強制処分該当性の書き方
(令和5年司法試験刑事系第2問)

1.今年の刑訴設問1捜査②で、紙コップ事件高裁判例を知っていた人は、「これ強制処分該当性を検討するよね。」と思ったことでしょう。それは正しい判断です。

(紙コップ事件高裁判例より引用。太字強調は筆者。)

 本件において警察官らが用いた捜査方法は,DNA採取目的を秘した上,コップにそそいだお茶を飲むよう被告人に勧め,被告人に使用したコップの管理を放棄させて回収し,そこからDNAサンプルを採取するというものである。そこで,まず,本件捜査方法が,任意捜査の範疇にとどまり,任意捜査の要件を充足すれば許されるのか,それとも,このような捜査方法は,強制処分に該当し,これを令状によらずに行った本件捜査は違法であるのかが問題となる

(引用終わり)

 もっとも、設問の問い方に気を付ける必要がある。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

〔設問1〕

 下線部の【捜査①】及び【捜査②】の領置の適法性について、具体的事実を摘示しつつ論じなさい。

(引用終わり)

 問われているのは、「領置の適法性」です。以前の記事(「領置の最重要ポイント(令和5年司法試験刑事系第2問)」)でも説明したとおり、221条の文言を離れて、「強制処分該当性→任意処分の限界」のように書いてしまってはいけない。そうだとすれば、強制処分該当性を書くとしても、221条の解釈として論じるべきだ、という判断になるでしょう。
 では、どうやって強制処分該当性を221条に引っ掛けるのか。紙コップ事件高裁判例は、この点が曖昧でよくわからない感じになっています。

(紙コップ事件高裁判例より引用。※注及び太字強調は筆者。)

 捜査において強制手段を用いることは,法律の根拠規定がある場合に限り許容されるものであるが,ここにいう強制手段とは,有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく,個人の意思を制圧し,身体,住居,財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など,特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであると解される(最高裁判所昭和51年3月16日第3小法廷決定)。
 これを本件についてみると,まず……(略)……本件においては,Aらは,Aらが警察官であると認識していたとすれば,そもそもお茶を飲んだりしなかった被告人にお茶を飲ませ,使用した紙コップはAらによってそのまま廃棄されるものと思い込んでいたと認められる被告人の錯誤に基づいて,紙コップを回収したことが明らかである。
 ここで,強制処分であるか否かの基準となる個人の意思の制圧が,文字どおり,現実に相手方の反対意思を制圧することまで要求するものなのかどうかが問題となるが,当事者が認識しない間に行う捜査について,本人が知れば当然拒否すると考えられる場合に,そのように合理的に推認される当事者の意思に反してその人の重要な権利・利益を奪うのも,現実に表明された当事者の反対意思を制圧して同様のことを行うのと,価値的には何ら変わらないというべきであるから,合理的に推認される当事者の意思に反する場合も個人の意思を制圧する場合に該当するというべきである(最高裁判所平成21年9月28日第3小法廷決定(※注:X線検査事件判例を指す。)参照)。したがって,本件警察官らの行為は,被告人の意思を制圧して行われたものと認めるのが相当である。
 次に,本件では,警察官らが被告人の黙示の意思に反して占有を取得したのは,紙コップに付着した唾液である。……(略)……確かに,相手方の意思に反するというだけでは,直ちに強制処分であるとまではいえず,法定の強制処分を要求する必要があると評価すべき重要な権利・利益に対する侵害ないし制約を伴う場合にはじめて,強制処分に該当するというべきであると解される。本件においては,警察官らが被告人から唾液を採取しようとしたのは,唾液に含まれるDNAを入手し鑑定することによって被告人のDNA型を明らかにし,これを……(略)……合計11件の窃盗被疑事件の遺留鑑定資料から検出されたDNA型と比較することにより,被告人がこれら窃盗被疑事件の犯人であるかどうかを見極める決定的な証拠を入手するためである。警察官らの捜査目的がこのような個人識別のためのDNAの採取にある場合には,本件警察官らが行った行為は,なんら被告人の身体に傷害を負わせるようなものではなく,強制力を用いたりしたわけではなかったといっても,DNAを含む唾液を警察官らによってむやみに採取されない利益(個人識別情報であるDNA型をむやみに捜査機関によって認識されない利益)は,強制処分を要求して保護すべき重要な利益であると解するのが相当である。
 以上の検討によれば,前記のとおりの強制処分のメルクマールに照らすと……(略)……本件捜査方法は,強制処分に当たるというべきであり,令状によることなく身柄を拘束されていない被告人からその黙示の意思に反して唾液を取得した本件警察官らの行為は,違法といわざるを得ない。

