ヒントをヒントとして認識する
(令和5年予備試験民事実務基礎)

1.民事実務基礎で毎年出題される準備書面問題。毎年、悲惨なほど出来が悪いことで知られています。事実認定の作法を無視して、単なる当てはめのように書いて満足する答案が続出する。令和5年予備試験の例でいえば、以下のような答案がこれに当たります。

【事実認定の作法を無視した答案の例】

(1)Yは、令和4年8月当時、約200万円の借入れの保証人で、当時、月15万円の年金暮らしで、同月9日にAから車購入を相談されたが保証を断ったと供述するが、Aは息子だから、それだけで保証を断るのは不自然、不合理である。また、Yは、アパートの賃貸借契約の保証人となるためAに印章を1週間くらい預け、その間にAが無断で押したと供述するが、Aの住民票によれば、AがYの自宅から住所を移転したのは令和4年12月15日であるから、不自然、不合理である。本件契約書のY名義の署名がYの自筆によるものかは不明であるが、Y名義の印影は、間違いなくYの実印によるものである。

(2)Yは、「Aがアパートを借りた際の不動産仲介業者だろうと思い、適当に相づちを打ってしまいました」と供述するが、大事な話を適当に聞くのは不自然、不合理である。Xは、令和4年8月17日の夜にY宅に電話をして、Yに、本件車両の売却について、Aとの間で本件契約書の調印が終わり、Yとの間で本件保証契約が成立したことを報告したところ、Yは、「Aからも聞いているので問題ない」と応じている。

(3)以上から、本件保証契約が締結された事実が認められる。

 Y供述については難癖をつけて「不自然」、「不合理」と決めつける一方で、X供述はそのまま鵜呑みにして言い放つ(※1)のが特徴で、どのような事実が認定できるのかなんて全然考えてない(※2)。上記のような答案があまりに多かったので、こんな感じでも、要件事実の設問や刑事の方が出来ていれば、普通にA評価になってしまいます。そのような再現答案が世に出回ると、「これが模範答案なのか。」と認識され、多くの人が真似をする。予備試験開始当初から、そんな悪循環が続きました。
 ※1 「Xの訴訟代理人の立場なんだから、X供述は鵜呑みにしていい。」のような説明がされることもあるようですが、以前の記事(「実務基礎は実務と違う(令和5年予備試験民事実務基礎)」)で説明したとおり、それは誤りです。
 ※2 最近では、押印が関係する事案だと、一応は二段の推定の論証を冒頭に貼る人がかなり増えてきましたが、それ以降は上記のような感じになってしまうのが通例です。

2.あまりにも酷いので、令和元年(平成31年)から、「事実認定の作法に従って下さいね。」というヒントを明示するようになりました。前年の平成30年以前とそれ以降を比較すれば、それがよくわかります。

平成30年予備試験民事実務基礎問題文より引用)

 弁護士Qは,本件訴訟の第3回口頭弁論期日までに,準備書面を提出することを予定している。その準備書面において,弁護士Qは,前記の提出された各書証並びに前記【Xの供述内容】及び【Yの供述内容】と同内容のX及びYの本人尋問における供述に基づいて,弁済の抗弁が認められることにつき主張を展開したいと考えている。弁護士Qにおいて,上記準備書面に記載すべき内容を答案用紙1頁程度の分量で記載しなさい。

(引用終わり)

令和元年(平成31年)予備試験民事実務基礎問題文より引用。太字強調は筆者。)

 弁護士Pは,本件訴訟の第3回口頭弁論期日までに,準備書面を提出することを予定している。その準備書面において,弁護士Pは,前記の提出された書証並びに前記【Yの供述内容】及び【Xの供述内容】と同内容のY及びXの本人尋問における供述に基づいて,Yが保証契約を締結した事実が認められることにつき,主張を展開したいと考えている。弁護士Pにおいて,上記準備書面に記載すべき内容を,提出された書証や両者の供述から認定することができる事実を踏まえて,答案用紙1頁程度の分量で記載しなさい。なお,記載に際しては,本件借用証書のY作成部分の成立の真正に関する争いについても言及すること

