1.今回は、論文の合格点を考えます。司法試験の合否は、短答と論文の総合評価で決まりますから、論文単独の合格点は存在しません。もっとも、短答の影響を排除した論文の合格点の目安を考えることは可能です。
今年の合格者数は、1583人でした。これは、論文で1583位に入れば、短答で逆転されない限り、合格できるということを意味します。そこで、論文で1583位以内になるには、何点が必要か。法務省の公表した得点別人員調によれば、425点だと1582位、424点だと1602位となっています。厳密には、1583位の人は424点になるわけですが、この場合は、425点は必要だと考えた方がよいでしょう。ここでは、このように定まる得点を便宜上「論文の合格点」と表記します。
2.直近5年間の司法試験における論文の合格点、論文の全科目平均点、論文の合格点と全科目平均点の差をまとめたのが、以下の表です。なお、全科目平均点は、最低ライン未満者を含み、小数点以下を切り捨てています。
年 | 論文の 合格点 |
全科目 平均点 |
合格点と 平均点の差 |
24 | 375 | 353 | 22 |
25 | 373 | 351 | 22 |
26 | 370 | 344 | 26 |
27 | 400 | 365 | 35 |
28 | 425 | 389 | 36 |
平成24年から平成26年までは、概ね370点前後が論文の合格点でした。それが、昨年は400点に上がり、さらに、今年は425点にまで上昇しています。過去に例のないような急上昇が、2年連続で続いたことになります。
3.昨年と今年で共通していることは、全科目平均点が急上昇した、ということです(「平成28年司法試験の結果について(4)」)。全科目平均点が上がれば、それに応じて合格点が上がることは、自然なことです。
ただ、昨年に関しては、それだけでは説明できない部分がありました。そのことは、合格点と平均点の差を見ればわかります。平成26年には、合格点が全科目平均点より26点高かったのですが、昨年は、その差が35点に拡がっている。これは、全科目平均点の上昇幅以上に、合格点が上昇したことを意味しています。当時、当サイトでは、その要因を、上位層と下位層の二極分化によるものである、と説明していたのでした(「平成27年司法試験の結果について(4)」)。
今年は、合格点が上昇した、という点は昨年と同様ですが、合格点と平均点の差は、昨年とほぼ同様であることがわかります。これは、全科目平均点が上昇した分だけ、合格点も上昇したということを意味しています。ですから、今年の合格点の上昇は、単純に全科目平均点が上がったから、というそれだけの理由だと考えてよいのです。
昨年に生じた全科目平均点の上昇幅以上の合格点の上昇の主な要因が、上位層と下位層の二極分化にあったのだとすると、今年は、昨年より二極分化がすすんでいることはないだろう、すなわち、今年と昨年とでは、得点分布にそれほど差異がないだろうと予測できます。そこで、両者の得点分布を比較表にしたものが、以下のものです。括弧内は、短答合格者に占める割合を示しています。平成27年と平成28年は受験者数が大きく異なるので、比較をする場合には、括弧書きの割合を見ることになります。また、全科目平均点の上昇を考慮して、得点区分には、25点の差を設けています。
得点 | 平成28年人員 | 得点 | 平成27年人員 |
576点以上 | 20 (0.4%) |
551点以上 | 21 (0.3%) |
526~575 | 154 (3.3%) |
501~550 | 146 (2.7%) |
476~525 | 419 (9.0%) |
451~500 | 491 (9.2%) |
426~475 | 970 (20.9%) |
401~450 | 1159 (21.8%) |
376~425 | 1213 (26.2%) |
351~400 | 1362 (25.6%) |
326~375 | 931 (20.1%) |
301~350 | 1096 (20.6%) |
276~325 | 520 (11.2%) |
251~300 | 620 (11.6%) |
226~275 | 247 (5.3%) |
201~250 | 267 (5.0%) |
176~225 | 99 (2.1%) |
151~200 | 101 (1.9%) |
126~175 | 32 (0.6%) |
101~150 | 39 (0.7%) |
125点以下 | 16 (0.3%) |
100点以下 | 6 (0.1%) |
予想どおり、ほとんど変化がありません。とはいえ、昨年の段階で上位層と下位層の二極分化が進んでいましたから、二極分化の状態が維持されたということでもあります。昨年の記事(「平成27年司法試験の結果について(4)」)でも説明しましたが、これは、各科目において上位層と下位層の得点幅が拡がった状態を意味しません。各科目の得点幅は、採点格差調整(得点調整)によって、標準偏差10に調整されてしまうからです。しかし、各科目の得点幅が一定に調整されたとしても、それは全科目の合計点の得点幅が一定になることを意味しません。少し、単純化した具体例で考えてみましょう。憲民刑の3科目について、3人の受験生ABCが受験するとします。
表1 | 憲法 | 民法 | 刑法 | 合計点 |
受験生A | 90 | 10 | 50 | 150 |
受験生B | 50 | 90 | 10 | 150 |
受験生C | 10 | 50 | 90 | 150 |
表1では、各科目ではABCに得点差が付いていますが、合計得点は全員一緒です。ある科目で高得点を取っても、他の科目で点を落としたり、平凡な点数にとどまったりしているからです。
表2 | 憲法 | 民法 | 刑法 | 合計点 |
受験生A | 90 | 90 | 90 | 270 |
受験生B | 50 | 50 | 50 | 150 |
受験生C | 10 | 10 | 10 | 30 |
表2も、各科目の得点差の付き方、得点幅は、表1の場合と同じです。しかし、合計得点に大きな差が付いている。これは、ある科目で高得点を取る人は、他の科目も高得点を取り、ある科目で低い点数を取る人は、他の科目も低い点数を取るという、強い傾向性があるからです。このようにして生じる合計得点の差の変動は、個々の科目の採点格差調整(得点調整)では調整されないことがわかります。
