別紙をヒントにする
(令和6年予備試験刑事実務基礎)

1.令和6年予備試験刑事実務基礎。設問2で、別紙の被疑事実の要旨を全く読まずに解答した人が相当数いたことでしょう。確かに、読まなくても解答できなくはない。しかし本問では、これがヒントとしての意味を持っていました。

2.別紙の被疑事実の要旨のうち、重要なのは、「従業員Vに対し、真実は、レンタカーとして借り受けた車両を返却する意思がないのに、これがあるように装って車両の借受けを申し込み」の部分です。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

【別紙】  ※具体的な犯行場所や被害品時価等は省略

   被疑事実の要旨

 被疑者は、車両借受け名目で車両をだまし取ろうと考え、令和6年2月3日午後1時頃、Tレンタカー丙営業所において、同営業所従業員Vに対し、真実は、レンタカーとして借り受けた車両を返却する意思がないのに、これがあるように装って車両の借受けを申し込み、同人をして借受期間経過後直ちに同車両が返却されるものと誤信させ、よって、その頃、同所において、同人から同人管理に係る普通乗用自動車1台(N300わ7777)の交付を受け、もって人を欺いて財物を交付させたものである。

(引用終わり)

 ここを読めば、「あっそうか。申込み時に返却意思がないことが必要じゃん。」ということに気付きやすいでしょう。そこに気が付けば、小問(1)は、車両用チケットの購入時等が申込み時の返却意思の立証ないし推認に影響する旨を解答すべきことが分かるはずです。ここは、単に「Aが使用したチケットであることの裏付けをとるためである。」のように答えてしまった人が一定数いたようなので、差が付きやすいでしょう。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 ③検察官Pは、司法警察員Kに対し、本件車両内で発見された本件フェリーのチケットの各半券について、購入日時・場所を解明するよう補充捜査の指示をした。捜査の結果、同月3日午前10時乙市発丙島行き及び同月4日午後7時丙島発乙市行きの乗客用チケットは同月2日午後3時頃Aがインターネットで予約購入し、その後窓口で発券されていたのに対し、同月4日午後7時丙島発乙市行きの車両用チケットについては、同月4日午後6時30分頃、Aが丙島フェリー乗り場の窓口で直接購入し発券されていたことが判明した。

〔設問2〕

(1) 検察官Pが下線部③の指示をした理由を答えなさい。

(引用終わり)

 借受申込み前に既に車両用チケットを買っていた、ということは、帰りの車両用チケットを握りしめてレンタカーを借りてるわけで、「最初から乗り逃げする気マンマンじゃん。」というのは、容易に気が付くところ。もう1つ、気付きたいのは、復路、すなわち、午後7時丙島発乙市行きの乗客用チケットとの関係です。仮に、復路の乗客用チケットを本件車両の借受け後に、車両用チケットと同時に丙島フェリー乗り場の窓口で直接購入していたなら、「最初から返却意思がなかったんだけど、帰りの時間が決まってなかったので、復路のチケットは、乗客用・車両用をまとめて丙島フェリー乗り場の窓口で直接購入するつもりだった。」というストーリーが自然に成り立ちます。しかし、本問で判明したように、乗客用チケットは往復ともに事前に同時購入していたのに、車両用チケットだけは丙島フェリー乗り場の窓口で直接購入されていたとなると、そのストーリーも成り立たなくなる。「最初から返却意思がなくて、車を持って帰る気マンマンだったなら、どうしてわざわざ別々に購入したの?後になって急に返す気がなくなったから、急遽、丙島フェリー乗り場の窓口で車両用チケットを購入したってことじゃね?」という合理的な疑いが生じる、というわけですね。もっとも、このような推認過程の詳細は、小問(2)の方で詳しく書けばよいでしょう。

参考答案より引用。太字強調は筆者。)

第4.設問2(2)

