1.今回は、論文式試験の全科目平均点をみていきます。
以下は、これまでの全科目平均点及び受験者数の推移をまとめたものです。全科目平均点の括弧書きは最低ライン未満者を含む数字、受験者数前年比の括弧書きは変化率を示しています。元号の省略された年の表記は、平成の元号によります。
年 | 全科目 平均点 |
前年比 |
受験者数 |
前年比 |
18 | 404.06 | --- |
2087 |
--- |
19 | 393.91 | -10.15 |
4597 |
+2510 (+120.2%) |
20 | 378.21 (372.18) |
-15.70 |
6238 |
+1641 (+35.6%) |
21 | 367.10 (361.85) |
-11.11 (-10.33) |
7353 |
+1115 (+17.8%) |
22 | 353.80 (346.10) |
-13.30 (-15.70) |
8163 |
+810 (+11.0%) |
23 | 353.05 (344.69) |
-0.75 (-1.41) |
8765 |
+602 (+7.3%) |
24 | 363.54 (353.12) |
+10.49 (+8.43) |
8387 | -378 (-4.3%) |
25 | 361.62 (351.18) |
-1.92 (-1.94) |
7653 | -734 (-8.7%) |
26 | 359.16 (344.09) |
-2.46 (-7.09) |
8015 | +362 (+4.7%) |
27 | 376.51 (365.74) |
+17.35 (+21.65) |
8016 | +1 (+0.0%) |
28 | 397.67 (389.72) |
+21.16 (+23.98) |
6899 | -1117 (-13.9%) |
29 | 374.04 (360.53) |
-23.63 (-29.19) |
5967 | -932 (-13.5%) |
30 | 378.08 (369.80) |
+4.04 (+9.27) |
5238 | -729 (-12.2%) |
令和元 | 388.76 (376.39) |
+10.68 +6.59 |
4466 | -772 (-14.7%) |
令和2 | 393.50 (382.81) |
+4.74 (+6.42) |
3703 | -763 (-17.0%) |
令和3 | 380.77 (367.55) |
-12.73 (-15.26) |
3424 | -279 (-7.5%) |
令和4 | 387.16 (371.98) |
+6.39 (+4.43) |
3082 | -342 (-9.9%) |
令和5 | 392.01 (379.93) |
+4.85 (+7.95) |
3928 | +846 (+27.4%) |
令和6 | 385.63 (375.55) |
-6.38 (-4.38) |
3779 | -149 (-3.7%) |
平成26年までは、全科目平均点と受験者数の間には、緩やかな逆相関性がありました。いつの年にも、上位層というのは、一定の限られた人数しかいないものです。ですから、受験者数が増加することは、下位層の増加を意味することになりやすい。その結果、受験者数が増加すると、全科目平均点は下がりやすい、という緩やかな関係性が生じるわけです。ただし、必ずしも、受験者数の増減幅に応じて全科目平均点が上下する、という関係にはありません。平成25年のように、逆相関の関係にない年もある。「緩やかな」と表現した所以です。とはいえ、平成26年までは、それで概ね説明が付きました。
2.しかし、平成27年は、受験者数にほとんど変化がないのに、全科目平均点が急上昇しました。これは、上記の全科目平均点と受験者数の関係性からは説明が付きません。当サイトでは、この異常な全科目平均点の急上昇の主な要因として、考査委員間で得点分布の目安を守ろうという申し合わせがあったのではないか、と説明してきました(「平成27年司法試験の結果について(3)」)。得点分布の目安というのは、優秀5%、良好25%、一応の水準40%、不良30%という区分ごとの割合の目安です(「司法試験の方式・内容等について」)。これを守ろうとすると、例えば、「こんなの不良答案だよ。」と考査委員が思う答案が半分(5割)くらいあっても、不良の得点は全体の3割までしか付けられない。残り2割は、強制的に一応の水準の得点にせざるを得ない、ということになるわけですね。多くの場合、考査委員は受験生の答案を不十分とみる傾向にあるので、得点分布の目安を守るということは、全体の得点を押し上げる方向に作用します。
