【答案のコンセプトについて】
1.予備試験の論文式試験における合格ラインは、平成25年、26年は、「一応の水準」の下限でした。昨年は、「一応の水準」の真ん中より少し下の辺りになっています(平成27年予備試験論文式試験の結果について(1)」)。この水準を超えるための十分条件といえるのが、
(1)基本論点を抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範を明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを明示できている。
という3つです。応用論点を拾ったり、趣旨や本質論からの論述、当てはめの事実に対する評価というようなものは、上記が当然にできているという前提の下で、優秀・良好のレベルに達するために必要となる場合があるに過ぎません。また、実際には、上記の3つを守っただけで、優に良好の上位くらいの水準になってしまうこともあります。
にもかかわらず、多くの人が、上記優秀・良好レベルの事柄を過度に重視しているように思います。現場思考で応用論点を拾いに行ったり、趣旨や本質から論じようとしたり、事実に丁寧に評価を付そうと努力するあまり、基本論点を落としてしまったり、規範を正確に示すことを怠っていきなり当てはめようとしたり、問題文中の事実をきちんと摘示することを怠ってしまい、結果として不良の水準に落ちてしまっているというのが現状です。
2.その原因としては、多くの人が、あまりにも上位過ぎる再現答案を参考にしようとしてしまっていることがあると思います。
とはいえ、合格ラインギリギリの人の再現答案には、解答に不要なことや誤った記述などが散見されるため、参考にすることが難しいというのも事実です。そこで、純粋に上記(1)から(3)だけを記述したような参考答案を作ってみてはどうか、ということを考えました。
3.参考答案は、上記のようなコンセプトに基づいています。「本問で基本論点はどれですか」と問えば、多くの人が指摘できるでしょう。「その論点について解決するための規範は何ですか」と問えば、事前にきちんと準備している人であれば、多くの人が答えられるでしょう。「その規範に当てはまる事実は問題文中のどこですか、マーカーを引いてみてください」と問えば、多くの人が正確に示すことができるものです。下記の参考答案は、いわば、それを繋ぎ合わせただけの答案です。
それなりの実力のある人が見ると、「何だ肝心なことが書いてないじゃないか」、「一言評価を足せば良い答案になるのに」と思うでしょう。優秀・良好レベルの答案を書いて合格できる人は、それでよいのです。しかし、合格答案を書けない人は、むしろ、「肝心なこと」を書こうとするあまり、最低限必要な基本論点、規範、事実の摘示を怠ってしまっているという点に気付くべきでしょう。普段の勉強で規範を覚えるのは、ある意味つまらない作業です。本試験の現場で、事実を問題文から丁寧に引用して答案に書き写すのは、バカバカしいとも思える作業です。しかし、そういう一見するとどうでもよさそうなことが、合否を分けているのが現実なのです。規範が正確でないと、明らかに損をしています。また、事実を引いているつもりでも、雑に要約してしまっているために、問題文のどの事実を拾っているのか不明であったり、事実を基礎にしないでいきなり評価から入っているように読める答案が多いのです。そういう答案を書いている人は、自分はきちんと書いたつもりになっているのに、点が伸びない。そういう結果になってしまっています。
参考答案は、やや極端な形で、大前提として抑えなければならない水準を示しています。合格するには、この程度なら確実に書ける、という実力をつけなければなりません。そのためには、規範を正確に覚える必要があるとともに、当てはめの事実を丁寧に摘示する筆力を身につける必要があるでしょう。これは、普段の学習で鍛えていくことになります。
この水準をクリアした上で、さらに問題文の引用を上手に要約しつつ、応用論点にコンパクトに触れたり、趣旨・本質に遡って論述したり、当てはめの評価を足すことができれば、さらに上位が狙えるでしょう。
