腰を据えて本質からじっくり考えたらだめ
(令和6年予備試験民法)

1.令和6年予備試験民法。設問2(1)は、「例の判例知ってる?」という感じの問題でした。

トウシン事件判例より引用。太字強調は筆者。)

 振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、受取人が銀行に対して右金額相当の普通預金債権を取得するものと解するのが相当である。けだし、前記普通預金規定には、振込みがあった場合にはこれを預金口座に受け入れるという趣旨の定めがあるだけで、受取人と銀行との間の普通預金契約の成否を振込依頼人と受取人との間の振込みの原因となる法律関係の有無に懸からせていることをうかがわせる定めは置かれていないし、振込みは、銀行間及び銀行店舗間の送金手続を通して安全、安価、迅速に資金を移動する手段であって、多数かつ多額の資金移動を円滑に処理するため、その仲介に当たる銀行が各資金移動の原因となる法律関係の存否、内容等を関知することなくこれを遂行する仕組みが採られているからである。

(引用終わり)

 この判例を知っていれば、誤振込みでもJは預金債権を取得するので、Jに受益があると書けばよいことが、容易に判断できました。

参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)

 一般に、規約上預金契約成立に原因関係を要せず、多数・多額の資金移動を安全、安価、迅速に処理する必要があるから、振込みがあったときは、振込依頼人と受取人との間の原因関係の有無にかかわらず、受取人は預金債権を取得する(判例)
 K銀行が同銀行J名義口座(以下「J口座」という。)に500万円の入金処理を行った時に、Jは同額の預金債権を取得する。受益がある

(引用終わり)

 上記判例は、民法の学習というよりも、刑法の誤振込みと詐欺の論点のところで勉強した、という人の方が多かったかも知れません。それを想起できた人は、自信を持って書けたことでしょう(※1)。
 上記判例を知らないと、問題文の銀行実務を書き写した上で、Jが承諾していないので組戻しできないから受益がある、という感じで認定せざるを得ませんが、これでは本来の配点を取ることはできないでしょう。
 ※1 もっとも、鋭い人は、「黙って引き出したら詐欺罪が成立する(最決平15・3・12)んだから引き出せないじゃん。受益っていえないんじゃね?」と疑問を持ってしまったかもしれません。それは鋭い着眼ですが、そこにこだわると、通説からはどんどん離れていってしまいます。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

13.一般に、銀行実務では、振込先の口座を誤って振込依頼をした振込依頼人からの申出があれば、受取人の預金口座への入金処理が完了している場合であっても、受取人の承諾を得て振込依頼前の状態に戻す、組戻しという手続が執られている。

(引用終わり)

参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。)

 K銀行は、同銀行J名義口座(以下「J口座」)に500万円の入金処理を行った。銀行実務では、受取人の預金口座への入金処理が完了している場合、受取人の承諾を得て振込依頼前の状態に戻す、組戻しという手続が執られているJは組戻しに承諾していない。Jに500万円の受益がある。

(引用終わり)

2.それから、ちょっと悩むのは、法律上の原因のところでしょう。これも、上記判例を知っていれば、結論として不当利得返還請求は肯定の結論でよさそう、ということに自信を持つことができました。

トウシン事件判例より引用。太字強調は筆者。)

 振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、受取人が銀行に対して右金額相当の普通預金債権を取得するものと解するのが相当である。

 (中略)

 また、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在しないにかかわらず、振込みによって受取人が振込金額相当の預金債権を取得したときは、振込依頼人は、受取人に対し、右同額の不当利得返還請求権を有することがあるにとどまり、右預金債権の譲渡を妨げる権利を取得するわけではないから、受取人の債権者がした右預金債権に対する強制執行の不許を求めることはできないというべきである。

(引用終わり)

