乙丙の詐欺未遂罪の成否
(令和5年司法試験刑事系第1問)

1.今年の刑法設問2。メインが強盗致傷罪の成否にあることは明らかですが、地味に問われているのが、詐欺未遂罪の成否です。設問2では、乙丙が甲の指示を受けてB宅に向かおうとするところまでは、計画どおり事態が進展しています。設問1で、被害者宅まで到達しない限り着手を認めないという立場を採らない限り、甲には詐欺未遂罪が成立するでしょう(※1)。「じゃあ、乙丙は共同正犯になるの?」というのが、ここでの問題です。
 ※1 厳密には、設問1は「自らの見解を問うものではない。」とされているので、設問2では、設問1で解答した考え方とは違う見解を採る、ということも可能です。しかし、わざわざそんなことをする人はいないでしょう。

2.「甲の指示を乙丙が了承した時点で共謀があるんだから、共同正犯になるの当たり前じゃね?」と思う人もいるかも知れません。その人は、「共謀成立前の甲の行為について、どうして乙丙に帰責できるの?」という点を看過しています。ここでは、変則的な承継的共同正犯が問題になっているのです。「変則的な」という表現を用いたのは、通常、詐欺について承継的共同正犯が問題になる事例は、先行者が欺く行為を行い、後行者が財物の交付を受ける、というものですが、本問は、そのような典型事例とは異なるからです。
 まずは、問題状況を理解しましょう。甲の着手を肯定する法律構成(「設問1(1)の意味(令和5年司法試験刑事系第1問)」)によって、後行者である乙丙の行為の理解も変わります。密接な行為で着手を認める構成による場合には、先行者である甲の行為は欺く行為ではなく、これと密接な行為であるということになり、計画では、実行行為の本体である欺く行為や財物の交付を受ける行為は乙丙がやるはずだった、という理解になります。この場合、乙丙は、共謀前の甲のした密接な行為について帰責されるのか、という点で、承継的共同正犯を問題にすることになります。他方、欺く行為の開始によって着手を認める構成による場合には、先行者である甲の行為は欺く行為の開始であるものの、欺く行為が完了するのは乙丙が被害者宅を訪れて300万円の交付を求める文言を述べたときなので、乙丙は、欺く行為の途中から加功することになる。そこで、実行行為の中途で加功した者は、加功前の先行者のした実行行為も含めて帰責されるのか、という意味で、承継的共同正犯を問題にすることになります。この段階で、既に結構難しいな、という感じがすることでしょう。
 また、法益侵害の危険という観点でみると、未遂を基礎付ける危険は、甲がBに電話でうそを言う行為によって生じていて、乙丙がB宅に向かう行為自体は、危険を増加させたりするものとはいえないとみるのが自然でしょう。B宅に近づくにつれて危険が高まるといえなくもありませんが、あまり本質的とはいえない感じです。B宅に到着して300万円の交付を求める文言を述べれば、その危険は高まりますが、そこには至っていません。甲の指示の時点で共謀を認定する場合、その後の乙丙は、特に未遂を基礎付ける危険を生じさせていないともみえる。このようにみても、詐欺未遂罪の共同正犯を認めるということは、乙丙に指示する前の甲の行為によって発生した危険を乙丙に帰責させることになりそうで、承継的共同正犯の問題が生じることがわかります。

3.解決策は、大きく分けて3つあります。

(1)1つは、事実認定によって、承継的共同正犯の問題を回避する方法です。本問では、同様の手口の詐欺を常習的に行っています。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

1 甲は、乙及び丙と共に、後記計画に基づき、常習的に高齢者から現金をだまし取っていた
 その計画は、

 ・ 甲が資産家の名簿を見て、現金をだまし取る対象者を選定する。
 ・ 甲が警察官に成りすまして相手方に電話をかけ、「X警察署の○○です。この度、この地域を担当することになりました。今後、当署からの連絡はこの番号からかけますので、御登録をお願いします。」などとうそを言って、名前と電話番号を告げる(以下、この内容の電話を「1回目の電話」という。)。
 ・ その翌日、甲が相手方に電話をかけ、「昨日電話した○○です。あなたの預金口座が、不正に利用されている疑いがあります。捜査のために必要なので、お持ちの預金口座に100万円を超える残高があるようでしたら、速やかに全額を引き出して自宅に持ち帰った後、こちらに電話をください。」などとうそを言う(以下、この内容の電話を「2回目の電話」という。)。
 ・ 相手方に預金口座から現金を引き出させて、自宅にその現金を持ち帰らせる。
 ・ その後、相手方からかかってきた電話で、甲が、相手方の現金引出しを確認した上、「これから警察官がそちらに向かいます。」とうそを言う。
 ・ その約1時間後、乙及び丙が警察官を装って相手方の家を訪ねる。
 ・ 乙及び丙が、捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそを言い、その交付を受けて現金をだまし取る。