 (中略)

 また,本件においては……(略)……平成27年1月28日被告人から回収した紙コップについて,同日,領置の手続が行われ,同日付A作成名義の領置調書(当審検2)が作成されている。ところで,捜査機関が行う領置について,刑訴法221条は,「検察官,検察事務官又は司法警察職員は,被疑者その他の者が遺留した物又は所有者,所持者若しくは保管者が任意に提出した物は,これを領置することができる。」と規定している。本件唾液は,使用した紙コップはAらによってそのまま廃棄されるものと思い込んでいたと認められる被告人が占有を警察官らに委ねた物であり,後者の「所有者,所持者若しくは保管者が(捜査機関に対して)任意に提出した物」に当たらないことは明らかである。さらに,前者の遺留とは,「占有者の意思に基づかないでその所持を離れた物のほか,占有者が自ら置き去りにした物」であると解され,例えば,占有者の意思に基づいて,不要物として公道上のごみ集積所に排出されたごみについて,捜査の必要がある場合には,遺留物として領置することができると解される(最高裁判所平成20年4月15日第2小法廷決定)。しかしながら,本件唾液は,上記のとおり,使用した紙コップはAらによってそのまま廃棄されるものと思い込んでいたと認められる被告人が,錯誤に基づいて占有を警察官らに委ねた物であり,前者の遺留にも当たらないと解される。そうすると,本件においては,警察官らは,外形上被告人の意思に基づいて占有を取得したことから,領置の手続を取ったものであると解されるところ,この手続は,法が許容する領置の類型とはいえず,本件領置手続自体も違法と解するのが相当である。

(引用終わり)

 上記高裁判例は、強制処分該当性と領置手続の適法性を別々に検討していて、両者の関係がわからないようになっています。令状に基づく占有取得でないのだから、領置の違法だけを言えばよかったのではないか(※1)。よくわからん。なので、この高裁判例を知っていても、本問でうまくまとめるのは、難しかったのではないかと思います。
 ※1 厳密にいうと、強制処分該当性の判示は、検察側が純粋な任意処分と主張しているようなところがあったので、それに応答したという側面が強いのだろうと思います。すなわち、領置は占有取得後に返還しない点に強制処分性があるわけですが、検察側は、唾液は無価値な不要物だと主張していて、これは、不要物は返還が問題にならないから、「言われたら返してもいいけど、返せとか言われるわけないから、領置としての強制処分性もない(領置の要件を満たさなくても適法である。)。」という趣旨ともいえなくもない。それで、純粋な任意処分でもないよ、という趣旨で、強制処分該当性の判示をしたのでしょう。なお、領置手続の違法の判示では、「紙コップについて……領置の手続が行われ」としつつ、「本件唾液は……「……任意に提出した物」に当たらない」、「本件唾液は……遺留にも当たらない」と判示しているので、領置とみるとしても、「紙コップ」の領置ではなく、「本件唾液」の領置とみていると思われる点には留意が必要です。

2.このような場合、1つの解決策は、「強制処分該当性は諦めて、必要性・相当性で当てはめ大魔神する。」という方法です。当サイトの参考答案(その1)は、その方針によるものです。当てはめが事実の羅列すぎてちょっとヒリヒリします(※2)が、方向性としては、これで合格レベルに達することは可能でしょう。
 ※2 相当性の当てはめのところは、なにかしら評価を思い付く人が多いでしょうから、ここが事実の摘示だけになっているのはちょっと際どいかもしれません。実戦的には、ここは多少なりとも気の利いた評価を付したいところです。

(参考答案(その1)より引用)

(1)容器は公道上に投棄されており、遺留物として領置(221条)の対象となるが、その可否は、容器に付着した唾液からDNA型を知られたくないプライバシーの期待を踏まえ、領置が必要かつ相当かで判断する。