2.消極的に働く事実

(1)丙島は乙市の西約30kmにある離島であることから、申込み時(令和6年2月3日午後1時頃)において、既に車両用チケットを購入していれば、特段の反対事実がない限り、申込み時に返却意思がなかったと認定できる。しかし、車両用チケットは申込みの翌日に購入されており、そのような認定はできない。
 当初から返却意思がなかったのであれば、乗客用チケットと車両用チケットを同時に購入するのが便宜で自然である。しかし、Aは、乗客用チケットは往路と復路を併せて同月2日午後3時頃インターネットで予約購入したのに、車両用チケットは同月4日午後6時30分頃になって別途丙島フェリー乗り場の窓口で直接購入している。これらの事実は、申込み時には返却意思があったのではないかという合理的疑いを生じさせる

(引用終わり)

 小問(1)では、端的に返却意思の立証の難易に影響する旨を示せば足りるでしょう。具体的な内容は、「後記〇〇のとおり」と明示する。単に、「後述のとおり」などとするのでなく、該当の項を明示するのが、公用文の作法であり、考査委員にきちんと読んでもらうための受験テクニックでもあります。

(参考答案より引用。太字強調は筆者。)

 後記第4の2(1)のとおり、詐欺罪の欺く行為を構成する本件車両借受申込み(以下、単に「申込み」という。)時に返却意思がなかった事実の立証の難易に影響するからである。

(引用終わり)

3.借受申込み時の返却意思について、詐欺罪の故意の要素として解答した人も、結構いたことでしょう。しかし、それは誤りです。別紙をきちんと読んでいれば、そのことに気が付きやすかったでしょう。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

【別紙】  ※具体的な犯行場所や被害品時価等は省略

   被疑事実の要旨

 被疑者は、車両借受け名目で車両をだまし取ろうと考え、令和6年2月3日午後1時頃、Tレンタカー丙営業所において、同営業所従業員Vに対し、真実は、レンタカーとして借り受けた車両を返却する意思がないのに、これがあるように装って車両の借受けを申し込み、同人をして借受期間経過後直ちに同車両が返却されるものと誤信させ、よって、その頃、同所において、同人から同人管理に係る普通乗用自動車1台(N300わ7777)の交付を受け、もって人を欺いて財物を交付させたものである。

(引用終わり)

 「従業員Vに対し、真実は、レンタカーとして借り受けた車両を返却する意思がないのに、これがあるように装って車両の借受けを申し込み」の部分は、明らかに欺く行為を基礎付ける事実として摘示されていると分かる。借受申込み時の返却意思は、故意ではなくて、欺く行為の要素として解答すべきだったのです(※1)。
 ※1 理論的にも、故意の認識対象に欺く行為が含まれるのだから、欺く行為の要素ではないのに、故意の要素になっているというのは、あり得ないことです。そして、欺く行為が認められないときは、もはや故意を云々する余地はありません。

参考答案より引用。太字強調は筆者。)

第3.設問2(1)

 後記第4の2(1)のとおり、詐欺罪の欺く行為を構成する本件車両借受申込み(以下、単に「申込み」という。)時に返却意思がなかった事実の立証の難易に影響するからである。

第4.設問2(2)

1.本件において、詐欺と単純横領は共罰的事前・事後行為の関係にあるから、申込み時に返却意思があったとする合理的な疑いを排斥できず、欺く行為が認められないときは、軽い単純横領にとどまる(利益原則)。

(引用終わり)

 ちなみに、別紙記載の被疑事実のような通常の犯行態様の場合、欺く行為が認定できれば故意は当然に認定できる(※2)ので、故意そのものを別途事実として摘示することはしないのが通例です。
 ※2 「黙示に故意の記載を含んでいる。」という説明がされることもあります。

4.以上のようなことは、別紙を見なくても、気付く人は気付くことでしょう。とはいえ、別紙を見ることで、気付きやすくなるという面はある。今回、設問2で適切な解答ができなかった人で、別紙を完全にスルーしていた人は、問題文中のヒントをきちんと利用できていなかったことを反省すべきでしょう。事前準備による知識・理解の水準が同じくらいでも、結果に大きな差が付くことがあるのは、こうした現場の頭の使い方の違いによるところが大きいのです。

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