どうして、平成27年になって、急に得点分布の目安を守ろうとするようになったのか。それは、「法科大学院制度がうまくいかないのは、司法試験が難しすぎるせいだ。(法科大学院が悪いのではなく、司法試験委員会が悪い。)」という法科大学院関係者からの批判を契機として、司法試験の成績評価の在り方が、検証の対象とされるようになったからです。
(法曹の養成に関するフォーラム論点整理(取りまとめ)(平成24年5月10日)より引用。太字強調は筆者。) 現在の合否判定は,受験者の専門的学識・能力の評価を実質的に反映した合理性のあるものになっているか疑問とする余地があり,合格者数が低迷しているのは合格レベルに達しない受験者が多かったからだと直ちに断定することはできず,合否判定の在り方についても見直す必要があるのではないか,法曹になるために最低限必要な能力は何かという観点から合格水準について検討すべきではないか,新たな法曹養成制度の下で司法試験合格者に求められる専門的学識・能力の内容や程度について,考査委員の間に共通の認識がないのではないか,新司法試験の考査委員には,法科大学院での教育やその趣旨についての理解が十分でないまま,旧来の司法試験と同様の意識や感覚で合否の決定に当たっている者も少なくないのではないかと疑われるとの意見があり,また,この立場から,考査委員の選任や考査委員会議の在り方等について工夫してはどうか(例えば,考査委員代表者を中心にする少人数の作業班により答案の質的レベル評価を反映する合格ラインの決定を行う等)との意見があった。 (引用終わり) (法科大学院特別委員会(第48回)議事録より引用。太字強調は筆者。) 井上正仁座長代理 井上正仁座長代理 (引用終わり) (法科大学院特別委員会(第68回)議事録より引用。太字強調は筆者。)
井上正仁座長 (引用終わり) (「法曹養成制度検討会議取りまとめ」(平成25年6月26日)より引用。太字強調は筆者。) 具体的な方式・内容,合格基準・合格者決定の在り方に関しては,司法試験委員会において,現状について検証・確認しつつより良い在り方を検討するべく,同委員会の下に,検討体制を整備することが期待される。 (引用終わり) (「平成28年以降における司法試験の方式・内容等の在り方について」(平成27年6月10日司法試験委員会決定)より引用。太字強調は筆者。) 第3.出題の在り方等についての検証体制 1.検証体制の位置付け 司法試験考査委員は,これまでも毎年の出題等に関する検証を行ってきたものであるが,今後,出題等に関するより一層の工夫が求められることを踏まえ,その工夫の趣旨や効果等を検証するとともに,各科目・分野を横断して認識を共有し,その後の出題等にいかすため,年ごとに,各科目・分野の考査委員の中から検証担当考査委員を選任し,その年の司法試験実施後において,共同してその年の試験についての検証を行うこととする。 2.検証体制の構成 検証担当考査委員については,研究者と実務家の考査委員の双方を含めるとともに,実務家については,法曹三者を全て含めることとする。 3.検証の対象 検証担当考査委員による検証については,その年の短答式試験及び論文式試験の出題のみならず,成績評価や出題趣旨・採点実感等も対象とする。 4.検証結果の取扱い 検証担当考査委員による検証の結果については,適切な方法で司法試験委員会に報告するとともに,その後の出題等にいかすこととする。 (引用終わり) (「法曹養成制度改革の更なる推進について」(平成27年6月30日)より引用。太字強調は筆者。) 司法試験の具体的方式・内容、合格基準・合格者決定の在り方に関しては、司法試 験法の改正等を踏まえ、試験時間等に一定の変更が加えられたものであるが、今後においても、司法試験委員会において、継続的な検証を可能とする体制を整備することとしたことから、検証を通じ、より一層適切な運用がなされることを期待する。 (引用終わり) |
