1.令和6年司法試験の結果が公表されました。合格者数は、1592人でした。昨年は1781人でしたから、189人の減少ということになります。どうして、このような数字になったのでしょうか。
2.令和3年から昨年までの司法試験の論文合格者数は、短答・論文でバランスのよい合格率となるように決められているとみえました。令和3年以降、当サイトで事前に考えていたバランスのよい数字に近い合格者数になっていたからです(「令和3年司法試験の結果について(1)」、「令和4年司法試験の結果について(1)」、「令和5年司法試験の結果について(1)」)。また、令和5年の結果及び今年の短答式試験の結果から、最低ライン未満者を除外した数字をベースにして、「短答9割、論文6割」という一定の合格率を目安にしているのではないか、という仮説を考えることができました(「令和6年司法試験短答式試験の結果について(1)」)。当サイトでは、今年の短答の結果が公表された時点で、この仮説を基礎にして、論文合格者数の試算を行っていました。
(「令和6年司法試験短答式試験の結果について(1)」より引用。太字強調は原文のもの。) 以上のことから、令和5年以降の司法試験の合格者数は、最低ライン未満者を除外した数字をベースにして、「短答9割、論文6割」という一定の合格率を目安にしているのではないか、という仮説を考えることができました。改めて、この仮説によって論文合格者数を試算してみましょう。平均的な最低ライン未満者割合は7.9%程度である(「令和6年司法試験の受験予定者数について(3)」)ことから、以下のように試算できます。 2958人(短答合格者数)×0.921×0.6≒1634人 論文合格者数は1634人となって、昨年(1781人)より150人くらい減少するだろう。これが、上記仮説から導かれる現時点での当サイトの予測です。 (引用終わり) |
実際の合格者数は、上記試算よりも42人少ない1592人でした。この数字だけを見ると、「誤差の範囲だよね。予測どおりじゃん。」といえなくもない。しかし、もう少し詳しく調べてみると、そうでもないことが分かります。
3.以下は、短答・論文のそれぞれの合格率について、受験者数・短答合格者数ベースのものと、最低ライン未満者を除いた数字、すなわち、最低ライン以上者数ベースのものについて、昨年・今年で比較したものです。
短答合格率 受験者数 ベース |
短答合格率 最低ライン 以上者数ベース |
|
昨年 | 80.1% | 89.7% |
今年 | 78.2% | 90.6% |
論文合格率 短答合格者数 ベース |
論文合格率 最低ライン 以上者ベース |
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昨年 | 56.5% | 60.7% |
今年 | 53.8% | 57.1% |
昨年についてみると、短答は受験者数ベースで8割、ないしは、最低ライン以上者ベースで9割、論文は最低ライン以上者ベースで6割とみて収まりの良い数字でした。ところが、今年は、短答は最低ライン以上者ベースで9割とみて良い感じですが、論文はどうも収まりが悪い。論文に関しては、一定の合格率を目安にしているとはいえない感じです。
4.上記のことは、類型人員別のデータに着目すると、よりよく実感できます。
まずは、比較のため、昨年の数字を確認しておきましょう。以下は、法務省公表の「令和5年司法試験総合点別人員調(総合評価)」から、昨年の合格点である770点前後における5点刻みの累計割合(最低ライン未満者を除く。)を抜粋したものです。
得点 | 累計割合 |
780 | 57.95% |
775 | 59.52% |
770 | 60.78% |
765 | 62.01% |
760 | 63.48% |
これを見ると、5点刻みで最初に60%を超える累計割合となる得点を合格点とする、というルール、すなわち、「60%基準」で説明できることが分かります。
では、今年はどうか。以下は、法務省公表の「令和6年司法試験総合点別人員調(総合評価)」から、今年の合格点である770点前後における5点刻みの累計割合(最低ライン未満者を除く。)を抜粋したものです。
得点 | 累計割合 |
780 | 54.88% |
