1.以前の記事(「平成28年司法試験の結果について(1)」)で、近時の合格者数の決定要因として、受験者合格率が最も重要ではないか、ということを書きました。この考え方に対する疑問のうち、「合格率の急激な変化を避けようとした、という説明は、平成26年に合格者数を引き下げたことを説明できないのではないか。」については、前回の記事(「平成28年司法試験の結果について(2)」)で説明しました。
今回は、もう1つの疑問について考えてみます。それは、「受験者の減少に合わせて合格者数を操作し、合格率を一定に調整していたら、いつまでたっても『修了生7割』を達成できないのではないか。」ということです。今回は、この点について考えてみましょう。
2.「修了生7割」というのは、「法科大学院では修了生の7~8割が合格するような教育をすべきだ。」という理念のことです。これは、司法制度改革審議会の意見書に記載され、閣議決定にも盛り込まれています。
(司法制度改革審議会意見書より引用。太字強調は筆者。)
「点」のみによる選抜ではなく「プロセス」としての法曹養成制度を新たに整備するという趣旨からすれば、法科大学院の学生が在学期間中その課程の履修に専念できるような仕組みとすることが肝要である。このような観点から、法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で、法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が後述する新司法試験に合格できるよう、充実した教育を行うべきである。厳格な成績評価及び修了認定については、それらの実効性を担保する仕組みを具体的に講じるべきである。
(引用終わり)
(規制改革推進のための3か年計画(再改定)(平成21年3月31日閣議決定) より引用。太字強調は筆者。)
法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で、法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が新司法試験に合格できるよう努める。
(引用終わり)
ポイントは2つあります。1つは、「司法試験委員会が、修了生の7~8割を受からせる」のではなく、「法科大学院が、修了生の7~8割が合格するような教育を行うべきだ。」というにとどまるということです。つまり、法科大学院は修了生の7~8割が受かるように教育すべきではあるが、合否を決めるのは司法試験委員会なので、必ず7~8割が受かるとは限らない、ということです。
(参院法務委員会平成17年03月18日議事録より引用。太字強調は筆者。)
国務大臣(南野知惠子君) 審議会の意見には、法曹となるべき資質また意欲を持つ人が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることがこれ不可欠の前提といたしていますので、その上で法科大学院では、課程を修了した人のうち相当程度、それが先生がおっしゃった七割から八割という方たちに相当するわけですが、その方が新司法試験に合格できるように充実した教育を行うべきであるという願望がそこの中にございますので、七、八割の人をオーケーよということとはちょっと違うかなというふうに思います。
そういうふうに教育を行うべきであるとされておりますが、これは法科大学院におけます教育内容、もう今進みつつありますが、それとか教育方法に関する記述でありまして、新司法試験におきましては法科大学院の修了者の七、八割が合格することを記述したものではないということでございます。
七、八割は必ず合格しますよということじゃなく、七、八割が合格するようにみんな総力を挙げて教育に当たりましょうというようなところが一つの大きなポイントでありまして、したがって、この点、審議会意見とは矛盾するものではないと思うということが、そのように御答弁申し上げたいところでございます。
(引用終わり)
もう1つのポイントは、この「7~8割」というのは、単年の受験者合格率ではなく、修了生が受験回数制限を使い切るまでに、最終的に7~8割が合格すればよいという意味だ、ということです。この点については、一時期、マスコミで各年の受験者合格率を指すという誤った報道がされ続けていました。当サイトでは、かなり以前から、それが誤りであることを指摘し続けてきました(「法科大学院定員削減の意味(2)」、「平成22年度新司法試験の結果について(2)」) 。政府の公表資料でも、一時期、この点についての混乱がありました。しかし、現在では、修了生が受験回数制限を使い切るまでの最終的な合格率を「累積合格率」という用語で定義し、「7~8割」とは、この累積合格率を指す、という形で、正しく説明されています。
