1.令和6年司法試験民事系第1問設問1(1)イ。留置権の成否が問われていることは明らかで、牽連性の判断基準を明示した上で、補助線として他人物売買の事例を想起し、原則牽連性否定を示すことができれば合格レベル。さらに、その後の相続によって間接強制関係が生じたという特殊性について考慮していれば上位レベル、というところでしょう。当サイト作成の参考答案のうち、前者を想定して作成したのが参考答案(その1)。後者を想定して作成したのが、参考答案(その2)です。
(参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。) 2.イ ㋑の権利は、留置権(295条)である。 (1)甲土地はA所有で、Cは甲土地上に乙建物を所有して占有するから、「他人の物の占有者」(同条1項本文)である。「その債権が弁済期にない」(同項ただし書)とはいえない。 (2)「その物に関して生じた債権」(同項本文)とは、その物自体から生じた債権又は物の引渡義務と同一の法律関係・事実関係から生じた債権をいう。 ア.300万円の損害賠償請求権は、契約①に基づくから、「その物自体から生じた債権」でない。 イ.他人物売買の場合、買主の売主に対する損害賠償請求権の発生原因は債務不履行であるのに対し、所有者の引渡請求権の発生原因は所有権に基づく物権的請求権であって、留置によって売主の履行を間接的に強制しうる関係にもない以上、同一の法律関係・事実関係から生じた債権とはいえない。したがって、買主の有する損害賠償請求権は、「その物に関して生じた債権」には当たらない。このことは、他人物賃貸借にも当てはまる。 (3)以上から、留置権は成立しない。 (4)よって、Cは、㋑の反論に基づいて請求1を拒めない。 (引用終わり) (参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。) 2.イ (1)㋑の反論は、賠償額予定の約定に基づく損害賠償債権を被担保債権とする留置権の抗弁をいうものである。抗弁事実は、「その物に関して生じた債権」(295条1項本文)の発生原因事実及び他人の物の占有であるが、後者は請求原因において既に顕れている(前記1)。 ア.上記約定は使用収益させる債務(601条)の履行不能を原因とする填補賠償(415条2項1号)の額を定める趣旨である。請求1がされたことにより上記債務は社会通念上履行不能となるから、填補賠償債権の発生原因がある。 イ.「その物に関して生じた債権」とは、その物自体から生じた債権又は物の引渡義務と同一の法律関係・事実関係から生じた債権をいう。 ウ.以上から、留置権の抗弁は成立しない。 (引用終わり) |
2.相続により生じた間接強制関係を重視して牽連性を肯定した場合には、295条2項の要件も検討する必要が出てきます。
(参照条文)民法295条(留置権の内容) 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。 2 前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。 |
ここでいう、「占有が不法行為によって始まった」とは、どのような意味か。暴行、強迫、詐欺、隠匿等の占有取得手段を用いた場合に限ると考える(※1)なら、本問はこれに当たらないでしょう。無権原(※2)で占有を始めた場合を含むと考えた上で、権原がないことについて悪意のときに限る(※3)と考えるなら、本問の事実関係の下におけるCの主観の評価によって結論が変わります。
※1 この立場を明言する学説は見たことがありませんが、「そもそも権原があるなら留置権とか必要なくね?」という素朴な発想からは、平穏公然な占有取得である限り、権原を問わないという考え方も全然成り立たないわけではないと思います。ただ、その場合は、事後の権原喪失について同項類推適用を認める最判昭41・3・3との整合性が問題になるでしょう。なお、留置権の典型例とされる時計の修理の事案において、修理屋さんに時計の占有権原があるか、というのは、実は結構未解決の問題であって、受験生は真面目に考えちゃいけないやつです。
※2 ここで「権限」ではなく、「権原」の語を用いる理由については、以前の記事で説明しました(「「権原」と「権限」」)。
※3 この説の論者は、過失により他人の傘を自己の傘と誤信して持ち帰り、修繕をした場合には、留置権を認めないと公平に反するといいます(石田穣『担保物権法
