令和2年司法試験の結果について(8)

1.ここ数年、司法試験の結果が出るたびに注目されるのが、予備組の結果です。今年は、予備試験合格の資格で受験した423人中、378人合格。予備組の受験者合格率は、89.3%でした。以下は、予備組が司法試験に参入した平成24年以降の予備試験合格の資格で受験した者の合格率等の推移です。元号の省略された年の表記は、平成の元号によります。

受験者数 合格者数 受験者
合格率
前年比
24 85 58 68.2% ---
25 167 120 71.8% +3.6
26 244 163 66.8% -5.0
27 301 186 61.7% -5.1
28 382 235 61.5% -0.2
29 400 290 72.5% +11.0
30 433 336 77.5% +5.0
令和元 385 315 81.8% +4.3
令和2 423 378 89.3% +7.5

 今年は、予備組の受験者数が昨年より38人増加しました。これは、昨年の予備合格者が一昨年より43人増加した(「令和元年予備試験口述試験(最終)結果について(1)」)ことによるものでしょう。
 予備組の合格率の推移は、基本的に、受験者全体の論文合格率の変動と相関します。以下は、受験者全体の短答合格者ベースの論文合格率及びその前年比との比較です。

予備組の
受験者
合格率
前年比 受験者全体の
論文合格率
前年比
24 68.2% --- 39.3% ---
25 71.8% +3.6 38.9% -0.4
26 66.8% -5.0 35.6% -3.3
27 61.7% -5.1 34.8% -0.8
28 61.5% -0.2 34.2% -0.6
29 72.5% +11.0 39.1% +4.9
30 77.5% +5.0 41.5% +2.4
令和元 81.8% +4.3 45.6% +4.1
令和2 89.3% +7.5 51.9% +6.3

 予備組は、短答でほとんど落ちないので、受験者全体の論文合格率との相関が高くなるのです。論文が受かりやすい年は、予備組の合格率は高くなりやすく、論文が受かりにくい年は、予備組の合格率は下がりやすいというわけです。
 では、受験者全体の受験者ベースの合格率と比較すると、どうか。以下は、その比較表です。

予備組の
受験者
合格率
前年比 受験者全体の
論文合格率
前年比
24 68.2% --- 25.0% ---
25 71.8% +3.6 26.7% +1.7
26 66.8% -5.0 22.5% -4.2
27 61.7% -5.1 23.0% +0.5
28 61.5% -0.2 22.9% -0.1
29 72.5% +11.0 25.8% +2.9
30 77.5% +5.0 29.1% +3.3
令和元 81.8% +4.3 33.6% +4.5
令和2 89.3% +7.5 39.1% +5.5

 受験者全体の受験者ベースの合格率と比較すると、予備組の圧倒的な強さが際立ちます。今年は、50ポイント以上の差を付けて圧勝です。
 上位ローの既修と比べると、どうでしょうか。以下は、東大、京大、一橋及び慶応の法科大学院既修修了生の合格率等をまとめたものです。

法科大学院 受験者数 合格者数 受験者
合格率
東大
既修
121 97 80.1%
京大
既修
131 96 73.2%
一橋
既修
83 67 80.7%
慶応
既修
188 105 55.8%

 今年の予備組の受験者合格率89.3%は、上位ロー既修と比べても高い数字であることがわかります。もっとも、慶応はともかくとして、それ以外の上位ローは、既修に限ればそれなりの合格率です。このように、上位ロー既修との比較では、そこまで圧倒的であるとまではいえないことには、留意しておく必要があるでしょう。
 さらに、令和元年度修了の既修に限ると、以下のようになります。

法科大学院 受験者数 合格者数 受験者
合格率
東大
既修
97 85 87.6%
京大
既修
101 79 78.2%
一橋
既修
68 55 80.8%
慶応
既修
109 73 66.9%

