1.令和6年予備試験民事実務基礎。設問2(1)(ⅱ)では、無断転貸解除を再抗弁として主張すべきか否かが問われました。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 〔設問2〕 第1回口頭弁論期日において、本件訴状及び本件答弁書が陳述され、弁護士P及び弁護士Qは、それぞれ、次回期日である第1回弁論準備手続期日までに準備書面を作成することとなった。 (1) 弁護士Pは、別紙1【Xの相談内容】の下線部の(ⅰ)及び(ⅱ)の各言い分について、再抗弁として主張すべきか否かを検討している。弁護士Pが、上記(ⅰ)及び(ⅱ)の各言い分について、それぞれ、①再抗弁として主張すべきか否かの結論を記載するとともに、②(a)再抗弁として主張すべき場合には、再抗弁を構成する具体的事実を記載し、(b)再抗弁として主張しない場合には、その理由を説明しなさい。 (別紙1) (引用終わり) |
ここは、何となく直感で、「主張しない」と判断できた人が多かったようですが、設問1(4)で非背信性の評価根拠事実を落としてしまった人を中心に、再抗弁として主張すべきと考えてしまった人もいたことでしょう。しかし、そのような人は、先の設問も含めて、問題文をもっと読むべきでした。
2.設問1(4)で非背信性の評価根拠事実を落としてしまった場合、「占有権原(転借権)の抗弁→無断転貸解除の再抗弁→非背信性の評価根拠事実の再々抗弁」という構造になって、再抗弁として主張すべき、ということになりそう。しかし、その後の設問を見ると、弁護士Qが非背信性の評価根拠事実を再々抗弁として主張しようとしている様子がありません。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 〔設問2〕 第1回口頭弁論期日において、本件訴状及び本件答弁書が陳述され、弁護士P及び弁護士Qは、それぞれ、次回期日である第1回弁論準備手続期日までに準備書面を作成することとなった。 (中略) (2) 弁護士Qは、弁護士Pから再抗弁を記載した準備書面(以下「原告準備書面」という。)が提出されたことを受けて、別紙1【Y(代表取締役A)の相談内容】(b)を前提に、以下のような再々抗弁を記載した準備書面(以下「被告準備書面」という。)を作成した。 (ア) Aは、Xに対し、令和4年11月9日、アンティーク腕時計(本件商品)を代金200万円で売った。 ①上記〔 〕に入る具体的事実を記載するとともに、②その事実を主張した理由を簡潔に説明しなさい。 〔設問3〕
第1回弁論準備手続期日において、原告準備書面及び被告準備書面が陳述され、弁護士Pは、次回期日である第2回弁論準備手続期日までに準備書面を作成することとなった。 (1) 弁護士Pは、別紙1【Xからの聴取内容】を前提に、被告準備書面の再々抗弁に対し、再々々抗弁として、以下の各事実を主張することにした。 (あ)
Xが、Aに対し、令和5年3月23日、代金200万円とした本件商品の代金額につき、50万円とするよう申し入れ、XとAとの間で上記代金額につき争いがあった。 ①上記〔 〕に入る具体的事実を記載するとともに、②上記(あ)及び(い)の事実に加えて、上記(う)の事実を主張すべきと考えた理由につき、和解契約の法律効果について触れた上で、簡潔に説明しなさい。 (引用終わり) |
設問2(2)、設問3(1)を見る限り、再々抗弁以下は、賃料不払解除の再抗弁に対するものしかありません。そうだとすれば、無断転貸解除の再抗弁は、多分主張したらいけないやつだ。知識がなくても、問題文から、そう判断すべきでした。その段階で、設問1(4)で非背信性の評価根拠事実を落としていたことに気が付けば、誤りを修正できる。民事実務基礎の要件事実問題は、そのようにして解くのです。
3.さて、再抗弁として主張しないことが分かったとして、その理由は何か。これは、結構難しい。正解できなくても、合否には全く影響しないでしょう。
(1)まず、一番よくない解答は、再抗弁の定義を書いて、両立しない事実だとか、消滅の効果がない、とするものです。論述例を示しましょう。
【論述例①】 【論述例②】 |
論述例①は、「背信行為と認めるに足りない特段の事情」という法的評価の次元で非両立だとしてしまっている点で、誤っています。再抗弁で無断転貸解除を主張する場合、既に抗弁で非背信性の評価根拠事実の主張があるので、解除の意思表示だけでなく、非背信性の評価障害事実の主張を要しますが、非背信性の評価根拠事実と、非背信性の評価障害事実は両立するので、非両立とはいえません。なお、本問とは異なり、承諾の事実が抗弁とされていた場合には、「承諾がないとの主張は抗弁と両立しないから」という解答が正解となります。この場合、「承諾がないこと」の主張は、単なる抗弁(承諾の事実)の否認となるわけですね。