民法大系(3)』(信山社 2010年)28頁)。ただ、そんなの別に公平に反しないと思う人もいるでしょうから、説得力はイマイチです。現場で、196条2項ただし書に着目した人もいたかもしれません。すなわち、同ただし書が、「悪意の占有者に対しては、裁判所は、回復者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。」とするのは、悪意の場合に留置権を否定する趣旨である、とすると、善意有過失はオッケーってことだよね、という読み方ですね。司法試験レベルであれば、これでも評価されるでしょう。もっとも、厳密には、これは有益費固有の規定なので、本問のように有益費以外の場合にまで容易に一般化できるとは思えません。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 2.令和2年4月1日、Aの子Bは、Aの了承を得ないまま、甲土地について、Cとの間で、賃料月額5万円、賃貸期間30年間、建物所有目的との約定による賃貸借契約(以下「契約①」という。)をBの名において締結し、同日、甲土地をCに引き渡した。契約①の締結に当たり、Cが、Bに対し、甲土地の所有権の登記名義人がAである理由を尋ねたところ、Bは、「Aは父であり、甲土地は既にAから贈与してもらったものだから、心配はいらない。」と言い繕った。Cがなお不安がったことから、契約①には、甲土地の使用及び収益が不可能になった場合について、損害賠償額を300万円と予定する旨の特約が付された。 (引用終わり) |
「Cが不安がった」のは、未必的に「Aが所有者かも」と思っていたことを示すから、悪意又はそれと同視しうる重過失だ、と評価すれば(※4)、「占有が不法行為によって始まった」に当たることになるでしょう。
※4 刑法では、未必の故意は故意そのものと考えるのが当たり前ですが、民事の悪意に未必の悪意が含まれるか、というのはかなり微妙で、ここで説明し始めると大変なことになります。ざっくりいえば、当該要件の趣旨を踏まえて判断され、「善意」が単に「知らない」ことを意味する場合は(重)過失にとどまる感じのことが多そうだけど、「信じた」という積極的誤信を意味する場合は「未必の悪意は半信半疑のレベルなので悪意扱い」になるのが普通だよね、という感じです。
3.「709条の不法行為には過失による無権原占有も含むんだから、295条2項も同じに考えればよくね?」と考えれば、本問のCには少なくとも軽過失はありそうなので、「占有が不法行為によって始まった」に当たるという結論になるでしょう。通説もこの立場といってよく、裁判例(東京高判昭30・3・11)もあるところです。
(東京高判昭30・3・11より引用。太字強調は当サイトによる。) 民法第295条第2項でいう「占有が不法行為に因りて始まりたる場合」とは、占有取得行為自体が占有の侵奪とか、詐欺、強迫とかによる場合にかぎらず、留置権によつて担保せられる債権の債務者に対抗し得る占有の権原がなく、しかも、これを知り又は過失により知らずして占有を始めた場合をも包含するものと解するのが相当である。蓋し後の場合も前の場合と同様、占有者に留置権を認めて、その者の債権を特別に保護しなければならないなんらの理由がないからである。 (引用終わり) |
当サイト作成の参考答案(その2)は、この立場に依拠しています。ちなみに、参考答案(その2)は、牽連性否定の結論を採りつつ、肯定の場合を仮定してこの論点を書きに行っており、論点を網羅する1つのテクニックではあるものの、良い子は真似しちゃいけないやつです。
(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。) 仮に、前記(1)アの填補賠償債権が「その物に関して生じた債権」に当たるとして、留置権の抗弁が成立するとしても、以下のように、発生障害の再抗弁が成立する。 (中略)
悪意・有過失の無権原占有に要保護性はなく、それ自体として所有者との関係における不法行為を構成しうる以上、「占有が不法行為によって始まった」(同条2項)には、占有取得行為自体が不法行為を構成する場合だけでなく、対抗しうる占有権原がなく、そのことにつき悪意・有過失で占有を始めた場合を含む(高裁判例)。 (引用終わり) |
4.「占有が不法行為によって始まった」の意義については、基本知識という感じではないので、自分なりに規範を明示して、問題文の事実を摘示した上で適切な結論を出していれば、相応に評価されるでしょう。もっとも、ここまできちんと書ける人は、上位者でもほとんどいないでしょうし、そもそも牽連性を肯定しないと普通は出てこないので、配点は低いだろうと思います。現場の判断としては、結論だけ簡潔に示して逃げてもよかったところでしょう。