令和2年司法試験短答式試験の結果について(3)

1.科目別の平均点をみてみましょう。以下は、直近5年間の科目別の平均点の推移をまとめたものです。憲法・刑法は50点満点ですが、民法は75点満点なので、比較のため、民法の平均点の欄の括弧内に50点満点に換算した数値を示しました。

憲法
平均点
民法
平均点
刑法
平均点
平成
28
34.3
49.5
(33.0)
36.2
平成
29
32.0
48.0
(32.0)
33.8
平成
30
33.2 47.8
(31.8)
35.9
令和
30.5 57.4
(38.2)
31.4
令和
35.6 43.8
(29.2)
29.6

 以前の記事(「令和2年司法試験短答式試験の結果について(2)」)でみたとおり、今年は、全体の平均点が昨年よりも概ね10点も下落しました。ところが、科目別でみると、憲法は、むしろ平均点が5点も上昇しています。憲法が易しめだったという傾向は、予備試験でも同様でした(「令和2年予備試験短答式試験の結果について(2)」)。他方で、民法、刑法の平均点をみると、直近では例がないほど低いことがわかります。ただ、昨年との比較でみると、刑法は昨年もかなり難しかったため、2点弱しか差がありません。全体の平均点を大きく押し下げたのは、憲法が易しくなったことをはるかに上回る民法の大幅な難化でした。民法は、かなり易しめだった昨年との落差が激しく、実に14点弱も平均点が下落しています。体感的には、あり得ないような難化と感じられたことでしょう。このことは、予備試験でも同様でした(「令和2年予備試験短答式試験の結果について(2)」)。
 短答式試験の試験科目が7科目だった頃は、憲民刑の基本科目は比較的易しく、残りの4科目がやや難しいという感じでした。特に、民法はかなり易しく、普通に論文の学習をしているだけでも、7割くらいは取れる。短答対策をきちんとやっていれば、8割、9割は正解できて当然だろうという内容でした。しかし、憲民刑の3科目になってからは、そうもいかなくなっています。短答プロパーの知識をインプットしていないと、論文の学習だけでは、合格点を確実に取れるとはいえないという感じです。このことは、注意しておくべきことでしょう。短答7科目時代の合格者から、「論文の勉強を真面目にやっていれば短答は合格できるから、短答に特化した対策は不要ですよ。」というようなことを言われることがあるかもしれませんが、それは当時そうだった、というだけで、現在では当てはまらないことです。以前の記事(「令和2年司法試験短答式試験の結果について(2)」)でも説明したように、早い時期から肢別問題集をマスターしておくことが必要です。

2.今年の最大の特徴は、最低ライン未満者の大量発生でした。以下は、直近5年の最低ライン未満者割合(短答受験者全体に占めるその科目の最低ライン未満者の割合)の推移をまとめたものです。

憲法
最低ライン
未満割合
民法
最低ライン
未満割合
刑法
最低ライン
未満割合
平成
28
2.3% 6.1% 4.6%
平成
29
3.7% 5.0% 3.2%
平成
30
1.7% 7.1% 3.0%
令和
4.0% 1.8% 8.2%
令和
1.2% 11.7% 10.1%

 民法と刑法で、あり得ないほどの最低ライン未満者が出ていることがわかります。今年の短答受験者は3703人ですが、法務省の公表する得点別人員調によれば、どの科目も最低ライン以上だった者は3024人ですから、途中欠席の39人を除けば、640人がいずれかの科目で最低ライン未満となったということになります。一方で、短答合格者は2793人ですから、不合格者は910人。そうすると、640÷910≒70.3%ということですから、不合格者の実に7割程度が、最低ライン未満で不合格となったということになるわけです。このようなことは、過去に例がないことです。
 さて、以前の記事(「令和2年司法試験短答式試験の結果について(1)」)で、従来どおり合格率のバランスに着目して検討すると、合格点の決定方法について、あまりしっくりくる説明がない、という話をしました。

