令和2年司法試験短答式試験の結果について(1)

1.令和2年司法試験短答式試験の結果が公表されました合格点は、93点でした。以下は、憲民刑の3科目、175点満点になった平成27年以降の短答式試験の合格点の推移です。

合格点
平成27 114
平成28 114
平成29 108
平成30 108
令和元 108
令和2 93

 平成27年及び平成28年は114点、平成29年から昨年までは108点でした。それが、今年は一気に下がって93点となっています。どうして、このような点数になったのでしょうか。

2.現在の短答式試験の合格点は、論文の合格者数を踏まえつつ、短答・論文でバランスのよい合格率となるように決められているとみえます(「令和元年司法試験短答式試験の結果について(1)」) 。当サイトでは、今年の出願者数が公表された段階で、いくつかの場合を想定したシミュレーションを行っていました(「令和2年司法試験の出願者数について(2)」)。その際、論文合格者数1500人、1300人、1100人のそれぞれの場合を想定して、バランスのよい数字の組み合わせを試算していました。以下の表は、その当時の試算をまとめたものです。 

受験者数 短答
合格者数
短答
合格率
(対受験者)
論文
合格者数
論文
合格率
(対短答)
論文
合格率
(対受験者)
3803 3043 80.0% 1500 49.2% 39.4%
2800 73.6% 1300 46.4% 34.1%
2510 66.0% 1100 43.8% 28.9%

 実際の合格者数は、2793人でした。これは、上記の表でいえば、論文合格者数1300人を想定した場合の試算に近い数字です。ただ、上記の表は、受験者数3803人という試算が基礎となっています。実際の受験者数は3703人でしたから、このことも考慮する必要があるでしょう。そこで、上記の表の数字のうち、受験者数、短答合格者数を実際の数字に置き換えてみたのが、以下の表です。

受験者数 短答
合格者数
短答
合格率
(対受験者)
論文
合格者数
論文
合格率
(対短答)
論文
合格率
(対受験者)
3703 2793 75.4% 1500? 53.7%? 40.5%?
1300? 46.5%? 35.1%?
1100? 39.3%? 29.7%?

 比較のために、平成28年から昨年までの数字も加えてみましょう。

受験者数 短答
合格者数
短答
合格率
(対受験者)
論文
合格者数
論文
合格率
(対短答)
論文
合格率
(対受験者)
平成28 6899 4621 66.9% 1583 34.2% 22.9%
平成29 5967 3937 65.9% 1543 39.1% 25.8%
平成30 5238 3669 70.0% 1525 41.5% 29.1%
令和元 4466 3287 73.6% 1502 45.6% 33.6%
令和2 3703 2793 75.4% 1500? 53.7%? 40.5%?
1300? 46.5%? 35.1%?
1100? 39.3%? 29.7%?

 このようにしてみたとき、バランスがよいのは、やはり論文合格者数1300人の場合です。1500人では、対短答の論文合格率が高すぎるようにみえる。一方で、1100人まで減らす気はなさそうだ、という感じもするところです。
 他に考えられる仮説としては、短答合格率の上限を75%としているのではないか、というものがあります。これ以上に短答合格率が上がるようでは、試験の意味がなくなってしまいかねない、ということを考えたのではないか、という見立てです(※)。短答合格率に上限を定めると、対短答の論文合格率が上昇することになりますが、1500人合格させてもまだ53.7%ですから、試験の意味を失わせるほどではない。今年、論文合格者数1500人が維持された場合には、この仮説が説得力を持つことになるでしょう。
 ※ 「もともと法科大学院修了生の7~8割を合格させるはずだったのだから、75%を超えたくらいで試験の意味がないというのはおかしいのでは?」と思った人は、その「7~8割」は単年の合格率ではなく、累積合格率を指すこと(「令和元年司法試験の結果について(2)」)を思い出す必要があります。

3.以上のように考えてみると、今年の短答の合格点は、以下の2つの仮説によって説明できそうです。

① 論文合格者数を1300人に減らすことを見越して、バランスのよい合格率となる合格者数となる点数を合格点にした。
② 論文合格者数を1500人とみてバランスのよい合格率を考えると短答合格率が75%を超えてしまうため、短答合格率が75%となる点数を合格点にした。