(2)捜査①のごみ袋から発見された黒のスニーカーの靴底の紋様がV方廊下に付着していた足跡と矛盾しなかったが、大手ディスカウントショップで大量販売されていたものであった上、同スニーカーから、犯人の特定につながる証拠を得ることもできなかったため、この段階では甲の逮捕状を請求することは難しかった。犯人の逃走経路と考えられる植え込みの中からゴルフクラブと黒のマスクが発見された。ゴルフクラブに付着した血液のDNA型とVのDNA型が一致した。マスクの外側に付着した血液のDNA型とVのDNA型が一致し、内側に付着した血液については、マスクが本件事件の凶器であると考えられるゴルフクラブと同じ場所に投棄されていたこと、犯人が犯行当日に黒のマスクを着け、Vの拳が犯人の鼻付近に強く当たったことなどから、犯人の血液である可能性が極めて高いと認められた。もっとも、その血液のDNA型は、警察が把握していたDNA型のデータベースには登録されていなかった。甲方に複数人が出入りしており、ごみの中から甲のDNA型を特定するための証拠を入手することが難しい状況であった。炊き出しの参加者が多く、甲が使用した容器だけを選別することは困難であった。
 以上から、領置の必要がある。

(3)確かに、容器が投棄されたのは公道上である。
 しかし、Pは司法警察員であるのに、ボランティアの一員として炊き出しに参加し、容器の裏側にマークを付けて、同容器に豚汁を入れて甲に手渡した。容器に付着した唾液から知られる情報は、DNA型である。
 以上から、領置は相当でない。

(4)よって、捜査②は、違法である。

(引用終わり)

3.もう1つの解決策は、221条の文言を趣旨から実質的に解釈して、その中で強制処分該当性(※3)を書く方法です。具体的には、当サイトの参考答案(その2)のような感じです。
 ※3 後記4のとおり、厳密には占有取得の強制性を意味します。

(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)

1.捜査①

 (中略)

(2)領置が強制処分(197条1項ただし書)として法定された趣旨は、捜査機関が領置した物を押収物として還付せず占有し続けることができる(222条1項、123条2項)点にある。他方、領置に令状を要しない趣旨は、占有取得過程に強制がない点にある。したがって、占有取得過程に強制があるときは、実質的には221条の要件を満たさない。
 強制処分(197条1項ただし書)とは、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものをいう(GPS捜査事件判例参照)。

ア.合理的に推認される個人の意思に反して秘かに行われる場合には、個人の意思を制圧するものといえる(上記判例参照)。
 確かに、Pは、ごみ袋の領置について甲に通知して同意を得る等していない。甲はごみ袋が捜査機関の手に渡ることを望まないと考えられるから、領置は合理的に推認される甲の意思に反する。
 しかし、甲がごみ袋をごみ置場に捨てることは、完全な自由意思によるもので、捜査機関による秘密裡の働きかけ等はなかった。Pは大家から公然と任意提出を受けており、密行的・欺罔的捜査手段を用いていない。甲への通知・同意がないのは、ごみ袋の現実の支配が既に大家に移転しており、大家の同意があれば足りるからである。
 したがって、合理的に推認される個人の意思に反して秘かに行われたとは評価できず、個人の意思を制圧するとはいえない。

イ.ごみの中身から生活状況等を推知しうることを考慮すると、みだりにごみの中身をみられない自由は、個人の私生活上の自由の1つとして、憲法13条で保障される(京都府学連事件判例参照)。不要品として廃棄されたとはいえ、直前まで憲法上「所持品」(憲法35条1項)として押収を受けない権利があった。
 もっとも、大家によるごみの分別確認・公道上の集積所への搬出につき、あらかじめ居住者の了解がある。分別確認にはごみの中身を見ることが予定され、公道上の集積所には不特定多数人が出入りできることを考慮すると、ごみ置場に捨てたごみについて上記自由ないし権利がそのまま及ぶとはいえず、中身をみられないことの期待利益が認められるにとどまる。このような期待利益は、憲法の保障する重要な法的利益とまではいえない。
 したがって、憲法の保障する重要な法的利益を侵害するともいえない。

ウ.以上から、占有取得過程に強制があるとはいえず、実質的にも同条の要件を満たす。

 (中略)