775 | 55.85% |
770 | 57.14% |
765 | 58.69% |
760 | 60.23% |
これを見ると、5点刻みで最初に60%を超える累計割合となる得点は、760点だ、ということが分かります。仮に、合格率60%を目安にしていたのなら、合格点は760点でよかったのです。また、仮に合格率55%を目安にしていたなら、775点を合格点にすればよかった。それなのに、実際には770点が合格点とされ、57%というキリの悪い合格率にされている。このことは、一定の合格率を目安にしていないことをよりはっきりと感じさせます。
5.では、再び人数に着目する基準に戻ったのか。令和3年、令和4年は、「1400人基準」、すなわち、5点刻みで最初に1400人を超える累計人員となる得点を合格点とする、というルールで説明できました(「令和3年司法試験の結果について(1)」、「令和4年司法試験の結果について(1)」)。今年は、「〇〇人基準」で説明できるのか。以下は、法務省公表の「令和6年司法試験総合点別人員調(総合評価)」から、今年の合格点である770点前後における5点刻みの人員分布を抜粋したものです。
得点 | 累計人員 |
780 | 1529 |
775 | 1556 |
770 | 1592 |
765 | 1635 |
760 | 1678 |
「1500人基準」でも「1550人基準」でも「1600人基準」でも、説明できないことが分かります。「1560人基準」、「1570人基準」、「1580人基準」、「1590人基準」とかなら説明できますが、そんな中途半端な数字を目安にするわけがない。そういうわけで、人数に着目したわけでもなさそうだ、というのが分かるのでした。
6.以上のように、今年の論文式試験の結果は、どうも一定の目安に従って粛々と決まったわけではなさそうです。ここからは憶測ですが、過去の例では、そんなときは何らかのイレギュラーがあったのだろう、と思われたのでした(「平成28年司法試験の結果について(1)」、「平成29年司法試験の結果について(1)」、「令和2年司法試験の結果について(1)」、「令和4年予備試験論文式試験の結果について(1)」)。今年も、論文段階で、何かしら揉めたのでしょう。
合格者数を減らす方向で揉めるケースとしては、弁護士の考査委員から、「弁護士の就職難がひどくなるから合格者数を絞ってほしい。」として反対が出るケース、採点した考査委員から、「自分はこの順位の答案を合格答案とは考えていなかった。話が違う。」として反対が出るケースが想起されます。もう1つ、これは旧司法試験時代からあった話ですが、前年に合格者数が増加した場合に、修習に当たった研修所教官から、「無理に合格者を増やしたから修習がひどいことになった。今年は合格者をもっと絞ってほしい。」として反対が出るケースがあります。今年に関しては、何となく、最後のケースの可能性が高そうだなぁ、という感じがしています。
(司法制度改革審議会集中審議(第1日)議事録より引用。太字強調は筆者。) 藤田耕三(元広島高裁長官)委員 (引用終わり) (「基本ルールTF/基準認証・法務・資格TF議事録(法務省ヒアリング)平成19年5月8日(火)」より引用。太字強調は筆者。) 佐々木宗啓(法務省大臣官房司法法制部参事官) (引用終わり) |
とはいえ、考査委員会議の議事録が非公開とされている以上、正確なところは分かりません。
7.ちなみに、裁判所の令和6年度歳出概算要求書の44頁(PDFでは48頁)や、令和7年度歳出概算要求書の47頁(PDFでは51頁)には、「第78期(導入修習) 1425人」との記載がありますが、実際の合格者数は1592人ですから、これとは全く異なります。当サイトが繰り返し説明しているとおり、概算要求書記載の数字は過去の合格者数等に加重平均等の一定の修正を加えたものに過ぎず、事前に確定した合格者数を記載したものではないのです(「1800?1578? 裁判所令和6年度概算要求書について」)。令和7年度歳出概算要求書の47頁(PDFでは51頁)には、「第79期(導入修習) 1425人」という記載もありますが、当然のことながら、令和7年司法試験の合格者数が1425人であると確定したことを示すものではありません。