設問1(1)の意味
(令和5年司法試験刑事系第1問)

1.今年の刑法設問1小問(1)では、手段限定型犯罪の場合に、「密接な行為」による着手の前倒しを認め得るかが問われました

問題文より引用。太字強調は筆者。)

(1) 甲に詐欺未遂罪の成立を認める立場から、その結論を導くために、どのような説明が考えられるか。詐欺罪が「人を欺いて財物を交付させ」るという手段・態様を限定した犯罪であるのに、その実行の着手に「現金の交付を求める文言を述べること」を要しないと考える理由に触れつつ論じなさい。

(引用終わり)

 手段限定型犯罪でも、実行行為以前の密接な行為に着手を認めることができると考えれば、欺く行為の開始がなくても密接な行為があれば足りるという理由によって、実行の着手に「現金の交付を求める文言を述べること」を要しないと考えることができます。では、「手段限定型犯罪については『密接な行為』による着手の前倒しは認められない。」という見解を採ると、実行の着手に「現金の交付を求める文言を述べること」を要しないと考えることはできないのか。そうではない。「現金の交付を求める文言を述べていなくても、実行行為である欺く行為が開始されたから、実行の着手がある。」と考える余地があるのでした(「実行の着手~総論の視点と各論の視点~」)。すなわち、本問で考えられる法律構成は、以下の2つです。

 ・ 手段限定型犯罪についても「密接な行為」による着手の前倒しは認められるという見解を採り、実行行為である欺く行為は開始していないが、欺く行為に「密接な行為」が行われたから甲に詐欺未遂罪が成立するという法律構成
 ・ 手段限定型犯罪については「密接な行為」による着手の前倒しは認められないという見解を採り、実行行為である欺く行為自体が開始したから甲に詐欺未遂罪が成立するという法律構成

 小問(1)は、一般論として上記のどちらの法律構成を採用するのかを問う問題なので、甲の計画云々とか、①~⑥がどうのこうのという具体の話をしてはいけません。小問(1)では採用する法律構成だけを解答し、小問(2)で、本問を具体に検討するとどうなるかを解答すべきです。
 考査委員がこのような出題にしたのは、手段限定型犯罪と「密接な行為」に関する論点を明示に論じて欲しかったということと、普通に出題すると、どのような法律構成を前提にしているかわからない答案が続出して採点に支障をきたすおそれがあるので、前提となる法律構成を受験生に予め明示させようとすることにあったのでしょう。もっとも、多くの人が、小問(1)の意味を理解しないまま解答したようなので、結果として、考査委員は不本意な採点をすることになることでしょう。

2.当サイトでは、この論点について、Xのアンケートで事例を示して問い掛けをした上で、論証例を挙げながら詳しく説明しました(「手段限定型犯罪と密接な行為」)。これを読んでいた人は、何が問われているのか、すぐにわかったことでしょう。また、その他の記事(「ChatGPT相手に口述試験をした」)でも、この点を取り上げていました。試験問題を見て、「あっ、『刃物男事件』のやつじゃん!」と思った人もいたかもしれません。この論点に関する一般的な説明については、これらの記事を参照して頂ければと思います。

3.本問は、上記の論点を知らないと、何が問われているかわかりにくい問題でした。当サイトがわざわざ記事にしたのも、そのような出題がされるおそれがあると考えたからでした。

(「手段限定型犯罪と密接な行為」より引用)

 論文式試験において、上記事例のような事案が示された上で、「強盗致死罪が成立する解釈論と、成立しない解釈論を示しなさい。」という問題が出題された場合には、このような点が解答の1つのポイントになるわけです。以前の記事(「実行の着手~総論の視点と各論の視点~」)で、「最近の司法試験では、法律構成を複数掲げて解答させたりする等、やや工夫した問い方をしています。上記の視点の差異に着目した出題がされた場合、着手の法律構成として上記の2つがあるということを知らないと、設問の意味がわからないおそれもあるので、上記のことは一応知っておいてよいことだろうと思います。」と説明しましたが、上記はその一例です。

(引用終わり)