 ここの説明は、ちょっと難しい。やってはいけないのは、ここで天井を眺めて熟考に沈むことです。本問は書くことが多く、答案に文字を書く時間を残しておく必要があるので、これをやってしまうと、かなりの確率で途中答案になってしまったでしょう。法科大学院等では、よく、「腰を据えて本質からじっくり考えれば分かるはずだ。」というようなことが言われますが、本試験の現場で腰を据えていたら時間内にまとめきれません。そんなときは、とりあえず問題文の事実を書き写してやりすごす。どうせきちんと説明できる人なんてそんなにいないんだから、これで十分合格レベルでしょう。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

11.Gは、令和6年3月1日、取引関係にあるHに対する500万円の支払債務を弁済する目的で、取引銀行であるI銀行に、500万円の振込依頼をしたが、その際、振込先として、誤って、K銀行のH名義ではなくJ名義の普通預金口座(以下「J名義口座」という。)を指定してしまった。K銀行は、I銀行からの振込依頼を受け、K銀行のJ名義口座に500万円の入金処理を行った(以下「本件誤振込み」という。)。なお、Jは、G及びHとは何ら関係のない人物である

12.Gは、令和6年3月7日、Hから入金がない旨の連絡を受け、本件誤振込みに気付いた。Gは、直ちにI銀行に連絡し、J名義口座への振込依頼は誤りであり、Jとの間に振込みの原因となる関係はないので、J名義口座に入金された500万円を戻してほしい旨申し出た。I銀行は、直ちに、K銀行に返還を求めた。

(引用終わり)

参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。)

 JはG及びHとは何ら関係のない人物で、J口座への振込依頼は誤りであり、Jとの間に振込みの原因となる関係はないから、「法律上の原因」がない。

(引用終わり)

 それなりにきちんと書くなら、こんな感じでしょうか。

参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)

 「法律上の原因」とは、受益を正当化しうる実質的根拠をいう。
 確かに、Jは、入金処理によってK銀行に対し500万円の預金債権を取得するから、K銀行との関係では同預金債権を保持する正当な根拠がある。組戻しに受取人の承諾を要するとする銀行実務は、これに沿うものである。
 しかし、J口座への振込依頼は誤りであり、GJ間に振込みの原因となる関係はないから、Jは、Gとの関係で上記預金債権に相当する価値の保持を正当化する実質的根拠を有しない当該価値は金銭としてGに返還すべきものであるから、「法律上の原因」がない。

(引用終わり)

 もっとも、上記の説明も、全然厳密ではありません。本来なら、銀行振込みの法的性質は何か(※2)というところから出発して、債権法改正後は給付利得返還は121条の2、侵害利得返還は703条の規律によるとされるところ、誤振込みによる受取人の利得を給付利得と構成すべきか、侵害利得と構成すべきか(※3)、という辺りを理論的に整理して初めて、きちんとした説明が可能となるのです。しかしながら、それは明らかに司法試験のレベルを超えていますし、本問はどうみても703条の要件を当てはめることしか求めていない感じなので、参考答案(その2)でも、上記の程度の論述にとどめています(※4)。冒頭で、「例の判例知ってる?」という感じの問題だ、と言ったのは、判例を知らずに普通に考えようとしても、現場で論理的に考えるにはちょっと無理があるからでした。時間無制限でどんなにじっくり考えても、普通の受験生の知識・理解からは何も答えが出ないでしょう。個人的には、あんまり適切な出題ではないなぁ、と思います。
 ※2 松本貞夫『振込取引に関する法律問題の体系的整理(1)』明治大学法科大学院論集第3号(2007年)、同『振込取引に関する法律問題の体系的整理(2)』明治大学法科大学院論集第4号(2008年)。
 ※3 銀行振込みによる不当利得を指図による給付利得とみる見解として、藤原正則『不当利得法』(信山社 2002年)337~343頁。もっとも、これは債権法改正前のものなので、この見解を基礎に、121条の2の規律がどのように適用されるかについては不明です。
 ※4 理論的には、錯誤の成否も問題になるのですが、それすら問うつもりはないだろうと思います。なので、参考答案(その2)でも全く触れていません。

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