令和3年予備試験論文式民事実務基礎参考答案

【答案のコンセプトについて】

1.当サイトでは、規範の明示と事実の摘示ということを強調しています。それは、ほとんどの科目が、規範→当てはめの連続で処理できる事例処理型であるためです。しかし、民事実務基礎は、そのような事例処理型の問題ではありません。民事実務基礎の特徴は、設問の数が多く、それぞれの設問に対する「正解」が比較的明確で、一問一答式の問題に近いという点にあります。そのため、当てはめに入る前に規範を明示しているか、当てはめにおいて評価の基礎となる事実を摘示しているか、というような、「書き方」によって合否が分かれる、という感じではありません。端的に、「正解」を書いたかどうか。単純に、それだけで差が付くのです。ですから、民事実務基礎に関しては、成績が悪かったのであれば、それは単純に勉強不足であったと考えてよいでしょう。その意味では、論文試験の特徴である、「がむしゃらに勉強量を増やしても成績が伸びない。」という現象は、民事実務基礎に関しては、生じにくい。逆に言えば、勉強量が素直に成績に反映されやすい科目ということができるでしょう。
 上記の傾向を踏まえ、参考答案は、できる限り一問一答式の端的な解答を心掛けて作成しています。

2.今年の民事実務基礎は、概ね例年どおりの内容といってよいでしょう。ただ、要件事実が穴埋めではなく、全部書かせる感じになっていたので、より記憶重視になったという印象です。単に理解している、というだけではなく、記憶してすぐ書けるようになっておく必要があります。要求水準としては、「新問題研究要件事実」だけでは不十分で、「要件事実論30講」や「民事裁判実務の基礎(上巻)」くらいのレベルです。
 設問1小問(3)は、貸借型理論を採用する場合には賃貸期間の定めも記載することになりますが、現在の司法研修所は貸借型理論を採らない立場なので、賃貸期間の定めは書かないのが正解ということになるのでしょう。また、遅延損害金を請求しないので、「経過」ではなく、「到来」となる点に注意が必要です。小問(4)は、口述でいえば、「用意してある設問にあまりにスラスラと答えてしまった優秀な人に投げ付ける。」という感じの設問です。一種の費目限定型の一部請求(「令和2年予備試験論文式民訴法設問2の解説」も参照)になっているのがポイントなのでしょう。異常に難易度が高いので、普通の人であれば、解ける必要はないだろうと思います。口述だと、かなり優秀な受験生でも、以下のような感じになるでしょう。

 

主査「裁判所は、Pの主張した事実を抗弁として扱うべきですか?」

受験生「えー、P…?Xは原告ですので…抗弁?」

主査「うん、まあ原告が抗弁を主張するわけじゃないけど、ここではPの主張する事実が抗弁を構成するかどうか、言い換えれば、Yが援用すれば抗弁になり得るか、という視点で考えてみて下さい。」

受験生「あっはい。判例である外側説からは、総額の60万円から控除することになりますので、5万円を控除しても請求額を下回りません。なので、抗弁にはならないです。」

主査「なるほど。それを何という?」

受験生「主張自体失当です。」

主査「あなたはそう考えるわけですね。じゃあ、Yの側から12月分として5万円を支払ったという事実がさらに主張されたとします。このYの主張は抗弁になりますか?」

受験生「はい。先の5万円と合わせると10万円になりますので、控除して50万円となり、請求額を下回るので抗弁になります。」

主査「それを何といいますか。」

受験生「はい。合体抗弁です。」

主査「なるほど、そう考えるのですね。仮に、Pから7月分5万円の支払の主張がなくて、Yの側から12月分として5万円を支払ったという事実だけが主張された場合はどうですか?」

