1.今年の行政法設問2(2)では、会議録で過去の実績資料が示されていました。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 弁護士F:処分基準に当たるものはありません。B県では、法第56条に基づく監督措置に関し、個別事案ごとに判断しているようです。ただ、B県が公表している実績資料を基に本件に類似すると考えられる事案を確認してみると、Aと同等の資産規模の法人が理事に対して無利子・無担保で1億5000万円を貸し付けたことを理由として改善命令が出されたが、当該貸付金が回収されるなど、改善措置が採られた事案では、解散までは命じられていませんでした。他方で、Aよりもはるかに資産規模の小さい法人において、1億円が使途不明金として理事長個人に流出した結果、破産の危機にまで陥り、改善命令が出された後も、理事長自身が事案の解明にも全く協力せず、当該使途不明金の回収の見込みも立たずに、当該改善命令に係る措置が採られなかった事案では、解散が命じられていました。これに対して、Aは今回の貸付けにより、そこまで経営が破綻している状況にあるわけでもありません。 弁護士E:分かりました。では、これらの実績資料で挙げられている事例をも参考にしながら、本件解散命令を選択したB県知事の判断が正しかったのかについて検討してください。 (引用終わり) |
「これらの実績資料で挙げられている事例をも参考にしながら」とわざわざ書いてあるのだから、比較が問われていることは明らかです。なので、最低限、これらの事案との違いを答案で指摘する必要がある。まず、解散を命じられなかった例と比較してみましょう。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) Aから、Aの業務執行理事(法第45条の16第2項第2号)であるDに対し、無利子・無担保でAの総流動資産の2分の1に当たる1億円もの金員(以下「本件貸付金」という。)が貸し付けられ、Aが法第27条(特別の利益供与の禁止)に違反している状況にあることが判明した。……(略)……Cと対立するDの非協力的な態度により本件調査が滞ったため、……(略)……本件改善命令後、Cは、ようやく事実経緯の一部をDから聴取することができたが、なおもその詳細は不明であり、また、Dから本件貸付金の返済は直ちには困難であるとの説明を受けた。そこで、Aは、B県知事に対し、本件改善命令を上記期限内に履行することは困難であると申し出た……(略)……。 (中略) 弁護士F:処分基準に当たるものはありません。B県では、法第56条に基づく監督措置に関し、個別事案ごとに判断しているようです。ただ、B県が公表している実績資料を基に本件に類似すると考えられる事案を確認してみると、Aと同等の資産規模の法人が理事に対して無利子・無担保で1億5000万円を貸し付けたことを理由として改善命令が出されたが、当該貸付金が回収されるなど、改善措置が採られた事案では、解散までは命じられていませんでした。 (引用終わり) |
資産規模は同等。無利子・無担保の貸付けという点も同じ。貸付けの相手方が業務執行理事と理事という違いはありますが、これはさほど大きな違いとまではいえないでしょう。貸付金額もAの方が5000万円少ないという違いがあるものの、決定的に重要かというと微妙な感じです。最も重要な違いは、解散を命じられなかった例では貸付金が回収される等の改善措置が採られたのに対し、Aの事案では改善措置が採られていないという点です。これを、きちんと答案に摘示する。この点は、本件解散命令を適法とする方向の要素なので、B県側の反論の文脈で書くのが自然でしょう。当サイト作成の参考答案では、以下のような感じで書いています。
(参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。)
ア.以下のようなB県の反論が想定される。 (引用終わり)
(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。) 解散を命じなかった例では、貸付金が回収されるなど、改善措置が採られたが、Aは改善命令の期限までに改善措置を採らなかった以上、直ちに解散命令をしても著しく妥当性を欠くとまではいえないとのB県の反論が想定される。 (引用終わり) |
次に、解散が命じられた例と比較してみましょう。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) Aから、Aの業務執行理事(法第45条の16第2項第2号)であるDに対し、無利子・無担保でAの総流動資産の2分の1に当たる1億円もの金員(以下「本件貸付金」という。)が貸し付けられ、Aが法第27条(特別の利益供与の禁止)に違反している状況にあることが判明した。……(略)……Cと対立するDの非協力的な態度により本件調査が滞ったため、……(略)……本件改善命令後、Cは、ようやく事実経緯の一部をDから聴取することができたが、なおもその詳細は不明であり、また、Dから本件貸付金の返済は直ちには困難であるとの説明を受けた。そこで、Aは、B県知事に対し、本件改善命令を上記期限内に履行することは困難であると申し出た……(略)……。 (中略) Aの代表者として同条第9項に基づく弁明手続に赴いたCは、同手続において、本件調査は徐々に進んでいることや、本件貸付金を回収した上で理事会の機能強化を図る意欲を有しているため、CをAの役員から解職する理由はないことを弁明した (中略) 弁護士F:……(略)……他方で、Aよりもはるかに資産規模の小さい法人において、1億円が使途不明金として理事長個人に流出した結果、破産の危機にまで陥り、改善命令が出された後も、理事長自身が事案の解明にも全く協力せず、当該使途不明金の回収の見込みも立たずに、当該改善命令に係る措置が採られなかった事案では、解散が命じられていました。これに対して、Aは今回の貸付けにより、そこまで経営が破綻している状況にあるわけでもありません。 (引用終わり) |
