1.法務省から、令和3年司法試験予備試験の出願者数の速報値が公表されました。14317人でした。以下は、年別の予備試験の出願者数の推移です。
年 | 出願者数 | 前年比 |
平成23 | 8971 | --- |
平成24 | 9118 | +147 |
平成25 | 11255 | +2137 |
平成26 | 12622 | +1367 |
平成27 | 12543 | -79 |
平成28 | 12767 | +224 |
平成29 | 13178 | +411 |
平成30 | 13746 | +568 |
令和元 | 14494 | +748 |
令和2 | 15318 | +824 |
令和3 | 14317 | -1001 |
平成25年、平成26年と急激に増加した出願者数は、平成27年にいったん頭打ちとなり、これからは減少傾向に転じるのではないかとも思われました。ところが、平成28年から再び増加に転じ、それ以降は、昨年に至るまで、その増加幅を拡大させていたのでした。それが、今年は急激な減少となっています。新型コロナウイルス感染症の影響によるものでしょう。
2.以下は、平成28年から昨年までの出願者数、受験者数及び受験率の推移です。
年 | 出願者数 | 受験者数 | 受験率 |
平成28 | 12767 | 10442 | 81.7% |
平成29 | 13178 | 10743 | 81.5% |
平成30 | 13746 | 11136 | 81.0% |
令和元 | 14494 | 11780 | 81.2% |
令和2 | 15318 | 10608 | 69.2% |
昨年は、出願後に新型コロナウイルス感染症の感染拡大が生じ、緊急事態宣言の発出により試験日程が延期される等のイレギュラーがありました。そのために、受験率が大きく下落しています。注意したいのは、司法試験の場合(90.5%→87.6%)よりも下落幅が大きいということです(「令和3年司法試験の出願者数について(2)」)。司法試験の場合、受験しなければ1年を無為に過ごすことになりやすく、5年5回の受験制限もあるので、受験を回避することには慎重になりがちなのですが、予備試験の場合、法科大学院に進学してもよいと思っている大学生、普通に修了すれば受験資格を得られる法科大学院生、1年受験を遅らせても生活設計に支障が生じない社会人等、リスクを冒してまで受験する必要のない人が多いという特徴があり、それが受験率の低下に繋がりやすいのです。
この受験率の低下に着目すると、今年の新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた試算をすることが可能です。昨年の受験者数10608人は、仮に例年どおりの受験率である81%の年の数字と仮定して考えると、以下のとおり、出願者数は、13096人くらいだっただろうと考えることができます。
10608÷0.81≒13096
この数字は、仮に、昨年の出願時点において、既に新型コロナウイルス感染症に関する情報が出回っていて、受験を回避するような人は始めから出願しなかったとした場合の出願者数の近似値です。これを、今年の数字と比較すると、今年の出願者数は14317人ですから、上記の試算値より1221人多いということがわかります。今年は、ある程度状況がわかった上で出願しているでしょうから、感染リスクを恐れて受験を回避しようと考える人は、始めから出願をしないでしょう。そうすると、今年は、よほどの状況変化がない限り、例年と同様に、81%程度の受験率になりそうだ、という予測をすることができます。そう考えると、以下のとおり、受験者数は概ね11596人となり、昨年より988人くらい増えそうだ、という予測が成り立つわけです。出願者数が大幅に減少しているので、受験者数も減少するだろう、と考えている人が多いかもしれませんが、そうならない可能性が高そうです。
14317×0.81≒11596
このように考えてくると、見かけの出願者数は急激な減少となっているようですが、新型コロナウイルス感染症の影響がなければ、出願者数は増加していただろう、と考えることができます。したがって、これまでの増加傾向を支えてきた基本的な要因については、変わっていないとみることができるのです。そこで、以下では、その要因について確認をしておきましょう。
3.法曹になりたいと思う人には、法科大学院に入学するか、予備試験を受験するか、という2つの選択肢があります。このことを大雑把に数式化すると、以下のような関係となります。なお、予備試験出願者数から法科大学院在学中の者を除いているのは、既に法科大学院に通っている以上、新たな法曹志願者とはいえないからです。
法曹志願者総数=予備試験出願者数(法科大学院在学中の者を除く)+法科大学院入学者数
(1)まず、法科大学院入学者数に着目してみます。法曹志願者総数が一定で、法科大学院に入学する人が増えると、予備試験出願者数は減少し、逆に法科大学院に入学する人が減ると、予備試験出願者数が増えるという関係にある。以下は、平成20年以降の法科大学院の実入学人員の推移です(「各法科大学院の平成28年度~令和2年度入学者選抜実施状況等」等参照)。
年度 (平成) |
実入学者数 | 前年比 |
20 | 5397 | --- |
21 | 4844 | -553 |
22 | 4122 | -722 |
