1.令和6年予備試験商法。設問1(2)のAの責任では、相対的無効説を採らない限り、欠損填補責任は問題になりません。有効説・絶対的(純粋)無効説からだと、462条1項の責任が成立するからです。欠損填補責任は、462条1項の責任が発生しない場合を想定した責任であり、そのように解さないと、462条1項の責任の額を上限としていること(465条1項柱書第3括弧書)と整合しません(※1)。「事後の欠損填補責任」という表現がされることが多いのも、効力発生日には欠損がないことを想定しているからです(※2)。
※1 仮に欠損填補責任が成立するという立場を採っても、責任の額が2倍になるわけではない(462条1項の責任を果たせば、欠損填補責任も消滅する。)ので、論じる実益はありません。平成23年新司法試験論文式試験問題出題趣旨では、それでも欠損填補責任が問題になるかのような記述があります(民事系第2問の最後の段落㋑参照)が、不適切といわざるを得ません。出題趣旨や採点実感には、たまに初歩的なミスがあったりするので、注意が必要です。
※2 立案担当者による解説でも、「株式会社が分配可能額の範囲内で自己株式の取得をした場合であっても」という表現が用いられています(相澤哲ほか『論点解説新・会社法:千問の道標』(商事法務 2006年)165頁)。ほかに、学生向けの教科書で、「分配可能額規制に従っていたにもかかわらず、期末に欠損が生じたような場合には」という表現を用いるものとして、菊地雄介ほか『レクチャー会社法〔第3版〕』(法律文化社 2022年)249頁。
(参照条文)会社法 461条(配当等の制限) 462条(剰余金の配当等に関する責任) 465条(欠損が生じた場合の責任) |
2.とはいえ、465条1項は、普通に読もうとすると、とても難解なので、この機会に、本問の事例を素材にして説明をしておきたいと思います。
まず、本問の事例について確認しておきましょう。甲社は、毎年1月1日から12月31日までの1年を事業年度とする株式会社です。そして、Dからの買取りを行ったのは、令和6年3月の定時株主総会で承認を受けた後の同月31日でした。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は、住宅用インテリアの企画、製造、販売等を業とする大会社でない取締役会設置会社であり、会計監査人設置会社でない監査役設置会社である。甲社の定款には、その発行する全部の株式の内容として譲渡による当該株式の取得について取締役会の承認を要すること、定時株主総会の議決権の基準日は毎年12月31日とすること、事業年度は毎年1月1日から12月31日までの1年とすることが定められている。甲社の発行済株式の総数は1000株であり、令和5年12月31日の株主名簿によれば、創業者であるAが500株を、BとCが150株ずつを、Aの親族であるDとEが100株ずつを、それぞれ保有していた。甲社の創業以来、Aが代表取締役を、BとCが取締役を、Fが監査役を、それぞれ務め、DとEは甲社の日常の経営に関わっていない。 (中略) 3.甲社は、会社法上必要な手続を経て、令和6年3月31日に、Dから、本件株式を総額1000万円で買い取った。その過程で、Aは、同月に開催された甲社の定時株主総会において、「本総会において適法に確定した計算書類に基づいて計算したところ、令和6年3月31日における分配可能額は1200万円以上あり、甲社が本件株式を買い取ることに問題はない。」と説明し、甲社による本件株式の取得の承認を受けた。 (引用終わり) |
さて、欠損の判断基準時は、465条1項柱書のいう「当該行為をした日の属する事業年度(その事業年度の直前の事業年度が最終事業年度でないときは、その事業年度の直前の事業年度)に係る計算書類につき第438条第2項の承認……(略)……を受けた時」ということになるのですが、本問の事案で、これはいつなのか。
(参照条文)会社法465条(欠損が生じた場合の責任) |
3.まず、「当該行為をした日」というのは、自己株式取得をした日ですから、本問では、令和6年3月31日ということになるのでしょう。甲社の事業年度は毎年1月1日から12月31日までなので、「当該行為をした日の属する事業年度」は、令和6年度ということになる。もっとも、ここには括弧書が付いている。