論述例②は、「無断転貸解除をしても無効」と決め付けている点が誤りです。抗弁で摘示されているのは評価根拠事実だけであって、評価障害事実が存在すれば、実体法上は解除できる余地があるからです。論述例②の理由では、「非背信性の評価障害事実+解除の意思表示」をもって再抗弁とする余地が否定できません。
いずれにせよ、本問で問われている理由は再抗弁の定義との関係で説明できるものではないので、再抗弁の定義を書くのは余事記載でしかない。実務基礎は、他の科目と違って、端的に正解を書くスタイルで解答すべきなので、「再抗弁の定義を書いて規範を明示すれば、とりあえず点が付くだろう。」という発想は誤りです。
(2)次に、そこそこ普通の解答として、「Xの言い分の中に評価障害事実が含まれていないから。」とするものがあります。これは、上記(1)の答案よりはマシなので、多少は評価されそうです。
再抗弁で無断転貸解除を主張する場合、既に抗弁で非背信性の評価根拠事実の主張があるので、解除の意思表示だけでなく、非背信性の評価障害事実の主張を要します。ところが、Xの言い分の中には、評価障害事実となり得るものがありません。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) (別紙1) (引用終わり) |
「抗議するつもりでしたが」とは言うものの、具体的にどんな不都合があったのか、何も言っていない。これでは、評価障害事実を構成しようがありません。だから、弁護士Pは再抗弁として主張しないのだ。これはこれで、それなりに分からなくはない説明です。
(3)しかし、上記の説明は、要件事実の説明としては、的確とはいえません。なぜか。それは、仮に、Xの言い分中に評価障害事実を構成し得るものがあったとしても、やっぱり無断転貸解除は再抗弁とはならないからです。以前の記事(「要件事実で法的評価を書かない(令和6年予備試験民事実務基礎)」)で説明したとおり、無承諾転借権を占有権原とする場合には、承諾に代わる非背信性の評価根拠事実を主張することが必要で、それは設問1(4)で解答しているはず。そうだとすれば、それに対する評価障害事実の主張は、それだけで転借権の発生を障害する再抗弁を構成します。そうすると、「解除の意思表示+非背信性の評価障害事実」を要する無断転貸解除の主張(※1)は、単なる非背信性の評価障害事実の主張との関係で、「a+b」、すなわち、過剰主張となるわけですね。過剰な事実について証拠調べをしても時間と労力の無駄なので、そんなものは再抗弁として認めない。これが、要件事実の基本的な考え方です。設問2(1)(ⅱ)②では、これを解答すべきだったのですね。当サイトの参考答案は、その端的な解答の一例です。
※1 これは抗弁で発生した転借権を消滅させる消滅の再抗弁という位置付けになります。
(参考答案より引用) 既に非背信性の評価根拠事実が顕れている以上、無断転貸解除を再抗弁とするにはその評価障害事実の主張も要するところ、同主張だけで障害の再抗弁を構成し、解除の意思表示は過剰(a+b)だからである。 (引用終わり) |
「無承諾転貸+非背信性の評価根拠事実の抗弁に対して再抗弁になるのは、非背信性の評価障害事実なので、無断転貸解除は再抗弁にならないから。」という感じで解答した人は、意味としては上記の趣旨をいうものと読めなくもないので、運良く善意解釈されれば相応に評価されるかもしれません。ですが、厳密には、それは結論を言っているだけです。「再抗弁になるのは、非背信性の評価障害事実なので、無断転貸解除は再抗弁にならない。」ことの理由について、何も述べていない。なので、的確な解答とはいえないでしょう。「解除の意思表示をしなくても、非背信性の評価障害事実を主張すれば再抗弁として十分だから」という解答は、より理由付けらしいことを書いている点で、単に結論だけ言い放つ答案より高く評価されるでしょうが、要件事実の考え方ないし要件事実用語を用いていない点で、十分とはいえません。民事実務基礎の要件事実問題は、できる限り要件事実用語を用いて端的に解答すべきです。
4.設問2(1)(ⅱ)②は難易度が高く、現場で適切な解答を書いた人はほとんどいないでしょう。とはいえ、一度出題されたものは、多くの人が解答できるようになってくる。要件事実問題の難易度が年々高くなってきている(※2)のも、それが原因です。これを過去問として解くときは、しっかり復習で理解し、同じような出題がされた場合には、きっちり解けるようにしておくべきでしょう。また、論文で出来の悪かったところは、口述で再び訊かれることがある。口述試験対策としても、注意が必要です。
※2 予備試験開始当初は「問題研究要件事実」レベルで十分でしたが、現在はそれだけでは対応できなくなっています。