 個人的には、論文合格者数1500人は維持されそうだ、というところから、①はなさそうだとも感じます(後記4参照)し、一方で、第1回新司法試験(平成18年)の短答合格率が80.5%だったことを踏まえると、②もちょっとどうなのかな、と感じます。感覚的には、どちらもあまりありそうにない実際の論文合格者数をみてみないと、にゃんともいえないところです。

4.なお、「今年はもう当面1500人程度とした推進会議決定の期限が切れている。昨年の合格者数は1502人まで減っている。だから、今年こそは間違いなく1500人を割り込むに違いない。」などという言説デマといってよいものであることは、以前の記事(「令和2年司法試験の出願者数について(2)」)で説明したとおりです。

 

(「令和2年司法試験の出願者数について(2)」より引用)

 今年は、昨年以前にも増して、「今年こそは1500人を割り込むに違いない。」などの言説が流布されやすい特別の事情があります。それは、上記の推進会議決定の「当面」の意味するところに関わります。

 

衆院法務委員会平成27年05月22日より引用。太字強調は筆者。)

階猛(民主)委員 この中で、「当面、」という表現が出てきます。千五百人程度は輩出されるよう必要な取り組みを進めるということで、「当面、」という表現が出てきますけれども、この「当面、」というのは具体的にはいつからいつまでを指すのか、教えてください。

大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長 検討結果の取りまとめ案における「当面、」とは、推進会議において結論が出された後に、例えば、社会的、経済的な諸事情の推移等によりますけれども、差し当たり五年程度の期間を言うのではないかと考えております。

階猛(民主)委員 五年というのは、ことしを含んで五年なのか、来年から五年なのか。ことしの合格者から始まるのかどうか、教えてください。

大塲亮太郎内閣官房法曹養成制度改革推進室長 今申し上げましたように、ことしの推進会議において結論が出された後と申しましたけれども、これは設置期限が七月十五日ということですので、近々出るわけですけれども、そこから五年という意味であります。

(引用終わり)

 

 「当面」とは、平成27年7月15日から起算して5年を意味する。そうすると、令和2年司法試験の結果が出る同年9月の時点では、この期間は過ぎてしまっているとも考えられます。これを根拠として、「今年はもう当面1500人程度とした推進会議決定の期限が切れている。昨年の合格者数は1502人まで減っている。だから、今年こそは間違いなく1500人を割り込むに違いない。」などという人が出てきても、不思議ではありません。そして、このような情報がネット上で拡散すれば、信じ込んでしまう受験生が出てきそうです。
 しかし、上記のような言説は、現在ではデマといってよい類のものといえます。なぜなら、法務省はその後、上記の「当面」の期間について、実質的に異なる内容の答弁をするようになったからです。

 

衆院法務委員会平成30年3月30日より引用。太字強調は筆者。)

藤原崇(自民)委員 平成二十七年六月三十日の法曹養成制度改革推進会議決定ということで、「法曹養成制度改革の更なる推進について」ということで出されております。今、集中改革期間として進んでおるんですが、この中に、こういう文言があります。当面、これより規模が縮小するとしても、千五百人程度は輩出されるよう、必要な取組を進め、とどまることなく、最善を尽くし、中略して、目指すべきであると。つまり、当面はこういう方向を目指すべきである、そういうふうに書いてあるんですね。
 二十七年からはもう三年近くがたってまいりました。もちろん、この当面という文言は何年後という一義的なものではないのであると思うんですが、この当面というのはどれくらいの期間を想定しているのかということについて、法務省の見解をお伺いしたいと思います。

