1.当サイトで繰り返し説明しているとおり(「「令和4年予備試験論文式憲法参考答案」、「効果的で過度でない」の今後」、「近時の傾向との関係(令和5年司法試験公法系第1問)」)、近時の憲法では、「判例無視で人権の重要性と規制態様の強度をテキトーに羅列して、とりあえず中間審査基準(「効果的で過度でない」基準を含む。)」という予備校答案を抹殺してやろう、という意図を感じさせる出題傾向が確立しています。今年の予備憲法は、特にその傾向が色濃く表れている。以下のような答案は、考査委員激おこ対象です。
【考査委員激おこ答案の例】 第1.Xの主張 1.証言を強制することは、Xの取材の自由を侵害し違憲ではないか。 2.報道の自由は~で21条1項で保障され、取材の自由も~で21条1項で保障される。 3.~でXの取材の自由の制約がある。 4.~で正当化されず、証言強制は取材の自由を侵害し違憲である。 第2.私見 1.取材の自由が保障され、その制約がある点はXの主張のとおりである。 2.では、正当化されるか。 3.目的は、~で重要である。 以上 |
これのどこがダメなのか。順に説明しましょう。
2.決定的にダメなのは、「問われていないことを解答し、問われていることに解答していないから」です。本問では、「証言強制の合憲性」は問われていません。
(問題文より引用。太字強調は筆者。)
Xの作成した動画を見た甲は、乙が情報を漏えいしたと考え、乙に対して守秘義務違反に基づく損害賠償請求訴訟を提起し、その訴訟においてXを証人として尋問することを求め、裁判所はこれを認めた。Xは、証人尋問においてインタビューに応じた者の名前を問われたが、民事訴訟法第197条第1項第3号所定の職業の秘密に該当するとして、証言を拒んだ。これに対し甲は、Xの証言拒絶は認められないと主張している。 (引用終わり) (参照条文)民訴法197条 |
Xは、「民事訴訟法第197条第1項第3号所定の職業の秘密に該当するとして、証言を拒んだ」のであって、「証言を強制することが憲法に違反するとして、証言を拒んだ」のではありません。すなわち、問われているのは、「同号の適用によって証言を拒めるか」であって、「証言強制が違憲か。」は問われていない。確かに、証言強制が違憲なら、Xは証言を拒むことができるでしょう。その限度では、証言強制の合憲性は証言拒絶の可否に影響する。しかし、証言強制が違憲でなくても、同号が憲法の趣旨を踏まえてより広く証言拒絶を認めたものであれば、同号の適用によって証言拒絶ができるわけです。ならば、それを検討すれば足りる。Xも、それを言ってるわけですよね。証言拒絶の直接の根拠条文があり、Xもその適用による証言拒絶を主張しているのに、いきなり「証言強制は違憲ではないか。」と問題提起するのは、もう入り口からおかしい。
「でも、『Xの立場から憲法に基づく主張を述べた上で』って書いてあるじゃん。これ違憲の主張ってことでしょ。」と思うかもしれません。確かに、通常であれば、その部分は違憲の主張を指すと読むのが自然です。しかし、上記で説明したことを踏まえれば、これは、「憲法の趣旨を踏まえて同号の解釈をすれば、同号が適用されて証言拒絶が認められるよね。」という意味の主張と理解しなければならない。このことは、後記3で説明するNHK記者事件判例の知識がおぼろげにでもあれば、より自信を持って判断できたことでしょう。
上記のことを理解した上で、冒頭で挙げた答案例を見ると、全く問いに答えていないことがわかるでしょう。これでは、全く採点の対象にならなかったとしても文句はいえません。
3.上記2で説明したことは、もう1つのダメな要素とも重なります。その要素とは、「判例無視」です。本問では、「関連する判例を踏まえて」と設問で明示されています。これは、当サイトで繰り返し説明している最近の確立した傾向です。
(問題文より引用。太字強調は筆者。)
Xの作成した動画を見た甲は、乙が情報を漏えいしたと考え、乙に対して守秘義務違反に基づく損害賠償請求訴訟を提起し、その訴訟においてXを証人として尋問することを求め、裁判所はこれを認めた。Xは、証人尋問においてインタビューに応じた者の名前を問われたが、民事訴訟法第197条第1項第3号所定の職業の秘密に該当するとして、証言を拒んだ。これに対し甲は、Xの証言拒絶は認められないと主張している。 (引用終わり) |
