規範を作る
(令和5年司法試験民事系第3問)

1.今年の民訴設問1では、問題文で、法的根拠と判断基準を示すことが求められました。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

L1:そうですか。しかし、情報技術の発達により、本件文書のような証拠が提出される訴訟事件は増えている一方で、技術上の利便性を不当に利用した証拠収集も容易となっています。そのような方法で入手された証拠を事実認定の資料にすることが許されるかどうかは重要な論点となりますから、少し頑張ってもらおうと思います。本件文書の証明力はそれなりにあると考えられるので、ここでは専ら証拠能力の問題を検討してください。具体的には、⒜民事訴訟において、不当な方法で収集された証拠方法の証拠能力が制限される場合があり得ることを前提として、そのような証拠方法の証拠能力が否定される法的根拠を挙げた上、証拠能力の有無を判断する基準を示し、⒝上記⒜の基準に照らして本件文書の証拠能力を判断するとどのような結論に至るかを明らかにすることを「課題」とします。なお、Yの行為は犯罪行為に該当しないことを前提としてください。 

(引用終わり) 

 法的根拠に関しては、「困ったときはとりあえず信義則」のセオリーに従えばよいとしても(後記7のとおり、本問ではそれで正解です。)、判断基準は困る。「民訴の違法収集証拠の規範なんて覚えてないよ。」と思った人が多かったでしょう。事前に準備していなければ、作るしかない。

2.まず、思い付くのは、「刑訴の違法収集証拠排除法則の規範を応用するか。」というところですが、「令状主義の精神」とか、「将来の違法捜査の抑止」とか、刑訴固有の要素が強すぎてエグい。これは秒で却下すべきです。

3.規範を作るときの最も頭を使わないテクニックとして、「同義反復で無意味なものを作る。」というものがあります。本問でいえば、「不当な方法で収集された証拠方法の証拠能力の有無を判断する基準」を作りたいわけだから、「証拠能力を否定すべきほどに不当かで判断する。」という感じ。「私は、証拠能力を否定すべきほどに不当な場合は証拠能力を否定すべきだと思いますね。なぜかって?それは証拠能力を否定すべきほどに不当だからですよ。」という感じで小泉進次郎さんのようですが、少なくとも、論理的には全く間違いではありません。困ったときには同義反復で逃げるというのも、最低限のテクニックです(※)。
 ※ 学者の論文でも、冷静に読むと同義反復に過ぎないものが結構あったりします。法学ではそこそこメジャーなテクニックというかレトリックなのです。

4.もう少し頭を使うその他のテクニックとして、「趣旨から原則を導いて『特段の事情』で例外」という方法や、「とりあえず対立する2つの要素を示して利益考量」という方法があります。本問の場合、前者のやり方だと、「自由心証主義から証拠能力無制限が原則だけど、自由心証主義を考慮しても証拠とすべきでない特段の事情があるときは例外」みたいな感じになって、結局、証拠能力の有無を判断する基準は「証拠とすべきでない」か否かみたいになって、前記3の小泉進次郎さんのようになる。なので、後者の方法の方がフィットするでしょう。対立する2つの要素は、テキトーに考えても、「証拠の必要性と不当性の程度じゃね?」という感じですぐ思い付くでしょう。

5.もう1つ、規範を作る際のコツとして、「先に問題文の事実をみて、フィーリングで肯定方向・否定方向に分けて、それを見て要素を抽出する。」というものがあります。以前の記事(「当てはめ大魔神する方法(令和5年司法試験民事系第3問)」)で示したとおり、本問は、知識がゼロに近くても、肯定方向・否定方向に分けることはできる。それを確認すると、やはり、「証拠の必要性と不当性の程度くらいでよくね?」という感じ。後は、その規範に合わせて肯定方向・否定方向に整理した上で事実を羅列させていく。こうして、当サイトの参考答案(その1)が出来上がるわけです。

(参考答案(その1)より引用)

1.不当な方法で収集された証拠方法の証拠能力が否定される法的根拠は、訴訟上の信義則(2条)である。証拠能力の有無は、証拠の必要性と不当性の程度を考量して判断する。