小出邦夫法務省大臣官房司法法制部長 お答えいたします。
 委員御指摘の法曹養成制度改革推進会議決定、平成二十七年六月のものでございますが、御指摘のとおり、新たに輩出される法曹の規模につきまして、当面、千五百人程度は輩出されるよう、必要な取組を進め、更にはこれにとどまることなく、より多くの質の高い法曹が輩出され、活躍する状況になることを目指すべきであるとされているところでございます。
 今後、あるべき法曹の輩出規模が改めて示される際には、裁判事件数の推移や法曹有資格者の活動領域の拡大を含む法曹に対する社会の法的需要、また司法アクセスの改善状況を含む全国的な法曹等の供給状況といった要因のほか、輩出される法曹の質の確保の観点から、御指摘ございました、文科省において現在進められております法科大学院の集中改革の進捗状況やその結果等の事情が考慮されることになるものと考えております。
 このように、あるべき法曹の輩出規模につきましては、多岐にわたる事情、要因を考慮する必要がございまして、そのためのデータ集積には一定の期間を要するというふうに考えておりまして、現時点において、この千五百人程度という政府方針の見直しを行う時期を明示するのは困難なところがございます。
 ただ、推進会議決定における法科大学院の集中改革期間は平成三十年度までとされていることもありますので、これを踏まえつつ、また、あるべき法曹の輩出規模について適切な時期に的確な検討が行えるよう、改革の推進状況や改革の成果の把握も含めて、必要なデータ等の集積や、法務省が行うべき活動領域の拡大に向けた取組等を引き続きしっかり行ってまいりたいというふうに考えているところでございます。

藤原崇(自民)委員 ありがとうございます。
 当面というのはどのときかというのは一義的には難しいということで、それはそうなんだろうと思います。
 ただ、一つのポイントになるのは、平成三十年度までの法科大学院の集中改革期間、これの改革の結果とか成果、どこまでを見るかというのはあるんですが、そういうことを踏まえてということだと思いますので、そろそろ集中改革期間が終わるという意味では、一つの区切りが近くなってきたのかなと思っております。
 その文書、更に下には、法務省は、法曹人口のあり方に関する必要なデータの集積を継続して行い、法曹の輩出規模について引き続き検証を行うこととするとあるが、これはどのような方法でこの検証を行っているのか、そして、検証結果の結論についていつの時点で出せるかどうか、そういう見通しをどう立てているのか、現在の状況についてお伺いをさせていただきたいと思います。

小出邦夫法務省大臣官房司法法制部長 お答えいたします。
 法曹養成制度改革推進会議決定に関しましては、今後の法曹人口のあり方に関しまして、委員御指摘のとおり、「法務省は、文部科学省等関係機関・団体の協力を得ながら、法曹人口の在り方に関する必要なデータ集積を継続して行い、高い質を有し、かつ、国民の法的需要に十分応えることのできる法曹の輩出規模について、引き続き検証を行うこと」とされております
 法務省におきましては、現在、この推進会議決定に基づきまして、司法試験の受験者数、合格者数の推移、法科大学院志願者数の推移、また弁護士登録者数及び登録取消し者数の推移、また裁判事件数の推移、企業内弁護士数の推移等といった関連するデータの集積を行っているところでございます。
 先ほど申し上げましたけれども、あるべき法曹の輩出規模につきましては、多岐にわたる事情、要因を考慮する必要がありますところ、これまでに集積されたデータのみでは不十分でございまして、また今後何らかの結論を得る時期を明示することもまた困難なところではございますが、法科大学院の集中改革期間が平成三十年までとされていますので、またその成果を踏まえ、また早く検証すべきであるという委員の御指摘も踏まえた上で、あるべき法曹の輩出規模について適切な時期に的確な検討が行えるよう、引き続き必要な取組を進めてまいりたいというふうに考えております。

(引用終わり)

 

 要するに、データの集積が不十分だから、まだ1500人という政府方針の見直しを行う時期は明示できない。そして、検証結果の結論をいつだせるかの見通しすらわからない。こう言っているのです。さらに、最近では、上記推進会議決定を引用する際、「当面」を脱落させる答弁も目立つようになってきています。

 

衆院文部科学委員会平成31年4月24日より引用。太字強調は筆者。)

小出邦夫政府参考人 平成二十七年六月の法曹養成制度改革推進会議決定では、法曹人口のあり方につきまして、新たな法曹を年間千五百人程度は輩出できるよう必要な取組を進めるなどとされたところでございます。

(引用終わり)

