1.令和6年司法試験刑事系第2問。捜査②のところは、強制処分か任意処分か、というのが、1つの考えどころですが、多分、考査委員は強制処分を前提に適当に作ったんだろう、と当サイトは考えています。
2.まず、撮影の動機がおかしい。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 6 さらに、Pは、乙とその他の男性らとの共犯関係、覚醒剤の搬入状況などの組織的な覚醒剤密売の実態を明らかにするため、本件アパート201号室への人の出入りの様子を監視する必要があると考えた。しかし、同室の玄関ドアは幅員約5メートルの公道側に向かって設置されていた上、同ドア横には公道上を見渡せる位置に腰高窓が設置されていたことから、同室に出入りする人物に気付かれることなく、同室の玄関ドアが見える公道上で張り込んで同室の様子を間断なく監視することは困難であった。 (引用終わり) |
「なにやってんの?」と思う。
玄関ドアを撮影して、人の出入りを監視すれば、覚醒剤営利目的所持の共犯関係、覚醒剤の搬入状況が分かるのか。「<覚醒剤>」の貼り紙を付けた段ボールなどを搬入していたりすれば話は別ですが、そんなことあるわけないのであって、普通に考えれば、「外観だけじゃ覚醒剤かどうか分からんよね。しかも公道に面してるんでしょ。堂々と分かるように搬入するわけないじゃん。そんなの撮影しても意味ないんじゃね?」と思うわけです。調べるべきはそこじゃなくて、乙とみられる男性と別の2人が、本件アパート201号室を出ていった後にどこに行っているか、誰と会っているかでしょう。
3.なるほど、じゃあ、その点を読み取らせて、撮影の必要性が乏しいという方向で検討させようとしているのかな。本問の素材にされたと思われるさいたま地判平30・5・10も、必要性が低下したのに撮影を継続したことを重視して違法としています。
(さいたま地判平30・5・10より引用。太字強調は当サイトによる。) まず,平成27年10月の本件撮影開始時点において,Xが被告人方に立ち寄る可能性があったこと,逮捕のためにXの所在や行動パターンを把握する必要があり,そのためには被告人方前をビデオ撮影する必要があったことが認められる。もっとも,証人は,本件捜査の一番の目的はXの逮捕である,あるいは本件撮影にはXの逮捕以外の捜査目的はなかった旨を述べているが,本件撮影開始の少し後には,Xがほぼ毎日被告人方に立ち寄っていることが確認できており,警察も同年11月には逮捕する態勢を取ったというのに,同年12月に1度,平成28年1月に1度逮捕に失敗しただけで,その他逮捕に向けた具体的対応を取っていなかったというのは理解できない。そうすると,逮捕のために本件ビデオ撮影がどこまで必要であったのか,そもそもXの逮捕のためというのが本件撮影の真の目的であったのかについても疑問があるが,証人の証言する目的を前提にしたとしても,平成28年の初め頃までしかXの立ち寄りが確認できておらず,Xを被告人方において逮捕できる可能性が低下し,本件撮影を継続する必要性は相当程度減少していたのに,同年5月19日まで漫然と本件撮影を続けていた点において,警察の対応は不適切であったと言わざるを得ない。 (中略) 以上……(略)……検討してきた事情を基に考えれば,本件撮影が類型的に強制処分に当たるとまではいえないものの,少なくとも平成28年の初め頃以降はその撮影の必要性が相当程度低下していたことは明らかで,それにもかかわらず長期間にわたって撮影を継続したこと自体不適切であった上,しかも本件撮影方法は他の類似事案と比べるとプライバシー侵害の程度が高いものであったと評価できることを考慮すれば,本件放火事件当時の撮影は,任意捜査として相当と認められる範囲を逸脱した違法なものであったと認められる。 (引用終わり) |
そう思いつつ問題文を読み進めると、とんでもないことが書いてある。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 7 その後、Pは、乙及び2名の男性が毎日おおむね決まった時間に同室に出入りする様子が記録されていた前記ビデオカメラの映像等を疎明資料として、本件アパート201号室の捜索差押許可状を取得し、同室の捜索を実施したところ、同室内から大量の覚醒剤等が発見されたことから、乙らを覚醒剤取締法違反(営利目的所持)の事実で現行犯逮捕した。 (引用終わり) |
「ちょwww待てよwww」と思う。
P 「捜索差押許可状を1つください。」
令状裁判官(以下「J」) 「疎明資料は?」
P 「はい、これです。」
J 「人が出入りしてるだけじゃん。」
P 「時間帯をよく見てくださいよ。3人が、毎日おおむね決まった時間に出入りしてるでしょ。」
J 「うん。それが何か。」
P 「3人が!」
P 「毎日!」
P 「おおむね決まった時間に!」
P 「出入りしてるなんて!」
P 「そんなん、もう覚醒剤密売してるに決まってるじゃないですか!」
J 「えっ?」
P 「えっ?」
J 「私も妻と子供の3人暮らしだけど、共働きで子供も学校に通っているから、みんな平日は大体決まった時間に家を出て、決まった時間に帰宅するよ。」(※1)
