当てはめ大魔神する方法
(令和5年司法試験民事系第3問)

1.今年の民訴法。設問1はどうみても当てはめ大魔神です。それにもかかわらず、きちんと大魔神しない人が多いでしょうから、ここは結果的に合否を分ける重要な設問になるかもしれません。
 問題文冒頭に示された設問ごとの配点割合は25:35:40なので、「設問1で頑張り過ぎちゃいけないな。」というのは、第一感としては正しい。でも、設問2、設問3は、自信がないと感じる人が多いでしょう。設問2は、「(ア)(イ)は認容→棄却だから不利益変更でアウト、(ウ)はXの希望どおりだからオッケーに決まってる。何が問題なの?」という感じでしょうし、設問3は、「課題1は既判力も参加的効力も無理に決まってんじゃん。課題2は参加的効力及ぶに決まってんじゃん。何が問題なの?」となって、「ヤバい書くことないぞ。」となりそう。それと比べると、設問1は、取ろうと思えば知識ゼロでも確実に取れる部分が多いので、「設問2、設問3は書くことあんましない。」と思ったなら、設問1で頑張っていっぱい書く、という戦略を採るべきだったのでしょう。この辺の大局観も、合否を分ける要素です。

2.当てはめ大魔神する際には、改めて問題文を最初から順番に読むのが基本です。最初に斜め読みした時の印象には頼らない。個々の事実を、「肯定方向かな?否定方向かな?」という目で見て、どっちかに分けて書き写す(※1)。これが、最低限やるべきことです。後は、余裕をみて評価を付すのですが、筆力自慢でない限りは、あまり欲張らないことが肝心です。
 ※1 問題文に「①肯」、「②否」とか、「①◯」、「②✕」とか印を付けておいて、答案構成には、「①but②」みたいに書いておく。答案を書く段階で、それを見ながら、書き写す作業をすればよいでしょう。

3.早速、問題文を最初から見ていきましょう。冒頭から読み始めて、まず目が止まるのは以下の部分です。 

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 Yは、第1回口頭弁論期日において、Xの主張を認めた上で、主位的に、甲債権に対しては既に弁済をした旨を主張し、予備的に、Xに対する200万円の売買代金債権(以下「乙債権」という。)により相殺する旨の訴訟上の相殺の抗弁を提出した。Yは、乙債権の発生原因事実として、令和3年8月4日にXに対して代金200万円で美術品(以下「本件動産」という。)を売却し、同日引き渡した旨を主張し、この売買契約の締結を証明するため、Xがその配偶者Aに対して送った電子メール(以下「本件メール」という。)の内容をプリントアウトしたもの(以下「本件文書」という。)を証拠として提出した。本件メールは、同月5日付けでXから送信されたものであり、Xの健康状態やXA間の子の学業成績に関する相談とともに、念願の本件動産をYから200万円で購入し、引渡しを受けた旨が記載されていた。

(引用終わり) 

 最初に斜め読みしたときには全然気にならなくても、「証拠能力を肯定する方向かな?否定する方向かな?」という目で改めて見れば、「日付重要だね。肯定方向。」と気が付くでしょう。売買契約締結・引渡しの日とされる日の翌日に、「ねんがんの 本件動産をてにいれたぞ!」というメールを送っていること、その記載内容が、目的物・代金額という売買契約の要素と、引渡しがあった点で一致しているので、信用性が認められれば、そのまま売買契約締結及び引渡し(※2)を認定できます。気が付いたら、最低限、それを書き写す。
 ※2 引渡しが必要となるのは、代金請求ではなく、相殺の抗弁とする場合なので、せり上がりが生じるからですね。

参考答案(その1)より引用)

 Yは、令和3年8月4日にXに代金200万円で本件動産を売却し、同日引き渡した旨を主張し、本件メールは、同月5日づけでXから送信され、念願の本件動産をYから200万円で購入し、引渡しを受けた旨が記載されていた。

(引用終わり)

 余裕があれば、参考答案(その2)のように、評価を付すとよいでしょう。

(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。) 