 というものであった。

(引用終わり)

 このような事実関係の下では、甲が乙丙に特定の被害者宅への訪問等を指示した時点で個々の詐欺について共謀が成立するというより、当該計画に係る詐欺について、包括的に事前共謀が成立しているとみる方が実態に即しています。将来、甲が誰かを対象者に選定し、計画どおり電話することについても、暗黙のうちに乙丙は了承している。そうだとすれば、乙丙に指示する前の甲の行為についても、当然に甲乙丙に共謀がある、とみることができるでしょう。このような認定によれば、そもそも承継的共同正犯の問題にはなりません。これを具体的に答案にすると、当サイトの参考答案(その2)のようになります。

(参考答案(その2)より引用)

1.詐欺未遂罪の共同正犯(60条)

(1)前記第2と同様の理由により、甲がBに2回目の電話をかけた某月6日午前10時の時点で、甲に詐欺未遂罪が成立する。

(2)乙丙は上記(1)について共同正犯となるか。

ア.確かに、甲が、乙丙に、Bにうそを言って300万円をだまし取ってくるよう指示したのは、前記(1)の後である。
 しかし、共謀は暗黙の意思連絡でも足りる(スワット事件判例参照)。
 甲乙丙は、同じ計画で常習的に高齢者から現金をだまし取っていた。甲が新たな対象者を選定して計画どおり電話することについて、甲乙丙に暗黙の意思連絡があり、事前に黙示の共謀が成立していたといえる。

(引用終わり)

 「包括的共謀とか聞いたことねーぞ。」と思う人もいるかもしれませんが、考査委員である十河太朗教授の論文(十河太朗『包括的共謀の意義と包括的共謀の射程』(同志社法学 72巻7号 2021))もあったりするマニア向けの論点です。ただし、「これ、まんまじゃねーか!」などと言って論文を読み漁るのは、司法試験の学習効率としては非常に悪いので、おすすめしません。

(2)もう1つは、承継的共同正犯の問題としつつ、だまされたふり作戦事件判例を参照して、承継的共同正犯を肯定する方法です。

(だまされたふり作戦事件判例より引用。太字強調は筆者。)

 被告人は,本件詐欺につき,共犯者による本件欺罔行為がされた後,だまされたふり作戦が開始されたことを認識せずに,共犯者らと共謀の上,本件詐欺を完遂する上で本件欺罔行為と一体のものとして予定されていた本件受領行為に関与している。そうすると,だまされたふり作戦の開始いかんにかかわらず,被告人は,その加功前の本件欺罔行為の点も含めた本件詐欺につき,詐欺未遂罪の共同正犯としての責任を負うと解するのが相当である。

(引用終わり)

 上記判例は、因果的共犯論からは説明が難しいといわれることがあります。それから、前記2のとおり、本問は詐欺の承継的共同正犯が問題になる典型事例ではなく、だまされたふり作戦事件とは事案が異なります。仮に、この点がメインで問われていたなら、判例との事案の違いや理論構成も含めて答案で説明すべきなのでしょう。しかし、本問ではメインで問われているわけではないので、仮に答案に書くとしても、当サイトの参考答案(その2)の程度でよいのだろうと思います。

(参考答案(その2)より引用)

 仮に、黙示の共謀の成立を認めず、上記甲の指示及び乙丙の了承があった時に共謀の成立を認めるとしても、受領行為が詐欺を完遂する上で欺く行為と一体のものとして予定されていた場合には、その後の受領行為にのみ加功した者であっても、詐欺罪の共同正犯が成立する(だまされたふり作戦事件判例参照)。
 計画上、甲の電話とその後の乙丙の行為は詐欺を完遂する上で一体のものとして予定されていた。したがって、上記判例の趣旨によれば、乙丙が前記(1)に直接加功していなくても、共同正犯の成立を妨げない。

(引用終わり)

