1.以下は、論文式試験の全科目、公法系、民事系、刑事系についての順位と得点の対応をまとめたものです。得点欄の括弧内の数字は、1科目当たりに換算したものです(小数点以下切捨て)。
全科目 | |
順位 | 得点 |
1位 | 598点 (74点) |
100位 | 508点 (63点) |
500位 | 453点 (56点) |
1000位 | 413点 (51点) |
1500位 | 379点 (47点) |
2000位 | 344点 (43点) |
2500位 | 296点 (37点) |
公法系 | |
順位 | 得点 |
1位 | 164点 (82点) |
100位 | 134点 (67点) |
500位 | 116点 (58点) |
1000位 | 104点 (52点) |
1500位 | 94点 (47点) |
2000位 | 83点 (41点) |
2500位 | 71点 (35点) |
民事系 | |
順位 | 得点 |
1位 | 239点 (79点) |
100位 | 199点 (66点) |
500位 | 174点 (58点) |
1000位 | 156点 (52点) |
1500位 | 141点 (47点) |
2000位 | 125点 (41点) |
2500位 | 105点 (35点) |
刑事系 | |
順位 | 得点 |
1位 | 159点 (79点) |
100位 | 131点 (65点) |
500位 | 116点 (58点) |
1000位 | 106点 (53点) |
1500位 | 96点 (48点) |
2000位 | 84点 (42点) |
2500位 | 69点 (34点) |
順位と1科目当たりの得点の対応が各系別で概ね同じくらいの数字になっているのは、得点調整(採点格差調整)によって、平均点と標準偏差が一定の値に調整されるためです。
2.上記の対応は、成績通知に記載される順位ランクとの関係で、意味を持ちます。受験生に個別に送付される成績通知には、系別の得点は記載されますが、各科目別の得点は記載されず、順位ランクのみが記載されます。なぜ、各科目別の得点を記載しないのか。法務省は、当然科目別の得点を把握しているわけですから、技術的にできないということはあり得ません。単純に、「やりたくないから。」というだけです。その主な理由は、成績通知の趣旨にあります。受験生の立場からすれば、「自分が受けた試験の結果は自己の情報なのだから、それを通知するのは当たり前ではないか。」という感覚でしょう。しかし、成績通知の趣旨は、「お前は見込みがないから、早く諦めろ。」というメッセージを送ることにありました。そのため、当初は、不合格者に限って通知していたのです。
(第15回司法制度改革審議会議事録(平成12年3月14日)より引用。太字強調は筆者。)
小津法務大臣官房人事課長 (引用終わり)
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そのような趣旨からすれば、細かい得点や内訳を示す必要はありません。順位ランクが低ければ、「お前は無理だ。」というメッセージとしては十分だからです。このように、成績通知は、飽くまで恩恵として教えてやっているものです。受験生の自己情報として通知しなければならない、という発想がないことは、司法試験委員の発言にも現れています。
(司法試験委員会会議第65回議事要旨より引用) 委員 受験者からは,問ごとの得点を教えてほしいという要望が強いようである。 (中略) 委員 そのような要望は聞いているときりがないことになるのではないだろうか。 委員長(高橋宏志) それを助長することにはなるだろう。問ごと,更には小問ごとに成績を出せなどということになる。 委員 結局は模範解答を示せというような話になりかねない。 委員長(高橋宏志) 法科大学院生も非常に点数を気にしているが,2点,3点の点数の差よりも,できたかできないかは,自分で分かるはずである。反省の材料が欲しいという気持ちは分かるが,2点,3点の差が分かることと反省とは直結していないと思う。 (引用終わり) |
「受験生ごときに教えてやる必要などあるものか。」という感覚が伝わってきます。「更には小問ごとに成績を出せなどということになる。」という発言がありますが、それがどうして困るのか。答案の開示請求の可否が争われた裁判例では、以下のような認定がされています。
