1.以下は、予備試験論文式試験の合格点及び平均点と両者の差の推移です。
年 (平成) |
論文 合格点 |
論文 平均点 |
合格点と 平均点の差 |
23 | 245 | 195.82 | 49.18 |
24 | 230 | 190.20 | 39.80 |
25 | 210 | 175.53 | 34.47 |
26 | 210 | 177.80 | 32.20 |
27 | 235 | 199.73 | 35.27 |
28 | 245 | 205.62 | 39.38 |
29 | 245 | 208.23 | 36.77 |
前回の記事(「平成29年予備試験論文式試験の結果について(2)」)で説明したとおり、平均点は得点分布の目安に近づける方向で上昇傾向にある一方で、合格点は245点のまま据え置かれているわけですから、合格点と平均点の差が縮まるのは当然のことです。これは同時に、論文の合格率を上昇させます。以下は、予備試験における論文受験者ベースの論文合格率の推移です。
年 (平成) |
論文 受験者数 |
論文 合格者数 |
論文合格率 |
23 | 1301 | 123 | 9.45% |
24 | 1643 | 233 | 14.18% |
25 | 1932 | 381 | 19.72% |
26 | 1913 | 392 | 20.49% |
27 | 2209 | 428 | 19.37% |
28 | 2327 | 429 | 18.43% |
29 | 2200 | 469 | 21.31% |
今年の論文合格率は、昨年より3%ほど上昇して、これまでで最も高い合格率であったことがわかります。もっとも、この合格率の上昇は、平均点の上昇だけで生じたわけではありません。そのことは、2つの試算をすることで確認できます。今年は、昨年よりも概ね3点平均点が上昇しています。そのことを考慮して、昨年の得点別人員調で、242点以上だった者の数をみると、472人です。仮に昨年の合格者数が472人だった場合の合格率は、20.2%になる。他方、今年の得点別人員調で、248点以上だった者の数をみると、431人です。仮に今年の合格者数が431人だった場合の合格率は、19.5%になる。このことからわかることは、平均点が3点程度上昇した影響によって変動した合格率は、概ね2%程度だということです。
2.では、残り1%程度の上昇は、どのような要因によるものなのか。これは、得点分布が上位陣と下位陣とに二極分化したこと、言い換えれば、得点のバラ付きが大きくなったことによるものです。合格点が一定の場合に得点のバラ付きが大きくなると、合格率が上昇するということについては、下記の表をみるとわかりやすいでしょう。これは、X年とY年という異なる年に、100点満点の試験を10人の受験生について行ったという想定における得点の例です。
X年 | Y年 | |
受験生1 | 60 | 80 |
受験生2 | 55 | 70 |
受験生3 | 50 | 60 |
受験生4 | 45 | 50 |
受験生5 | 40 | 40 |
受験生6 | 35 | 30 |
受験生7 | 30 | 15 |
受験生8 | 20 | 10 |
受験生9 | 15 | 5 |
受験生10 | 10 | 0 |
平均点 | 36 | 36 |
標準偏差 | 16.24 | 27.00 |
X年とY年は、平均点は同じですが、得点のバラ付きを示す標準偏差が異なります。上記において、60点を合格点とすると、標準偏差の小さいX年は1人しか合格者がいませんが、Y年は3人の合格者がいます。合格率にすると、X年は10%、Y年は30%ということになりますね。このように、合格点に変動がない場合には、平均点に変化がなくても、得点のバラ付きが大きくなると、合格率は上昇するのです。
論文試験の得点は、各科目について得点調整(採点格差調整)がされるため、各科目の得点の標準偏差は毎年常に同じ数字です(法務省の資料で「配点率」と表記されているものに相当します。)。しかし、各科目の得点を足し合わせた合計点の標準偏差は、年によって変動し得る。そのことは、以下の表をみればわかります。憲民刑の3科目、100点満点で、ABCの3人の受験生が受験したと想定した場合の得点表です。
X年 | 憲法 | 民法 | 刑法 | 合計点 |
受験生A | 90 | 10 | 50 | 150 |
受験生B | 50 | 90 | 10 | 150 |
受験生C | 10 | 50 | 90 | 150 |
Y年 | 憲法 | 民法 | 刑法 | 合計点 |
受験生A | 90 | 90 | 90 | 270 |
受験生B | 50 | 50 | 50 | 150 |
受験生C | 10 | 10 | 10 | 30 |
X年もY年も、各科目における得点のバラ付きは、90点、50点、10点で同じです。しかし、合計点のバラ付きは、Y年の方が大きいことがわかります。このように、各科目の得点のバラ付きが一定でも、どの科目も良い点を取る受験生と、どの科目も悪い点を取る受験生とで二極分化が生じる場合には、合計点のバラ付きが大きくなるのです。