 現に、小問(1)は、予備校等でも適切な解説がされていないようです(令和5年10月8日現在。出題趣旨公表後は、この状況は変わるでしょう。)。形式的客観説、実質的客観説、進捗度説等の着手の一般論に関する学説を漫然と説明して、手段限定型犯罪であることについて触れないものや、最判平30・3・22の判旨や山口厚補足意見を挙げて、「判例と同じに考えれば本問も着手を肯定できます。」などと説明するにとどまり(※)、手段限定型犯罪であることについて触れないものがほとんどです。何が問われているのか、全然把握できていないと感じます。
 ※ 本問は、同判例が敢えて明示しなかった法律構成(調査官解説参照)を受験生に解答させる問題なので、単に判例を挙げたり、「直接つながるうそ」のような言い回しを部分的に使うだけでは、適切な解答にはなりません。

 「予備校等ですらわかんないんなら、知らなくていいんじゃね?」と思う人もいるかもしれません。実際のところ、ここは非常に出来が悪そうなので、今年に関しては、合否を分けることはないでしょう。しかし、「だから全然無視でオッケー。」とは言えない。最近では、学生向けの概説書でも、この点を明示に説明するものが出てきています(例えば、亀井ほか『刑法Ⅰ 総論(日評ベーシック・シリーズ)』(日本評論社 2020年) 51頁)。大学やロースクールの講義で、説明される機会もあることでしょう。なので、知っていた人は知っていたはずです。刑法に限らず、予備校等では新しい学説の展開に対応できていないところがありがちなので、予備校教材一本で勉強している人は、注意を要します。

4.とはいえ、「知らなかったんだから、しょうがないでしょ。」というのは、そのとおり。しかし、それでも、最低限、設問の問い掛けには答えるようにしましょう。小問(1)では、「実行の着手に『現金の交付を求める文言を述べること』を要しないと考える理由」が明示に問われていたわけですから、最低限、その点を答案で明示に解答すべきでしょう。「手段限定型犯罪に密接な行為による着手の前倒しを認め得るか。」という論点は知らなくても、実行の着手の一般論をそのまま書けば、一応の解答は可能です。例えば、当サイトの参考答案(その1)のような感じなら、基本知識だけで十分書けるでしょう。

(参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。)

1.乙丙は、捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそを言うことができないまま、Aから現金をだまし取ることを断念した。甲に詐欺未遂罪(246条1項、250条)の成立を認める結論を導くためには、実行の着手に「現金の交付を求める文言を述べること」を要しないと考える必要がある。

2.実行の着手とは、構成要件該当行為の開始又はこれと密接な行為であって、結果発生に至る危険性を有するものを行うことをいう。
 詐欺罪は、「人を欺いて財物を交付させ」るという手段・態様を限定した犯罪である(246条1項)。欺く行為とは、財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいう。
 確かに、現金の交付を求めることは財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項といえる。「現金の交付を求める文言を述べること」は欺く行為の開始に必要であり、着手にこれを要するともみえる
 しかし、上記のとおり、構成要件該当行為の開始そのものでなくても、これと密接な行為であって、結果発生に至る危険性を有する限り着手を認めることができる
 したがって、同罪の着手に「現金の交付を求める文言を述べること」を要しない

3.以上から、甲に詐欺未遂罪の成立を認める結論を導くためには、欺く行為そのものは開始していないが、これと密接な行為であって、結果発生に至る危険性を有するものが行われたという説明が考えられる。

(引用終わり)

 予備校等でも、「形式的に問いに答えることが重要です!」とよく言われたりしますが、これは、よくわからない問題が出たときに有効なテクニックです。解答すべき内容が明らかな場合には、内容が合っていれば配点を取れるので、それほど神経質になることはない。解答すべき内容がよくわからないからこそ、形式だけでも「問いに答える。」という体裁を保ってごまかすのです。そうすることで、結果的に、配点部分について、「一応自分なりに答えている。」という評価を得ることができます。「問いに答える。」という形式すら守らないまま、わからない内容を解答すると、読む側も何について書いているのかわからないので、「問われていることに答えずに暗記したことをただ吐き出しているだけだな。」と評価されて、配点を全く得ることができないということになりやすい。受験生としては、同じように覚えたことを吐き出しているだけでも、問いに答える形式になっているかによって、考査委員からの見え方が違ったりするのです。小問(1)については、よくわからないまま問いを無視する答案が多かったようなので、そのような書き方をしてしまった人は、1つのテクニックとして、意識しておくとよいでしょう。

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