(「法曹人口の拡大及び法曹養成制度の改革に関する政策評価」より引用。太字強調は筆者。)
法科大学院は、司法試験(法科大学院の教育内容を踏まえた新たな司法試験をいう。以下同じ。)、司法修習と連携した基幹的な高度専門教育機関として位置付けられており、多様なバックグラウンドを有する人材を広く受け入れ、密度の高い授業により、将来の法曹として必要な学識、その応用能力等を修得させることが求められている。
これについては、「司法制度改革審議会意見書-21 世紀の日本を支える司法制度-」(平成 13
年6月。以下「審議会意見」という。)において、法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で、法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が司法試験に合格できるよう、充実した教育を行うべきとされている。また、この内容は、「規制改革推進のための3か年計画」(平成
19 年6月 22 日閣議決定)、「規制改革推進のための3か年計画(改定)」(平成 20 年3月 25
日閣議決定)及び「規制改革推進のための3か年計画(再改定)」(平成 21 年3月 31 日閣議決定)に重点計画事項として盛り込まれている。
各年度の法科大学院修了者を母数として、法科大学院修了後5年間の受験機会を経た後の合格率(以下「累積合格率」という。)をみると、平成
17 年度修了者は 69.76%と目標の中で例示された合格率の下限にほぼ到達したが、18 年度修了者は 49.52%と目標の中で例示された合格率に達していない。
これを法科大学院別にみると、平成 17 年度修了者が目標の中で例示された合格率を達成したものは、57 校中 26 校(45.61%)、18
年度修了者では、68 校中7校(10.29%)である。
平成 17 年度修了者と 18 年度修了者との達成状況に相当な差異があるのは、17
年度修了者が既修者(注) のみであるのに対し、18 年度修了者は未修者と既修者の両方となっていることによる。
(引用終わり)
なお、「合格者数3000人の目標が撤回されたのだから、修了生7割の目標も既に撤回されたのではないか。」と思っている人もいるかもしれませんが、修了生7割の目標については、現在でも維持されています。
(「法曹養成制度改革の更なる推進について」平成27年6月30日法曹養成制度改革推進会議決定より引用。太字強調は筆者。)
平成27年度から平成30年度までの期間を法科大学院集中改革期間と位置付け、法科大学院の抜本的な組織見直し及び教育の質の向上を図ることにより、各法科大学院において修了者のうち相当程度(※)が司法試験に合格できるよう充実した教育が行われることを目指す。
※ 地域配置や夜間開講による教育実績等に留意しつつ、各年度の修了者に係る司法試験の累積合格率が概ね7割以上。
(引用終わり)
3.この累積合格率ですが、昨年までの結果を反映したものでは、既修者で67.8%、未修者で48.0%、全体で58.3%となっています(「直近の修了年度別司法試験累積合格率(平成28年5月25日更新)
」。既修に限れば惜しいところまで来ていますが、全体で見るとまだまだ達成が難しい、という状況です。7割を達成するには、どうすればよいでしょうか。
本来であれば、法科大学院の教育を素晴らしいものにして、司法試験委員会がどんどん合格させたくなるような人材を輩出し、合格者数を増やしていくことが望ましいでしょう。しかし、それを実現しようとしても、直接的な手立てはありません。法科大学院の授業を受けた人ならわかるでしょうが、法科大学院の教育を多少どうにかしたからといって、司法試験の成績が劇的に上がるということは、期待できないからです。
もっと直接的に、累積合格率を上昇させる方法はないでしょうか。1つあります。それは、累積合格率の分母である修了生の数を減らす、という方法です。例えば、修了生の数が半分になれば、合格者数に変化がない限り、単純計算で累積合格率は倍になる。これは、直接的な効果があります。修了生の数を減らすためには、法科大学院に統廃合や定員削減を迫ればよい。これが、現在の文科省の戦略です。表向きは、「法科大学院の質の確保」を理由にしています。もちろん、それもないわけではないでしょうが、分母を減らすことによる数合わせの方が真の理由といってよいでしょう。
