1.今年の刑法設問2。強盗致傷の成否のところで、「何か変だなぁ。」と思いながら強盗の機会を書いた人が結構いたようです。しかし、強盗の機会というのは、強盗手段である暴行以外の原因行為から致傷結果が生じた場合に問題になる論点です。本問は、どうみても原因行為は強盗手段である暴行しか見当たりません。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 4 ……(略)……乙及び丙は、Bの手足を縛るためのロープと口を塞ぐための粘着テープを準備した上、同日午後1時、B宅へ赴き、インターホンを鳴らして警察官であることを告げ、Bに玄関ドアを開けさせた。乙及び丙は、直ちにB宅内に押し入り、Bの手足をそれぞれロープで縛り、口を粘着テープで塞ぎ、Bを床の上に倒した。そして、リビングルームに移動した乙及び丙は、Bが預金口座から引き出してテーブル上に置いていた上記300万円を見付け、同日午後1時10分、同300万円を持ってB宅を出た。その後、乙及び丙は、甲に対し、いつもどおりのやり方でBから300万円をだまし取ってきたと虚偽の報告をし、それぞれ100万円ずつ山分けした。 5 同日午後3時、Bの娘CがB宅を訪れ、緊縛されたBを発見した。Cから上記ロープ及び粘着テープを取り外してもらったBは、立ち上がろうとしたものの、長時間の緊縛による足のしびれでふらついて倒れそうになった。そのため、Cは、Bを座らせ、そのままでいるように言った。Bは、それにもかかわらず、その1分後、Cがその場を離れた隙に、奪われた物の有無を確認するために立ち上がろうとした。その際、Bは、まだ上記足のしびれが残っていたために、転倒して床に頭を打ち付け、全治2週間を要する頭部打撲の傷害を負った。 (引用終わり) |
乙丙がBに対して行使した有形力は、「Bの手足をそれぞれロープで縛り、口を粘着テープで塞ぎ、Bを床の上に倒した」という、それだけです。これが強盗手段である暴行となることは明らか。答案を書いている人も、暴行の当てはめで普通に書いていたはずです。後は、その暴行と致傷結果に因果関係があるか、ただそれだけの問題です。
2.本問で、強盗の機会を堂々と書いてしまった人は、論証を覚える学習を重視する一方で、過去問はあまり検討していなかったのではないかと思います。強盗手段である暴行から致傷結果が生じている場合に強盗の機会が問題にならないことは、過去問の採点実感でも繰り返し指摘されているからです。
(平成28年司法試験の採点実感等に関する意見(刑事系科目第1問)より引用。太字強調は筆者。 本件におけるVの死亡結果については前記のとおり乙の強盗罪の実行行為たる暴行(顔面を蹴った行為)から生じたものである。それにもかかわらず,強盗の機会性を論じる答案が少なからずあったが,このような答案は,強盗罪についての基本的な理解が不十分であると認められた。 (引用終わり) (令和2年司法試験の採点実感(刑事系科目第1問)より引用。太字強調は筆者。) 強盗の実行行為性,すなわち第1行為自体,あるいは第1行為と一体的に評価された第2行為が,強盗罪にいう「暴行」に該当するか否かについて論じることができている答案は少数であった。他方,強盗罪の実行行為性を認める立場からは,同罪の手段と評価し得る行為によりAが死亡した本事例では,強盗の機会性の有無について論じる必要はないはずであるのに,これを長々と論じる答案が散見された。関連する論点をとりあえず書いておこうとするのではなく,具体的な事案の解決において必要となる論点に絞り込んで検討することが肝要である。 (引用終わり) |
「過去問と同じ問題は出ないのだから、予備校答練を重視すべきだ。」という意見を耳にすることがあります。しかし、本試験では、過去問で出来の悪かった部分を狙って再度出題する、ということがよくあるので、過去問を軽視するのは得策とはいえません。