 Yは、令和3年8月4日にXに代金200万円で本件動産を売却し、同日引き渡した旨を主張し、本件メールは、その翌日である同月5日づけでXから送信され、上記主張に係る売買の要素及び引渡しと一致する内容、すなわち、本件動産をYから200万円で購入し、引渡しを受けた旨が記載されていた。本件文書は、これをプリントアウトしたもので、相殺の抗弁事実のうち本件動産売買及び引渡しの直接証拠となる

(引用終わり)

 「4日に売買で、5日にメール送信があったんです。だから、『売買の翌日にメールを送信したんだな。』って、私はそう評価します。」というのは当たり前過ぎて小泉進次郎さんのようですが、論文ではこういうのが重要だったりします。
 他方で、上記引用の問題文に否定方向の事情はないか。これも、最初に斜め読みをするときには全然気にならなくても、「肯定方向かな?否定方向かな?」という目で改めて1つ1つ注目して見れば、「わざとプライバシー情報を紛れ込ませてるな。」と気が付くでしょう。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 Yは、第1回口頭弁論期日において、Xの主張を認めた上で、主位的に、甲債権に対しては既に弁済をした旨を主張し、予備的に、Xに対する200万円の売買代金債権(以下「乙債権」という。)により相殺する旨の訴訟上の相殺の抗弁を提出した。Yは、乙債権の発生原因事実として、令和3年8月4日にXに対して代金200万円で美術品(以下「本件動産」という。)を売却し、同日引き渡した旨を主張し、この売買契約の締結を証明するため、Xがその配偶者Aに対して送った電子メール(以下「本件メール」という。)の内容をプリントアウトしたもの(以下「本件文書」という。)を証拠として提出した。本件メールは、同月5日付けでXから送信されたものであり、Xの健康状態やXA間の子の学業成績に関する相談とともに、念願の本件動産をYから200万円で購入し、引渡しを受けた旨が記載されていた。

(引用終わり) 

 特別な知識がなくても、こんなの否定方向とわかる。だから、最低限、それを書き写す。

参考答案(その1)より引用)

 本件メールには、Xの健康状態やXA間の子の学業成績に関する相談が記載されていた。

(引用終わり)

 書いている最中に気の利いた評価を思い付いたりしたら、追加で書けばよい。

参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)

 本件メールには、Xの健康状態やXA間の子の学業成績に関する相談が記載されていた。健康状態や学業成績は一般に秘匿の要請が強い個人情報であり、特に要保護性が高い

(引用終わり)

 入手経緯に関する問題文を見てみましょう。まず冒頭部分です。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 Yが、本件文書を入手した経緯は、以下のようなものであった。甲債権及び乙債権に関する紛争(以下「本件紛争」という。)が顕在化した後、その解決のため、Xは、令和4年3月、X宅にYを呼び寄せ、Xの自室において話合いをした。話合いが難航する中、Xは「一旦休憩しよう、コーヒーでも買ってくる。」と述べ、最寄りのコンビニエンスストアまで一人で赴いた

(引用終わり) 

 これは肯定方向か否定方向か。誰かに質問されて考える機会が与えられれば、ほとんどの人が、「Xが自分の意思でYを自室に招いたわけで、Yが勝手に忍び込んだわけでもないし、Yが1人になったのも、Xが勝手にコンビニに行ったからで、なにかYがXを騙して1人になる状況を作ったわけでもないよね。だから肯定方向。」というように答えることができるはずです。現場で多くの人が気付かずに答案に書けないのは、「そういうの書かないといけないんだ。」という、その意識がないだけの話です。わざわざこんな事情になってるのは、考査委員が意図的に、すなわち、その点に気付くかどうか試すために、そのようにしたからだろう。それなら、そこに配点があるに決まっている。しかも、再現答案等からうかがわれるこれまでの一貫した傾向からすれば、長々と本質に遡った規範の理由付けを書いて獲得できる配点を、たった1個の事実でひっくり返すくらいのあり得ない配点があるだろうことがわかっている(※3)。そのようなことがわかっていれば、当たり前のように「これ書かないと。」という意識になる。この違いが、「受かりやすさ」に直結します。だから、最低限、書き写すべきなのです。
 ※3 「どうしてそんなことになっているの?」という点については、当サイトで繰り返し説明しています(「令和4年司法試験の結果について(12)」)。

