差止めがメイン
(令和6年予備試験商法)

1.令和6年予備試験商法。設問2は、現場で条文を引けば、差止めと価格決定申立てまでは発見できたでしょう(「「条文が見つからねぇ!」(令和6年予備試験商法)」)。

(参照条文)会社法
179条の7(売渡株式等の取得をやめることの請求
 次に掲げる場合において、売渡株主が不利益を受けるおそれがあるときは、売渡株主は、特別支配株主に対し、株式等売渡請求に係る売渡株式等の全部の取得をやめることを請求することができる。
 一 株式売渡請求が法令に違反する場合
 二 (略)
 三 第179条の2第1項第2号又は第3号に掲げる事項が対象会社の財産の状況その他の事情に照らして著しく不当である場合
2 (略)

179条の8(売買価格の決定の申立て
 株式等売渡請求があった場合には、売渡株主等は、取得日の20日前の日から取得日の前日までの間に、裁判所に対し、その有する売渡株式等の売買価格の決定の申立てをすることができる。
2 (略)

 では、メインはどちらか。2つの要素から、差止めがメインだ、と判断することができました。

2.まず、1つ目の要素は、問題文のEの不満の内容です。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

6.……(略)……Eは、Aの都合で一方的に甲社から排除されることに不満を強く抱き、さらに、B、C及びDからの株式の取得の事実を知り、その取得価格が本件売渡請求における株式売渡対価の額と異なることに対して不満を一層強めた

(引用終わり)

 まず、第1次的に、甲社から排除されることに不満を持っています。対価の額の件は、「一層強めた。」とあり、2次的不満に過ぎない。もう少し具体的に考えてみると、差止めが認められれば、それだけでEは満足です。対価の話はもう出てこない。価格決定申立ては、甲社から排除されることを防ぐ手段ではないので、Eは完全には満足できません。差止めが認められない場合に、「せめて対価くらいはBCDと同じにしてよね。」という程度のものでしかないわけですね。

3.もう1つの要素は、検討事項です。差止めで考えられる検討事項は、法令違反と著しい対価不当でしょう。

(参照条文)会社法
179条の2(株式等売渡請求の方法)
 株式売渡請求は、次に掲げる事項を定めてしなければならない。
 一 (略)
  株式売渡請求によりその有する対象会社の株式を売り渡す株主(以下「売渡株主」という。)に対して当該株式(以下この章において「売渡株式」という。)の対価として交付する金銭の額又はその算定方法
 三 売渡株主に対する前号の金銭の割当てに関する事項
 四~六 (略)
2、3 (略)

179条の7(売渡株式等の取得をやめることの請求
 次に掲げる場合において、売渡株主が不利益を受けるおそれがあるときは、売渡株主は、特別支配株主に対し、株式等売渡請求に係る売渡株式等の全部の取得をやめることを請求することができる。
 一 株式売渡請求が法令に違反する場合
 二 (略)
 三 第179条の2第1項第2号又は第3号に掲げる事項が対象会社の財産の状況その他の事情に照らして著しく不当である場合
2 (略)

 差止めの検討において、対価の話をすることになる。そうだとすると、価格決定申立てのところで重ねて対価の話をする必要性はあまりなさそうだ、と考えることができるでしょう。価格決定申立ての方は、せいぜい現時点で申立期間内だよね、という程度しか書くことがない。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

6.……(略)……Aは、同年8月以降、Eに対し、特別支配株主の株式等売渡請求(以下「本件売渡請求」という。)をすることとし、甲社に対し、その旨及び株式売渡対価を1株当たり6万円、取得日を同年9月20日とすることなどの会社法所定の事項を通知し、同年8月20日開催の甲社の取締役会において、その承認を受けた。……(略)……。

〔設問2〕
 令和6年9月2日時点において、Eの立場において会社法上どのような手段を採ることが考えられるかについて、論じなさい。

(引用終わり)

(参照条文)会社法179条の8(売買価格の決定の申立て)
 株式等売渡請求があった場合には、売渡株主等は、取得日の20日前の日から取得日の前日までの間に、裁判所に対し、その有する売渡株式等の売買価格の決定の申立てをすることができる。
2 (略)

4.こうして、メインは差止めであり、価格決定申立ての方は、申立期間の当てはめをして、後は差止めで書いた対価の話を引用しておけばいい、ということが分かるのでした。法令違反や対価不当の判断基準については、現時点で受験生の多くが知っているような定番の規範はないので、規範明示をせずいきなり当てはめでも問題ないでしょう。当サイト作成の参考答案(その1)は、その例です。

(参考答案(その1)より引用)

1.Eは、Aの都合で一方的に甲社から排除されることに不満を強く抱いた。差止請求(179条の7第1項)が考えられる。

(1)Eは甲社から排除されるので、「不利益を受けるおそれがある」(同項柱書)といえる。

(2)ア.甲社は非公開会社(2条5号参照)で、株主は5人しかいなかった。親族である株主が死亡するたびに株式が多数の相続人に分散したために会社の管理が厄介になった話をAが聞いて心配になったというAの都合でEを締め出すのは不当であり、権利濫用禁止(民法1条3項)に反する。
 BCDからの取得価格は1株10万円で、本件売渡請求における株式売渡対価は1株6万円であるから、株主平等原則(109条1項)に反する。
 したがって、法令違反(179条の7第1項1号)がある。