(参院法務委員会平成28年01月19日議事録より引用。太字強調は筆者。)
○副大臣(義家弘介君) …とかく法科大学院の制度改革を論じるときは、いつも数論が次々に出てきて議論されるわけでありますが、問われるべきは質であって、その質がしっかり担保され、名誉と信頼が担保されれば、当然若者はそれを全うしたいという思い、意欲に駆られていくものであろうと思っております。
その意味では、法科大学院の質をどう担保するかということでこれまで様々な改革を行ってまいりました。具体的には、法科大学院の組織見直しについては各法科大学院の自主的な判断によって前提としては行われるものでありますが、文部科学省としては、司法試験合格率、入学定員充足率などを勘案した公的支援の見直しの強化によってめり張りのある予算配分を実施し、大規模校も含め、法科大学院における自主的な定員削減の取組をし、より入口のレベルを上げるということ、そして中身の質を上げるということ、これを進めてまいりました。
その結果、平成二十八年度、入学者総員数の見込みはピーク時の半分未満の二千七百二十四名、学生の募集停止を公表した法科大学院が三十校ということで、設立時の入学定員が百名以上の法科大学院についてもピーク時に比べて入学定員が三割以上削減され、入口をまずしっかりと保証すると。そして、中をどう強化していくか努力しているところにしっかりと予算を配分していくという改革の取組を行っております。(後略)。
○小川敏夫君 補助金等の配分を減らすなどの措置をして退場していったロースクールがあって、定員が減ってきたからいいというような、あるいはしっかりとした取組をしているというような説明に私は受け止めましたけど。
(引用終わり)
ところで、現在、合格者数の下限であると言われている「1500人」という数字。これは、どこから来た数字なのでしょうか。実は、この「1500人」というのは、累積合格率7割を達成するように逆算して定員を算出する際に想定されていた数字なのです。
(「法曹人口の在り方に基づく法科大学院の定員規模について」平成27年11月24日中央教育審議会大学分科会法科大学院特別委員会より引用。太字強調は筆者。)
累積合格率7割の達成を前提に、1,500人の合格者輩出のために必要な定員を試算すると、以下のとおりとなる。
○ 法科大学院では厳格な進級判定や修了認定が実施されており、これまでの累積修了率は85%であること。
○ 予備試験合格資格による司法試験合格者は、平成26年は163名であるが、うち103名は法科大学院に在籍したことがあると推測されること。
上記2点を考慮した計算式:(1,500 - 163) ÷ 0.7 ÷ 0.85 + 103 ≒ 2,350
○ さらに、法科大学院を修了しても司法試験を受験しない者がこれまでの累積で6%存在すること。
上記3点を考慮した計算式:(1,500 - 163)÷ 0.7 ÷ 0.85 ÷ 0.94 + 103 ≒ 2,493
(引用終わり)
つまり、合格者数が1500人まで減ったとしても、累積合格率が7割になるように、法科大学院の定員を削減してしまおうというわけです。平成28年度の段階で、既に入学者総員数は2724人まで減っています。今後、合格者数が1500人を下限にして推移する限り、文科省の狙いどおり、やがては分母の修了生の減少により、自動的に累積合格率7割を達成するでしょう。
4.ところが、です。前回の記事(「平成28年司法試験の結果について(2)」)で示したとおり、司法試験委員会は、受験者数が減少すれば、それに応じて合格者数も減らそうとしているようにみえます。そうだとすると、法科大学院の定員を削減して修了生の数を減少させることは、同時に受験者数を減らすことになるのだから、それによって合格者数の減少を招き、1500人を割ってしまうのではないか。そうなってしまうと、上記の文科省の目論見どおりにはいかなくなるのではないか。そんな疑問が生じます。これが、「受験者の減少に合わせて合格者数を操作し、合格率を一定に調整していたら、いつまでたっても『修了生7割』を達成できないのではないか。」という疑問です。