受験生「はい。その場合はやはり主張自体失当となります。」

主査「えっ、本当に?」

受験生「え…?あっはい…やはり5万円を控除しても請求額を下回りませんので…」

主査「でも、X側は12月分は10万円全額請求していますよね。おかしくないですか?」

受験生「えーと、はい。確かにそれは不合理です。ですので、先の答えは撤回して、12月分の支払を主張する場合は単独で抗弁となり得ると考えます。」

主査「えーそうなの?そしたら君が最初に言った外側説と矛盾しない?」

受験生「えー…確かに…外側説とは一貫しませんが…しかし…」

主査「うん。本件のように、外側説で一貫できない場合があるということだよね。後で勉強しておいて下さい。ところで、Pの主張は、今言った話とは別に、本件訴訟で意味を持ちますか?」

受験生「えー、Yの使用貸借の主張を否定する…」

主査「いや、それは本件契約書で立証するよね。5万円が賃料っていうのも契約書がないと立証が難しいだろうし。」

受験生「えーと…あー…時効の更新事由として…」

主査「本件では時効は全然問題にならないよね。」

受験生「あっ、Yがさらに7月分の弁済の主張をした場合には合体抗弁になります。」

主査「うん。それはそうだけど、抗弁の話はさっきしたからね。それとは別で。」

受験生「えー立証の問題でしょうか?それとも要件事実の…」

主査「訴訟物との関係なんだけどね。」

受験生「訴訟物…特定でしょうか?」

主査「そうそう。」

受験生「しかし…一部請求の場合、単純に分割請求できるので、一部弁済された事実は訴訟物の特定に不要では…」

主査「うん。よく勉強していますね。でも、本件でも同じに考えていいですか?7月から12月分までの合計60万円のうちの55万円を請求しているのだけれど。」

受験生「えー…??」

主査「7月から12月分までの合計60万円のうちの55万円って言われて、請求しない部分が何月分かわかりますか?」

受験生「あっ、訴求しない5万円が何月分か明示して特定する意味があります。」

主査「そうですね。はい、終わります。」

 

 設問2と設問3小問(2)は、債権法改正の条文が引けますか、というだけの問題ですが、設問3小問(1)(i)は、代物弁済の要件事実を、債権法改正後の諾成契約説で書かせるという点で、ちょっときつかったかな、という感じです。できなくても、それほど差は付かないでしょう。債権法改正は民法だけでなく、実務基礎や民事訴訟法でも普通に問われているので、直前期に改正関連の条文を確認したりするとよさそうです。
 最後の設問4は、例年、予備校等から単なる当てはめのような答案例が示されているのですが、これは事実認定の考え方を問う問題です(「平成29年予備試験論文式民事実務基礎参考答案」、「令和2年予備試験論文式民事実務基礎参考答案」も参照)。まず、差が付くのは、書証から認定できる事実、両供述で一致(不利益事実の自認を含む。)する事実等を示しているか。これは、司法研修所では、「動かしがたい事実の確定」等と呼ばれている作業です。設問で、「提出された書証や両者の供述から認定することができる事実を踏まえて」とされているのは、このことを指しています(逆にいえば、一方的に自己に有利な事実として主張されているものは、判断の基礎としてはいけない。)。本問の場合、例年とは違って、「XとYが本件賃貸借契約を締結した事実が認められないこと」、すなわち、本件賃貸借契約の締結について真偽不明にすれば足りる点に注意が必要です。本件契約書の成立の真正については、一段目の推定に対する反証をすることになりますので、これについても、盗用を疑わせる事実を示せば足りるわけです。この辺り、主張立証責任を踏まえた書き方がされているか、という点も、評価を分けることになりそうです。なお、例年、「答案用紙1頁程度の分量で記載しなさい。」とされていますが、1頁よりも多めに書くのが、上位合格者の傾向です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.小問(1)

 賃貸借契約に基づく賃料請求権

2.小問(2)

 被告は、原告に対し、55万円を支払え。

3.小問(3)

(1)Xは、Yに対し、令和2年6月15日、甲建物を、賃料月額10万円の約定で賃貸した。

(2)Xは、Yに対し、同年7月1日、上記(1)の賃貸借契約に基づき、甲建物を引き渡した。

(3)令和2年7月から12月までの各月末日は到来した。

4.小問(4)(i)