イ.確かに、Aは、税理士Hに甲社株式評価額算定を依頼し、1株6~10万円との意見を得た。株式売渡対価は1株6万円である。
 しかし、HはAと旧知である。BCDからの取得価格は1株10万円であった。
 以上から、対価(179条の2第1項2号)が著しく不当(179条の7第1項3号)である。

(3)よって、Eは、差止請求できる。

2.Eは、BCDからの取得価格が本件売渡請求における株式売渡対価の額と異なることに対して不満を一層強めた。取得日は令和6年9月20日で、同月2日現在において、「取得日の20日前の日から取得日の前日までの間」であり、前記1(2)イのとおり公正な価格は1株10万円だといえるから、Eは、その旨の価格決定を求めて売買価格決定の申立て(179条の8第1項)ができる。

(引用終わり)

 敢えて規範明示をするとすれば、参考答案(その2)のような感じです。

(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)

(1)法令違反(179条の7第1項1号)

 特別支配株主の株式等売渡請求の趣旨は、株主総会決議を要することなく機動的なキャッシュ・アウトにより単独株主となることを可能とする点にあるところ、小規模閉鎖会社においては通常は機動的なキャッシュ・アウトの必要性に乏しい一方で、株主の個性が重視され、個々の株主に経営に関与する期待があることから、正当な理由のない売渡請求は権利濫用(民法1条3項)として違法である。

ア.甲社は非公開会社(2条5号参照)で、株主はABCDEの5人しかいなかった。小規模閉鎖会社と評価できる。

イ.本件売渡請求は、Aがとある同族企業の社長から、親族である株主が死亡するたびに株式が多数の相続人に分散したために会社の管理が厄介になったという話を聞いて心配になったことを動機としており、会社管理の便宜が目的であると認められる。
 確かに、相続株式の分散を防止し、会社管理の便宜を図ることは、直ちに不当とはいえない。BCDが任意の売却に応じたことも、Aの要求が必ずしも不当でなかったことをうかがわせる事情である。Eは甲社の日常の経営に関わっておらず、経営関与への期待が大きかったともいえない。
 しかし、現時点において甲社に何らかの管理上の支障が生じた事実はない。既にBCDが任意の売却に応じており、さらにEからも直ちに株式を取得すべき必要性は乏しい。Eは、Aの売却要求に対し、長年株主であったことを強調しつつ、不満を強く述べ、売却を固く拒否しており、株主の地位を維持することに対する強い期待があったことが認められる。
 以上を総合すると、本件売渡請求は、その必要性に乏しい一方、Eの株主の地位への期待利益を大きく侵害するから、正当な理由がなく、権利濫用として違法である。

(2)対価の著しい不当(179条の7第1項3号)

 対価(179条の2第1項2号)は売渡株式の適正評価額でなければならない。
 確かに、Aは、税理士Hに甲社株式評価額算定を依頼し、1株当たり6~10万円との意見を得た。株式売渡対価は1株当たり6万円で、専門家の意見に基づく評価額の範囲内のものといえる。
 しかし、Hは、Aと旧知であって、中立・公正な評価といえるか疑いがある。仮に、上記評価額の範囲を前提としても、本件売渡請求に先立ってBCDから1株当たり10万円で取得した事実は、対価決定に係る裁量をき束する要素となる。すなわち、他の株主との関係において甲社株式の適正価額が1株当たり10万円であるとの立場を表明しておきながら、特段の事情変更もないのに、それを4割も減額することは、禁反言(民法1条2項)及び株主平等原則(109条1項)の趣旨に反し、著しく不当と評価できる。
 以上から、対価が著しく不当である。

(引用終わり)

 対価不当のところでは、一応は適正評価額の範囲内の額とされているので、著しい不当を認定するには一工夫が必要です。上記は、裁量の縮減論に似た論理を用いています。
 それから、差止めのところでは、取得日まで18日しかないので、実務的には仮処分によらないと無理なのですが、合否という観点からは、書けなくても問題はなさそうです。仮に書くのであれば、参考答案(その2)のように書けばよいでしょう。

(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)

1.Eは、Aの都合で一方的に甲社から排除されることに不満を強く抱いている。甲社から排除されることを防ぐ手段として、差止請求権(179条の7第1項)を被保全権利(民保法13条1項)とする売渡株式取得禁止の仮処分(同法23条2項)の申立て(同法2条)が考えられる。

(1)法令違反(179条の7第1項1号)

 (中略)

(2)対価の著しい不当(179条の7第1項3号)

 (中略)

(3)……(略)……。

(4)取得日は令和6年9月20日で、同月2日現在において18日の猶予しかなく、保全の必要性(民保法23条2項)がある

(5)よって、Eは、上記仮処分の手段を採ることができる。

(引用終わり)

 とはいえ、時間・紙幅を考慮すると、上位陣でもここまで書ける人はあまりいないかな、という印象です。それよりも、甲社が小規模閉鎖会社であることに着目して、「とある同族企業の社長から……話を聞いて心配になり」、「Aの都合」等から権利濫用を想起できるか、「旧知の」のような細かい問題文の事情を拾ったか、というようなところの方が、差が付きやすいでしょう。

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