 令和元年度修了の既修に限れば、東大は予備組に匹敵する合格率であることがわかります。以前の記事(「令和2年司法試験の結果について(6)」)でも説明したように、「既修」と「修了年度が新しい」という要素を兼ね備えていると、法科大学院修了生のカテゴリーの中では最強となるので、このような結果となるのです。もっとも、予備組全体と、法科大学院修了生の中で最強のカテゴリーに属する者とを比較するのは、あまりフェアではありません。

2.予備組内部にも、明暗があります。以下は、予備組の年代別の受験者合格率等をまとめたものです。

年齢 受験者数 合格者数 受験者合格率
20~24 223 217 97.3%
25~29 60 57 95.0%
30~34 36 29 80.5%
35~39 30 23 76.6%
40~44 27 21 77.7%
45~49 18 11 61.1%
50以上 29 20 68.9%

 年代別にみると、予備組内部でも合格率に顕著な差があることがわかります。20代は95%以上の圧倒的な合格率。前記1でみた上位ローの令和元年度修了の既修ですら、勝負にならないレベルです。それが、歳を重ねるにつれて、下がっていく。この差は、どの段階で生じているのか。短答段階では、予備組は受験者423人中4人しか落ちていません。ですから、若手の圧倒的に高い合格率は、専ら論文段階で生じているのです。
 この論文段階での若手圧倒的有利の傾向は、今年の予備組に限ったことではなく、毎年みられる確立した傾向です。その背後にある要因を明らかにすることが、論文を攻略するための重要なヒントとなります。
 若手圧倒的有利の要因の1つは、以前の記事でも説明した「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則です(「令和2年司法試験の結果について(6)」)。不合格者が翌年受験する場合、必ず1つ歳をとります。不合格を繰り返せば、どんどん高齢になっていく。その結果、高齢の受験生の多くが、不合格を繰り返した「極端に受かりにくい人」として滞留し、結果的に、高齢受験者の合格率を下げる。これは、年齢自体が直接の要因として作用するのではなく、不合格を繰り返したことが年齢に反映されることによって、間接的に表面化したものといえます。
 もう1つは、年齢が直接の要因として作用する要素です。それは、加齢による反射神経と筆力の低下です。論文では、極めて限られた時間で問題文を読み、論点を抽出して、答案に書き切ることが求められます。そのためには、かなり高度の反射神経と、素早く文字を書く筆力が必要です。これが、年齢を重ねると、急速に衰えてくる。これは、現在の司法試験では、想像以上に致命的です。上記の「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則とも関係しますが、論点抽出や文字を書く速度が遅いと、規範を明示し、問題文の事実を丁寧に書き写すスタイルでは書き切れなくなります。どうしても、規範の明示や事実の摘示を省略するスタイルにならざるを得ない。そうなると、わかっていても、「受かりにくい人」になってしまうのです。この悪循環が、上記のような加齢による合格率低下の要因になっているのだと思います。

3.ところが、近時、上記2の傾向に変化が生じています。以下は、上記2でみた予備組の年代別合格率を直近5年で比較したものです。比較のため、最下欄に、受験生全体の論文合格率(短答合格者ベース)も示しました。

年齢
(最下欄を除く)
令和2年 令和元年 平成30年 平成29年 平成28年
20~24 97.3% 98.1% 95.5% 96.2% 94.2%
25~29 95.0% 90.3% 84.7% 83.0% 72.7%
30~34 80.5% 77.5% 68.4% 65.5% 43.5%
35~39 76.6% 70.7% 57.1% 56.2% 45.6%
40~44 77.7% 57.1% 43.2% 42.4% 23.6%
45~49 61.1% 68.7% 43.4% 40.6% 22.5%
50以上 68.9% 44.1% 53.8% 34.2% 31.4%
受験生全体
論文合格率
51.9% 45.6% 41.5% 39.1% 34.2%