上記の検証については、偶然に考査委員による情報漏えい問題(「これまでの調査及び検討の状況について」、「司法試験出題内容漏えい事案を踏まえた再発防止策及び平成29年以降の司法試験考査委員体制に関する提言」参照)と時期が一致したために、それとの関係で考えてしまう人もいるかもしれませんが、そうではありません。要するに、「司法試験をもっと簡単にしろ。」という圧力を、司法試験委員会にかけるための仕組みです。「すべての元凶は司法試験が難しすぎるせいであって、法科大学院としてはもうどうしようもない。問題を解決するには司法試験を簡単にするしかない。」という論調は、その後も、法科大学院関係者からたびたび発せられています。このことは、法科大学院関係者ですら、「法科大学院で真面目に講義を受ければ司法試験に合格できる。」とは思っていないことを意味しています。近時の受験者合格率の上昇は、このような法科大学院関係者の意向に沿うものといえるでしょう。
(法科大学院特別委員会(第75回)議事録より引用。太字強調は筆者。) 上田信太郎(北大)委員 (引用終わり) (法科大学院特別委員会(第78回)議事録より引用。太字強調は筆者。) 鎌田薫(早大総長)委員 (中略) 井上正仁(早大)座長 (引用終わり) (法科大学院等特別委員会第80回議事録より引用。太字強調は筆者。) 井上正仁(早大)座長 (中略)
井上正仁(早大)座長 (中略) 大貫裕之(中央大) 委員 (引用終わり) (法科大学院等特別委員会(第83回)議事録より引用。太字強調は筆者。) 大貫裕之(中央大)
委員 (引用終わり) (法科大学院等特別委員会(第107回)議事録より引用。太字強調は筆者。) 須藤典明日本大学大学院法務研究科教授・専攻主任 (引用終わり) |
さらに、近時の法曹コース創設、在学中受験等の制度の改定に伴い、司法試験の在り方が検討されることとされています。
(参院法務委員会令和元年5月30日議事録より引用。太字強調は筆者。) 小出邦夫法務大臣官房司法法制部長 (引用終わり) (司法試験委員会会議(第159回)議事要旨より引用。太字強調は筆者。) ・ 今後,幹事会において,司法試験の出題の在り方等について検討すべきである (中略) 法科大学院協会の平成31年3月の臨時総会においても,「制度変更に伴い必要になる司法試験の内容について検討・議論する会議体の設置を法務省・関係団体に求めること」が確認されており,その趣旨はやはり,法曹養成プロセスの変更があった以上,司法試験についても,法科大学院,司法修習との有機的な連携のとれたものとなっているかをこの時期に改めて検討すべきであるというものであった (中略) 当幹事会は,司法試験について様々な関係を持つステークホルダーによって構成されており,司法試験の出題の在り方等について,大所高所から検討することができることから,司法試験の出題の在り方等を幹事会において議論させていただきたいと考えている (引用終わり) (「司法試験委員会会議(第165回)議事要旨」より引用。太字強調は筆者。) ・ 法曹養成プロセスが大きく変更され,在学中受験資格が導入されることに合わせて,法科大学院教育と司法試験がきちんと連携しているか今一度確認すべきである。3プラス2の導入も踏まえると,検証の場において,法学部教育からの視点や未修者教育からの視点も重要ではないか。検証担当考査委員や意見交換の参加者の人選に当たっては,これらの視点を持った人を選んでいくのはどうか (中略) ・ 司法試験の問題作成者側の意識と,受験者側の意識及び受験者を指導する法科大学院側の意識との間にギャップがあることを認識しておく必要があると思われる。すなわち,問題作成者は,問題の分量や論点の数等,適正であると判断して作成しているが,受験者側としては,勉強の成果を存分に発揮して答案を作成するためにはもっと時間をかけて問題に取り組みたいと考えるのが自然であるし,法科大学院側も,学生の能力が正確に反映される問題や十分な試験時間を期待するのが自然である (引用終わり) |
