原状回復的損害賠償
(令和5年予備試験民法)

1.令和5年の予備民法。報酬請求が一切できない(「双方有責における報酬請求の可否(令和5年予備試験民法)」)とした場合、後は損害賠償となります。Bはそもそも報酬請求できないので、Aの報酬債務不履行を理由とする填補賠償請求(415条2項)もできない。仕方がないので、せめて無駄に支払ってしまった40万円を損害として賠償請求できないか、というのが、今回のテーマです。

2.まず考えるべきは、責任原因は何か、です。本問では、主に以下の3つが考えられるでしょう。なお、厳密には、「確認」は、「確認し、仮に異状を発見したならば速やかにBに報告すること」と表記すべきでしょうが、表記を簡明にするため、単に「確認」と表記します。

 ① 契約締結前に甲の状態を確認しなかった付随義務違反による債務不履行責任
 ② 契約締結前に甲の状態を確認しなかった過失による不法行為責任
 ③ 契約締結後に甲の状態を確認しなかった善管注意義務(400条)違反による債務不履行責任

 順に考えていきましょう。

3.①契約締結前に甲の状態を確認しなかった付随義務違反による債務不履行責任については、契約締結前の確認義務を本件請負契約の付随義務とみることができるか、という点が問題になります。例えば、工作機械の売買契約において、契約締結前に売主が不適切な操作方法を説明したために、売買契約締結及び工作機械引渡しの後において、買主が操作中に負傷したという場合であれば、「適切な操作方法を説明することは売買契約の付随義務であって、それは契約締結前の説明についても妥当する。」と考えることに抵抗はありません。「当該売買契約の目的を実現するには、契約締結前であっても適切な操作方法の説明がされる必要があった。」と考えて何もおかしくないからです。しかし、本問の場合、本件損傷が生じた令和5年6月15日頃以降に甲の状態を確認していれば、本件損傷が発覚して、本件請負契約締結には至らなかったはず。甲の状態を確認しなかったからこそ、本件請負契約締結に至ったわけですね。仮に、本件請負契約の付随義務として甲の状態を確認する義務があるとすると、「本件請負契約の付随義務が履行されて本件請負契約が締結されなかった場合には、当該付随義務はその履行によって締結されていない本件請負契約によって発生した。」、「本件請負契約の目的を実現するための付随義務として、甲の状態を確認して本件損傷を発見することで、本件請負契約の締結に至らないようにする義務があった。すなわち、本件請負契約の目的は、本件請負契約の締結に至らせないことにある。」ということになって、ちょっと何を言ってるのかわからない。このことを判示したのが、出資勧誘事件判例です。

(出資勧誘事件判例より引用。太字強調は筆者。)

 契約の一方当事者が,当該契約の締結に先立ち,信義則上の説明義務に違反して,当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合には,上記一方当事者は,相手方が当該契約を締結したことにより被った損害につき,不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別,当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはないというべきである。
 なぜなら,上記のように,一方当事者が信義則上の説明義務に違反したために,相手方が本来であれば締結しなかったはずの契約を締結するに至り,損害を被った場合には,後に締結された契約は,上記説明義務の違反によって生じた結果と位置付けられるのであって,上記説明義務をもって上記契約に基づいて生じた義務であるということは,それを契約上の本来的な債務というか付随義務というかにかかわらず,一種の背理であるといわざるを得ないからである。契約締結の準備段階においても,信義則が当事者間の法律関係を規律し,信義則上の義務が発生するからといって,その義務が当然にその後に締結された契約に基づくものであるということにならないことはいうまでもない。

(引用終わり)

(同判例における千葉勝美補足意見より引用。太字強調は筆者。)

 有力な学説には,事実上契約によって結合された当事者間の関係は,何ら特別な関係のない者の間の責任(不法行為上の責任)以上の責任を生ずるとすることが信義則の要求するところであるとし,本件のように,契約は効力が生じたが,契約締結以前の準備段階における事由によって他方が損失を被った場合にも,「契約締結のための準備段階における過失」を契約上の責任として扱う場合の一つに挙げ,その具体例として,①素人が銀行に対して相談や問い合わせをした上で一定の契約を締結した場合に,その相談や問い合わせに対する銀行の指示に誤りがあって,顧客が損害を被ったときや,②電気器具販売業者が顧客に使用方法の指示を誤って,後でその品物を買った買主が損害を被ったときについて,契約における信義則を理由として損害賠償を認めるべきであるとするものがある(我妻榮「債権各論上巻」38頁参照)。このような適切な指示をすべき義務の具体例は,契約締結の準備段階に入った者として当然負うべきものであるとして挙げられているものであるが,私としては,これらは,締結された契約自体に付随する義務とみることもできるものであると考える。そのような前提に立てば,上記の学説も,契約締結の準備段階を経て契約関係に入った以上,契約締結の前後を問うことなく,これらを契約上の付随義務として取り込み,その違反として扱うべきであるという趣旨と理解することができ,この考え方は十分首肯できるところである。
 そもそも,このように例示された上記の指示義務は,その違反がたまたま契約締結前に生じたものではあるが,本来,契約関係における当事者の義務(付随義務)といえるものである。また,その義務の内容も,類型的なものであり,契約の内容・趣旨から明らかなものといえよう。したがって,これを,その後契約関係に入った以上,契約上の義務として取り込むことは十分可能である。
 しかしながら,本件のような説明義務は,そもそも契約関係に入るか否かの判断をする際に問題になるものであり,契約締結前に限ってその存否,違反の有無が問題になるものである。加えて,そのような説明義務の存否,内容,程度等は,当事者の立場や状況,交渉の経緯等の具体的な事情を前提にした上で,信義則により決められるものであって,個別的,非類型的なものであり,契約の付随義務として内容が一義的に明らかになっているようなものではなく,通常の契約上の義務とは異なる面もある。
 以上によれば,本件のような説明義務違反については,契約上の義務(付随義務)の違反として扱い,債務不履行責任についての消滅時効の規定の適用を認めることはできないというべきである。