2.捜査②

(1)「遺留した物」(221条)とは、占有者が占有を喪失し、又は占有を放棄した物をいう。
 容器は甲が公道上に投棄したから、占有を放棄した物であり、「遺留した物」に当たる。
 したがって、形式的には容器の領置として同条の要件を満たす。

(2)もっとも、以下のとおり、実質において同条の要件を満たさない。

ア.確かに、甲は自ら容器を投棄している。一般に、たまたま付着していた唾液からDNA型が採取されたとしても、それだけで強制とは評価できない。
 しかし、Pは司法警察員であるのに、ボランティアの一員として炊き出しに参加し、容器の裏側にマークを付け、豚汁を入れて甲に手渡した。容器に唾液を付着させ、容器を回収して付着した唾液からDNA型を採取するためである。甲が容器に唾液を付着させて公道上に投棄し、Pが回収できる状態にしたことは、上記Pの秘密裡の働きかけによるものと評価できる。一般に、欺く行為によって財物を捨てさせて後から拾う行為も財物を交付させるものとして詐欺罪を構成することも考慮すると、捜査②は、実質において、甲を欺いて唾液ひいてはDNA型を提供させる欺罔による占有取得と評価できる。甲に容器を投棄する意思はあっても、DNA型を提供する意思がなかったことは明らかである。
 以上から、合理的に推認される個人の意思に反して秘かに行われたといえ、甲の意思を制圧する。

イ.確かに、甲は不特定多数人が通行しうる公道に投棄したから、容器を回収されないという期待利益があるにとどまり、その要保護性も低いとみえる。
 しかし、上記アのとおり、捜査②は、実質において、甲を欺いてDNA型を提供させるものである。DNA型は、個人の私生活や内心に直接関わらないが、性質上万人不同・終生不変で個人を特定しうるから、DNA型をみだりに採取されない自由は、私生活上の自由の1つとして憲法13条で保障される(指紋押捺事件判例参照)。加えて、憲法35条の保障対象には、「住居、書類及び所持品」に限らずこれらに準ずる私的領域に「侵入」されることのない権利が含まれる(GPS捜査事件判例参照)ところ、直接本人に働きかけてDNA型を採取する行為は私的領域への「侵入」と評価しうる。甲は、上記自由及び権利を直接に侵害されており、単なる期待利益ではなく、重要な法的利益の侵害があると評価できる。
 したがって、憲法の保障する重要な法的利益を侵害する。

ウ.以上から、捜査②は実質においてDNA型の強制採取であって、「遺留した物」とも「任意に提出した物」ともいえないから、221条の要件を満たさない。

(3)よって、捜査②は、違法である。

(引用終わり)

 ただ、捜査①と捜査②の双方で強制処分該当性を書くのは結構大変です。実戦的には、強制とはいえないことが明らかそうな捜査①では強制処分該当性の話はスルーして、捜査②のところだけで書く、という感じなのでしょう。強制処分該当性を認めてしまえば、その後の必要性・相当性の当てはめはなくてもよいので、実戦的にも書ける程度の文字数に収まるだろうと思います。 

4.なお、強制処分該当性を書く際に、「本件の領置は強制処分か。」という問題提起は不適切です。なぜなら、領置が強制処分であることは、一部の異説を除き、当たり前のことだからです(だから221条で法定されている。)。本問で問題になるのは、「領置が強制処分か。」ではなく、「221条の要件は占有取得過程に強制がない場合を類型化したものだから、占有取得過程に強制がある場合は同条の要件を満たさないと考えられるんだけど、本件では占有取得過程に強制があるから、221条の要件を満たさないんじゃないの?」という点です。上記参考答案(その2)が、「領置が強制処分(197条1項ただし書)として法定された趣旨は、捜査機関が領置した物を押収物として還付せず占有し続けることができる(222条1項、123条2項)点にある。他方、領置に令状を要しない趣旨は、占有取得過程に強制がない点にある。」という前提を確認した上で、「『占有取得過程に』強制があるときは、実質的には221条の要件を満たさない。」として、「自分は領置が強制処分なのはわかってますよ。飽くまで221条の要件の問題として占有取得過程の強制の有無を検討するんですよ。」と慎重に論述しているのは、そのためです。

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