1.令和6年予備試験刑訴法。設問1で決定的に差が付くのは、「顕著な特徴」、「相当程度類似」という葛飾区窃盗放火事件判例の規範を答案で示すことができたかでしょう。
(葛飾区窃盗放火事件判例より引用。太字強調は筆者。) 前科も一つの事実であり,前科証拠は,一般的には犯罪事実について,様々な面で証拠としての価値(自然的関連性)を有している。反面,前科,特に同種前科については,被告人の犯罪性向といった実証的根拠の乏しい人格評価につながりやすく,そのために事実認定を誤らせるおそれがあり,また,これを回避し,同種前科の証明力を合理的な推論の範囲に限定するため,当事者が前科の内容に立ち入った攻撃防御を行う必要が生じるなど,その取調べに付随して争点が拡散するおそれもある。したがって,前科証拠は,単に証拠としての価値があるかどうか,言い換えれば自然的関連性があるかどうかのみによって証拠能力の有無が決せられるものではなく,前科証拠によって証明しようとする事実について,実証的根拠の乏しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められるときに初めて証拠とすることが許されると解するべきである。本件のように,前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いる場合についていうならば,前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似することから,それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであって,初めて証拠として採用できるものというべきである。 (引用終わり) (『司法試験定義趣旨論証集刑訴法』より引用。太字強調は筆者。) ・前科証拠を犯人性を認定する証拠とするための要件 (引用終わり) |
これすら示せないものは、合格答案にはならないでしょう(※1)。これは、知らないと現場で思い付くはずがないので、覚えておかないと話になりません。
※1 本問は「顕著な特徴」を肯定することが困難な事例なので、上記規範を示すことができたとしても、安易に「顕著な特徴」を肯定してしまえば、およそ判例を理解していないとして、大きく評価を落とす可能性が高いでしょう。
2.当サイトでは、「規範の理由付けは配点が低いので、通常は規範の明示だけで十分だ。」と繰り返し説明しています。これは、「理由付けに文字数を使うくらいなら、より1文字当たりの得点効率の高い当てはめの事実摘示・評価に文字数を使うべきだ。」という趣旨です。したがって、本問でも、理由付けに時間・紙幅を使うことで事実摘示・評価が犠牲になるという状況の下において、事実摘示・評価に文字数を投入する方が理由付けに文字数を投入するより点が取れそうなら、理由付けを書くべきではないでしょう。
もっとも、本問は、単一論点型で、時間・紙幅に余裕があるし、事実摘示・評価が結構難しい。理由付けは、覚えてさえいれば、簡単に書ける。なので、本問では理由付けを優先する戦略も十分あり得るでしょう。規範の理由付けは、こんなときのために、覚えておくのでした。
(葛飾区窃盗放火事件判例より引用。太字強調は筆者。) 前科も一つの事実であり,前科証拠は,一般的には犯罪事実について,様々な面で証拠としての価値(自然的関連性)を有している。反面,前科,特に同種前科については,被告人の犯罪性向といった実証的根拠の乏しい人格評価につながりやすく,そのために事実認定を誤らせるおそれがあり,また,これを回避し,同種前科の証明力を合理的な推論の範囲に限定するため,当事者が前科の内容に立ち入った攻撃防御を行う必要が生じるなど,その取調べに付随して争点が拡散するおそれもある。したがって,前科証拠は,単に証拠としての価値があるかどうか,言い換えれば自然的関連性があるかどうかのみによって証拠能力の有無が決せられるものではなく,前科証拠によって証明しようとする事実について,実証的根拠の乏しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められるときに初めて証拠とすることが許されると解するべきである。本件のように,前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いる場合についていうならば,前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似することから,それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであって,初めて証拠として採用できるものというべきである。 (引用終わり) (『司法試験定義趣旨論証集刑訴法』より引用) ・前科証拠を犯人性を認定する証拠とするための要件の理由 (引用終わり) |
ここまでは、多くの予備校が論証化していたりするので、多くの人が書けそう。全体の出来次第ではありますが、当てはめが壊滅状態(誰も適切な推認過程を示せない。)だった場合には、理由付けの有無で合否を分ける結果となるかもしれません。
3.ここからは、そんなに合否を分けないけれど、上位かどうかに影響しそうな話。まず、本問は前科証拠ではなく、余罪の事案なので、本来であれば、前科証拠に関する葛飾区窃盗放火事件判例の趣旨が余罪にも及ぶことを説明する必要があります。これは、事前に論証を用意しておかなくても書けるかもしれませんが、著名な判例のあるところなので、事前準備しておいた方がよいでしょう。