4.今年の刑法は、放火罪を中心としたオーソドックスな出題でした。やろうと思えば、規範→事実の摘示の形に持ち込むのが容易です。それだけに、これを怠ると、大きく評価を落とすでしょう。本問で、答案が4頁に達しなかったという人は、上記(1)から(3)までを怠っていることが明らかです。本問は、上記(1)から(3)までを書くだけでも、4頁に収めるのが難しい問題だからです。参考答案は、普通に現場で書こうとすると、4頁に収まらないのではないかと思います。これだけ書ければ、優に上位のA評価になってしまうでしょう。実戦的には、どんなに注意していても、うっかり論点を落としてしまったり、部分的に規範の明示や事実の摘示が抜けてしまうので、(それが逆に幸いして)結果的に何とか4頁に収まる、という感じなのだろうと思います。本問の場合、「論点の問題の所在や規範の理由付け(論証)、事実の評価を書いていたら、時間と紙幅がなくなったので、規範の明示と事実の摘示は省略しました。」という人が大量に生じるので、上記(1)から(3)までを書こうという姿勢で臨んでいれば、多少の論点落ちや、部分的な規範・事実の抜けが生じても、十分上位になるでしょう。逆に、どんなに「正解筋で書いた」としても、規範の明示と事実の摘示がなされていないと、予想外の低評価に沈む可能性が高いと思います。
5.内容面で注意すべき点として、甲宅に対する放火の既遂時期があります。多くの人が、天井板1尺四方を焼いた事案(1尺は約30.3センチメートル)で既遂にした最判昭23・11・2を参考に、本問も既遂としたのではないかと思います。ただ、ここは厳密には、「独立燃焼説において燃焼継続可能性を要求すべきか。」という隠れた応用論点があるのです。学説の多くは、すぐに立ち消えになるような場合には、媒介物の火の影響を受けたに過ぎず、「独立して」燃焼するとはいえないこと、すぐ立ち消えになる程度では公共の危険が発生するとはいえないこと等から、燃焼継続可能性を要求します。これ対し、上記最判昭23・11・2は、明示的には継続性を要求していません。
(最判昭23・11・2より引用。太字強調は筆者。)
原判決はその挙示する証拠を綜合して、被告人が原判示家屋の押入内壁紙にマツチで放火したため火は天井に燃え移り右家屋の天井板約一尺四方を焼燬した事実を認定しているのであるから、右の事実自体によつて、火勢は放火の媒介物を離れて家屋が独立燃焼する程度に達したことが認められるので、原判示の事実は放火既遂罪を構成する事実を充たしたものというべきである。
(引用終わり)
上記判示から、判例は、燃焼継続可能性を要求していないと読む余地もあるでしょう。そのような趣旨の下級審裁判例もあります(東京高判昭37・5・30等)。しかし、上記判例の事案は、自然消火した事案ではなく、被告人自身が消火し、中止未遂の成立を主張した事案です。「既遂時期が早すぎて、被告人が自分で消火しても中止犯が成立し得ないのはおかしい。」という独立燃焼説に対する批判が妥当する典型的な事案だったわけです。このことを、上記の燃焼継続可能性との関係でみると、上記判例の事案は、被告人による消火がなければ、自然には鎮火せず、そのままどんどん燃え広がる状態に至っていた、すなわち、燃焼継続可能性のある事案だったと考えることができます。そのことからすれば、判例は、必ずしも燃焼継続可能性を要求していないとまではいえない、という考え方も、十分成り立ち得るように思います。そして、一般的な基本書等では、独立燃焼説を、「火が媒介物を離れて、目的物が独立して燃焼を『継続する』に至った状態となれば既遂とする説」として紹介し、これをもって、「判例」であるとし、しばしば上記昭和23年判例を引用しているのです。このような状況からすれば、判例の見解に立って本問を当てはめる場合にも、床板表面の約10センチメートル四方を焼いた程度で自然消火したことから、燃焼継続可能性を欠くとして未遂にするのが素直だと思います。参考答案は、規範を明示して問題文を書き写して結論を出しただけですが、基礎となる考え方としてはこの立場に立っています。もっとも、本件はたまたま自然鎮火したというだけで、床板が木製だったことをも考慮すれば、燃焼継続の「可能性」はあった、として既遂とすることも十分可能だと思います。