これは、非常に荒っぽくいえば、「法曹コースや在学中受験によって勉強時間がさらに短縮されるのだから、それでも受かるように司法試験をもっと簡単にしろや。」という圧力をかけるためのものといえるでしょう。キーワードは、「法科大学院教育との連携」です。一見すると意味がわかりにくいのですが、要するに、「法科大学院の教育を受けたら普通に合格するようにしろ。」という意味、すなわち、「司法試験を簡単にしろや。」ということを意味する。このことは、覚えておくと、最近の法曹養成関連の文書の意味を理解しやすくなるでしょう。表向きは「司法試験を簡単にしろや。」とは言えないので、「法科大学院教育との連携を図る」というもっともらしい表現を用いるわけです。最近は、この種の言換えが目立つようになってきました。文脈上、「記憶」という意味であるのに、それでは暗記させる予備校の受験指導のようだとして、「理解」という表現を用いる。「学習」や「自学自習」は、予備校の低レベルな勉強を想起させるとして、法科大学院が関わるものについては、「学修」や「自学自修」という表現を用いる。従来、学生の学習意欲を高めるために、こまめにミニテストを実施してその成績を公表したり、優秀な起案を紹介し、起案した学生を褒めたりすることをもって、学生同士の「競争」を促すという言い方をしていたものですが、これでは他者を蹴落とすとか先に受かればよいという予備校の発想を想起させるとして、学生同士の「切磋琢磨」を促すに言い換える。このようなものに対して、筆者は「撤退」を「転進」と言い換えるのに似たものを感じます。実質を変えられない焦りがそうさせるのだと思いますが、言葉を言い換えても、それで実質が変わることはありません。
さて、本題に戻ります。得点分布の目安が守られた場合の全科目平均点を試算すると、概ね374.6点となります(「平成27年司法試験の結果について(3)」)。「考査委員が得点分布の目安を守ろうとした。」という仮説を前提にすると、全科目平均点は、この374.6点に近い数字になるでしょう。そこで、そのような目で、平成27年以降の全科目平均点を改めて見てみましょう。
年 |
全科目 平均点 |
平成27 | 376.51 (365.74) |
平成28 | 397.67 (389.72) |
平成29 | 374.04 (360.53) |
平成30 | 378.08 (369.80) |
令和元 | 388.76 (376.39) |
令和2 | 393.50 (382.81) |
令和3 | 380.77 (367.55) |
令和4 | 387.16 (371.98) |
令和5 | 392.01 (379.93) |
令和6 | 385.63 (375.55) |
年によってブレはありますが、概ね374.6点の前後で推移しています。現在のところ、「考査委員が得点分布の目安を守ろうとした。」という仮説で説明が付くことが確認できました。
このように、全科目平均点を一定の数字に近づけるような採点がされていることは、各年の全科目平均点の変化から、受験生のレベルの変化を測ることはできないことを意味します。例えば、「今年は昨年よりも全科目平均点が下がったので、受験生のレベルが下がったに違いない。」などと考えることは、できないわけです。
3.「考査委員が得点分布の目安を守ろうとした。」という仮説が正しいとするなら、これは今後も同様の傾向となるでしょう。すなわち、全科目平均点は、年によってブレを生じつつも、概ね374点前後で推移するだろう、と予測できることになります。
現在のところ、全科目平均点がどのくらいの水準であるかは、合否の決定には直接の影響はないといえます。合格点の決定は、短答・論文でバランスのよい合格率となるように決められているとみえるからです(ただし、今年はイレギュラーがあったとみえることにつき、「令和6年司法試験の結果について(1)」参照)。つまり、全科目平均点が上がればそれに応じて合格点も上がるし、全科目平均点が下がれば合格点もそれに応じて下がるので、全科目平均点が上がったから難易度が下がるとか、全科目平均点が下がったから難易度が上がるということはない。ただし、全科目平均点の水準は、間接的に、最低ライン未満になりやすいか否かや、採点実感等に関する意見における評価区分(優秀、良好、一応の水準及び不良)の読み方等に影響してきます。これらの点については、後日、また説明したいと思います。