3.強盗手段である暴行と致傷結果との因果関係を検討するに当たり、差が付きそうなのは、「被害者の不適切な行為の介在」の事例であることに着目した下位規範を立てているか、事実を肯定・否定に分けて丁寧に摘示しているか、という点です。具体的には、当サイトの参考答案(その1)のように書いているか、ということです。
(参考答案(その1)より引用。太字強調部分は「司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)」による。) (3)因果関係は、行為の危険が結果に現実化したか否かによって判断すべきである。行為自体に結果発生の危険があり、被害者の不適切な行動が当該行為に誘発されたと認められる場合には、当該被害者の行為が結果発生の直接の原因であったとしても、行為の危険が結果に現実化したといえる(高速道路侵入事件判例、夜間潜水事件判例参照)。 ア.前記(2)に示した強盗手段の暴行自体に、頭部打撲の傷害発生の危険がある。
イ.確かに、頭部打撲の直接の原因は、Bが、Cから前記(2)のロープ・粘着テープを取り外してもらった後に、転倒して床に頭を打ちつけた点にある。Bは、足のしびれでふらついて倒れそうで、Cは、Bを座らせ、そのままでいるように言ったのに、その1分後、Cがその場を離れた隙に立ち上がろうとしたから、不適切な行動である。 ウ.したがって、前記(2)の暴行の危険が結果に現実化したといえる。 エ.以上から、前記(2)の暴行と頭部打撲の傷害に因果関係がある。 (引用終わり) |
因果関係については、「危険の現実化説の理由付け」なんてどうでもよい反面、「類型ごとの下位規範」はメッチャ重要です。現在のところ、この優先順位が理解されていなくて、「危険の現実化説の理由付け」を書く一方で、「類型ごとの下位規範」を示さない答案が相当数存在するので、ここは差が付くところでしょう。
事実の摘示については、以前の記事(「当てはめ大魔神する方法(令和5年司法試験民事系第3問)」)を読んだ人であれば、同じ方法で作成されていることに気付くでしょう。もっとも、参考答案(その1)だけでは、羅列すぎてその意味がわかりにくいかもしれません。「どうしてこの事実摘示してんの?」、「どういう意味なの?」という疑問に答える意味で、本気の大魔神の例として、参考答案(その2)を掲げておきます。
(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。) (3)因果関係は、行為の危険が結果に現実化したか否かによって判断すべきである。行為自体に結果発生の危険があり、被害者の不適切な行動が当該行為に誘発されたと認められる場合には、当該被害者の行為が結果発生の直接の原因であったとしても、行為の危険が結果に現実化したといえる(高速道路侵入事件判例、夜間潜水事件判例参照)。 ア.手足をロープで縛られた状態で床に倒されれば、頭部をかばうことができず、床に頭部を打ちつけて打撲の傷害が生じる危険があるから、前記(2)の暴行自体に、頭部打撲の傷害発生の危険がある。
イ.確かに、頭部打撲の直接の原因は、Bが、Cから前記(2)のロープ・粘着テープを取り外してもらった後に、転倒して床に頭を打ちつけた点にあり、上記アの危険の解消後に生じたともみえる。Bは、足のしびれでふらついて倒れそうで、Cは、Bを座らせ、そのままでいるように言ったのに、そのわずか1分後、Cがその場を離れた隙に立ち上がろうとした。足のしびれが回復する前に立ち上がろうとすれば転倒のおそれがあることは明らかで、Cの指示もその趣旨と容易に理解できるのに、敢えてこれを無視したから、不適切な行動であり、BがCの指示に従い、適切に回復を待って立ち上がれば、頭部打撲に至らなかったと評価できる。 ウ.したがって、前記(2)の暴行の危険が結果に現実化したといえる。 エ.以上から、前記(2)の暴行と頭部打撲の傷害に因果関係がある。 (引用終わり) |
実際には、事実の摘示の段階で振り落とされる受験生が多いでしょうから、事実の評価は合否に全く影響しないでしょう。筆力自慢の猛者以外の人は、まずは事実の摘示をしっかり行う訓練をしましょう。