参考答案(その1)より引用)

 Xが、X宅にYを呼び寄せ、Xの自室で話合いをした。話合い中、Xが、最寄りのコンビニエンスストアまで一人で赴いた。

(引用終わり)

 書き写す時間で評価を思い付いて書けるのが上級者です。

参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)

 Xが、X宅にYを呼び寄せ、Xの自室で話合いをした。話合い中、Xが、最寄りのコンビニエンスストアまで一人で赴いた。これらについてはXの意思によるから、プライバシー侵害等はない

(引用終わり)

 残されたYの行動を見ましょう。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 残されたYは、本件紛争は訴訟に発展する可能性も高いと考え、自己に有利な証拠を探す趣旨で、Xの机の上に閉じた状態で置いてあったノートパソコンを開いたところ、Xがプライベートで利用しているアカウントのメールが閲覧可能な状態になっていることに気付いた。

(引用終わり) 

 上記の1文には、肯定方向と否定方向が混在しています。ここまでみてきて慣れてきたでしょうから、「閲覧可能な状態」は肯定方向、「本件紛争は訴訟に発展する可能性も高いと考え、自己に有利な証拠を探す趣旨」、「Xの机」、「閉じた状態」、「プライベートで利用しているアカウント」が否定方向だとわかるでしょう。書き写すときも、肯定・否定がわかるように分けて書く。

参考答案(その1)より引用)

 Yは、Xのノートパソコンでメールが閲覧可能な状態になっていることに気づき……(略)……しかし、Xのノートパソコンは、Xの机の上に閉じた状態で置いてあった。Yは、本件紛争は訴訟に発展する可能性も高いと考え、自己に有利な証拠を探す趣旨で、これを開いた。メールは、Xがプライベートで利用しているアカウントのものであった。

(引用終わり)

 気付いたら評価も付す。筆力自慢なら余裕でできます。

参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)

 Yは、Xのノートパソコンでメールが閲覧可能な状態になっていることに気づき……(略)……たまたま閲覧可能な状態になっていたのであり、パスワード等を不正に入手してアクセスした等の事情はない。……(略)……。
 しかし、Xのノートパソコンは、Xの机の上に閉じた状態で置いてあった。一般に、他者による閲覧を許容しない態様である。Yは、本件紛争は訴訟に発展する可能性も高いと考え、自己に有利な証拠を探す趣旨で、これを開いた。閲覧は偶然でなく、意図的である。本件紛争に関する話合いが難航していた状況で、Yが上記趣旨でノートパソコンを閲覧するのをXが許容していたとは考えられないYもそれを知りながら敢えて閲覧したと推認される。メールは、Xがプライベートで利用しているアカウントのものであった。他者への公開が予定されず、プライバシーの要保護性が高い

(引用終わり)

 メールを発見したYの行動を見ましょう。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 そこで、Yは、自身のUSBメモリにXが送受信した電子メールの全てを保存することとした。

(引用終わり)

 「自身のUSBメモリ」はちょっとわかりにくいかもしれませんが、肯定方向です。他方、「全て」は、明らかに否定方向。書き写しましょう。

参考答案(その1)より引用)

 Yは……(略)……自身のUSBメモリにXが送受信した電子メールを保存することとした。……(略)……しかし……(略)……Yが保存したのは、Xが送受信した電子メールの全てであった。

(引用終わり)

 「自身のUSBメモリ」がなぜ肯定方向なのかわからん、と思った人は、以下を読めばわかるでしょう。「全て」については、刑訴の包括差押えを想起すれば、気の利いた評価を思い付きやすいでしょう。良い子は真似しちゃいけませんが、筆力自慢なら書きたい。

参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)

 Yは……(略)……自身のUSBメモリにXが送受信した電子メールを保存することとした。……(略)……YのUSBメモリは不特定多数人がアクセス可能でなく、直ちに拡散するおそれもない。……(略)……。
 しかし、……(略)……Yが保存したのは、Xが送受信した電子メールの全てであった。Xが戻るまでに保存しなければならなかったとはいえ、本件紛争に関わりのない私事を内容とするメールが含まれると考えられるにもかかわらず、本件紛争との関連性を識別せず包括して保存しておりプライバシー侵害性が強い

