実績資料の判断枠組み
(令和5年司法試験公法系第2問)

1.今年の行政法設問2(2)で、実績資料をどのような判断枠組みで検討するか。受験生の立場からは、悩ましいところだったのではないかと思います。当サイトで実施したアンケートでも、結果が割れています。

2.当サイトが本命と考える思考方法は、以下のような感じです。

【思考の例】

 解散命令はすげー重い処分だからよっぽどのことがないと無理やろ

→どんだけヤバければ解散命令食らうのか知りたいから、解散命令がされた例をみるか

→これは確かにヤバい

→本件はそこまでじゃなくね?

→解散命令されなかった例の方をみるか

→んー本件は改善措置が採られてないから、解散命令されなかった例と同程度とはいえないよね

→でも、原因はDにあって、Cは頑張ってるのにCを解職しろとかいう本件解職勧告はおかしくね?(誘導にもそう書いてあるし)

→Cの努力を考慮しないで、本件解職勧告の拒否を重視して解散命令するのは考慮不尽・他事考慮だよね

→本件解職勧告の拒否を重視しないで、Cの努力で改善措置採られるかもって事情を考慮したら判断変わり得るよね

→比例原則からは決め手を欠くけど判断過程に考慮不尽・他事考慮があるから裁量逸脱ってことか

 

 解散命令がかなり重い処分なので、すぐ思い付く(=最も違法になりそうな)のは比例原則です。過去の実績資料は、どの程度の処分の必要性がある場合に解散命令がされたのかを知る手掛かりになる。その観点からみると、本件は解散命令がされた例ほどヤバくないけれど、解散命令がされなかった例よりはちょっとヤバい。両者の中間に位置する感じになっています。なので、比例原則だけでみると、決め手を欠くきらいがある。このようなときに効果を発揮するのが判断過程統制、すなわち、考慮不尽・他事考慮で、本問の場合、Cの努力に関する事情を考慮すれば、断定はできないけれど結論が変わった可能性があるわけだから、その判断過程の瑕疵が裁量逸脱を基礎付けるといえる、というわけです(※)。前回の記事(「本件解職勧告の違法は除外されていないが(令和5年司法試験公法系第2問)」)でも説明したとおり、他事考慮については会議録でも示唆があるので、このヒントを活かしやすい法律構成でもあります。当サイトの参考答案(その2)は、概ねこのような理解に立っています。考査委員が過去の実績資料を示した意図は、単純に「解散命令に見合う必要性があるか」という観点だけで検討させたのでは空中戦になるので、比較対象となる事例を示して判断の物差しにしてもらおう、ということと、比例原則と考慮不尽・他事考慮の役割分担を適切に理解しているかを試したい、というところにあったのではないか、と思っています。
 ※ 考慮不尽・他事考慮に関する基本的な考え方については、「司法試験定義趣旨論証集行政法【第2版】」の「考慮不尽・他事考慮による裁量逸脱」の項目の※注で詳しく説明しています。

3.もっとも、会議録の以下の文言に着目すると、別の法律構成もありそうなことに気付きます。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

弁護士E:御指摘の点は、本件解散命令を選択したB県知事の判断が正しかったのかどうかに影響しそうですね。ところで、法第56条の監督措置に関して処分基準はあるのでしょうか

弁護士F:処分基準に当たるものはありません。B県では、法第56条に基づく監督措置に関し、個別事案ごとに判断しているようです。ただ、B県が公表している実績資料を基に本件に類似すると考えられる事案を確認してみると、……(以下略)

(引用終わり) 

 公にした処分基準がある場合には、平等原則・信頼保護の観点から裁量がき束される。これは、近時頻出の北海道パチンコ店事件判例の知識です。

(北海道パチンコ店事件判例より引用。太字強調は筆者。)

 行政手続法は、行政運営における公正の確保と透明性の向上を図り、もって国民の権利利益の保護に資することをその目的とし(1条1項)、行政庁は、不利益処分をするかどうか又はどのような不利益処分とするかについてその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準である処分基準(2条8号ハ)を定め、かつ、これを公にしておくよう努めなければならないものと規定している(12条1項)。
 上記のような行政手続法の規定の文言や趣旨等に照らすと、同法12条1項に基づいて定められ公にされている処分基準は、単に行政庁の行政運営上の便宜のためにとどまらず、不利益処分に係る判断過程の公正と透明性を確保し、その相手方の権利利益の保護に資するために定められ公にされるものというべきである。したがって、行政庁が同項の規定により定めて公にしている処分基準において……(略)……当該処分基準の定めと異なる取扱いをするならば、裁量権の行使における公正かつ平等な取扱いの要請や基準の内容に係る相手方の信頼の保護等の観点から、当該処分基準の定めと異なる取扱いをすることを相当と認めるべき特段の事情がない限り、そのような取扱いは裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たることとなるものと解され、この意味において、当該行政庁の……(略)……裁量権は当該処分基準に従って行使されるべきことがき束され……(略)……

(引用終わり)

 これが最近あまりに頻出なので、気付いたら書きたくなる。「公にした処分基準はないが、それに代わるものとして公表している実績資料があるのだから、それにき束されるってことでしょ。」と考えれば、上記判例の趣旨がそのまま妥当すると考える余地が出てきます。これが理論的に誤りかといえば、そうともいえないでしょう。ただ、「公にした処分基準」を「公表された実績資料」に読み替えて同判例法理を適用する場合、どのような場合が「異なる取扱い」なのか微妙ですし、異なる取扱いをする相当性ないし合理性の内実は、結局のところ、「解散を命じた例と同じくらい処分の必要性があるか。」とか「解散を命じなかった例と同じくらい処分の必要性がないか。」ということになり、これは比例原則にほかなりません。それから、この枠組みだと、他事考慮・考慮不尽を拾いにくそうです。「過去の実績資料では役員解職勧告不遵守を考慮していない。」というのはいえそうですが、たった2つの例だけでそれを言い切っていいかは微妙です。
 より決定的だと思うのは、今年の出題傾向との関係です。今年は、設問1(1)及び(2)、設問2(1)と、いずれも参考判例を明示してきています。仮に、設問2(2)で考査委員が北海道パチンコ店事件判例を応用して解答して欲しいと考えているのであれば、同判例を会議録に参考判例として明示するでしょう。それをしていないということは、上記のような法律構成を問う趣旨ではないはずだ。そうしたこともあって、当サイトは、本問を上記判例法理で処理しようとするのは、出題趣旨には沿わないのではないか、と考えています。もっとも、上記の理解を答案に示せば、「よく勉強しているね。」ということで、想定解ではないけれど、むしろ高評価になる余地がありそうです。

4.それから、「解散を命じない例があるのに、今回解散命令をするのは不平等だ。」という素朴な平等原則で考えた人もいるかもしれません。これも、区別の合理性の内実が比例原則になるので、ちょっとどうかな、という感じがします。平等原則が正面に出てくるのは、比例原則が有効に機能しにくい場面、典型的には、社会保障給付のような授益処分です。なので、この考え方は、考査委員の期待する法律構成ではないだろうと思います。

5.もっとも、本問で多くの配点があるのは、法律構成よりも、個々の事実の抽出だろうと思います。なので、法律構成がどうであれ、事実の抽出がよくできていればよい評価になるでしょうし、事実の抽出が雑であれば、悪い評価になるでしょう。事実の抽出については、次回、説明したいと思います。

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