(東京地判平30・8・28より引用。太字強調は筆者。) 本件は,平成27年及び平成28年の司法試験を受験した原告が,行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(平成28年法律第51号による改正前のもの。以下「法」という。)13条1項に基づき,法務大臣に対し,①平成28年司法試験論文式試験の原告の答案(以下「本件平成28年答案」という。),②平成27年司法試験論文式試験の原告の答案(以下「本件平成27年答案」という。)及び③平成27年司法試験論文式試験の原告の得点以外の採点内容を記したもの(以下「本件平成27年採点内容」といい,本件平成28年答案及び本件平成27年答案と併せて「本件各情報」という。)の開示をそれぞれ請求したところ,いずれも不開示とする決定(以下「本件各処分」という。)を受けたため,本件各処分の取消しを求めるとともに,本件各情報の開示の義務付けを求め,さらに,本件平成27年採点内容の不開示決定に係る審査請求において,反論の機会が与えられなかったことが違法であるなどとして,同審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)の取消しを求める事案である。本件平成27年答案及び本件平成28年答案が法14条7号柱書所定の不開示情報(いわゆる事務支障情報)に該当するか否か等が争われている。 (中略) (2)検討 ア 旧司法試験においては,受験生の受験予備校への依存がかなりの割合に上っており,過去の試験問題や想定問題とそれらの回答例に基づき,論点ごとにパターン化された回答例を覚えていくという勉強方法が受験者の間で広く行われており,その結果,似たような答案が多数見受けられるという状況になっていた。そして,そのため,受験者が,法曹に本来求められる能力,すなわち,事実関係を適切に把握,分析し,法的問題点を適切に抽出する能力,法令や判例等に関する専門的な知識や論理的思考能力を前提とした柔軟な思考により当該問題点に対する適切な解決策を検討する能力,当該解決策を他者に的確に表現する能力等を備えているか否かを判定することが困難になるばかりか,ひいては法曹全体の質の低下が深刻となっていることなどの問題が指摘されていたことにかんがみ,法曹養成制度を抜本的に改め,司法試験に先立つ教育課程における教育をまず充実させて選別の母体となる法曹志望者に適切な教育を施すという観点から,中核的な教育機関としての法科大学院を設けるとともに,法科大学院において将来の法曹としての実務に必要な学識等に関する充実した教育が行われることを前提として,新司法試験は,法科大学院における教育との有機的連携の下に,裁判官,検察官又は弁護士になろうとする者に必要な学識等を有するかどうかを判定する試験として位置付けられることとなったものである。
イ のみならず,司法試験の問題の作成及び採点を行う考査委員は,必要な学識経験を有する者の中から法務大臣により試験ごとに任命され,その氏名,所属が公表されている。そして,合格者の判定は考査委員の合議(考査委員会議)による判定に基づき司法試験委員会が決定するものとされ,司法試験における問題の作成及び採点についても,基本方針その他の統一的な取扱いに必要な事項は格別として,問題の作成及び採点それ自体については,法務大臣から委任を受けた各考査委員に委ねられており,論文式試験の採点についても,優秀と認められる答案等の類型ごとに点数と人数の分布について幅のある目安が定められている……(略)……のみであり,こうした目安を踏まえてどのような採点をするかは,各考査委員に委ねられている。このように,司法試験の問題の出題及び採点が考査委員の柔軟な判断に委ねられているのは,司法試験が裁判官,検察官又は弁護士になろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定するという性格を有するとともに,当該判定に当たっては,受験者が知識を有するかどうかの判定に偏することなく,法律に関する理論的かつ実践的な理解力,思考力,判断力等を有しているかについての判定に意を用いなければならないとされていることに由来すると解されるのであり,とりわけ論文式試験は,短答式試験と異なり,受験者の学識や応用能力を詳細な事実関係(事例)を踏まえ具体的に問うものであることを踏まえると,その採点は,各考査委員が,それぞれの専門的な知識や学識経験等を踏まえ,答案に表れた受験者の分析力,論理展開力,文章力等を柔軟に判断し,もって受験者の学識及び応用能力を適正に判断することが予定されているというべきである。 (引用終わり) |
