1.令和6年予備試験刑訴法設問2。「衝突させたことは争わず」という問題文の記載から、衝突は過失でないと決め付けて解答してしまった人が結構いたようです。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 〔設問2〕 甲及び甲の弁護人は、【事件②】について、甲が軽自動車をBに衝突させたことは争わず、金品奪取の目的を否認したとする。その場合、【事件①】で甲が金品奪取の目的を有していたことを、【事件②】で甲が同目的を有していたことを推認させる間接事実として用いることができるかについて論じなさい。 (引用終わり) |
確かに、日常用語として用いる場合、「させた」には「意図的に」の含意があることが多いでしょう。しかし、法律用語としての「させた」には、そのような含意はなく、過失の場合を当然に含みます。
(参照条文)刑法 210条(過失致死) 211条(業務上過失致死傷等)
(佐賀地判令6・10・16より引用。太字強調は筆者。) 【犯罪事実】 被告人は、令和5年12月7日午後4時33分頃、普通乗用自動車を運転し、佐賀市ab丁目c番d号付近道路を進行中、眠気を催し、前方注視が困難な状態に陥るおそれがあったのであるから、直ちに運転を中止すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り、直ちに運転を中止せず、漫然運転を継続した過失により、同日午後4時38分頃、同市e町fg番地h先道路を同市e町i方面から同市e町j方面に向かい時速約45キロメートルで進行中、仮睡状態に陥り、その頃、同市e町fk番地l先道路において、自車を対向車線に進出させ、折から同車線を進行してきたA運転の準中型貨物自動車前部に自車前部を衝突させ、よって、自車の同乗者B(当時93歳)に多発外傷の傷害を、同乗者C(当時83歳)に胸部打撲による心破裂の傷害をそれぞれ負わせ、同日午後6時57分頃、同市mn丁目o番p号D病院において、Bを前記多発外傷の傷害により死亡させ、同日午後8時12分頃、福岡県大川市qr番地sE病院において、Cを前記胸部打撲による心破裂に基づく心タンポナーデにより死亡させた。 (引用終わり) |
なので、「甲は意図的に軽自動車を衝突させたことは争っておらず」のような論述は誤りです。刑法や刑事実務基礎でも、「させた」という文言から直ちに故意を認定してはいけません。
2.仮に、甲が意図的に衝突させたとすれば、日常的には生じ得ない異常なことで、それは何か特別な目的があってのことだろう。この場合、1時間前にも意図的に衝突させており、それが金品奪取目的であったという事実は、特別な意味を持つことでしょう。主観的要素の推認に余罪事実を用いた例とされる東京高判平25・7・16は、「短時間で目的は変化しない。」という法理を示したとされることもありますが、そこでは当該事案において意図的な衝突を認定できることが暗黙の前提となっています(※)。しかし、過失の余地を含むとすれば、そう簡単ではないことになる。このことは、前回の記事(「判例の射程を考える(令和6年予備試験刑訴法)」)で説明したとおりです。その意味では、「短時間で目的は変化しない。」という法理の射程が問われていたともいえるかもしれません。
※ 成瀬剛「類似事実による主観的要件の立証――性犯罪事件における性的意図の立証を素材として――」酒巻匡・大澤裕・川出敏裕編『井上正仁先生古稀祝賀論文集』(有斐閣 2019年)570頁【図3】参照。