1.前回の記事(「農地法5条2項4号の読み方(令和6年予備試験行政法)」)では、本件畑の営農条件に関係する利益は原告適格を基礎付け得るが、本件住宅があることによるXの生命・身体・財産は原告適格を基礎付ける利益として書いてはいけない、という話をしました。これに対しては、「じゃあ、農地以外の住宅にいる人が土砂崩れで死にそうでも野放しでいいの?」、「営農条件より人の生命の方が大事なのに、前者を保護して後者を保護しないとかあり得るの?」という疑問が生じることでしょう。まずは、その点から説明していきましょう。
2.上記の疑問にはもっともな面もあって、通常は、「土砂災害のおそれがあるときは、許可をしてはならない。」という規定があったとして、それが単なる財産上の利益を保護する趣旨にすぎず、人の生命等の保護の趣旨を含まないということは、考えにくいことです(※1)。なので、今回のような場合は、ちょっと例外的な場合なのですが、上記疑問に対しては、「それは農地法の守備範囲ではなく、土砂崩れ等による生命等の危険を防止することを目的とする別の法制度によって達成されるべきものだ。」と答えることになる。農地法1条の目的(※2)をみると、それが理解しやすいでしょう。
※1 『司法試験定義趣旨論証集行政法【第2版】』の「生命・身体の性質」の項目も参照。
※2 本問では問題文に1条の掲載がないので、この点に気が付きにくくなっています。ちょっと不親切だといえるでしょう。
(参照条文)農地法1条(目的) この法律は、国内の農業生産の基盤である農地が現在及び将来における国民のための限られた資源であり、かつ、地域における貴重な資源であることにかんがみ、耕作者自らによる農地の所有が果たしてきている重要な役割も踏まえつつ、農地を農地以外のものにすることを規制するとともに、農地を効率的に利用する耕作者による地域との調和に配慮した農地についての権利の取得を促進し、及び農地の利用関係を調整し、並びに農地の農業上の利用を確保するための措置を講ずることにより、耕作者の地位の安定と国内の農業生産の増大を図り、もつて国民に対する食料の安定供給の確保に資することを目的とする。 |
「国民の生命・身体の安全を守る。」などとは、どこにも書いてありません。飽くまで食料の安定供給確保が目的なので、土砂で周辺農地がドシャドシャになるのは防がんといかん。でも、人が死ぬのは関係ないぞ。極端にいえば、そうなるわけですね。類似の考え方によるものとして、ストロングライフ事件判例がありました。
(ストロングライフ事件判例より引用。太字強調及び※注は筆者。) 本件拒否処分は、ストロングライフ(※注:催涙スプレーの商品名である。)は、専ら、劇物であるブロムアセトンの有する催涙作用が人体に開眼不能等の機能障害を生じさせることをその用途とするものであり、保健衛生上の危険性が顕著であるからという理由により、毒物及び劇物取締法の解釈上設備に関する法定の登録拒否事由がなくてもその輸入業の登録を拒否することができるとの見解の下にされたものである。しかしながら、同法は、毒物及び劇物の製造業、輸入業、販売業の登録については、登録を受けようとする者が前に登録を取り消されたことを一定の要件のもとに欠格事由としているほかは、登録を拒否しうる場合をその者の設備が毒物及び劇物取締法施行規則4条の4で定める基準に適合しないと認めるときだけに限定しており(5条)、毒物及び劇物の具体的な用途については……(略)……特段の規制をしていないことが明らかであり、他方、人の身体に有害あるいは危険な作用を及ぼす物質が用いられた製品に対する危害防止の見地からの規制については、他の法律においてこれを定めたいくつかの例が存するのである(例えば、食品衛生法、薬事法、有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律、消費生活用製品安全法、化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律等においてその趣旨の規定が見られる。)。これらの点をあわせ考えると、毒物及び劇物取締法それ自体は、毒物及び劇物の輸入業等の営業に対する規制は、専ら設備の面から登録を制限することをもつて足りるものとし、毒物及び劇物がどのような目的でどのような用途の製品に使われるかについては……(略)……直接規制の対象とせず、他の個々の法律がそれぞれの目的に応じて個別的に取り上げて規制するのに委ねている趣旨であると解するのが相当である。そうすると、本件ストロングライフがその用途に従つて使用されることにより人体に対する危害が生ずるおそれがあることをもつてその輸入業の登録の拒否事由とすることは、毒物及び劇物の輸入業等の登録の許否を専ら設備に関する基準に適合するか否かにかからしめている同法の趣旨に反し、許されないものといわなければならない。 (引用終わり) |
これを本問に引き付けて言えば、農地法5条2項4号は専ら周辺農地の営農条件への支障を防止する趣旨であって、一般的な人の生命等への危険防止は、他の法令に委ねている。だから、農地とは無関係に、土砂流出で人の生命等に危険が及ぶことを理由にして不許可にすることはできない。すなわち、「人の生命等に危険が及ぶときは、許可をしてはならない。」という趣旨を含んでいないということになるのです。
3.では、土砂崩れのような災害から人の生命等の危険を保護する一般法はあるのかというと、実は、つい最近まで、そのようなものはありませんでした。そのことの問題が表面化したのが、令和3年7月3日10時30分頃に発生した静岡県熱海市土石流災害です。これをきっかけにして、従前の宅地造成等規制法を改正する形で、宅地造成及び特定盛土等規制法(通称「盛土規制法」。令和4年5月27日公布。)が成立したのでした。本問のような事例におけるXの生命等の保護については、同法がカバーすることになるでしょう。
(「盛土規制法について」より引用。太字強調は筆者。下線は原文による。) ○静岡県熱海市で大雨に伴って盛土が崩落し、土石流が発生 制度上の課題 危険な盛土等を全国一律の基準で包括的に規制する法制度が必要 (引用終わり) (参照条文)宅地造成及び特定盛土等規制法 1条(目的) 2条(定義) 12条(宅地造成等に関する工事の許可) 13条(宅地造成等に関する工事の技術的基準等) 27条(特定盛土等又は土石の堆積に関する工事の届出等) 30条(特定盛土等又は土石の堆積に関する工事の許可) 31条(特定盛土等又は土石の堆積に関する工事の技術的基準等) |
4.そんなわけで、本問のXが主張すべき法律上の利益は、専ら本件畑の営農条件に関する利益、より具体的には、農地転用によって排水障害を受けない利益に限られる、ということが分かるのでした。次回は、これを踏まえてXの原告適格の肯否を検討していきます。