 平成29年は、年配者の合格率が考えられないほど急上昇しました。そして、それ以降も、上昇傾向が続いています。平成28年までは、年配者は、予備試験合格者であっても論文段階で苦戦していたのです。平成28年の数字を見るとわかりますが、40代以上の合格率は、受験生全体の論文合格率より低い水準だったのでした。年配者は、予備試験に合格しても全然有利とはいえない、という感じでした。
 それが、平成29年以降は、受験生全体の論文合格率をほとんど下回らないようになりました。特に今年は、50代以上の健闘が目立ちます。今年の50代以上の受験生の合格率は、母数がやや小さいとはいえ、慶応ローの令和元年度既習の合格率(66.9%)より高いというのですから、「ちょっとヤバくないか。」と感じるレベルです。30代の数字をみても、平成28年は4割程度だったものが、今年は75%を超える水準にまで上昇している。40代前半は、平成28年は2割代の合格率だったものが、今年は7割後半にまで上昇してきました。受験生全体の論文合格率が上昇しているので、予備組の合格率もそれに伴って上昇しているという面があることは否定できません。しかし、それだけでは説明できないペースで、年配の予備組の合格率は上昇しているのです。このように、平成29年以降の年配者の予備組の合格率の上昇は、受験生全体の論文合格率の上昇とは異質な原因によるものといえるのです。

4.その原因とは、何か。上記2で、若手圧倒的有利の要因が、論文特有の「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則と、加齢による反射神経と筆力の低下にあることを説明しました。加齢による反射神経と筆力の低下が、平成29年以降の年配者に限って生じなかった、ということは、ちょっと考えられない。ですから、平成29年以降の年配者の合格率の急上昇は、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則が、あまり作用しなかった、ということになる。平成29年の段階で、当サイトではそのような説明をしていたのでした(「平成29年司法試験の結果について(9)」)。今年も、その説明がそのまま妥当するような結果となっています。
 ではなぜ、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則が、あまり作用しなくなったのでしょうか。当サイトでは、数年前から、上記の「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則が生じる原因が、答案の書き方、スタイルにあることを繰り返し説明するようになりました(「平成27年司法試験の結果について(12)」)。平成27年からは、規範の明示と事実の摘示に特化したスタイルの参考答案も掲載するようになりました。その影響で、年配の予備組受験生が、規範の明示や事実の摘示を重視した答案を時間内に書き切るような訓練をするようになったのではないかと思います。「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則は、どの部分に極端な配点があるかということについて、単に受験生が知らない(法科大学院、予備校等で規範と事実を書き写せと指導してくれない。)という、それだけのことによって成立している法則です。ですから、受験生に適切な情報が流通すれば、この法則はあまり作用しなくなる。正確な統計があるわけではありませんが、当サイトの読者層には、年配の予備試験受験生が多いようです。今さら法科大学院や予備校には通いにくいということで、当サイト等を頼ることになりやすいからでしょう。その影響が一定程度あって、年配の予備組受験生については、正しい情報が流通するようになったのではないか。例えば、平成28年の30代以上の受験生は189人で、そのうちの65人が合格しています。今年は、30代以上の受験生は140人で、そのうちの104人が合格です。この39人くらいの合格者の差が、当サイトの影響であったとしても、それほど大げさではないのかな、という気がしています。それはともかくとしても、今年、40代前半の合格率が急上昇したこと、50代以上が慶応ローの令和元年度修了の既修に勝利したことは、重要です。加齢による反射神経や筆力の衰えは、意識的に規範と事実に絞って答案を書くなどの対策をすることによって、克服できることを示しているからです。

5.最近では、法科大学院修了生の間でも、当サイトを通じて、規範の明示と事実の摘示の重要性を知る人が増えてきているようです。そうなると、この傾向は予備組だけに限らず、法科大学院修了生にも及ぶようになるでしょう。以前の記事で説明したとおり、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則は、修了生との関係では修了年度別の合格率に反映されます(「令和2年司法試験の結果について(6)」)。したがって、修了年度別の合格率に傾向変化が生じれば、その兆候を知ることができる背後にある要素が変動した場合にどの数字に現れるかを理解しておくと、一般的に言われていることとは異なる、とても興味深い現象を把握することができるようになるのです。

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