 金銭債権の数量的一部請求に対する債権の一部消滅の主張は、非請求部分を含めた債権全体に対するものとなる(外側説、判例)。このことは、1つの請求権に実質的な発生事由を異にする複数の項目がある場合には、同一の項目において妥当する。
 各月分の賃料は、同一の賃貸借契約を原因とするが、各月末の到来によって別個に発生するため、実質的な発生事由を異にする。Xは、8月から12月分までの各月分の賃料については10万円全額を請求し、7月分は、10万円全額のうちの5万円のみを請求する。そうすると、7月分の賃料についてYが5万円を支払った旨の主張は、7月分の賃料全体の額からこれを控除しても、請求額を下回らないから、請求の当否を左右しないものとして、主張自体失当となる。
 よって、設問の主張は、Yの援用の有無を問わず、抗弁として扱うべきでない。

5.小問(4)(ii)

 令和2年7月分から同年12月分までの賃料合計60万円のうち、訴求しない5万円が7月分に係ることを明示し、訴訟物を特定する意味がある。

第2.設問2

 仮差押えには弁済禁止効(民保50条1項)があるのに対し、債権者代位訴訟にはそれがない(民法423条の5後段)からである。

第3.設問3

1.小問(1)(i)

(1)Bは、Xに対し、令和2年8月1日、50万円を貸し付けた。

(2)Xは、Bとの間において、令和3年1月5日、上記(1)の貸金債務の支払に代えて、請求原因に係るXのYに対する合計60万円の賃料債権を譲渡する旨の合意をした。

2.小問(1)(ii)

 通知・承諾は譲受人が債務者に債権譲渡を主張するための対抗要件(467条1項)であって、債務者の側から譲渡人に対して主張する場合には必要でないからである。

3.小問(2)

 いまだ敷金返還請求権は発生しておらず(民法622条の2第1項各号参照)、相殺適状(同法505条1項)にないからである。なお、「相殺」の趣旨が敷金充当としても、賃借人からは請求できない(同法622条の2第2項後段)。

第4.設問4

1.本件契約書のY作成部分の成立の真正(民訴法228条1項)が認められれば、本件賃貸借契約は、処分証書である本件契約書によってされたといえ、同契約の成立が認められる。
 本人の押印(同条4項)とは、本人の意思に基づく押印をいう。Y名下の印影がYの印章によることは争わないから、その印影はYの意思に基づくものと推定される(判例)。
 もっとも、上記推定は、印章は厳重に保管され、みだりに他人に用いさせることはないという経験則に基づく事実上のものであるから、反証としては、印章の盗用を疑わせる事実の主張立証で足りる。

(1)Yの印章が三文判であることは、XY供述で一致し、事実と認められる。一般に、三文判は実印と比較して厳重に保管されるとはいえず、上記の推定力が弱い。したがって、盗用の機会があったという程度でも、盗用を疑わせる事実といえる。

(2)Xが週2日Y宅を訪れたことは、XY供述で一致し、事実と認められる。Xには、盗用の機会があった。

(3)したがって、盗用を疑わせる事実があり、上記推定は破られる。

(4)以上から、本件契約書の成立の真正は認められない。したがって、同書証から本件賃貸借契約を締結した事実を認定することはできない。

2.Yが、令和2年7月30日、Xに対し、5万円を支払ったことは、XY供述で一致し、事実と認められる。
 しかし、Yは、それが賃料の一部であることを否定する。令和2年末まで賃料請求がなかったことはXY供述で一致し、事実と認められる。このことは、上記支払が賃料の一部であったことだけでなく、そもそも賃料支払の合意の存在も疑わせる事実といえる。
 したがって、上記5万円支払の事実から、本件賃貸借契約を締結した事実を認定することはできない。

3.よって、XとYが本件賃貸借契約を締結した事実は認められない。

以上

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