(3)3つ目は、承継的共同正犯の問題としつつ、承継的共同正犯否定説に立つ方法です。この場合、乙丙の詐欺未遂罪の成立は当然に否定となりそうですが、厳密には、後行の乙丙の行為のみでも詐欺未遂罪の成立を肯定する余地がないか、検討を要する事案です。説明しましょう。
 補助線として、承継的共同正犯が議論される典型事例の処理を確認します。以下の事例を見てください。

【事例1】

1.甲は、Vに暴行を加えて犯行を抑圧した。

2.たまたま通りかかった乙が、甲と共謀し、抵抗できないでいるVの持っていた財布を取り上げて立ち去った。

 上記事例で、承継的共同正犯を認めない立場からは、乙は強盗の手段としての暴行・脅迫をしていないので、窃盗罪しか成立しないとするのが素直です。もっとも、「犯行抑圧後は軽微な暴行・脅迫で足りる。」という立場を採り、さらに、「乙が財布を取り上げる行為は、それ自体が軽微な暴行又は脅迫と評価できる。」という立場を採れば、乙に強盗罪を認めることも不可能ではありません。
 では、以下の事例はどうでしょうか。

【事例2】

1.甲は、Vに暴行を加えたが、Vは激しく抵抗し、犯行を抑圧するに至らなかった。

2.たまたま通りかかった乙が、甲と共謀し、Vに更なる暴行を加え、Vの犯行を抑圧し、持っていた財布を取り上げて立ち去った。

 上記事例では、承継的共同正犯を認めない立場からも、共謀後に更なる暴行があり、それによってVは犯行を抑圧され、財物奪取に至っているので、乙に強盗罪が成立します。
 では、以下の事例はどうでしょうか。

【事例3】

1.甲は、Vに暴行を加えて失神させた。

2.たまたま通りかかった乙が、甲と共謀し、失神したVに対し、「おい、財布を出せ!そうしないと殺すぞ。」と語気強く申し向け、失神しているため反応しないVに対し、「無視するなよ。生意気だぞ!」と言って激しく暴行を加えたが、Vは失神したまま身動きしなかった。甲及び乙は、失神したVから、持っていた財布を取り上げて立ち去った。

 上記事例では、共謀後に更なる暴行・脅迫があるものの、既に失神したVに対するものなので、意味がありません。これは、理論的には、「強盗罪における暴行・脅迫は、犯行抑圧状態にさせて財物奪取を容易にする点に本質があるから、既に犯行抑圧状態になっている被害者に更なる暴行・脅迫を加えても、犯行抑圧状態に変化がない限り、財物奪取と因果関係がなく、財物奪取に向けられた暴行・脅迫とは評価できない。」という意味になります。したがって、承継的共同正犯を認めない立場からは、乙は強盗の手段としての暴行・脅迫と評価できる行為をしていないので、窃盗罪(及び暴行罪)しか成立しないと考えることになるのです(※2)。
 ※2 ちなみに、このことを確認した上で、事例1を再度見ると、Vは既に犯行抑圧状態なので、「乙が財布を取り上げる行為は、それ自体が軽微な暴行又は脅迫と評価できる。」という立場は成立しないようにも感じられますが、そこは学説もあまり意識していなかったりします。犯行抑圧状態がちょっとだけ強まるから、と思っているのかもしれません。

 以上のことを確認した上で、本問を考えましょう。本問は、乙丙が途中で計画を変更したわけですが、まずは理解の前提として、仮に、本問の乙丙が当初の計画を完遂したとすればどうなるか、確認しておきましょう。この場合、乙丙は、B宅を訪問し、Bに対する欺く行為と財物の交付を受ける行為をしたはずです。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

1 甲は、乙及び丙と共に、後記計画に基づき、常習的に高齢者から現金をだまし取っていた。
 その計画は、

 ・ 甲が資産家の名簿を見て、現金をだまし取る対象者を選定する。
 ・ 甲が警察官に成りすまして相手方に電話をかけ、「X警察署の○○です。この度、この地域を担当することになりました。今後、当署からの連絡はこの番号からかけますので、御登録をお願いします。」などとうそを言って、名前と電話番号を告げる(以下、この内容の電話を「1回目の電話」という。)。
 ・ その翌日、甲が相手方に電話をかけ、「昨日電話した○○です。あなたの預金口座が、不正に利用されている疑いがあります。捜査のために必要なので、お持ちの預金口座に100万円を超える残高があるようでしたら、速やかに全額を引き出して自宅に持ち帰った後、こちらに電話をください。」などとうそを言う(以下、この内容の電話を「2回目の電話」という。)。
 ・ 相手方に預金口座から現金を引き出させて、自宅にその現金を持ち帰らせる。
 ・ その後、相手方からかかってきた電話で、甲が、相手方の現金引出しを確認した上、「これから警察官がそちらに向かいます。」とうそを言う。
 ・ その約1時間後、乙及び丙が警察官を装って相手方の家を訪ねる。
 ・ 乙及び丙が、捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそを言い、その交付を受けて現金をだまし取る