それから、自動発火装置を用いた放火の着手時期については、本問では設置時と考えても発火時と考えても結論を左右しないことから、論じる必要がないと思った人もいたのではないかと思います。しかし、本試験では、成立する犯罪を左右しないものであっても、着手時期や既遂時期、犯罪成立の範囲(例えば、被害者宅から150万円を持ち去ろうとして、玄関先で50万円を落としてしまった、というような事案で、窃盗既遂が150万円全額について成立するか、100万円にとどまるのか、というようなこと。)が問題になる場合には、これを答案で特定する必要があります。これは、過去問、再現答案等から読み取れる比較的確立された傾向です。本問は、着手時期が設置時なのか、発火時なのかが問題になりそうな事案ですし、保険金詐欺との関係でも、実行の着手が問題となっていますから、上記の傾向も考えれば、結論を直接左右しなくても、着手時期を論じるべきなのです。この辺りは、純粋な理論ではなく、「過去問の傾向がそうなっている。」という単なる傾向に依存します。そのような傾向を把握する意味でも、過去問はきちんと検討しておくべきです。なお、実行の着手の判断基準については、当サイトの過去の記事(「実行の着手について」)を参照して下さい。
本問では、乙の中止未遂の効果が甲にも及ぶか、という論点もあります。もっとも、必ずしも典型論点とまではいえませんし、本問では、他に書くべき重要基本論点が多いですから、参考答案では、この点は当然の前提として、特に論点としては取り上げていません。ただ、現場で気付きやすい論点ではありますから、余裕があれば(実戦的には、現場で他の論点に気付かなかった結果、余裕が出る、ということはあり得ます。)拾ってもよい論点だと思います。
6.参考答案中の太字強調部分は、「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」及び「司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)」に準拠した部分です。
【参考答案】
第1.甲乙が、X発火装置を甲宅1階居間の木製の床板上に置き、午後9時に発火するように設定した行為(以下「本件行為1」という。)について
1.現在建造物放火罪(108条)の成否
(1)放火罪の実行の着手は、目的物又は媒介物に点火する行為又はこれと密接な行為であって、目的物の焼損に至る客観的危険性を有する行為を開始することをいう。そして、当該行為がその後の構成要件該当行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠で、当該行為に成功すればその後の構成要件該当行為を行うについて障害となる特段の事情がないと認められる場合であって、当該行為とその後の構成要件該当行為との間に時間的場所的接着性があるときは、当該行為は構成要件該当行為に密接な行為といえる(クロロホルム事件判例参照)。
本件で、本件行為1は、同装置の発火を確実かつ容易に行うために必要不可欠で、甲宅にはB以外誰もおらず、Bも2階で寝ていたから、これに成功すればその後の同装置の発火を行うについて障害となる特段の事情がなく、同装置の発火は同一場所において2時間後に生じたから、時間的場所的接着性がある。したがって、上記行為は同装置の発火と密接な行為である。
また、X発火装置は自動発火する性能がある以上、本件行為1は甲宅の焼損に至る客観的危険性を有するといえる。
以上から、本件行為1の時点で実行の着手がある。
(2)「人」(108条、109条1項)とは、犯人以外の者をいう(判例)。
本件で、甲宅には本件行為1の時点でBがいた。したがって、甲宅は現在建造物に当たる。
(3)「焼損」とは、火が媒介物を離れて、目的物が独立して燃焼を継続するに至った状態をいう(判例)。
本件で、X発火装置から出た火は、木製床板表面の約10センチメートル四方まで燃え広がったところで自然に消えたから、甲宅が独立して燃焼を継続するに至ったとはいえない。
したがって、「焼損」したとはいえず、未遂(44条、112条)の余地があるにとどまる。
(4)甲乙は、Bが甲宅にいることには気付かなかったから、現在性の認識を欠いている。したがって、故意がない。
(5)よって、現在建造物放火未遂罪は成立しない(38条1項、2項)。
2.非現住建造物等放火未遂罪(109条1項、112条)の成否
(1)甲乙は、現在建造物放火の客観的構成要件のうち、現在性の認識のみを欠いており、甲宅に火災保険が掛けてあることを知っていた。したがって、他人所有(115条)の非現住建造物等放火罪の故意で現在建造物放火未遂罪を実現した錯誤がある。