(引用終わり)

 そうすると、①の構成はちょっと無理だよね、という結論になるでしょう。
 なお、本件請負契約の付随義務ではなく、交渉過程におけるABのやり取りから、Aが修繕可能性を保証する合意があったとして、その合意に基づく契約責任を認定した人もいたかもしれません。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

6.Aは、本件請負契約の交渉過程において、甲の状態を確認しておらず、Bから数回にわたって「甲の状態や保管方法に問題はないか。」と問い合わせられても「問題ない。」と答えるのみで放置していたため、本件請負契約を締結した時点では、本件損傷の事実を知らなかった。

(引用終わり)

 ただ、以前の記事(「Bの帰責性(令和5年予備試験民法)」)で説明したとおり、修繕可能性の判断をすべきは専門業者であるBだという前提からすれば、上記の程度のやり取りで保証の合意があったとまではいい難いと思います。

4.②契約締結前に甲の状態を確認しなかった過失による不法行為責任については、Aが、Bとの関係で、本件請負契約締結前にも甲の状態を確認する注意義務ないし保護義務のようなものが観念できるのか、という点が問題になります。本問は、Bが契約締結に当たり自ら修繕可能性を確認すべきといえる事案でした(「Bの帰責性(令和5年予備試験民法)」)。まだ契約も締結していないのに、Aが、Bのために甲の状態を随時確認していないといけない、というのは、ちょっと観念しにくいのではないか。契約締結時にBが自分で確認して、「これ無理じゃん。」と判断したら、契約を締結しなければいいだけの話です。契約締結前にAがわざわざ状態確認をしなくても、Bの利益は何ら害されることはない。そもそも、契約締結前の段階では、Aの気が変わって契約締結に至らない可能性も普通にあったわけで、Aが「やっぱり修復するのはやめた。」と言ったからといって、Bの方から、「話が違う。損害賠償だ!」などと言える状況でもありません。Bが契約締結を期待して契約締結前に40万円を支払った、という事案であれば話は別です(歯科医院事件判例参照)が、実際にBが40万円を支払ったのは契約締結後です。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

3.Aは、令和5年7月1日、Bとの間で、Bの店舗において、以下の内容を含む契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。

 (中略)

7.Bは、令和5年7月2日から同月10日にかけて、甲の修復に要する材料費等の費用一切として40万円を支払っていた。

(引用終わり)

 そうすると、Aに過失があるというのは難しそうで、②の構成もダメだろう、という結論になるでしょう。

5.③契約締結後に甲の状態を確認しなかった善管注意義務(400条)違反による債務不履行責任については、まず、善管注意義務の発生原因が問題になりますが、これは本件請負契約の(1)から導くことができます。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

3.Aは、令和5年7月1日、Bとの間で、Bの店舗において、以下の内容を含む契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。

(1) Aは、Bに対して、甲を、その修復のため、令和5年7月15日までに預託する
(2) Bは、甲の汚損を鑑賞可能な程度にまで修復し、令和6年7月15日までにAに返還する。
(3) Aは、Bに対して、報酬として250万円を甲の返還と引換えに支払う。

(引用終わり)

(参照条文)民法400条(特定物の引渡しの場合の注意義務)