 

(「令和2年司法試験短答式試験の結果について(1)」より引用)

 今年の短答の合格点は、以下の2つの仮説によって説明できそうです。

① 論文合格者数を1300人に減らすことを見越して、バランスのよい合格率となる合格者数となる点数を合格点にした。
② 論文合格者数を1500人とみてバランスのよい合格率を考えると短答合格率が75%を超えてしまうため、短答合格率が75%となる点数を合格点にした。

 個人的には、論文合格者数1500人は維持されそうだ、というところから、①はなさそうだとも感じます(後記4参照)し、一方で、第1回新司法試験(平成18年)の短答合格率が80.5%だったことを踏まえると、②もちょっとどうなのかな、と感じます。感覚的には、どちらもあまりありそうにない

(引用終わり)

 しかし、最低ライン未満者を考慮すると、少し謎が解ける気がします。今年は、どの科目も最低ライン以上だった者が3024人しかいませんでした。仮に、合格率のバランスを考えて短答合格者数を決定する場合、論文合格者数を1500人とすると、短答は3000人強を合格させる必要がありました(「令和2年司法試験短答式試験の結果について(1)」)。ところが、それでは、最低ラインだけで合否を決める感じになってしまう。それではまずい、ということで、もう少し総合点で絞る形をとったのではないか。これが、今年特有の事情に基づく第3の仮説です。このように考えると、論文合格者数1500人が維持される可能性は、それなりに残されているということになるでしょう。

3.最低ライン未満者がこれだけ多くなると、「短答は基礎的な問題しか出ないはずなのに、4割も取れない受験生がこんなにいるということは、質がものすごく落ちたのかな。」と思うかもしれません。しかし、そう思った人は、実際に自分で今年の問題を解いてみるべきでしょう。とてもではありませんが、「基礎的な問題しか出ない。」などと言える内容ではありません。短答が得意な人でも、今年は解いていて「ヤバい」と感じた人が多かったはずです。
 民法では、改正に関する知識を問うものが予想以上に出題されました。債権法改正が解答に影響するものは、第3問、第5問、第15問から第18問まで、第21問、第24問、第25問の9問あります。第35問イでは、相続法改正(903条4項)が問われています。その多くは、単に改正の全体像をなんとなく掴んでいれば解ける、というものではなく、それなりに個別の条文知識を持っていなければ正確に正誤を判断できないものでした。また、民法は肢の組み合わせで正解できるので、知らなくてもよい肢がわざと入れられていたりしますが、今回の債権法改正関係の肢は、必ずしもそのような出され方はしていません。改正に関係しない出題でも、第11問(先取特権)、第13問(根抵当権)、第19問(弁済による代位)、第32問(後見)、第34問(遺言の執行)辺りは、短答対策を相当やっていないと、確実に正解するのは難しいでしょう。民法で4割(30点)を取るには、概ね15問正解する必要がありますが、基礎的な問題は8割以上の精度で解いていかないと、15問には達しないという感じです。もちろん、きちんと短答対策をしていれば無理のない水準ですが、「基礎的な問題を4割解けばいいんだよね。」という感覚でいると、簡単にやられてしまうでしょう。短答が7科目だった頃の民法とは比べものにならないほど、難易度は高かったといえます。
 刑法では、正確な判例の知識がないと、確実には正誤を判断することができない肢が多く出題されました。論文の感覚だと、正しいとも、誤りともいえそうなので、判例の結論を正確に覚えていないと、正誤の判断が難しい。各論の細かい知識を問う肢があるのは、例年もそうなのですが、今年は特にそれが目立ちます。個数問題が2問(第5問、第20問)あるのも、難易度を高めています。刑法の平均点が比較的高かった平成28年、平成30年には、個数問題は1つも出題されていませんでした。第5問、第20問のいずれも、選択肢が「1.0個 2.1個 3.2個 4.3個 5.4個」となっていて、個数とマークする番号にズレがあり、ケアレスミスを誘発しやすい点も、見逃せない点です。第20問は最後の問題ですが、長文の事例となっており、時間に余裕がないと、厳しかったでしょう。論理・読解型の問題(第3問、第7問、第9問、第13問、第17問、第18問、第19問)が多かったのも特徴の1つです。刑法の平均点が比較的高かった平成28年は、2問しか出題されていません。これらは冷静に考えれば内容的には易しいのですが、効率よく解かないと、時間を取られてしまいがちです。ここで時間を取られてしまい、途中で時間切れになってしまった人も、相当数いたでしょう。しかも、論理・読解型の問題を除き、肢の組み合わせを使って解答できる問題がなく、正誤の判断ができない肢が1つあるだけで、一気に正解するのが難しくなるようになっています。刑法の平均点が比較的高かった平成28年、平成30年には、肢の組み合わせで解ける問題が数問ありました。もちろん、きちんと短答対策をしていれば、4割は無理なく取れるとは思うのですが、短答対策が不十分だと、知識問題が全然解けなくて動揺し、論理・読解型の問題を冷静に考えることができなくなって間違える。結局、ほとんど点が取れなかった、という結果にもなりかねない危険な問題だったのです。
 以上のように、きちんと自分の目で問題を確認していれば、「質がものすごく落ちた。」などとは思わないでしょう。今回のような結果が出ると、「合格点も下がったし、最低ライン未満者も増えた。今の司法試験はザル試験で、受験生も低レベルだ。」などのような言説がネットの掲示板・SNS等で拡散しがちです。上記のように、そのような言説は根拠のないデマといってよいものです。そのような言説を目にしても、拡散に加担してしまわないよう、注意が必要です。また、くれぐれも、「最低ライン未満になるのは全然勉強してないやつらなんでしょ。最近は低レベルな受験生ばっかりらしいから、俺は楽勝だよね。」などと油断することのないようにしなければなりません。