(参照条文)会社法465条(欠損が生じた場合の責任) |
「その事業年度」とは、直前の「当該行為をした日の属する事業年度」だから、令和6年度を指す。その「直前の事業年度」は、令和5年度だろう。では、「最終事業年度でない」とはどういうことか。実は、ここはきちんと定義規定があります。
(参照条文)会社法 435条(計算書類等の作成及び保存) 436条(計算書類等の監査等) 438条(計算書類等の定時株主総会への提出等) |
会社の財産状態は日々変動するので、どこかで時間を切って確定させる必要がある。そこで、会社法は、各事業年度で区切りをつけて、各事業年度ごとに計算書類を作成し、定時株主総会で承認を受ける、というプロセスを経て、会社の財産状態を確定させるという方法を採っていたのでした。定時株主総会の承認を受けることをもって、「決算が確定する。」と表現し、承認を受けたものを「確定決算」と表現することがあります。「最終事業年度」というのは、決算が確定した事業年度のうちの最後のやつ、ということです。直近の会社の財産状態を確認したいんだけど、きちんと手続を経た計算書類をベースにしないと困るので、きちんと確定した決算のうち直近、すなわち、最後のやつを見ましょうね、その最後のやつに名前を付けておいた方が便利だよね、ということで、「最終事業年度」という概念が生まれたのでした。
本問でいえば、令和6年3月の定時株主総会で承認を受けるのは、令和5年度の計算書類です。令和5年度が終了する同年12月31日が終わってからでないと、令和5年度の完全な計算書類を作れないので、それを作って承認を受けることになり、そのために、承認を受ける時にはもう令和6年度に入ってしまうわけです。こうして、令和6年3月の定時株主総会以前の「最終事業年度」は令和4年度を指し、令和6年3月の定時株主総会以後の「最終事業年度」は令和5年度ということになる。Dからの買入れは、令和6年3月の定時株主総会で承認を受けた後になされたので、その時点での「最終事業年度」は令和5年度である。では、「その事業年度の直前の事業年度が最終事業年度でないとき」といえるでしょうか。
(参照条文)会社法465条(欠損が生じた場合の責任) |
先ほど、「その事業年度の直前の事業年度」は、令和5年度だよね、という話をしました。「その事業年度の直前の事業年度」も、「最終事業年度」も、令和5年度である。したがって、「その事業年度の直前の事業年度が最終事業年度である」ので、「その事業年度の直前の事業年度が最終事業年度でないとき」には当たらず、括弧書は無視してよい、ということになるのでした。
(参照条文)会社法465条(欠損が生じた場合の責任) |
こうして、「当該行為をした日の属する事業年度……(略)……に係る計算書類」とは、令和6年度の計算書類になるのだな、ということが分かりました。令和6年度の計算書類が承認されるのは、令和7年3月の定時株主総会です。したがって、欠損の判断基準時は、令和7年3月の定時株主総会における承認時である、ということが分かったのでした。
4.本問では、令和6年3月31日時点で200万円の欠損があるとされています。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 3.甲社は、会社法上必要な手続を経て、令和6年3月31日に、Dから、本件株式を総額1000万円で買い取った。 (中略) 4.……(略)……当該過誤を修正したところ、令和6年3月31日における分配可能額は800万円であった。 (引用終わり) |
しかし、欠損の判断基準時は、令和7年3月の定時株主総会における承認時ですから、これをもって、直ちに「期末に欠損がある。」と認定してはいけません。この欠損が令和7年3月の定時株主総会における承認時でもそのままになっていた場合に初めて、欠損があるといえるのでした。
当サイトの参考答案(その2)は、以上のことをコンパクトに表現しています。
