1.今回は、論文の合格点を考えます。司法試験の合否は、短答と論文の総合評価で決まりますから、論文単独の合格点は存在しません。もっとも、短答の影響を排除した論文の合格点の目安を考えることは可能です。
今年の合格者数は、1543人でした。これは、論文で1543位に入れば、短答で逆転されない限り、合格できるということを意味しています。そこで、論文で1543位以内になるには、何点が必要か。法務省の公表した得点別人員調によれば、385点だと1533位、384点だと1556位となっています。したがって、1543位以内の順位になるためには、385点が必要だったということになります。ここでは、このように定まる得点を便宜上、「論文の合格点」と表記します。
2.直近5年間の司法試験における論文の合格点、論文の全科目平均点、論文の合格点と全科目平均点の差をまとめたのが、以下の表です。なお、全科目平均点は、最低ライン未満者を含み、小数点以下を切り捨てています。
年 | 論文の 合格点 |
全科目 平均点 |
合格点と 平均点の差 |
25 | 373 | 351 | 22 |
26 | 370 | 344 | 26 |
27 | 400 | 365 | 35 |
28 | 425 | 389 | 36 |
29 | 385 | 360 | 25 |
平成25年及び平成26年は、概ね370点前後が論文の合格点でした。それが、平成27年になって400点に上がり、さらに、昨年は425点にまで上昇しました。これに対し、今年は、一転して385点まで下落しています。
3.この下落の要因を考えてみましょう。昨年と比較して、今年は論文の合格点が40点下落しました。もっとも、全科目平均点も、昨年より29点下がっています。ですから、上記の合格点の下落のうち、概ね30点は、全科目平均点の下落によるものだ、と考えることができるでしょう。しかし、それだけでは、残りの10点の下落を説明できません。
全科目平均点の変動だけでは説明できない合格点の変動は、平成27年にも生じていました。このときは、全科目平均点が平成26年より21点上昇したのに対し、合格点は30点も上昇していたのでした。この平成27年に生じた全科目平均点の上昇では説明できない部分の合格点の上昇は、主に得点分布の変化、すなわち、上位層と下位層の二極分化によるものでした(「平成27年司法試験の結果について(4)」)。
では、今年は、その逆、すなわち、「上位層と下位層の差が縮まることによって、全科目平均点の下落以上に合格点が下がる。」という現象が生じたのでしょうか。調べてみましょう。以下は、今年と昨年の得点分布を比較表にしたものです。括弧内は、短答合格者に占める割合を示しています。今年は昨年と比較して受験者数が減少しているので、比較をするには括弧書きの割合を見ることになります。また、全科目平均点の下落を考慮して、得点区分には、30点の差を設けています。
得点 | 平成29年人員 | 得点 | 平成28年人員 |
546点以上 | 28 (0.7%) |
576点以上 | 20 (0.4%) |
496~545 | 121 (3.0%) |
526~575 | 154 (3.3%) |
446~495 | 381 (9.6%) |
476~525 | 419 (9.0%) |
396~445 | 783 (19.8%) |
426~475 | 970 (20.9%) |
346~395 | 1028 (26.1%) |
376~425 | 1213 (26.2%) |
296~345 | 809 (20.5%) |
326~375 | 931 (20.1%) |
246~295 | 467 (11.8%) |
276~325 | 520 (11.2%) |
196~245 | 210 (5.3%) |
226~275 | 247 (5.3%) |
146~195 | 72 (1.8%) |
176~225 | 99 (2.1%) |
96~145 | 26 (0.6%) |
126~175 | 32 (0.6%) |
95点以下 | 12 (0.3%) |
125点以下 | 16 (0.3%) |
今年は、昨年とほとんど変化がないことがわかります。したがって、今年は、「上位層と下位層の差が縮まることによって、全科目平均点の下落以上に合格点が下がる。」という現象は、生じなかったといえます。もっとも、平成27年に生じた上位層と下位層の二極分化の状態は、昨年、今年と維持されていることになります。ですから、昨年指摘した注意事項は、今年もそのまま当てはまるのです(「平成28年司法試験の結果について(5)」)。
4.それでは、全科目平均点の下落だけでは説明できない合格点の下落の原因は、どこにあるのか。それは、短答合格者ベースの論文合格率の上昇にあります。以下は、直近5年の短答合格者ベースの論文合格率の推移です。
年 (平成) |
論文 合格率 |
25 | 38.9% |
26 | 35.6% |
27 | 34.8% |
28 | 34.2% |
29 | 39.1% |
以前の記事(「平成29年司法試験の結果について(1)」)で説明したとおり、今年は、1500人を割り込むだろうという大方の予想に反して、1543人が合格しました。その割には、短答段階では、あまり合格者数は絞り込まれなかった。そのため、短答合格者ベースの論文合格率は、5%近く跳ね上がったのでした。この論文段階での合格率の上昇が、合格点を押し下げたのです。
具体的に確認してみましょう。仮に、今年の論文段階の合格率が、昨年同様の34.2%だったとしましょう。そうすると、今年の短答合格者数は3937人ですから、想定される論文合格者数は、以下のようになります。
3937×0.342≒1346人
法務省の論文式試験の得点別人員調をみると、395点で累計1332人、394点で累計1355人となっていますから、概ね395点が合格点だっただろうと推計できます。前記1のとおり、実際の合格点は385点だったわけですから、昨年同様の論文合格率であったなら、合格点は10点くらい上昇しただろうことがわかる。これは、先ほど、「全科目平均点の下落だけでは説明できない部分」としていた下落幅と一致します。
5.このように、昨年からの合格点の下落分のうち、30点くらいは全科目平均点の下落によるものであり、残りの10点くらいは論文合格率の上昇によるものであることが明らかになりました。来年以降、全科目平均点については、「考査委員が得点分布の目安を守ろうとした。」という仮説が正しいとするなら、374点前後でそれほど大きく変動しないでしょう。一方で、論文合格率は、仮に1500人基準が維持されるなら、さらに上昇することになります。その場合には、得点分布に大きな変化が生じない限り、合格点はさらに下落することになるでしょう。