金額は同額ですが、「Aよりもはるかに資産規模の小さい」とある。Aの場合、1億円は、「総流動資産の2分の1」とされているわけですから、「Aよりもはるかに資産規模の小さい」のであれば、総流動資産の2分の1を優に超える割合だ、ということになるでしょう。「貸付金」と「使途不明金」の違いにも気付きます。貸付金は、確実に返ってくるかはともかくとしても、とりあえず返す約束のお金です。使途不明金は、使っちゃってそれっきりのお金ということでしょう。これは、「流出」という文言からも読み取れます。なので、一応は返す約束の貸付金よりも、使途不明金の方がヤバいと判断できるでしょう。相手方が業務執行理事か理事長個人かという点、理事長自身が事案の解明に全く協力しないという点も違う。Aの理事長はCです。解散が命じられた例は、C自身が一応頑張ってるAの事案よりも、ヤバいと判断できるでしょう。破産の危機に陥ってるやつと、経営が破綻している状況にないAと、どっちがヤバいかも明らかです。こうしてみると、解散が命じられた例は、Aの事案と異なる点が多く、そのいずれもがそれなりに重要だということがわかるでしょう。なので、これは1つ1つ丁寧に事実を摘示して答案に書く。当サイトの参考答案(その1)では単に事実を摘示するにとどめていますが、ここは最後の設問なので、時間に余裕がある限り、参考答案(その2)のように、1つ1つに評価を付していくとよいでしょう。
(参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。) イ.しかし、本件貸付金は1億円で、Aの総流動資産の2分の1に当たるが、解散を命じた例では、Aよりはるかに資産規模の小さい法人である。Dは、本件貸付金の返済は直ちには困難と説明するものの、事実経緯の一部をDから聴取できており、Cは、弁明手続において、本件貸付金を回収する意欲をみせている。他方、解散を命じた例では、使途不明金として理事長個人に流出した結果、破産の危機にまで陥っており、理事長自身が事案の解明にも全く協力せず、当該使途不明金の回収の見込みも立たなかった。以上から、上記反論を踏まえても、結論を左右しない。 (引用終わり)
(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。) 解散を命じた例では、金額は1億円と同額であるが、使途不明金で返済が予定されず、Aよりはるかに資産規模の小さい法人で同額でも総資産に占める割合ははるかに大きく、破産の危機にあるという緊急事態で、理事長自身が事案の解明にも全く協力せず、使途不明金回収の見込みも立たずに、改善措置が採られなかったのであり、監督目的達成不能は明白であった。Aは経営破綻状況になく緊急性はないし、CはAの運営改善に向け努力し、貸付けの事実経緯も一部判明してきたから、期限を延長してAに本件調査を完遂させ、必要に応じて再調査(法56条1項、本件要綱7条2項)を求める等の方法により監督目的を達成しうると評価する余地がある。 (引用終わり) |
2.当サイトが繰り返し説明しているとおり、事実の摘示には、極端な配点があります。上記のような事実の摘示の有無は、想像以上に合否に影響するでしょう。上記のような事実の摘示は、現場で地味に頑張る必要があるというだけで、行政法の知識・理解をほとんど必要としない単純作業です。「論証集グルグル」のようなインプット重視の学習をしていて、これができなかったという人は、勉強の方向性を見直すべきでしょう。「こんなアホみたいな単純作業を普段の勉強でやりたくないよ。」という気持ちもわかりますが、限られた時間内にこのような単純作業をする能力が、現在の論文式試験では合否を分ける。いわば、法曹になるための必須の能力とされているのです。
受験生の中には、一部の若手を中心に、特に演習をしなくても、当たり前のようにこうしたことができる要領の良い人がいます。そうした人は、演習に割く時間を省略して「論証集グルグル」のような最低限のインプットだけで合格答案を書けるようになってしまうので、超短期で合格できる。しかし、多くの人は、実際に事例問題を解いて、答案を書く訓練をしないと、限られた時間内にこうした作業をこなすことができません。なので、演習に多くの時間を割く必要がある。多くの人が、超短期合格者の勉強を真似して「論証集グルグル」のようなインプットだけをやっても、合格できず、むしろ長期受験者となってしまうのは、このような仕組みによるものです。演習を省略できない人が超短期合格者の勉強法を真似しても、上記のような単純作業をこなす能力を習得できないので、毎年同じような感じで不合格になる。このような仕組みが、「若手優遇策」として機能していることについては、以前の記事(「令和4年司法試験の結果について(12)」)で詳しく説明しました。