(参考答案(その2)より引用) 令和6年3月31日において200万円の欠損がある。同年度(「当該行為をした日の属する事業年度」)の確定決算(「計算書類につき第438条第2項の承認…を受けた時における」)においても欠損が生じる(「第461条第2項第3号、第4号及び第6号に掲げる額の合計額が同項第1号に掲げる額を超えるとき」)場合、Aは、欠損填補責任(465条1項)を負うか。 (引用終わり) |
5.本問の事例では、「その事業年度の直前の事業年度が最終事業年度でないとき」には当たらないから、括弧書は無視してよい、という話でした。では、括弧書が意味を持つのは、どのような場合なのでしょうか。それは、本問で、自己株式取得が令和6年1月10日とかに行われた場合です。考えてみましょう。甲社の事業年度は毎年1月1日から12月31日までなので、令和6年1月10日に自己株式取得が行われたとしても、「当該行為をした日の属する事業年度」は、令和6年度で変わりません。では、括弧書を見てみましょう。
(参照条文)会社法465条(欠損が生じた場合の責任) |
「その事業年度の直前の事業年度」は、令和5年度ですが、令和5年度の決算が確定するのは、令和6年3月の定時株主総会なので、自己株式取得が行われた令和6年1月10日時点では、令和5年度は「最終事業年度」ではありません。したがって、「その事業年度の直前の事業年度が最終事業年度でないとき」といえる。このときは、「その事業年度の直前の事業年度」に係る計算書類の承認時が、欠損の基準時となるわけですね。「その事業年度の直前の事業年度」のうち、「その事業年度」は、「当該行為をした日の属する事業年度」、すなわち、令和6年度を指すわけですから、「その事業年度の直前の事業年度」は、令和5年度を指すことになる。では、令和5年度の計算書類を承認するのはいつかといえば、それは令和6年3月の定時株主総会です。こうして、本問で、仮に、自己株式取得が令和6年1月10日に行われていたのなら、欠損の基準時は令和6年3月の定時株主総会の日、ということになったのでした。
こうしてみてくると分かるとおり、要するに、自己株式取得が行われて次の決算承認時が、欠損の基準時となるというだけのことです。それを、法令用語を用いて厳密に表現しようとすると、なんだかややこしい文言になってしまうのですね。
6.もう1つ、ついでに説明しておくと、本問の事例が、仮に令和6年3月31日を効力発生日とする剰余金配当(期末配当)だった場合には、またちょっと違う要素が入ります。剰余金配当をするには、基準日(124条)を定めるのが通例です。期末配当の基準日は定時株主総会の議決権の基準日と同じ日(事業年度の末日)にするのが通例なので、基準日→定時株主総会での承認→効力発生日という時系列になります。この場合、465条1項柱書の「当該行為をした日」は、基準日を指します。その日の株主が配当を受けるからですね(※3)。なので、仮に、甲社の令和5年事業年度末である令和5年12月31日を基準日とし、令和6年3月31日を効力発生日(※4)とする場合、令和5年12月31日が「当該行為をした日」となり、「当該行為をした日の属する事業年度」は、令和5年度となる。そうすると、「その事業年度の直前の事業年度」は令和4年度で、「最終事業年度」も令和4年度となるから、「その事業年度の直前の事業年度が最終事業年度でないとき」には当たらない。こうして、令和5年度の計算書類について令和6年3月に定時株主総会の承認を受けた時が、欠損の基準時となるのでした。
※3 基準日を定めない場合は、効力発生日の株主が配当の対象となり、「当該行為をした日」も、効力発生日となります。
※4 基準日に係る権利は基準日から3か月以内に行使するものに限られる(124条3項)ので、効力発生日をこれ以上繰り下げることはできません。なお、効力発生日ではなく、配当承認決議が3か月以内であればよいとする下級審裁判例もあります(大阪地判平23・1・28、東京地判平26・4・17)が、実務は効力発生日を3か月以内とするように考えていると思います。
(参照条文)会社法465条(欠損が生じた場合の責任) |
7.以上のようなことは、本問ではあまり解答に影響しない事柄ではありますが、結構分厚い基本書にも説明がなく、普通に条文を読んでも理解が難しいと思われることから、この機会に、詳しめに説明をしておきました。