(参院法務委員会令和元年5月30日より引用。太字強調は筆者。)

政府参考人(小出邦夫君) お答えいたします。
 委員御指摘のとおり、推進会議決定におきましては、今後新たに養成し、輩出される法曹の規模として千五百人程度は輩出されるよう必要な取組を進めることとされております

(引用終わり)

 

 些細なことに思えるかもしれませんが、このようなことは、わざとやっていたりするものです。以上のことだけを見ても、「今年はもう当面1500人程度とした推進会議決定の期限が切れている。昨年の合格者数は1502人まで減っている。だから、今年こそは間違いなく1500人を割り込むに違いない。」などと言える状況ではないことは明らかです。
 もう1つ、重要なことは、前回の記事(「令和2年司法試験の出願者数について(1)」)でも紹介した法科大学院の教育と司法試験等との連携等に関する法律(いわゆる連携法)等の改正に伴い設定される法科大学院の入学定員の上限との関係です。この入学定員管理の趣旨は、予測可能性の高い制度とすること、いい換えれば、再び合格率が急落する事態が生じないようにすることでした。

 

法科大学院等特別委員会(第92回)議事録より引用。太字強調は筆者。)

小幡専門教育課長 定員管理に関するところでございますが,法務大臣と文部科学大臣の相互協議の規定の新設ということで,法務大臣と文部科学大臣は,法科大学院の学生の収容定員の総数その他の法曹の養成に関する事項について,相互に協議を求めることができることなどを規定することとしております。 また,この後,こちらも省令でございますけれども…学校教育法施行令を改正し,法科大学院の定員増を認可事項とし,文科省告示により,入学定員総数について,現状の定員規模である2,300人程度を上限とすることを検討しているということでございます。これによりまして法科大学院の定員管理の仕組みを設け,予測可能性の高い法曹養成制度を実現するということを目的としております。

(引用終わり)

参院法務委員会令和元年5月30日より引用。太字強調は筆者。)

政府参考人(森晃憲君) 法科大学院制度については、制度発足時、数多くの法科大学院が設置されて過大な定員規模となったこと、それから、修了者の合格率が全体として低迷していること、そして、数多くの学生が時間的負担が大きいと感じている、そういった課題がございます。また、司法試験合格者については、当面千五百人規模は輩出されるような必要な取組を進めるということとされておりまして、こうした状況を踏まえまして、今回の改正案については、法務大臣と文科大臣の相互協議の規定を新設して法科大学院定員管理の仕組みを設けたこと、それから、法科大学院において涵養すべき学識等を具体的に規定して法科大学院教育の充実を図ること、さらに、今御指摘がありました3プラス2の制度化と司法試験の在学中受験の導入によりまして、時間的、経済的負担の軽減を図ることとしております。

(引用終わり)

 

 定員の上限を2300人程度としたとしても、合格者数が1500人を割り込んでしまえば、「合格率が高くなったと聞いて法科大学院に入学したのに、自分が修了する頃には合格率が急落してしまっていた。」ということになるでしょう。これでは、予測可能性の高い制度にはならない。このように、今回の定員に上限を設ける施策は、合格者数が1500人程度に維持されることを前提としているのです。
 以上のことを理解すれば、「今年はもう当面1500人程度とした推進会議決定の期限が切れている。昨年の合格者数は1502人まで減っている。だから、今年こそは間違いなく1500人を割り込むに違いない。」などという言説は、デマといってよいことが明らかです。この種の言説を目にしたとき、拡散に加担してしまわないよう、注意が必要です。

(引用終わり)

 

 仮に、今年の論文合格者数が1500人を割り込んだとしても、それは「推進会議決定の期限が切れたから」ではなく、別の理由によるものです。もっとも、1500人を割り込んだ理由の説明を求められた場合には、「それは『当面』の期間が過ぎたからでございます。」という説明は便利です。筆者が法務省の担当者であれば、そう答えるでしょう。このように、1500人を割り込んでしまった場合の事後的な方便として「当面」が使われる可能性はあるでしょうが、現時点で、これを根拠として、「1500人を割り込むことは確実だ。」等ということはできないのです。

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