2(1)証拠の必要性

 Yは、令和3年8月4日にXに代金200万円で本件動産を売却し、同日引き渡した旨を主張し、本件メールは、同月5日づけでXから送信され、念願の本件動産をYから200万円で購入し、引渡しを受けた旨が記載されていた。他に本件動産の売買の証明に役立つ証拠がなかった。
 しかし、他に証拠がなかったのは、本件動産についてのやりとりは全て口頭でなされ、引渡しもYがXに直接交付することによりなされた結果であった。

(2)不当性の程度

ア.Xが、X宅にYを呼び寄せ、Xの自室で話合いをした。話合い中、Xが、最寄りのコンビニエンスストアまで一人で赴いた。Yは、Xのノートパソコンでメールが閲覧可能な状態になっていることに気づき、自身のUSBメモリにXが送受信した電子メールを保存することとした。Yの行為は犯罪行為に該当しない。

イ.しかし、Xのノートパソコンは、Xの机の上に閉じた状態で置いてあった。Yは、本件紛争は訴訟に発展する可能性も高いと考え、自己に有利な証拠を探す趣旨で、これを開いた。メールは、Xがプライベートで利用しているアカウントのものであった。Yが保存したのは、Xが送受信した電子メールの全てであった。本件メールには、Xの健康状態やXA間の子の学業成績に関する相談が記載されていた。

(3)以上を考量すると、不当性の程度が証拠の必要性を上回る。

3.よって、本件文書の証拠能力はない。

(引用終わり)

 現在のところ、受験生の事実の摘示に対する意識はかなり低いので、現場でここまで整理して事実を摘示できる人はほとんどいないでしょう。設問1に関しては、このレベルでも相対的に上位になってしまうのではないかと思います。

6.民事の違法収集証拠について、かつては、古い裁判例(東京高判昭52・7・15、名古屋高決昭56・2・18)を参照した予備校論証がありました。これによる場合は、証拠能力を否定する法的根拠は人格権ということになって、判断基準も人格権侵害か否かだ、ということになる。これを覚えていたぞ、という人もいたことでしょう。それで、間違いというわけではありません。しかし、これだと、証拠の必要性・重要性が直接には要素にならないので、「確かに本件文書は唯一の証拠だけど、それはYが証拠保全を怠ったからだよね。」という部分を拾うのが難しい。なので、本問ではちょっと使いにくかったでしょう。そのようになるのは、出題する考査委員の側が、既にその規範を念頭に置いて問題を作っていないからです。

7.おそらく、考査委員が念頭に置いていた判断基準は、東京高判平28・5・19(関東学院事件)のものでしょう。

(東京高判平28・5・19より引用。太字強調は筆者。)

 民事訴訟法は,自由心証主義を採用し(247条),一般的に証拠能力を制限する規定を設けていないことからすれば,違法収集証拠であっても,それだけで直ちに証拠能力が否定されることはないというべきである。しかしながら,いかなる違法収集証拠もその証拠能力を否定されることはないとすると,私人による違法行為を助長し,法秩序の維持を目的とする裁判制度の趣旨に悖る結果ともなりかねないのであり,民事訴訟における公正性の要請,当事者の信義誠実義務に照らすと,当該証拠の収集の方法及び態様,違法な証拠収集によって侵害される権利利益の要保護性,当該証拠の訴訟における証拠としての重要性等の諸般の事情を総合考慮し,当該証拠を採用することが訴訟上の信義則(民事訴訟法2条)に反するといえる場合には,例外として,当該違法収集証拠の証拠能力が否定されると解するのが相当である。

(引用終わり)

 これによれば、法的根拠は訴訟上の信義則。判断基準は、「証拠収集の方法、侵害される権利利益の要保護性、証拠の重要性等を考慮して、訴訟上の信義則に反するか」という感じになるでしょう。これまでに説明したようなテキトーな感じで規範を作る方法でも、大体似たような感じになったりする。これまでに説明したことは、論文の受験テクニックではありますが、一般の解釈手法とも多くの点で重なる部分があるのです。

8.当サイトの参考答案(その2)は、上記関東学院事件高裁判例の規範を用い、1つ1つの事実に評価を付して書いています。

(参考答案(その2)より引用)

