相手方のボロを見抜く
(令和5年予備試験民事実務基礎)

1.民事実務基礎恒例の準備書面問題。例年、相手方の供述にはボロがあるので、それを見抜けるかがポイントになります。令和5年予備試験では、Y側に3つのボロがある(※1)。順に説明しましょう。
 ※ X側が提出したAの住民票も重要な証拠ですが、これは見ればすぐわかりますし、予備校等でも解説されているでしょうから、説明は割愛します。

2.1つ目は、当然提出すべき書証を提出していない、ということです。今年の問題文には、成立に争いのない書証に下線が付されていました。これが、ちょっとした視覚的ヒントになっています。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

〔設問4〕

 本件訴訟の第1回口頭弁論期日において、本件訴状と本件答弁書が陳述された。同期日において、弁護士Pは、本件保証契約の締結を裏付ける証拠として、別紙の売買契約書(本件契約書。なお、斜体部分は全て手書きである。)を、「丙(連帯保証人)」作成部分の作成者をYとして提出し、書証として取り調べられた。これに対し、弁護士Qは、同期日において、本件契約書のうちY作成部分の成立を否認した。その後、2回の弁論準備手続期日が行われた後、第2回口頭弁論期日において、XとYの各本人尋問が実施され、Xは【Xの供述内容】のとおり、Yは【Yの供述内容】のとおり、それぞれ供述した(それ以外の者の尋問は実施されていない。)。なお、各供述のうち下線部については該当する書証が提出されて取り調べられており、その成立に争いがない

 (中略)

【Yの供述内容】

 「……(略)……Aは昔から浪費癖があり、金銭消費貸借契約書のとおり、令和4年8月当時、私は、Aの貸金業者に対する約200万円の借入れについて保証人になっていました。私は、Aから、友人の車を分割払で買うので保証人になってほしいと言われましたが、年金振込通知書のとおり、当時、月15万円の年金暮らしで生活に余裕がありませんでしたので、さすがにこれ以上は無理だと言って断りました。私の日記の同月9日の欄にも、「Aから車購入の相談。保証はさすがに断る。」と記載されています。

 ちょうど同じ令和4年8月にAが就職し、私の自宅を出て一人暮らしをすることになり、アパートの賃貸借契約を結ぶことになりましたが、賃貸借契約に保証人が必要とのことでしたので、私は、保証人になることを承諾し、Aに私の実印を預け、印鑑登録証明書を渡したことがありました。実印は1週間くらいで返してもらいましたが、この時に預けた実印を悪用し、本件契約書に私の実印を無断で押したのだと思います。……(略)……」

(引用終わり)

 「俺は保証なんかする状況じゃなかったんだよ!」という部分について、Yは、金銭消費貸借契約書、年金振込通知書、自分の日記という書証を次々と繰り出してノリノリです。金銭消費貸借契約書については、契約書はその事実がなければ作成されないのが通常であること、年金振込通知書については、公務員がその権限に基づき職務上作成する公文書(※2)であることから、類型的信用文書といえ、その記載どおりの事実が認められます。しかし、日記は紛争が顕在化する前に習慣的に作成されたものという点で信用性が高いといえる反面、自分に都合の良い虚偽を書くことも考えられることから、作成者にとって不利益な限度でのみ類型的な信用性を認めるのが一般です。したがって、本問では、令和4年8月当時、YがAの貸金業者に対する約200万円の借入れについて保証人になっていたこと、当時、月15万円の年金暮らしであったこと(生活に余裕がないというのは評価であって、年金振込通知書に記載された事実ではありません。)については、事実と認定できます。他方、Aから車購入の相談を受けたが保証を断ったという事実は、Yにとって不利益なものといえない限り、直ちに認定することはできない。いずれにしても、上記の各事実は、本問の立証対象(「立証対象を把握する(令和5年予備試験民事実務基礎)」)である「印章預託の事実」とは距離のある事実です。
 ※2 厳密にいうと、年金振込通知書を作成する日本年金機構の職員は非公務員で、罰則適用の限度でみなし公務員とされるにとどまる(日本年金機構法20条)ことから、「公文書に準ずる文書」とするのが正確かもしれません。

 一方で、肝心の立証対象である印章預託に係る具体の事実については、その直後の段落で供述しています。視覚的に明らかなとおり、この段落には下線部が全く存在しません。さっきまでノリノリで書証を繰り出していたのに、ここは何にもない。すなわち、預託の事実については、これを基礎付ける書証を全く提出していない、ということです。Aがアパートの賃貸借契約を結んだのであれば、その賃貸借契約書があるでしょう。さっきまで「Aから相談を受けた話はちゃんと俺の日記に書いてあるよ!」って言ってたんだから、アパート賃貸借の件も書いてあったらノリノリで提出してくるはず。それを出して来ないということは、それは出せない、すなわち、そんな事実はないか、あったとしても、8月ではない、ということだろう。Yが立証対象の推認に直結しないようなどうでもよい事実についてノリノリで書証を提出したことが、かえって仇になっています。これが、本問におけるYの1つ目のボロです。

参考答案より引用)

ア.上記賃貸借等の事実につき、Yの一方的供述があるだけで、当然存在するはずの賃貸借契約書は証拠提出されず、Yの日記に上記賃貸借の記載がある旨もうかがわれない。

(引用終わり)

3.もう1つは、電話があったことを認めてしまった点です。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

