まではみんな覚えているものの、当てはめの意味をまるで理解していない、というレベルの人が多いので、意識して理解したいところです。