(2)異なる構成要件間にまたがる錯誤については、構成要件が重なり合う限度で軽い罪の故意犯が成立する(判例)。
本件で、現在建造物放火罪と非現住建造物等放火罪は、後者の限度で構成要件に重なり合いがある。したがって、軽い非現住建造物等放火未遂罪の故意犯が成立する。
(3)よって、非現住建造物等放火未遂罪が成立する。
3.火災保険金に係る詐欺未遂罪(246条1項、250条)の成否
(1)確かに、本件行為1は、その後の欺く行為である保険金請求を確実かつ容易に行うために必要不可欠である。しかし、これに成功しても、焼損に至らず、又は請求前に検挙される等、その後の保険金請求の障害となる特段の事情がある。したがって、本件行為1は保険金請求に密接な行為とはいえず、詐欺の実行の着手は認められない。
(2)よって、その後の保険金請求もない以上、詐欺未遂罪は成立しない。
第2.甲乙が、乙物置内にY発火装置を運び込んで、段ボール箱上に置き、午後9時30分に発火するように設定した行為(以下「本件行為2」という。)について
1.現住建造物放火罪の成否
(1)前記第1の1(1)と同様、本件行為2の時点において、実行の着手がある。
(2)「住居」(108条)とは、人の起居の場所として日常使用されるものをいい、現住性が喪失したか否かは、住居としての使用形態に変更が生じたか否かによって判断すべきである(従業員沖縄旅行中放火事件判例参照)。
本件で、乙宅には、乙以外にAが暮らしていたから、乙宅は現住建造物に当たる。また、犯行当日にAは旅行に出掛けていたが、住居としての使用形態に変更がないから、現住性を喪失しない。
(3)現住部分と非現住部分を有する複合建造物について、その一部に放火されることにより全体に危険が及ぶと考えられる一体の構造であり(物理的一体性)、全体が一体として日常的に人の起居に利用されていた(機能的一体性)場合には、全体が1個の現住建造物である(平安神宮事件判例参照)。
本件で、乙物置は、乙宅とは屋根付きの長さ約3メートルの木造の渡り廊下でつながっていたから、物理的一体性がある。また、乙物置は、乙宅の敷地内にあって普段から物置として使用されていたから、機能的一体性がある。したがって、乙物置及び乙宅は、全体が1個の現住建造物である。
(4)乙物置内で燃えたものは、Y発火装置のほか、段ボール箱の一部と同箱内の洋服の一部のみで、乙物置、渡り廊下及び乙宅には火は燃え移らず、焦げた箇所もなかった。そうである以上、火が媒介物を離れていないから、「焼損」したとはいえず、未遂にとどまる。
(5)乙につき中止犯(43条ただし書)は成立するか。
ア.「中止した」というためには、実行未遂の場合には、結果の発生を防止する積極的行為が必要である。
本件で、乙は、乙物置内にある消火器を使って消火活動をし、その火を消し止めたから、結果の発生を防止する積極的行為をした。したがって、「中止した」といえる。
イ.「自己の意思により」中止したというためには、外部的障害が存在しないにもかかわらず、犯行を中止したことを要する。また、中止犯が成立するには行為者が真摯な努力を払ったと評価できること(真摯性)が必要である。
本件で、乙は、「Aには迷惑を掛けたくない。それに、その火が隣の家に燃え移ったら危ないし、近所にも迷惑を掛けたくない。こんなことはやめよう。」と考えて消火活動をし、その火を消し止めたから、外部的障害が存在しないにもかかわらず、犯行を中止し、真摯な努力を払ったと評価できる。したがって、乙は、「自己の意思により」中止し、その中止には真摯性がある。
ウ.以上から、乙に中止犯が成立する。
(6)よって、現住建造物放火未遂罪が成立し、乙は中止未遂となる。
2.前記第1の3と同様、火災保険金に係る詐欺未遂罪は成立しない。
第3.甲乙は、同年9月1日に共謀を遂げ、これに基づいて、前記第1及び第2の罪を共同して行ったから、各罪につき共同正犯(60条)となる。
第4.よって、甲及び乙は、前記第1の非現住建造物等放火未遂罪及び前記第2の現住建造物放火未遂罪の罪責を負う。甲宅と乙宅は直線距離で約2キロメートル離れており、公共の危険は別個であるから、両罪は併合罪(45条前段)である。乙は必要的減免を受ける(43条ただし書)。
以上