4.以下は、直近5年の各科目の標準偏差の推移です。憲法・刑法は50点満点ですが、民法は75点満点なので、比較のため、民法の欄の括弧内に50点満点に換算した数値を示しました。

憲法 民法 刑法
平成
28
6.5 11.2
(7.4)
8.2
平成
29
6.3 10.2
(6.8)
6.9
平成
30
5.9 11.1
(7.3)
7.6
令和
5.9 10.6
(7.0)
7.8
令和
5.7 11.5
(7.6)
7.7

 標準偏差は、得点のバラつきが大きくなれば値が大きくなり、得点のバラつきが小さくなれば値が小さくなります。
 憲法のバラつきが小さく、民法・刑法のバラつきが大きいというのは、近年の傾向です。すなわち、憲法はかなり勉強をしても正誤の判断に迷う問題がある一方で、誰もが取れる易しい問題もある。他方、民法・刑法は、誰もが取れる易しい問題は少ない反面、きちんと勉強していれば正解しやすい問題が多かった、ということです。このことは、満点を取った人の数にも、象徴的に表れています。今年でいえば、憲法はあれだけ平均点が高いのに、1人も満点がいません。一方で、あれだけ平均点が低く、最低ライン未満者が大量に出た民法・刑法では、いずれも2人が満点を取っています。その意味では、民法・刑法の方が、憲法よりも、勉強量が点数に結び付きやすいといえるでしょう。
 いずれにせよ、短答に合格するためには、誰もが取れる問題をしっかり取る、ということが重要です。過去問については、予備校等で問題ごとの正答率が公表されています。正答率が70%を超えるような問題を確実に解答できる程度の知識が、合格の目安になります。そのような問題というのは、ほとんどが過去問で繰り返し問われている知識を問うものです。過去問で繰り返し問われているので、誰もが正誤を正しく判断できるのです。そのようなことがあるので、過去問は、全肢潰すつもりでやるべきなのです。

戻る