1.前回までは、主に論文単独の合格点を考えました。今回は、短答の寄与度を考えます。
今年の短答の合格点は、昨年同様114点でした(「平成28年司法試験短答式試験の結果について(1)」)。これは、論文との総合評価をする段階では、113点以下の受験者が存在しない、すなわち、短答の最下位の点数は114点であることを意味します。では、短答を114点で際どく合格した人は、論文で何点を取る必要があったのでしょうか。
総合評価による得点は、以下の算式で決まります(「司法試験における採点及び成績評価等の実施方法・基準について」)。
総合得点=短答の得点+論文の得点×1.75
今年の総合評価における合格点は、880点です。上記の算式から、短答で114点だった者が合格するには、
880=114+論文の得点×1.75
論文の得点=766÷1.75
論文の得点≒437.7
概ね、論文で438点が必要だったということになります。 今年は、論文単独の合格点は425点でした(「平成28年司法試験の結果について(5)」)。ですから、短答が114点だと、論文で13点余計に取る必要があったということですね。これは、1科目当たりにすると、1.6点程度です。それほど不利になってないな、と感じるかもしれません。
また、438点は、1科目当たりにすると、54.7点です。これは、採点の際の区分で言えば、一応の水準(42点から57点まで)の真ん中よりやや上の数字です。もっとも、短答を考慮しない場合の合格点が、1科目当たりにすると、425÷8≒53.1点ですから、やはり一応の水準の真ん中よりやや上で変わりません。短答が合格点ギリギリだったとしても、論文で求められる内容は質的にはほとんど変わらない、といってよいでしょう。優秀・良好のレベルを取って逆転しなければならない、というわけではないのです。
2.代表的な短答の得点と、その場合に必要な論文の得点(論文合格点)及びそれを8で割った1科目当たりの合格点をまとめたのが、以下の表です。
短答の 得点 |
短答順位 | 論文 合格点 |
1科目当たり の合格点 |
114 (短答合格点) |
4621 | 438 | 54.7 |
133.2 (短答合格者平均点) |
2339 | 427 | 53.3 |
140 (満点の8割) |
1367 | 423 | 52.8 |
157.5 (満点の9割) |
110 | 413 | 51.6 |
167 (短答最高点) |
3 | 407 | 50.8 |
仮に、短答でトップだったとすると、論文は、一応の水準の真ん中を取れば合格できます。ただ、いずれにせよ一応の水準を守らないと受からないことには変わりはありません。短答ギリギリ合格だろうと、短答トップだろうと、一応の水準をクリアすることが、確実に合格するための条件になってくるのです。
1科目当たりの合格点を短答ギリギリ合格(114点)の場合と比較すると、短答トップのアドバンテージは、最大でも1科目当たり4点程度しかないことがわかります。基本論点を1つ落とせば、4点は簡単にひっくり返るでしょう。規範の明示を怠ったり、事実をいくつか拾い忘れた程度でも、4点程度は簡単にひっくり返ります。短答でトップをとっても、この程度なのです。ですから、短答でリードして論文で逃げ切るという戦略は、うまくいきません。短答でリードする戦略よりも、論文で確実に一応の水準をクリアすることを考える方が、はるかに容易です。当サイトで繰り返し説明しているとおり、基本論点について、規範を明示して、問題文の事実を摘示し(書き写し)て書けば、容易に一応の水準をクリアすることができるからです。
毎年、惜しいところで不合格になってしまう人がいます。そういう人は、成績表が送られてくると、「短答であと△点取れば受かっていた。」などと、考えてしまいがちです。しかし、そのような場合の敗因は、短答にあるのではなく、論文で一応の水準を確実にクリアする方法論を身に付けていなかったことにあると考えるべきです。
3.現在の短答は175点満点ですから、これは論文の得点に換算する(1.75で割る)と、ちょうど100点満点になります。論文が、8科目それぞれ100点満点で、合計800点満点であることを考えると、短答は、いわば9個目の科目ということもできそうです。そう考えると、軽視もできないな、という感じがするでしょう。また、短答には採点格差調整(得点調整)がないので、一定の標準偏差に得点幅が抑えられてしまう、ということがない。したがって、高得点を取ると、それがそのままダイレクトに総合評価に参入されます。そういったことを考えると、短答で稼ぐという選択肢もありそうに思えます。
ただ、短答は、総合評価の段階では、短答の合格点未満の者が存在しません。今年で言えば、114点未満のものは、総合評価段階では存在し得ない。そうすると、総合評価段階で生じ得る得点差というのは、175-114=61点。これは、論文の得点に換算すると、34.8点です。短答でこれ以上のアドバンテージを取ることは不可能なのです。そして、標準偏差によって得点幅を抑えられることがないとはいえ、ある程度以上からは相当細かい知識を覚えておかないと取れない領域に入っていきます。上記2で示した表を見ても、8割以上取れる人は1367人いますが、9割以上取れる人は、110人しかいないのです。そう考えると、合格点を取るというレベルを超えて、さらに総合評価で有利になるためだけの目的で短答の勉強をするというのは、それほど効率のよい学習法ではないということになるでしょう。
一方で、論文の方も、基本論点について、規範を明示して事実を摘示し(書き写し)て書くという方法論を実践できるようになれば、それ以上の学習は急激に効率が落ちていく。この時点で優に合格レベルは超えているのですが、より上位を目指すという発想からは、この段階ではやや細かめの知識も含めて、短答のインプットを再開する、というのは、あり得る選択肢です。
4.以上からすると、短答と論文の学習の優先順位は、以下のようになるでしょう。まず、初学者のうちは、短答を優先して学習をする。この段階のインプットは、将来的には論文を書くための基礎力という意味も持ちます。そして、短答が合格レベルを確実に超える程度になったら、論文の学習に切り替える。論文の学習は、上記の「基本論点について、規範を明示して事実を摘示し(書き写し)て書く」が実践できるまで、規範のインプットと演習を繰り返します。これが無難にこなせるようになったら、合格レベルです。ここからは、さらに上位合格を狙う段階に入ります。短答の学習に戻って、少し細かい知識もインプットしてみる。それと併行して、論文では事実の評価を一言入れるなど、より高評価を狙えるようにする。このように、最終段階では、短答と論文の学習を併行して行うことになります。短答と論文の学習のバランスは、以上のようなイメージで考えておけばよいでしょう。
ポイントは、できる限り早い時期から、短答の学習を開始する、ということです。なかなか合格できない人の特徴として、短答の学習に着手するのが遅すぎる、という傾向があります。短答の学習に着手するのが遅いと、本試験の日がすぐに迫ってきてしまうので、短答合格点を超えるレベルになるまで論文の学習を待っていられない、という事態になりがちです。その結果、短答も論文も中途半端なまま、本試験当日を迎えてしまう、ということになりやすい。これを避けるためにも、既修であれば法学部在学中に、未修であればロー入学初年度のうちに、短答の学習をスタートする必要があります。
短答知識のインプットは、完全に独学だと思っておくべきです。未修者で、「講義で扱っていないから」という理由で後回しにしている人がいますが、短答プロパーの知識を講義で扱うことはほとんどありません。結局、直前期に慌ててインプットすることになります。それでは到底間に合わないので、気を付けたいところです。