 債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。

 契約締結前と違って、契約締結後はAの意思で勝手に契約を解消することはできないわけで、Bが準備のための材料費等を支払うことも当然に想定できる。なので、令和5年7月15日の預託(Bへの甲の引渡し)までの間、甲に異状がないか確認することは、預託義務に基づく善管注意義務の内容に含まれると考えてよいでしょう。
 次に問題になるのが、「材料費等って賠償範囲に含まれる損害と考えていいの?」という点です。「材料費等が無駄になるのは当然予見すべき定型損害だから、余裕で通常損害(416条1項)でしょ。」と思った人が多いでしょう。しかし、厳密には、そう簡単ではない。本問で、仮にAのみ有責と考えた場合、Bは報酬債権250万円を全額請求できるのでした(「Aのみ有責の処理(令和5年予備試験民法)」)。この場合に、Bの側から、さらに、「支払った材料費等40万円が無駄になったからこれも損害だ、報酬請求とは別に損害賠償を請求スル!」と言って、Aに40万円の損害賠償請求をすることができるか。「できるわけない。」と容易に判断できる。なぜなら、もともと契約が正常に履行された場合であっても、Bの手元に残るのは、報酬から材料費等を差し引いた額であって、材料費等をBが負担すべきことは当然だからです。報酬とは別に、材料費等を請求できるわけがない。なので、普通に考えると、材料費等は損害にならないはずなのです。
 では、材料費等を損害と構成するには、どのように考えればよいか。確かに、本件請負契約の目的を実現する方向で考える場合、材料費等はBが当然に負担すべきものだ、ということになるでしょう。しかし、本問は原始的不能の場合であって、Bの仕事債務は履行不能でAは履行請求できない(412条の2第1項)し、AB双方有責であるが故に、Bも一切報酬を請求できないのでした(「双方有責における報酬請求の可否(令和5年予備試験民法)」)。もはや、本件請負契約の目的実現を目指す状態ではない。ならば、本件請負契約を解消ないし巻き戻す方向で考えるべきだろう。そのように考えれば、「契約が早期に解消ないし巻き戻されたとしたら、Bが負担しなかったはずの費用」は、損害として観念できる。具体的には、本件請負契約の締結は7月1日で、Bが40万円を支払ったのは7月2日から10日までの間だったのだから、Aが早く甲の状態確認をして、本件損傷を確認していれば、早期に契約は解消する方向に向かったはずであり、Bは40万円の負担を免れたはずだっただろう(※)。このように考えることで、初めて、損害と観念することができるのでした。この問題は、債権法改正前であれば、「原始的不能だから契約は無効だよね。有効だと信頼して支出した費用は信頼利益として賠償の対象になるんだよね。」という感じで簡単に説明ができたところでした。債権法改正後は、契約を有効とみて契約法理で処理するので、この辺りの説明がややこしくなっています。
 ※ 問題文では、40万円がどのようなペースで支払われたのかわかりませんが、例えば、7月2日から9日までの8日間は毎日4万円、7月10日は8万円を支払ったとすれば、仮に7月5日の朝一番でAが本件損傷に気付いてBに連絡すれば、Bの損害は12万円で済んだという計算になります。本問では最後までAが本件損傷に気付いていないので、支払額の内訳が表示されていませんが、早く気付いて連絡すれば、Bの損害がその分少なくなったことは確かでしょう。

6.以上の理解を答案の形にしたのが、当サイトの参考答案(その2)です。ちなみ、過失相殺については、明確な差がなく、「どっちもどっち」という感じの事案では、とりあえず5割にしてしまうのが受験テクニックです。計算が簡単で、双方の請求権が生じる事案では相殺で消してしまいやすいからです。

(参考答案(その2)より引用)

2.契約締結前に甲の状態確認を怠った点について、債務不履行(415条1項)又は不法行為(709条)に基づく損害賠償として、40万円の支払を請求できるか。

(1)契約締結前に甲の状態を確認すれば本件損傷に気づくことができ、契約締結に至らなかったから、本件請負契約は確認懈怠の結果であって、契約締結前の確認を本件請負契約上の付随義務とみるのは背理である(出資勧誘事件判例参照)。
 したがって、債務不履行として請求できない。

(2)何ら契約関係にないのに、Aが自己の所有物である甲の状態について第三者との関係で当然に確認義務を負うことはなく、前記1(2)ア(イ)のとおり、契約締結時の修復不能に係るリスクはBが負い、Aに取引通念ないし信義則上の確認義務があったともいえない以上、過失がないから、不法行為も成立しない。
 したがって、不法行為としても請求できない。

3.契約締結後に甲の状態確認を怠った債務不履行に基づく損害賠償として、40万円の支払を請求できるか。

(1)Aは、本件請負契約(1)の預託義務に基づく善管注意義務(400条)の一内容として確認義務を負っていたのに、これを怠ったから債務不履行があり、確認困難な事情等の免責事由(415条1項ただし書)はない。

(2)Bの支払った40万円は本件請負契約の目的が実現されても当然にBが負担すべき材料費等で、賠償範囲に含まないともみえる。しかし、前記1のとおり、仕事債務は原始的不能で、Bは報酬請求を一切できず、もはや契約目的実現に向けた状況ではないから、契約がなかった状態に戻す趣旨での定型的な原状回復的損害として賠償範囲に含まれる(416条1項)。

(3)もっとも、Bは、前記1(2)ア(イ)のとおり、修繕可能性判断の責任・能力を有する以上、リスクを分担すべきであり、自ら甲の状態を確認することなく漫然と40万円の支払をした点に過失があるから、5割の過失相殺(418条)が妥当である。

(4)以上から、20万円の限度で、債務不履行に基づく損害賠償請求権が成立する。

(引用終わり)

 双方有責構成だと、理論的にはここまで書かないといけない。とはいえ、こんなの書いた人は、誰もいなかったでしょう。既に公表されている出題趣旨にも、この点の記載はありません。その意味でも、Aのみ有責構成の方が、実戦的だったといえるでしょう(「Aのみ有責の処理(令和5年予備試験民法)」)。

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