ここまで理解した上で、実際の得点のバラ付きはどうなっていたか。確認してみましょう。以下は、法務省の公表している得点別人員調を基礎にして算出した予備試験の論文式試験における合計点の標準偏差の推移です。
年 (平成) |
標準偏差 |
23 | 39.4 |
24 | 37.3 |
25 | 41.3 |
26 | 39.4 |
27 | 39.6 |
28 | 44.2 |
29 | 52.5 |
今年は、昨年よりさらに標準偏差が大きく、過去最大となっていることがわかります。それだけ、上位陣と下位陣との二極分化が進んでいるということです。このことが、平均点の上昇とは別に、概ね1%程度論文の合格率を引き上げたのでした。
3.今年の予備論文の合格率の上昇要因のうち、平均点の上昇については、得点分布の目安に近づける方向で採点されているというだけのことですから、受験テクニック上は、あまり気にする必要はありません。これに対し、もう1つの要因、すなわち、得点分布の二極分化の傾向は重要です。
当サイトでは、近時、憲法の統治や民訴などの一部の例外(この例外も解消される傾向にあります。)を除いて、全科目に共通する合格答案の傾向を繰り返し示しています。それは、以下の3つです。
(1)基本論点を抽出できている。
(2)当該事案を解決する規範を明示できている。
(3)その規範に問題文中のどの事実が当てはまるのかを明示できている。
これらのうち、(1)は、論点の知識や、事例から論点を抽出するための事例演習の量などに依存する要素ですが、(2)と(3)は、そのような意識を持っているかどうか、という「書き方に対する意識の持ち方やクセ」のようなものに依存する要素が強いといえます。このような意識やクセは、全科目に共通するものです。規範を知っていても、当てはめに入る前に一般論として明示しないというクセのある人は、特定の科目に限らず、全科目に共通して規範を明示しない書き方をします。逆に、「当てはめに入る前に規範を示すんだ。」という強い意識を持って答案を書く人は、全科目に共通して規範を明示する書き方になりやすいでしょう。また、当てはめで問題文の事実をきちんと書き写す意識がなく、つい自分勝手に要約してしまったり、いきなり評価から入ってしまうクセのある人は、全科目に共通して、答案に問題文の事実を示さない書き方になるでしょう。逆に、「当てはめでは問題文の事実を忠実に書き写すんだ。」という強い意識を持って答案を書く人は、全科目に共通して、問題文の事実をきちんと書き写す書き方になりやすい。こうして、「ある科目で高得点を取る人は、他の科目も高得点を取り、ある科目で低い点数を取る人は、他の科目も低い点数を取るという傾向」が生じます。最近になって、この傾向が強まってきたのは、問題文の多くがシンプルな事例処理型の問題になってきたことに加え、上記のような合格答案の傾向を知っている人が増えたということが大きいのだろうと思います。当サイトでも、平成27年から、上記の(1)から(3)までに特化した参考答案を示すようになっています。これを知っている人と、知らない人。これが、二極分化の端的な要因であると、当サイトでは考えています。上記の(1)から(3)までについても、「当たり前だよね。」という反応を示す人と、「そんなわけがない。俺が今までやってきたことを否定するつもりか!」と感情的になる人とに反応が二分される傾向が強いように感じます。後者のタイプの人は、実はとても良く勉強していて、理解の深い人が多いのです。正義感も人一倍強く、むしろ、このような人こそ早く法曹になって活躍して欲しいと思うような人です。そのような人は、「俺は他の人みたいないい加減な理解で試験を受けていない。自分が学んで理解したことを自分の言葉で答案に表現するんだ。そのためなら当たり前の規範や事実は省略して構わない。」という信念を持っている。だから、周囲の人がアドバイスしても、「偉そうに言うな。わかってないのはお前なんだよ。俺はお前達と違って本質を理解しているんだ。」などと感情的に反発し、ますます自分のやり方で凝り固まってしまう。そうなってしまうと、もうどんなに勉強量を増やしても改善の見込みはないわけですから、「受かりにくい者は、何度受けても受からない」法則が成立してしまう。逆に、この点を意識して改善すれば、「受かりにくい者は、何度受けても受からない」法則の作用を、かなり軽減できるのです。今年の司法試験における予備組の結果は、そのことの表れではないかと感じさせるものでした(「平成29年司法試験の結果について(9)」)。
今までは、上記の合格答案の傾向を知っている受験生が少なかったために、(2)の規範の明示や、(3)の事実の摘示がある程度雑でも、合格できていました。しかし、今後は、(2)の規範の明示や、(3)の事実の摘示を普通にこなしてくる受験生が増えてくるでしょう。そうなると、この点が雑な書き方では、合格が難しくなってくる。今年の標準偏差のさらなる拡大は、この点を示唆するものといえるでしょう。今後も見据えた予備論文の対策という意味では、これまで以上に、(2)の規範の明示や、(3)の事実の摘示を重視した学習が必要になるでしょう。