上記は、ほぼ政府側の主張を認めたものですが、後半の「クレームが殺到して仕事にならん。」という点はともかく(※1)、前半部分は重要です。仮に、受験対策をした者が低得点となるのであれば、放っておいても弊害はないはず。「受験対策をされると、能力の低い人でも高得点になり得るので、適切に能力を測ることができない。」からこそ、困るということだろう。これが、受験対策の効果です。「効果的で過度でない」の9文字だけ覚えて憲法で上位を取る方法論は、その好例であったともいえるでしょう(「「効果的で過度でない」基準が過度に効果的だった理由」)。逆にいえば、「しっかり受験対策をしないと、高い能力があっても不合格になりかねない。」ことをも意味する(※2)。これは、当サイトの言葉を用いれば、「法の知識・理解がどんなに深くても、『受かりにくい人』は、何度受けても受かりにくい。」法則に相当します(※3)。「受験対策をすると、能力の低い者が受かる。」というのは、大所高所から見た場合には弊害かもしれないけれども、個々の受験生の立場からすれば、「自分は能力が低いので適切に不合格になるべきだ。」なんて思うわけがない。「仮に自分の能力が低くても、頑張って法曹になってやるんだ。」と思っていることでしょう。それが、実存としての受験生のあるべき姿です。しっかり受験対策をすることこそが、受験生のなすべきことである。それで弊害が生じるというなら、しかるべき立場のものが勝手に対策をすればよい。対策が講じられたなら、早い段階でそれを察知して、それに対する適切な受験対策を考案する。それが、当サイトの役割だと思っています(※4)。
※1 現状の採点システムでは、ほぼ同じ論述であっても得点が大きく異なるという現象が生じ得るので、それが明確になっては困る、というのが本音でしょう。論文は、運の要素も相当程度あるのです。もっとも、それを理由に法務省や司法試験委員会に苦情を言っても、合否の結果が変わることはありません。
※2 上記の判示中に、「事案の特殊性を考慮して個別具体的な解決策を模索するという法律実務家に求められる姿勢を十分に習得していないという弊害等が指摘される実情にある。」という記述がありますが、1桁合格レベルの超上位の再現答案ですら、多くの場合、「事案の特殊性を考慮して個別具体的な解決策を模索」なんてできていません。むしろ、「事案の特殊性を考慮して個別具体的な解決策を模索するという法律実務家に求められる姿勢」のある受験生は、下位に沈んでいきます。限られた時間の中で、「事案の特殊性を考慮して個別具体的な解決策を模索」しようとすると、ほとんどの場合、時間が足りなくなって、配点の多い基本事項(=基本論点の規範と事実)を落としてしまうからです。
※3 司法試験で求められる「能力」には、「建前の能力」と「本音の能力」があります。「建前の能力」は法の知識、理解を意味し、「本音の能力」は「若くて事務処理能力が高いこと」を意味します。法務省が本当に採用したいのは、事務処理能力の高い若手である。「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい。」法則は、「建前の能力」の高い人(勉強時間の長い年配者に多い。)を落とし、「本音の能力」の高い人を受からせようとする意図によるものです。受験対策は、必ずしも事務処理能力が高くない人、若くない人が、「事務処理能力の高い若手と誤認してもらう。」ための技術ともいえるでしょう。
※4 「真面目で、誠実な人柄であるほど、司法試験には受からない。真面目に一生懸命勉強しているのに合格できず、苦労しがちな人でも、早く司法試験に合格して法曹として活躍できるようになる情報を提供しよう。」というのが、当サイトの立上げ当初からの目標です。その意味では、「要領よく立ち回ることができ、放っておいても勝手に合格する若手」は、あまり読者の対象としては想定していません。
それはともかく、送付されてきた成績通知の順位ランクだけでも、上記の順位と得点の対応表とを照らし合わせれば、ある程度は科目ごとの得点を把握することが可能です。例えば、公法系第1問が1001位から1500位までの順位ランクであったなら、概ね47点から52点までの間の点数だったということがわかる。これを再現答案と照らし合わせて、本試験の採点傾向を読み取ることが、有効な受験対策になります。