1.令和5年の予備民法。双方有責とみる場合には、仕事完成不能についてBに帰責事由があるということになりますから、AがBに対して填補賠償請求権を取得し、これを自働債権、BのAに対する損害賠償請求権を受働債権として、相殺することができそうです。本当にそんなことになるのか、考えてみましょう。
2.まず、415条1項、2項1号の要件をみると、これは余裕でクリアします。
(参照条文)民法415条(債務不履行による損害賠償) 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。 |
3.では、賠償範囲との関係はどうか。仕事完成が不能になれば、仕事完成利益が損害になるのはあったりまえで、ガチガチの定型損害だ、と考えれば、余裕で通常損害(416条)といえそうです。ただ、ここで、「定型損害でも通常損害から除外される例外的な場合があったよね。」ということを想起してもよいでしょう。
(カラオケ店浸水事件判例より引用。太字強調は筆者。) 事業用店舗の賃借人が,賃貸人の債務不履行により当該店舗で営業することができなくなった場合には,これにより賃借人に生じた営業利益喪失の損害は,債務不履行により通常生ずべき損害として民法416条1項により賃貸人にその賠償を求めることができると解するのが相当である。 (引用終わり) |
上記判例法理を踏まえて、Bの帰責事由は契約締結時に甲の状態確認をしなかったことであって、そもそも本件損傷を発生させたのは全面的にAの保管方法にあったわけだから、Bは本件損傷発生について全くリスクを引き受けていないと考えれば、例外的に通常損害に当たらない、と考えることができます(論証例等は、『司法試験定義趣旨論証集債権総論・契約総論』「例外事情による通常損害からの除外」の項目を参照)。もっとも、上記判例はかなり特殊な事例に関するものなので、ちょっと気が引けるところもある。そう考えれば、次にみる過失相殺で処理することになるでしょう。
4.上記のとおり、Bの帰責事由は契約締結時に甲の状態確認をしなかったことであって、そもそも本件損傷を発生させたのは全面的にAの保管方法にあったという点は、過失相殺(418条)で考慮することができます。債務不履行における過失相殺は、減額だけでなく、責任の否定もできる点が不法行為(722条)とは異なるのでした(『司法試験定義趣旨論証集債権総論・契約総論』「過失相殺(418条)によって債務者を完全に免責できるか」の項目も参照)。
(参照条文)民法 418条(過失相殺) 722条2項 被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。 |
Bの帰責事由は、契約締結時に甲の状態確認をしなかったことであって、仮にBが契約締結時に甲の状態確認を行ったとしても、それは本件損傷が発覚して本件請負契約が締結されなかっただろうというだけで、甲が修復できるようになったわけではありません。甲が修復できなくなったのは、Aが個人宅における掛け軸の標準的な保管方法に反し、甲を紙箱に入れたのみで湿度の高い屋外の物置に放置したことにあり、甲の保管については、甲を管理占有するAが全面的にリスクを引き受けていたといえるでしょう。Bは、この点については何らリスクを負担しない。そうだとすれば、甲が修復されることにより得られる仕事完成利益との関係では、過失相殺によってBは責任をすべて免れるというべきです。結論として、Aは、Bに対して填補賠償請求権を取得しないので、相殺もできない、ということになります。
5.以上のような説明に対しては、「過失相殺でBを免責するくらいなら、最初からBには帰責事由がない(免責事由がある。)って言えばいいんじゃね?」と思うかもしれません。しかし、415条1項ただし書を適用してBを免責した場合には、Bは仕事完成不能に関する債務不履行責任をすべて免れることになる。本問では問題になりませんが、仮に、Aが何らかの材料費等を負担していたり、甲が修復されることを見越して展覧会等を開くため会場を予約していて、キャンセル料が発生した、というような場合には、契約締結時にBが甲の状態確認をしていれば負担を避けられたといえるわけで、Bは完全には免責されないでしょう(本問ではこれらの原状回復的損害も賠償範囲に含まれ得ることにつき、「原状回復的損害賠償(令和5年予備試験民法)」参照)。このように、損害の費目ごとに妥当な過失割合を決すべき場合には、415条1項ただし書で切ってしまうのは適切ではないのです。
ちなみに、上記3で説明したように、仕事完成利益に相当する損害は例外的に通常損害に当たらない、という構成を採るときは、すべての損害についてBが免責されるわけではなく、他の損害は別個に通常損害に当たるか、当たらないとして特別損害とならないかを検討すれば足りるわけですから、上記のような不都合は生じません。なので、本問の場合、通常損害のところで切るか、過失相殺で切るか、どちらかなのだろうと思っています。
6.当サイトの参考答案(その2)は、過失相殺でBを免責する構成を採っています。
(参考答案(その2)より引用) 4.上記3に対し、AはBに対する填補賠償請求権(415条2項1号)をもって相殺(505条1項)できるか。 (1)前記1(2)ア(イ)のとおり、原始的不能な契約締結にはBの帰責事由が寄与したから、履行不能につき免責事由(415条1項ただし書)があるとはいえない。 (2)仕事の不能により仕事完成利益を得られないことは定型損害であるから、通常損害として賠償範囲に含む。 (3)過失相殺は、「額」だけでなく「責任」も対象とされるから、責任を否定して完全に免責することもできる。 (4)以上から、AのBに対する填補賠償請求権は成立せず、相殺できない。 (引用終わり) |
そもそも、現場でここまで到達できる人はいないと思いますが、今後、この点をメインで問うような問題に遭遇する可能性は否定できませんから、参考にしてみて下さい。