1.不当な方法で収集された証拠方法の証拠能力が否定される法的根拠は、訴訟上の信義則(2条)である。証拠能力の有無は、証拠収集の方法、侵害される権利利益の要保護性、証拠の重要性等を考慮して、訴訟上の信義則に反するかで判断する(関東学院事件高裁判例参照)。

2(1)Xが、X宅にYを呼び寄せ、Xの自室で話合いをした。話合い中、Xが、最寄りのコンビニエンスストアまで一人で赴いた。これらについてはXの意思によるから、プライバシー侵害等はない。Yは、Xのノートパソコンでメールが閲覧可能な状態になっていることに気づき、自身のUSBメモリにXが送受信した電子メールを保存することとした。たまたま閲覧可能な状態になっていたのであり、パスワード等を不正に入手してアクセスした等の事情はない。YのUSBメモリは不特定多数人がアクセス可能でなく、直ちに拡散するおそれもない。Yの行為は犯罪行為に該当しない。
 しかし、Xのノートパソコンは、Xの机の上に閉じた状態で置いてあった。一般に、他者による閲覧を許容しない態様である。Yは、本件紛争は訴訟に発展する可能性も高いと考え、自己に有利な証拠を探す趣旨で、これを開いた。閲覧は偶然でなく、意図的である。本件紛争に関する話合いが難航していた状況で、Yが上記趣旨でノートパソコンを閲覧するのをXが許容していたとは考えられない。Yもそれを知りながら敢えて閲覧したと推認される。メールは、Xがプライベートで利用しているアカウントのものであった。他者への公開が予定されず、プライバシーの要保護性が高い。Yが保存したのは、Xが送受信した電子メールの全てであった。Xが戻るまでに保存しなければならなかったとはいえ、本件紛争に関わりのない私事を内容とするメールが含まれると考えられるにもかかわらず、本件紛争との関連性を識別せず包括して保存しておりプライバシー侵害性が強い。本件メールには、Xの健康状態やXA間の子の学業成績に関する相談が記載されていた。健康状態や学業成績は一般に秘匿の要請が強い個人情報であり、特に要保護性が高い。
 以上から、証拠収集はプライバシー侵害性の強い方法によってなされ、侵害されたプライバシーの要保護性は高かったと評価できる。

(2)Yは、令和3年8月4日にXに代金200万円で本件動産を売却し、同日引き渡した旨を主張し、本件メールは、その翌日である同月5日づけでXから送信され、上記主張に係る売買の要素及び引渡しと一致する内容、すなわち、本件動産をYから200万円で購入し、引渡しを受けた旨が記載されていた。本件文書は、これをプリントアウトしたもので、相殺の抗弁事実のうち本件動産売買及び引渡しの直接証拠となる。他に本件動産売買の証明に役立つ証拠がなく、唯一の証拠であったから、証拠の重要性は高い。
 しかし、他に証拠がなかったのは、本件動産についてのやりとりが全て口頭でなされ、引渡しもYがXに直接交付することによりなされた結果であった。Yが契約書・受領書の作成・交付を求めていれば、上記(1)のような方法による証拠収集をする必要は全くなかった。200万円という高額取引であれば、契約書・受領書の作成・交付を求めるのが取引通念に照らし通常と考えられ、それが困難であった事情もない以上、Yの責めに帰すべきである。

(3)以上から、証拠の重要性が高いことを考慮しても、それはYの帰責事由に起因する以上、要保護性の高いプライバシーを強度に侵害する方法で収集された本件文書を証拠として許容することは、訴訟上の信義則に反する。

3.よって、本件文書の証拠能力はない。

(引用終わり)

 現場でここまで書くのは、設問2、設問3のことを考えるとやり過ぎな感が否めません。参考答案(その2)は、「全部についてこのように書いた方がいいよ。」という趣旨ではなく、「筆力に自信があって、事実を書き写している間に気の利いた評価を思い付いたなら、軽く一言評価を付してもいいよね。それぞれの事実について仮にそれをやるとしたらこんな感じかな、という例を示したから、参考にしてね。」という程度の趣旨です。答案に事実を書き写しながら、事実の摘示にとどめるか、評価も付すか、臨機応変に判断する。このようなことも、演習で体得すべきことの1つです。

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