4.昨年は、上記の表2の方向性の現象が起きたために、平均点の上昇以上の合格点の上昇が起きたのでした。これも、少し具体例で確認しておきましょう。
表3 | 憲法 | 民法 | 刑法 | 合計点 |
受験生A | 90 | 50 | 90 | 230 |
受験生B | 50 | 90 | 50 | 190 |
受験生C | 10 | 10 | 10 | 30 |
全科目平均点 150点 |
表4 | 憲法 | 民法 | 刑法 | 合計点 |
受験生A | 100 | 60 | 100 | 260 |
受験生B | 60 | 100 | 60 | 220 |
受験生C | 20 | 20 | 20 | 60 |
全科目平均点 180点 |
表3と表4を見て下さい。上位1名が合格するとした場合、表3では合格点は230点、表4では260点です。合計点の得点幅が変わらないので、表3と比べて、表4では全科目平均点の上昇幅と同じ得点だけ、合格点が上昇しています。
表5 | 憲法 | 民法 | 刑法 | 合計点 |
受験生A | 90 | 50 | 90 | 230 |
受験生B | 50 | 90 | 50 | 190 |
受験生C | 10 | 10 | 10 | 30 |
全科目平均点 150点 |
表6 | 憲法 | 民法 | 刑法 | 合計点 |
受験生A | 100 | 100 | 100 | 300 |
受験生B | 60 | 60 | 60 | 180 |
受験生C | 20 | 20 | 20 | 60 |
全科目平均点 180点 |
表5と表6で、同じように上位1名が合格するとした場合、表5の合格点は230点、表6では300点です。合計点の得点幅が広がったので、表5と比べて、表6では合格点が70点も上昇しています。全科目平均点の上昇幅である30点よりも、合格点の上昇幅が大きくなっていることがわかります。それでも、個々の科目の得点幅が拡がっているわけではないことに注意が必要です。
5.このように、昨年は、ある科目で高得点を取る人は、他の科目も高得点を取り、ある科目で低い点数を取る人は、他の科目も低い点数を取るという傾向が強くなった年であり、今年は、その程度が強まることはなかったものの、昨年と同程度の傾向が維持された年でした。これは、受験テクニック的には、どのような意味を持つのでしょうか。
当サイトでは、近時、憲法の統治や民訴などの一部の例外(この例外も解消される傾向にあります。)を除いて、全科目に共通する合格の十分条件を繰り返し示しています。それは、以下の3つです。
(1)基本論点を抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範を明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを明示できている。
これらのうち、(1)は、論点の知識や、事例から論点を抽出するための事例演習の量などに依存する要素ですが、(2)と(3)は、そのような意識を持っているかどうか、という「書き方に対する意識の持ち方やクセ」のようなものに依存する要素が強いといえます。このような意識やクセは、全科目に共通するものです。規範を知っていても、当てはめに入る前に一般論として明示しないというクセのある人は、特定の科目に限らず、全科目に共通して規範を明示しない書き方をします。逆に、「当てはめに入る前に規範を示すんだ。」という強い意識を持って答案を書く人は、全科目に共通して規範を明示する書き方になりやすいでしょう。また、当てはめで問題文の事実をきちんと書き写す意識がなく、つい自分勝手に要約してしまったり、いきなり評価から入ってしまうクセのある人は、全科目に共通して、答案に問題文の事実を示さない書き方になるでしょう。逆に、「当てはめでは問題文の事実を忠実に書き写すんだ。」という強い意識を持って答案を書く人は、全科目に共通して、問題文の事実をきちんと書き写す書き方になりやすい。こうして、「ある科目で高得点を取る人は、他の科目も高得点を取り、ある科目で低い点数を取る人は、他の科目も低い点数を取るという傾向」が生じます。最近になって、この傾向が強まってきたのは、問題文がプレテストや平成18年頃のような複雑なものではなく、シンプルな事例処理型の問題ばかりになってきたこと、それから、上記のような合格答案の十分条件を知っている人が増えたということが大きいのだろうと思います。当サイトでも、昨年から、上記の(1)から(3)までに特化した参考答案を示すようになっています。これを知っている人と、知らない人。これが、二極分化の端的な要因であると、当サイトでは考えています。上記の(1)から(3)までについても、「当たり前だよね。」という反応を示す人と、「そんなわけがない。俺が今までやってきたことを否定するつもりか!」と感情的になる人とに反応が二分される傾向が強いように感じます。そして、上記の条件を知らないと、どんなに勉強量を増やしても受からないから、「受かりにくい者は、何度受けても受からない」法則が成立してしまうのでした。
6.このように、最近の合格点の上昇のうち、全科目平均点の上昇幅を超える部分は、合格の十分条件を知っている人が増えたことによる上位層と下位層の二極分化に原因があり、今年も、昨年同様の傾向が維持されたと考えると、そのような合格の条件を知らない人にとっては、難易度が上がっていることになります。その意味では、論文合格のための要求水準が上がっている。しかし、逆に言えば、上記の(1)から(3)までをきちんと守れば、普通に受かることに変わりはない、ということでもあります。実際のところ、上記の(2)と(3)のスタイルをきちんと守っていれば、上記(1)の基本論点をある程度(各科目2つ程度)落としても、十分合格している。逆に、論点をほぼ全て拾っていても、(2)と(3)のスタイルが全く守られていない答案は、たとえ論理的なミスが1つもなくても、普通に落ちているという感じです。今年不合格だった人は、論点落ちもチェックすべきではありますが、とにかく(2)と(3)のスタイルを守って時間内に答案を書き切るにはどうしたらいいか。まずは、そのことを考える必要があるのだろうと思います。