23 | 3620 | -502 |
24 | 3150 | -470 |
25 | 2698 | -452 |
26 | 2272 | -426 |
27 | 2201 | -71 |
28 | 1857 | -344 |
29 | 1704 | -153 |
30 | 1621 | -83 |
令和元 | 1862 | +241 |
令和2 | 1711 | -151 |
上記の入学者数の推移と、予備試験の出願者数が対応しているか、という目で見てみます。法科大学院の入学者数は、平成26年まで、一貫して下がり続けています。これに対して、予備試験出願者数は、平成25年、平成26年に大幅に増加していますが、平成24年はそれほど増加していない。これは、予備試験ルートの認知度が影響しています。予備試験が始まったのは平成23年ですが、当時の合格者数は116人にとどまっていました。そのため、当時はまだ、予備試験ルートを真剣に検討する人は、少なかったのです。それが、平成24年に合格者が219人とほぼ倍増したことから、「予備合格者は今後どんどん増える。予備ルートの方が近道だ。」と言われだした。そのために、平成25年から、どっと予備試験受験者が増えたのでした。このような経緯を踏まえると、平成25年、平成26年に、それまでの法科大学院入学者数の減少分を一気に吸収した結果が、予備試験の出願者数の推移に表れているとみることができるでしょう。法曹志願者のうち、法科大学院への入学を躊躇していた人が、予備にどっと流れたのが、この時期だったといえます。
そのような流れが一時的に止まったのが、平成27年でした。この年は、法科大学院の実入学者数の減少が、わずかにとどまっています。これは、予備試験の出願者数が平成27年に一時的に減少に転じたことと符合しています。そして、平成28年になると、法科大学院の実入学者数の減少幅が、また拡大しました。予備の出願者数が増加に転じたことは、これと符合しています。
しかし、平成29年以降は、この相関が崩れていきます。法科大学院の実入学者数は、平成29年、平成30年と減少幅を縮小させ、令和元年にはついに増加に転じたものの、令和2年は再び減少するに至っています。一方、予備の出願者数は増加幅を拡大させていて、法科大学院の実入学者数の変動との対応はみられません。そうすると、近時の出願者数の増加傾向は、法科大学院の入学者数が減少したことによるものとはいえない、ということになるでしょう。
(2)次に、法科大学院在学中の予備試験出願者数をみていきます。以下は、法科大学院在学中の予備試験出願者数の推移です。
年 |
法科大学院在学中の 予備試験出願者数 |
前年比 |
平成23 | 282 | --- |
平成24 | 706 | +424 |
平成25 | 1722 | +1016 |
平成26 | 2153 | +431 |
平成27 | 1995 | -158 |
平成28 | 1875 | -120 |
平成29 | 1678 | -197 |
平成30 | 1548 | -130 |
令和元 | 1499 | -49 |
令和2 | 1543 | +44 |
平成26年までは、一貫した増加傾向です。特に、平成25年の増加幅が大きい。このことが、平成25年の予備試験の出願者数の急増に対応しています。それが、平成27年になって、減少に転じました。平成27年は、予備試験の出願者数も減少に転じていますから、この点でも、対応関係があるといえるでしょう。
しかし、平成28年以降に関しては、法科大学院在学中の予備試験出願者数は減少傾向となっているのに、予備試験全体の出願者数は、むしろ増加しています。したがって、法科大学院在学中の予備試験出願者という要素も、近時の予備試験の出願者数の増加傾向の要因とはいえない、ということになるのです。
4.以上のように、平成27年以前の予備試験出願者数の増減は、概ね法科大学院入学者数と法科大学院在学中の予備試験出願者数の増減によって説明が付いたものの、直近の予備試験出願者数の増加傾向については説明できないことがわかりました。法科大学院入学者数と法科大学院在学中の予備試験出願者数の増減によって説明できない予備試験出願者数の増加は、法曹志願者総数の増加によって生じている。平成27年くらいまでは、法曹志願者数は例年あまり変わらないけれども、その法曹志願者が法科大学院入学を選ぶのか、予備試験受験を選ぶのか、という内訳が変動しているというだけでした。それが、最近では、新たに法曹を目指す人が、予備試験を受験しようとしているということです。
ただし、これは必ずしも、法曹になりたいと思う若者が増えたということだけを意味していません。年齢別、職種別にみると、20代前半と大学生だけでなく、40代以降と有職者の受験者も増加傾向にあるからです(「令和元年予備試験口述試験(最終)結果について(2)」、「令和元年予備試験口述試験(最終)結果について(4)」)。つまり、若者だけではなく、年配社会人の法曹志願者が増えたことも、予備試験の出願者数の増加傾向に寄与している可能性が高いのです。「予備試験は専ら若者の抜け道として使われている。」などとよく言われますが、それとは異なる一面が、ここに表れているといえるでしょう。当面は新型コロナウイルス感染症の影響で不透明な状況が続きそうですが、その影響が収束すれば、再び上記の傾向に戻るのではないか、という感じがしています。