(引用終わり)

 最後に、他に証拠があったのか、という点を見ておきましょう。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 本件動産についてのやりとりは全て口頭でなされ、引渡しもYがXに直接交付することによりなされた結果、本件動産の売買の証明に役立つ証拠がなかったことから、Yは、本件紛争が訴訟にまで発展した場合に備えて、本件メールをプリントアウトした。

(引用終わり)

 これは肯定・否定の両面があります。肯定方向はわかりやすくて、「本件文書が唯一の証拠なんだからぁ!メッチャ必要なの!」ということ。否定方向は、ちょっとわかりにくいかもしれませんが、「それって君が証拠を全然保全しとかなかったからでしょ?」ということです。問題文にも、「~結果」と明記されていて、証拠がなかった原因がはっきりするような記載になっています。200万円という高額売買なら契約書くらい作ればいいし、引渡しの際に受領書くらい取っておけばいい。それをしなかったから証拠がないの、だから勝手にメールを盗み見て保存するのも許して、と言われてもね、という話です。最低限、問題文を書き写すならこんな感じです。

参考答案(その1)より引用)

 他に本件動産の売買の証明に役立つ証拠がなかった。
 しかし、他に証拠がなかったのは、本件動産についてのやりとりは全て口頭でなされ、引渡しもYがXに直接交付することによりなされた結果であった。

(引用終わり)

 きちんと評価を付すならこんな感じ。

参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)

 他に本件動産売買の証明に役立つ証拠がなく、唯一の証拠であったから、証拠の重要性は高い
 しかし、他に証拠がなかったのは、本件動産についてのやりとりが全て口頭でなされ、引渡しもYがXに直接交付することによりなされた結果であった。Yが契約書・受領書の作成・交付を求めていれば、上記(1)のような方法による証拠収集をする必要は全くなかった。200万円という高額取引であれば、契約書・受領書の作成・交付を求めるのが取引通念に照らし通常と考えられ、それが困難であった事情もない以上、Yの責めに帰すべきである

(引用終わり)

4.上記のような当てはめ方を丁寧に教えてもらえる機会というのは、ほとんどないのが現状です。その理由は、3つあります。1つは、教える側にそのような意識がないということです。「論文では本質が問われているんだ。事実の書き写しなんかに点があるはずがない。」という意識を持っている人は、いまだに結構いるものです。もう1つは、予備校等が自ら推奨する論証を使って答案例を作成しようとするので、当てはめで事実を摘示できない、ということです。一般に流通している論証は、極めて配点の乏しい理由付けにかなりの文字数を使っているので、事実を書き写す余裕などありません。教材の答案例は字を小さくしたりできなくて、基本は一行の文字数が決まっているので、所定のページ数で収めることができなくなってしまう。その結果、「当てはめスッカスカ」の「模範答案」が出来上がるというわけです。それをベースに講義をするから、当然ながら適切な当てはめを教えてもらえるはずがない。3つ目は、そんなの講義として成立しない、ということです。今回、長々と説明したとおり、当てはめ方というのは、1つ1つを個別にみれば、「そんなのわざわざ講義で言われなくてもわかるよ。馬鹿にすんな。」という感じの内容です。しかも、1つ1つ口頭で説明していたら、とっても時間が掛かる。こんなのを延々とやっていたら、「いちいち講義の時間を使って延々とそんな当たり前のこと話してんじゃねーよ。もっとハイレベルなこと教えろよ。金返せ。」となってしまう。だから、そんな講義はできない。
 以上のような状況であることを理解したら、後は、受験生が自分で対策するしかありません。もっとも、それはそんなに難しいことではない。上記で延々と説明したとおり、1つ1つは知識ゼロでもわかりそうな、当たり前のことです。意識して問題文を見るかどうかの違いでしかありません。なので、事例問題を解きまくり、解いている時、復習する時に、「模範答案」では無視されているような事実にも意識を向けて、「肯定かな?否定かな?」という判断をして、答案に書くことを考える。それは、自分の力で出来ることですし、出来なければならないことです。

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