P 「ははぁ……じゃあ、あなたも覚醒剤を密……。」
J 「」
※1 実際には、令状裁判官には夜間担当の当直業務があります(「令状事件について」『リレーエッセイ「ハマの判事補の1日」(第2回)』3、4頁参照)。
J 「これだけじゃ無理無理、却下却下」
P 「いや、まだあるから!あるから!」
J 「他に疎明資料あるの?どれ?」
P 「『等』です!」
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 7 その後、Pは、乙及び2名の男性が毎日おおむね決まった時間に同室に出入りする様子が記録されていた前記ビデオカメラの映像等を疎明資料として、本件アパート201号室の捜索差押許可状を取得し、同室の捜索を実施したところ、同室内から大量の覚醒剤等が発見されたことから、乙らを覚醒剤取締法違反(営利目的所持)の事実で現行犯逮捕した。 (引用終わり) |
P 「トゥ!」
J 「なるほど、ビデオカメラ映像以外に決定的な疎明資料が『等』ってことね。」
P 「そうです!トゥ最高や!」
J 「じゃあ、結局、このビデオカメラ映像なんて最初からいらんかったんや。」
P 「えっ?」
J 「えっ?」
もうわけがわからないよ。仮に、必要性が乏しかったことを検討させようとするなら、ここで普通に疎明資料になって捜索差押許可状が出ちゃったらおかしい。それだと、「捜査②のおかげで捜索差押えを実現できた。」ってことになる。撮影の必要性を否定する方向には、ならないでしょう。単に人が毎日同じ時間に出入りしたというだけのビデオカメラ映像が主要な疎明資料になって捜索差押許可状が発付されるなんて、どういうことなのか。まさか、以下のような論述を期待したのでしょうか。
【論述例】 確かに、捜査②で記録されたビデオカメラ映像等を疎明資料として捜索差押許可状が発付されている。しかし、同ビデオカメラ映像は、単に乙及び2名の男性が毎日おおむね決まった時間に同室に出入りする様子を記録しているにすぎないから、それだけでは覚醒剤営利目的所持の事実を何ら推認させるものではなく、捜索差押許可状発付に至った決定的な疎明資料は『等』であると考えられる。以上から、捜査②の必要性は乏しかったと評価できる。 |
そんなわけないよ。
4.おそらく、考査委員は、捜査②は簡単に強制処分になって違法で終わり、という感じをイメージして、適当に作ったんでしょう。強制処分だから、捜査の必要性は考慮要素にならない。なので、こんな雑な作りになったのでしょう。現時点では、当サイトとしてはそんな風に考えています(※2)。
※2 設問1と設問2は連続した事例のはずなのですが、本件封筒を甲に渡した人物とその後本件アパート201号室の出入りが確認された人物との関係性や、甲の逮捕、起訴の過程で取得しているはずの甲の供述調書やスマホ履歴等の捜査結果について何ら記載がなく、全く別々に作問して無理やり繋ぎ合わせたかのような感じになっていることをみても、あんまり真剣に考えないで作っているよね、という印象を強くします。
5.「捜査②はさいたま地判平30・5・10を意識して作られていて、同地判は任意処分としているから、考査委員が強制処分を前提にしてるってことはないんじゃないの?」と思う人もいるでしょう。
(さいたま地判平30・5・10より引用。太字強調は当サイトによる。) 本件撮影が類型的に強制処分に当たるとまではいえないものの,少なくとも平成28年の初め頃以降はその撮影の必要性が相当程度低下していたことは明らかで,それにもかかわらず長期間にわたって撮影を継続したこと自体不適切であった上,しかも本件撮影方法は他の類似事案と比べるとプライバシー侵害の程度が高いものであったと評価できることを考慮すれば,本件放火事件当時の撮影は,任意捜査として相当と認められる範囲を逸脱した違法なものであったと認められる。 (引用終わり) |
この点については、前科があります。昨年、すなわち、令和5年司法試験刑事系第2問では、紙コップ事件高裁判例を素材にしたと思われる出題がされ、同高裁判例は占有取得過程を強制処分としていた(※3)にもかかわらず、出題趣旨及び採点実感では、同高裁判例との事案の異同に触れることなく、というか、そんな高裁判例などなかったかのように、必要性・相当性の判断枠組みを前提とする説明がされていたのでした(※4)。本問でも、さいたま地判平30・5・10など存在しなかったかの如く、「強制処分に決まってるジャン。」という感じの出題趣旨・採点実感が出る可能性はあるでしょう。仮に、任意処分とする考え方に触れられていたとして、捜査の必要性や撮影内容の証拠価値についてどのような記載がされるのか、筆者は、ざわめく胸騒ぎが止まりません。
※3 出題趣旨・採点実感が出される前の当サイトの説明として、「強制処分該当性の書き方(令和5年司法試験刑事系第2問)」参照。
※4 採点実感で、特に説明もなく、大家を平然と「保管者」としているのも不用意な記述であり、考査委員のやる気のなさがうかがわれます(「所持者?保管者?(令和5年司法試験刑事系第2問)」参照)。