1.令和6年予備試験商法。設問2は、現場で条文を引けば、差止めと価格決定申立てまでは発見できたでしょう(「「条文が見つからねぇ!」(令和6年予備試験商法)」)。
(参照条文)会社法 179条の8(売買価格の決定の申立て) |
では、メインはどちらか。2つの要素から、差止めがメインだ、と判断することができました。
2.まず、1つ目の要素は、問題文のEの不満の内容です。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 6.……(略)……Eは、Aの都合で一方的に甲社から排除されることに不満を強く抱き、さらに、B、C及びDからの株式の取得の事実を知り、その取得価格が本件売渡請求における株式売渡対価の額と異なることに対して不満を一層強めた。 (引用終わり) |
まず、第1次的に、甲社から排除されることに不満を持っています。対価の額の件は、「一層強めた。」とあり、2次的不満に過ぎない。もう少し具体的に考えてみると、差止めが認められれば、それだけでEは満足です。対価の話はもう出てこない。価格決定申立ては、甲社から排除されることを防ぐ手段ではないので、Eは完全には満足できません。差止めが認められない場合に、「せめて対価くらいはBCDと同じにしてよね。」という程度のものでしかないわけですね。
3.もう1つの要素は、検討事項です。差止めで考えられる検討事項は、法令違反と著しい対価不当でしょう。
(参照条文)会社法 179条の7(売渡株式等の取得をやめることの請求) |
差止めの検討において、対価の話をすることになる。そうだとすると、価格決定申立てのところで重ねて対価の話をする必要性はあまりなさそうだ、と考えることができるでしょう。価格決定申立ての方は、せいぜい現時点で申立期間内だよね、という程度しか書くことがない。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 6.……(略)……Aは、同年8月以降、Eに対し、特別支配株主の株式等売渡請求(以下「本件売渡請求」という。)をすることとし、甲社に対し、その旨及び株式売渡対価を1株当たり6万円、取得日を同年9月20日とすることなどの会社法所定の事項を通知し、同年8月20日開催の甲社の取締役会において、その承認を受けた。……(略)……。
〔設問2〕 (引用終わり) (参照条文)会社法179条の8(売買価格の決定の申立て) |
4.こうして、メインは差止めであり、価格決定申立ての方は、申立期間の当てはめをして、後は差止めで書いた対価の話を引用しておけばいい、ということが分かるのでした。法令違反や対価不当の判断基準については、現時点で受験生の多くが知っているような定番の規範はないので、規範明示をせずいきなり当てはめでも問題ないでしょう。当サイト作成の参考答案(その1)は、その例です。
(参考答案(その1)より引用) 1.Eは、Aの都合で一方的に甲社から排除されることに不満を強く抱いた。差止請求(179条の7第1項)が考えられる。 (1)Eは甲社から排除されるので、「不利益を受けるおそれがある」(同項柱書)といえる。
(2)ア.甲社は非公開会社(2条5号参照)で、株主は5人しかいなかった。親族である株主が死亡するたびに株式が多数の相続人に分散したために会社の管理が厄介になった話をAが聞いて心配になったというAの都合でEを締め出すのは不当であり、権利濫用禁止(民法1条3項)に反する。 イ.確かに、Aは、税理士Hに甲社株式評価額算定を依頼し、1株6~10万円との意見を得た。株式売渡対価は1株6万円である。 (3)よって、Eは、差止請求できる。 2.Eは、BCDからの取得価格が本件売渡請求における株式売渡対価の額と異なることに対して不満を一層強めた。取得日は令和6年9月20日で、同月2日現在において、「取得日の20日前の日から取得日の前日までの間」であり、前記1(2)イのとおり公正な価格は1株10万円だといえるから、Eは、その旨の価格決定を求めて売買価格決定の申立て(179条の8第1項)ができる。 (引用終わり) |
敢えて規範明示をするとすれば、参考答案(その2)のような感じです。
(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。) (1)法令違反(179条の7第1項1号) 特別支配株主の株式等売渡請求の趣旨は、株主総会決議を要することなく機動的なキャッシュ・アウトにより単独株主となることを可能とする点にあるところ、小規模閉鎖会社においては通常は機動的なキャッシュ・アウトの必要性に乏しい一方で、株主の個性が重視され、個々の株主に経営に関与する期待があることから、正当な理由のない売渡請求は権利濫用(民法1条3項)として違法である。 ア.甲社は非公開会社(2条5号参照)で、株主はABCDEの5人しかいなかった。小規模閉鎖会社と評価できる。
イ.本件売渡請求は、Aがとある同族企業の社長から、親族である株主が死亡するたびに株式が多数の相続人に分散したために会社の管理が厄介になったという話を聞いて心配になったことを動機としており、会社管理の便宜が目的であると認められる。 (2)対価の著しい不当(179条の7第1項3号) 対価(179条の2第1項2号)は売渡株式の適正評価額でなければならない。 (引用終わり) |
対価不当のところでは、一応は適正評価額の範囲内の額とされているので、著しい不当を認定するには一工夫が必要です。上記は、裁量の縮減論に似た論理を用いています。
それから、差止めのところでは、取得日まで18日しかないので、実務的には仮処分によらないと無理なのですが、合否という観点からは、書けなくても問題はなさそうです。仮に書くのであれば、参考答案(その2)のように書けばよいでしょう。
(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。) 1.Eは、Aの都合で一方的に甲社から排除されることに不満を強く抱いている。甲社から排除されることを防ぐ手段として、差止請求権(179条の7第1項)を被保全権利(民保法13条1項)とする売渡株式取得禁止の仮処分(同法23条2項)の申立て(同法2条)が考えられる。 (1)法令違反(179条の7第1項1号) (中略) (2)対価の著しい不当(179条の7第1項3号) (中略) (3)……(略)……。 (4)取得日は令和6年9月20日で、同月2日現在において18日の猶予しかなく、保全の必要性(民保法23条2項)がある。 (5)よって、Eは、上記仮処分の手段を採ることができる。 (引用終わり) |
とはいえ、時間・紙幅を考慮すると、上位陣でもここまで書ける人はあまりいないかな、という印象です。それよりも、甲社が小規模閉鎖会社であることに着目して、「とある同族企業の社長から……話を聞いて心配になり」、「Aの都合」等から権利濫用を想起できるか、「旧知の」のような細かい問題文の事情を拾ったか、というようなところの方が、差が付きやすいでしょう。