「関連する判例を踏まえて」とされていても、ダイレクトな判例がなければ、判例無視でもそれほど致命傷にはなりません。しかし、本問に関しては、直接に参照できる判例がある。
(NHK記者事件判例より引用。太字強調及び※注は筆者。)
民訴法は,公正な民事裁判の実現を目的として,何人も,証人として証言をすべき義務を負い(同法190条),一定の事由がある場合に限って例外的に証言を拒絶することができる旨定めている(同法196条,197条)。そして,同法197条1項3号は,「職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合」には,証人は,証言を拒むことができると規定している。ここにいう「職業の秘密」とは,その事項が公開されると,当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいうと解される(最高裁平成11年(許)第20号同12年3月10日第一小法廷決定・民集54巻3号1073頁参照)。もっとも,ある秘密が上記の意味での職業の秘密に当たる場合においても,そのことから直ちに証言拒絶が認められるものではなく,そのうち保護に値する秘密についてのみ証言拒絶が認められると解すべきである。そして,保護に値する秘密であるかどうかは,秘密の公表によって生ずる不利益と証言の拒絶によって犠牲になる真実発見及び裁判の公正との比較衡量により決せられるというべきである。 (引用終わり) |
「こんな判例知らないザマス。」という人は、知識不足です。なぜなら、これは百選判例だというだけでなく、短答でも繰り返し出題されている知識だからです。
(平成22年司法試験短答式試験公法系第6問。太字強調は筆者。) 取材の自由に関連する次のアからウまでの各記述について,最高裁判所の判例の趣旨に照らして,正しいものには○,誤っているものには×を付した場合の組合せを,後記1から8までの中から選びなさい。 ア.民事訴訟法第197条第1項第3号は,「職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合」には,証人は証言を拒否することができるとしており,報道関係者の取材源の秘密は,この「職業の秘密」に当たる。しかし,当該事案において証言拒否が認められるか否かは,さらに比較衡量によって決せられる。 イ.一般人の筆記行為の自由は,報道機関の取材の自由と同様に,憲法第21条の精神に照らして十分尊重に値する。したがって,一般の傍聴者が法廷でメモを取る行為と司法記者クラブ所属の報道機関の記者が法廷でメモを取る行為とを区別することには,合理的理由を見出すことはできない。 ウ.報道機関の取材の手段・方法が,贈賄,脅迫,強要等の一般の刑罰法令には触れなくても,取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しくじゅうりんする等法秩序全体の精神に照らして社会観念上是認することができない態様のものである場合には,国家公務員法との関係では,正当な取材行為の範囲を逸脱し違法性を帯びることになる。 1.ア○ イ○ ウ○ 2.ア○ イ○ ウ× 3.ア○ イ× ウ○ (平成27年司法試験短答式試験公法系第4問。太字強調は筆者。) 報道の自由に関する次のアからウまでの各記述について,最高裁判所の判例の趣旨に照らして,それぞれ正しい場合には1を,誤っている場合には2を選びなさい。 ア.法廷内における被告人の容ぼう等につき,手錠,腰縄により身体の拘束を受けている状態が描かれたイラスト画を被告人の承諾なく公表する行為は,被告人を侮辱し,名誉感情を侵害するものというべきで,その人格的利益を侵害する。 イ.報道機関の取材源は,一般に,それがみだりに開示されると将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることになるため,民事訴訟法上,取材源の秘密については職業の秘密に当たるので,当該事案における利害の個別的な比較衡量を行うまでもなく証言拒絶が認められる。 ウ.少年法第61条が禁止する推知報道に該当するか否かは,少年と面識のある特定多数の者あるいは少年の生活基盤としてきた地域社会の不特定多数の者が,少年を当該事件の本人であると推知することができるかを基準にして判断すべきである。 (平成28年予備試験短答式試験民法・商法・民事訴訟法第41問。太字強調は筆者。) 証言拒絶権に関する次の1から5までの各記述のうち,判例の趣旨に照らし誤っているものを2個選びなさい。 1.医師は,職務上知り得た事実で黙秘すべきものにつき,証言を拒むことができる。 2.Aの後見人であるBがその地位を解任された後は,Aは,Bの名誉を害すべき事項につき,証言を拒むことができない。 3.職業の秘密とは,その事項が公開されると当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になる事項をいい,これに該当すれば,当然に,証人は当該事項につき証言を拒むことができる。 4.証言拒絶を認める決定に対しては,当事者は,即時抗告をすることができない。 5.証人は,証人自身が有罪判決を受けるおそれがある事項について尋問を受ける場合には,宣誓を拒むことができる。 |
一般論として、報道機関の取材源は「職業の秘密」に当たるけれども、具体の事案で証言拒絶が認められるかは、個別の比較考量によりますよ。細かい規範はともかく、この点だけは絶対に押さえておいて下さいね。そんなメッセージが読み取れるほど、一貫して同じことだけが問われているのがわかるでしょう。考査委員は、「このレベルを知らないようでは、論文を受験したらダメだよね。」と思っている。なので、細かい規範を答案に書けなくてもいいけれども、少なくとも、上記の大枠だけは絶対に外してはいけないのです。当サイトが短答知識をガチガチに固める戦略を推奨する(「令和5年予備試験短答式試験の結果について(2)」)のは、このようなケースがそれなりにあるからでした。
以上を踏まえて冒頭で挙げた答案例を見ると、上記の大雑把な枠組みすら全く踏まえられていない。それだけで即不良と扱われても、やむを得ないでしょう。考査委員は、「『効果的で過度でない』の9文字とか、『実質的関連性』の6文字だけ覚えて後はテキトーで大丈夫とか思ってるやつ許さんからね。」と考えているでしょうから、今後も、判例を全然知らないと対応が難しい問題が出題される可能性は十分あるでしょう。
4.このようにみてくると、本問は、「判例無視で人権の重要性と規制態様の強度をテキトーに羅列して、とりあえず中間審査基準」という書き方では、どうにも書けないことがわかるでしょう。これまでは、そのような書き方でも、一応は問いに答えることが可能でした。それと比べると、今年の予備憲法はヤバい。考査委員の殺意が色濃く表れているといえるでしょう。
このことは、「効果的で過度でない」基準がダメな原因が、「判例でも学説でもないこと」にあるのではなく、「『判例無視で人権の重要性と規制態様の強度をテキトーに羅列して、とりあえず中間審査基準』という書き方が狙い撃ちにされていること」にあることを如実に表しています。「判例でも学説でもないこと」が原因であるなら、「学説」である実質的関連性の基準に置き換えればすべて解決するはずです。しかし実際には、本問のように、それでは何の解決にもならない。このことは、当サイトで繰り返し説明してきたことです(「効果的で過度でない」の今後」)。「『効果的で過度でない』を『実質的関連性』に置き換えればヨシ!」というのは、原因の把握という根本から誤っているのです。問題が起きたとき、その原因を正しく把握しなければ、正しい対処法を採ることはできません。
5.冒頭で挙げたような答案を実際に書くと、どのくらい悲惨な結果となるのか。これは、仲間がどれほどいるかにかかっています。相当多数の答案が冒頭のような感じであれば、助かる可能性が高いでしょう。適正な得点分布を実現するためには、そのような答案にも点数を与えざるを得ないからです。「赤信号、みんなで渡れば怖くない。」という論文格言は、このような場合に当てはまります。ひとりで赤信号を渡っていたら、跳ね飛ばされてしまうでしょう。だけど、カルガモの親子の如く列をなして渡ってこられたら、車の方が止まらざるを得ない。最近の傾向をみる限り、当サイトとしては、カルガモの親子のような受かり方は推奨できません。最近になって、「憲法だけは予備校答案は特にヤバい。」という認識が相応に広がりつつあり、判例を意識した学習をし、判例をベースにして答案を書くのが当たり前、という受験生が増えてきています。仮に、今年は助かっても、来年はもう助からないかもしれない。信号は、守るべきなのです。