(引用終わり)

 認定できない事実を踏まえちゃいけないことなんて当たり前ですし、処分証書があれば、その成立の真正を検討するのは当たり前すぎる。こんなものは、ヒントがなくてもできて当たり前。「えぇぇここまで教えちゃうの?」と笑いが止まらないレベルです。

3.考査委員としては、「ここまで教えてあげればマトモな答案が増えるだろう。」と期待したことでしょう。しかし実際には、それでもなお、冒頭で示したような答案が続出し続けたのでした。上記の設問記載部分のヒントについては、受験生はもちろん、予備校ですら、ヒントであると認識すらしていなかったのでした。
 そんな状況もあったからでしょう。今年は、例年のヒントに加えて、小問を1つ増やして、検討の枠組み、相手方の反証までわかるように教えてくれたのでした。

令和5年予備試験民事実務基礎問題文より引用。太字強調は筆者。)

(1) 弁護士Qは、本件契約書のY作成部分の成立を否認するに当たり、次のように理由(民事訴訟規則第145条)を述べた。以下の⑤及び⑥に入る陳述内容を記載しなさい。

 「本件契約書のY名義の印影が〔 ⑤ 〕ことは認めるが、同印影が〔 ⑥ 〕ことは否認する。YがAに預託した実印を、Aが預託の趣旨に反して冒用したものである。」

(2) 弁護士Pは、本件訴訟の第3回口頭弁論期日までに、準備書面を提出することを予定している。その準備書面において、弁護士Pは、前記の提出された書証並びに前記【Xの供述内容】及び【Yの供述内容】と同内容のX及びYの本人尋問における供述に基づいて、本件保証契約が締結された事実が認められることにつき、主張を展開したいと考えている。弁護士Pにおいて、上記準備書面に記載すべき内容を、提出された書証や両者の供述から認定することができる事実を踏まえて、答案用紙1ページ程度の分量で記載しなさい。なお、記載に際しては、本件契約書のY作成部分の成立の真正に関する争いについても言及すること

(引用終わり)

 事実認定を勉強している人であれば、小問(1)を見ただけで、「二段の推定の一段目の前提事実は争わないで、一段目の推定に対する冒用型の反証をするってことね。」とわかるでしょう。ちなみに、前に紹介した令和元年(平成31年)は盗用型でしたが、ここまで親切には教えてくれていません。ここまでわかれば、冒用型反証の成否、すなわち、預託の事実を認定できるかについて解答すればよい、というのが明らかです。
 しかしながら、ほとんどの受験生が、上記の小問(1)を見ても、「あー設問が増えてて面倒だわー。」と思うだけで、ヒントだとは認識しなかったでしょう(どうやら予備校もそんな感じのようです。)。そして、今年も冒頭で示したような答案が続出する。とはいえ、みんながみんなこんな感じなら、「大丈夫だ、問題ない。」といえなくもない。当サイトが以前の記事(「考査委員激おこ答案(令和5年予備試験憲法)」)で説明した、「カルガモの親子のような受かり方」です。

4.当サイトは、「カルガモの親子のような受かり方」は推奨しません。最近では、事実認定の作法を踏まえた解答をする答案が増えてきているからです。当サイトがあからさまに説明するようになっただけでなく、自分で事実認定を学習できるようなテキストが市販されるようになったことが大きいのでしょう(かつては司法修習用教材(白表紙)くらいしかありませんでした。)。なので、今年は冒頭のような答案で助かっても、来年以降は助かるかどうかわからない。これは、憲法で「判例無視で人権の重要性と規制態様の強度をテキトーに羅列して、とりあえず中間審査基準」という予備校答案が現状ギリギリ生き残っているのと同じ状況です。「今年大丈夫だったから、来年もきっと大丈夫。」というのは危険である。当サイトは、そう考えています。

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