【Ⅹの供述内容】

 「……(略)……私は、その日(令和4年8月17日)の夜にY宅に電話をして、Yに、本件車両の売却について、Aとの間で本件契約書の調印が終わり、Yとの間で本件保証契約が成立したことを報告しました。Yは、『Aからも聞いているので問題ない』と応じました。……(略)……」

【Yの供述内容】

 「……(略)……令和4年8月当時、私の自宅に同居していた息子のAが、その友人のXから本件車両を購入したことは事実のようです。……(略)……令和4年8月17日、知らない男性から電話があって保証がどうとか言われましたので、私は、Aがアパートを借りた際の不動産仲介業者だろうと思い、適当に相づちを打ってしまいました。……(略)……」

(引用終わり)

 Yは、令和4年8月17日にYに電話があったこと、保証に関する内容だったこと、Yが異議を述べなかったこと、という限度においては自認しています。したがって、これらの事実は認定できる。そうすると、これらの事実と整合するX供述のY宅への電話に関する部分は、少なくとも同日にXがYに電話した、という限度で信用できそうだ、すなわち、「同日にXがYに電話した。」という事実が認定できるだろう。そうだとすると、Xは、何の用で電話をしたのか。「XYはマブダチだ。」のような事情もないわけで、Xが何の用もなく電話するはずがない。Yは、8月にAがXから本件車両を購入したことは認めているので、これは事実と認定できる。他にXが電話する用件はXY供述中に全く顕れていないわけなので、電話の内容は本件車両の売買の件だろう。そうすると、X供述のうち、本件契約書の調印と本件保証契約の成立を報告する内容であったという部分も信用できるだろう。すなわち、これも事実と認定できる。このように、1つの事実が認定できるごとに、外堀から内堀が埋まるかの如く、次々と事実が認定されて行く。一種の雪崩現象が生じるのです(※3)。
 ※3 刑事の世界では、裁判官が特定の事実・証拠から強引に有罪心証を形成することを「心証の雪崩現象」と呼び、冤罪の温床として批判的に用いられたりしますが、これは合理的な推認に基づかないことを前提とするもので、本文で説明した合理的な推認によって連鎖的に事実が認定されるという意味での雪崩現象とは異なります。

(参考答案より引用)

ウ.令和4年8月17日にYに電話があったこと、保証に関する内容だったこと、異議を述べなかったことについて、Yも認めており、事実と認定できる。同事実との一致から、X供述中、同日に電話した点は信用でき事実と認定できる。Yも同月にAがXから本件車両を購入した事実を自認しており、他にXがYに電話する理由がないから、同供述中、電話の内容が本件契約書調印及び本件保証契約成立の報告であった点も信用でき、事実と認定できる。

(引用終わり)

4.3つ目は、上記2でノリノリで提出していた日記の件です。上記2では、「Aから車購入の相談を受けたが保証を断ったという事実は、Yにとって不利益なものといえない限り、直ちに認定することはできない」と説明しました。実は、これはYにとって不利益な事実となり得るのです。下記引用部分を続けて読んでみると、そのことが分かるでしょう。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

【Yの供述内容】

 「……(略)……私は、Aから、友人の車を分割払で買うので保証人になってほしいと言われましたが……(略)……さすがにこれ以上は無理だと言って断りました。私の日記同月9日の欄にも、「Aから車購入の相談。保証はさすがに断る。」と記載されています。……(略)……令和4年8月17日、知らない男性から電話があって、保証がどうとか言われましたので、私は、Aがアパートを借りた際の不動産仲介業者だろうと思い、適当に相づちを打ってしまいました。……(略)……」

(引用終わり)

 Yは、自分から、「Aから保証の相談を受けたけど、断ってやったぜ。ちゃんと日記の9日の欄に書いてあるだろ。」と豪語しています。一方で、「17日に電話があって、保証がどうとか言われたけど、適当に相づち打っちゃった。」と言っている。「まさか車売買の保証の話だとは思わなかったよ。」とでも言いたげですが、Yの言い分が事実なら、その8日前にAから保証の話をされていて、その上でAに印章を預託しているのです。保証がどうとか言われた時点で、「まさか俺の実印で車の保証しちゃってないよね?」という意識が働くはずで、「適当に相づち」なんて打ってる場合じゃない。この文脈では、「令和4年8月9日にAから車購入の保証の相談を受けたこと」は、Yの供述の信用性を減殺する方向の不利益な補助事実となるのです。したがって、これを自認するY供述及び日記同月9日欄記載の事実は、事実と認定できてしまう。その事実を前提とすると、Yの言ってることはおかしいので、信用できない、すなわち、「アパート賃貸借のためにAに預けていたから、その話かと思った。」というYの言い分は事実と認められないよね、ということになるわけです。

(参考答案より引用)

 Yは、「Aがアパートを借りた際の不動産仲介業者だろうと思い、適当に相づちを打ってしまいました」と供述する。しかし、Yは、「保証がどうとか」と言われたこと、その8日前にAから車購入の保証の相談を受けたことを自認し、事実と認定できるところ、これらの事実があるのに本件車両売却の件かもしれないと気付かないのは不自然、不合理であり、信用できない。

(引用終わり)

5.これらの点は、現状ではほとんどの受験生が指摘できていないので、合否を左右しないでしょう。もっとも、このことは、意識を向ければそれなりに気付いて書ける内容ですし、当サイトが毎年のように説明していることなので、次第に書ける人が出てくるだろうと思います。なので、「誰もできないから無視無視。」という態度は、現状では通用するとしても、いずれ通用しなくなってくるだろう。当サイトは、そう思っています。

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