これは、ここまでの説明を前提として普通に理解するかぎり、疑問のとおりではないか、と考えるのが自然です。今年ですら1500人ギリギリの合格者数なのだから、受験者数がさらに減少すれば、合格者数が1500人を下回るのは確実である。文科省は、合格者数1500人が維持されることを前提に、累積合格率7割を達成するように定員を調整している。だとすれば、合格者数が1500人を下回ってしまえば、累積合格率7割は達成できないだろう。これは、ごくごく自然な推論です。
5.しかし、どうもそういうわけではないようだ。というのが、現在の当サイトの立場です。どうしてか。
かつて、当サイトでは、累積合格率7割を達成するためには、各年の受験者合格率はどの水準でなければならないか、という簡単な試算をしたことがあります(「法科大学院定員削減の意味(3)」)。当時は、受験回数制限が5年3回だった頃でしたから、3回の受験における累積合格率が7割になるための受験者合格率を算出したわけですが、当時の試算では、これは概ね33%でした。
受験回数制限が5年5回になった現在では、5回の受験における累積合格率を考えることになります。そこで、各年の受験者合格率と累積合格率をまとめたものが、以下の表です。
受験者合格率 | 累積合格率 |
10% | 40.9% |
20% | 67.2% |
23% | 72.9% |
30% | 83.1% |
意外に思うかもしれませんが、各年の受験者合格率が23%でも、累積合格率は70%を超えるのです。さて、この23%という受験者合格率には、どのような意味があるのか。以下は、直近5年の受験者合格率の推移です。
年 | 受験者 合格率 |
24 | 25.0 |
25 | 26.7 |
26 | 22.5 |
27 | 23.0 |
28 | 22.9 |
直近2年の受験者合格率が、ちょうど23%の水準なのです。このことは、現在の受験者合格率を維持する限り、たとえ合格者数が1500人未満になったとしても、累積合格率7割は達成されることを意味しています。現段階で累積合格率7割が達成されていないのは、受験回数制限緩和による累積合格率の上昇の影響が、まだ十分に生じていないからです。
したがって、「受験者の減少に合わせて合格者数を操作し、合格率を一定に調整していたら、いつまでたっても『修了生7割』を達成できないのではないか。」という疑問に対する答えは、「現在の受験者合格率を維持する限り、『修了生7割』は、いずれ自動的に達成される。」ということになるのです。
そもそも、上記の試算の際に、受験者数や法科大学院の定員は変数として含まれていません。他方で、受験者合格率を変数としていますから、合格者数もそれに応じて変動するという前提になっています。このような前提の下では、受験者数や法科大学院の定員が何人であろうと、受験者合格率が23%である限り、累積合格率は自動的に7割を超えるのです。そうなると、前記の文科省の試算は、何だったのか、と思うかもしれません。文科省の試算は、合格者数が1500人という定数であるという前提の下での試算に過ぎません。一方、前記の累積合格率の試算は、受験者合格率に応じて合格者数も変動するという前提の試算でした。受験者合格率が23%に維持された場合には、累積合格率も72.9%に維持されるというとき、合格者数は一定ではありません。そして、当サイトのこれまでの仮説によれば、司法試験委員会は、合格者数を一定とする考え方ではなく、合格率を一定とする考え方に立っているようである。そのような前提の下では、法科大学院の定員と対応関係に立つ変数は、合格者数の方ということになる。つまり、文科省が法科大学院の定員を2500人程度よりさらに減らすと、合格者数は1500人未満になる。逆に、定員を2500人程度より増やすと、合格者数は1500人を超える。文科省の試算は、このような対応関係を明らかにしたものだ、というわけです。
6.以上をまとめます。司法試験委員会は受験者合格率(厳密には修正合格率)を一定に保つように合格者数を操作している。これによって、累積合格率7割はいずれ達成されるはずである。そして、そのことは、法科大学院の定員とは関係がない。他方、合格者数が1500人未満になるか、それを超えるかは、法科大学院の定員が、2500人程度を上回って推移するか、下回って推移するかに依存する。結局、合格者数を予測するには、法科大学院の定員の変動が出願者数にどの程度影響するか。すなわち、出願者数を確認してみないとわからない。したがって、将来的に、合格者数が1500人未満となる可能性も否定できない、ということですね。