 というものであった。

(引用終わり)

 甲の詐欺未遂罪を、密接な行為で根拠付けるか、欺く行為の開始で根拠付けるかのいずれの法律構成によっても、乙丙が、被害者に「捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそ」を言う行為が欺く行為であることは疑いがありません(※3)。したがって、先の例でいうと、事例1とは異なることがわかるでしょう。
 ※3 密接な行為構成だと、欺く行為そのものということになり、欺く行為の開始構成だと、欺く行為の一部(最終行為)ということになります。

 もっとも、Bが既に甲の先行行為によって錯誤に陥っている点を、どう考えるか。甲の先行行為による錯誤が決定的で、乙丙による「捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそ」は、先行行為によるBの錯誤状態に変化を生じさせないのだ、と考えれば、先の事例3と同様に考えることになります。この考え方によれば、仮に計画が完遂されても、乙丙に詐欺罪は成立しないという結論になる。しかし、それはさすがにおかしな結論でしょう。
 他方で、甲の先行行為による錯誤は現金交付そのものに係るものでなく、乙丙による「捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそ」があって初めて、現金交付に係る錯誤が生じるのだ、と考えれば、先の事例2と同様に考えることになるでしょう。このように考えれば、乙丙に詐欺罪が成立するという結論を採ることができます。
 さて、ここから、いよいよ本問の事例そのものを考えます。本問では、B宅に向かう途中で計画が打ち切られた(強盗に変更された。)ので、承継的共同正犯否定説から、この時点で乙丙の後行行為だけをもって詐欺未遂罪の成立を肯定し得るかを考えればよいわけです。まず、詐欺罪にも密接な行為による着手の前倒しを認める立場からは、乙丙がB宅に向かう行為をもって密接な行為であるといえれば、詐欺未遂罪の成立を認めることができるでしょう。設問1で甲の行為を密接な行為であるとして詐欺未遂罪を肯定している以上は、それより後の計画段階の行為についても当然に密接な行為であると考えるのが自然でしょう。こうして、詐欺罪にも密接な行為による着手の前倒しを認める立場からは、乙丙に詐欺未遂罪の成立を肯定することができる。他方で、詐欺罪には密接な行為による着手の前倒しは認められないとする立場からは、詐欺未遂罪を認めることが難しいことに気が付きます。乙丙がB宅に向かう行為は、どうみても「欺く行為」とはいえないからです。設問1の甲の行為は、被害者にうそを言う行為なので、「欺く行為」の一部が開始されたよね、といえたのですが、乙丙がB宅に向かう行為は単なる移動なので、さすがに「欺く行為」の一部とはいいにくい。こうして、詐欺罪には密接な行為による着手の前倒しは認められないとする立場からは、乙丙の詐欺未遂罪の成立は否定されることになるのです。

4.以上のように、乙丙の詐欺未遂罪の成否は、事前の包括的共謀を認めず、かつ、承継的共同正犯否定説に立つ場合には、面倒くさ過ぎて泣ける論点になります。当然ながら、こんなもん現場で書いてはいけません。とはいえ、この部分にも一定の配点はあるでしょうから、結論を軽く指摘しておくだけでも、部分点を取ることができるでしょう。なので、当サイトの参考答案(その1)程度の指摘をするのが実戦的です。

(参考答案(その1)より引用)

 前記第2と同様の理由により、甲が、Bに「これから警察官がそちらに向かいます。」とうそを言い、乙丙に、計画どおり、捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそを言って、300万円をだまし取ってくるように指示し、乙丙がこれを了承した点につき、甲乙丙に詐欺未遂罪の共同正犯(60条)が成立する。 

(引用終わり)

 上記は、理論的には、甲の指示と乙丙の了承で共謀が成立するとした上で、共謀成立と同時に共同正犯が成立するという構成なので、承継的共同正犯を肯定する立場(前記3(2)の立場)を前提にしています。理論的な説明をする余裕はないけれど、多分こんな感じだよね、という結論だけでも見えたなら、それを端的に書いておく。こうしたテクニックも、演習を積む中で意識して、臨機応変にできるようになりたいものです。

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