(女性用物窃盗放火事件判例より引用。太字強調及び※注は筆者。) 前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いようとする場合は,前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,その特徴が証明の対象である犯罪事実と相当程度類似することから,それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであって,初めて証拠として採用できるところ(最高裁平成23年(あ)第670号同24年9月7日第二小法廷判決・裁判所時報第1563号6頁(※注:上記葛飾区窃盗放火事件判例を指す。)参照),このことは,前科以外の被告人の他の犯罪事実の証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いようとする場合にも同様に当てはまると解すべきである。そうすると,前科に係る犯罪事実や被告人の他の犯罪事実を被告人と犯人の同一性の間接事実とすることは,これらの犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,その特徴が証明対象の犯罪事実と相当程度類似していない限りは,被告人に対してこれらの犯罪事実と同種の犯罪を行う犯罪性向があるという実証的根拠に乏しい人格評価を加え,これをもとに犯人が被告人であるという合理性に乏しい推論をすることに等しく,許されないというべきである。 (引用終わり) (『司法試験定義趣旨論証集刑訴法』より引用) ・前科証拠に関する判例法理は、余罪の場合にも当てはまるか (引用終わり) |
とはいえ、ここは予備校が論証化していないことが多く、受験生の多くは、余罪にも当然に同じ規範が妥当するものとして解答したでしょう。なので、あまり大きな差にはならないと思います。
4.それから、上位か否かを分けると思われるのが、併合審理中余罪の事案であることの考慮です。これについても、論証を用意し、覚えていれば、それを貼り付けて当てはめれば済む話でした(※2)。
※2 当てはめについては、当サイトの参考答案を参照。本問は単一論点型で、時間・紙幅に余裕があるでしょうから、演習で解く際には、参考答案(その2)に近付ける方向で努力したいところです。
(女性用物窃盗放火事件判例における金築誠志補足意見より引用。太字強調は筆者。) (3) それでは,本件において併合審理された類似事実についても,同様に考えるべきであろうか。本件起訴に係る10件の現住建造物等放火は,約4か月の短期間に連続的に犯されたものであるが,いずれの犯行においても,放火が実行されたと推認される時以前,最大限約10時間の幅の時間内に,被告人が,放火された住居に侵入し,放火された室内で金品を盗みあるいは盗もうとしたという事実が認められる。このうち2件は,放火についても被告人は自認しており,上記時間の幅が10時間の1件については,室内に灯油を撒いたことを認めている。このような事実関係において,仮に,争いのある放火が,被告人の関与なしに他の者によって犯されたとするならば,それは極めて確率の低い偶然の事態が発生したことを承認することになろう。本件のような事案について,各放火事件の犯人性は,あくまで,それぞれの事件に関する証拠のみで別個独立に認定すべきであるとすることは,不自然であり,類似する多数の犯行を総合的に評価することは許されるべきであろう。 (4) もっとも,本件においては,上記のような総合的認定という観点のほかに,被告人の認めている2件の住居侵入・窃盗・現住建造物等放火を,他の8件の住居侵入・窃盗・現住建造物等放火の犯人が被告人であることの間接事実とすることができるのかという観点もある。この観点については,他の類似犯罪事実をもって被告人の犯罪傾向を認定し,これを犯人性の間接証拠とするという点で,上記第二小法廷判決が戒める人格的評価に基づく推論という要素を含んでいることは否定できない。したがって,基本的には,同判決が示した法理に従うべきであろうが,この法理が,自然的関連性のある証拠の使用を,不当な予断・偏見のおそれや合理的な根拠に乏しい認定に陥る危険を防止する見地から,政策的考慮に基づいて制限するものであることに鑑みれば,「顕著な特徴」という例外の要件について,事案により,ある程度の幅をもって考えることは,必ずしも否定されないのではないだろうか。 (引用終わり) (『司法試験定義趣旨論証集刑訴法』より引用) ・併合審理中の同種余罪の総合評価が許される場合 ・併合審理中の同種余罪の存在から「顕著な特徴」を認定できる場合 ・併合審理中の同種余罪の存在から「顕著な特徴」を認定できる理由 (引用終わり) |
法科大学院等では、「暗記なんかしなくても、本質を理解すれば自ずから正解を書けるはずだ!」などと指導されるかもしれません。しかし実際には、現場でこんなもん思い付かない。こうしたものは、演習を通じて、事前準備として覚えておくべきものなのです(「答案を書くことで覚える範囲がわかる」、「ガチ暗記する方法」)。
もっとも、ここは多くの予備校が論証化していないところなので、書けなくても、合否には影響しないでしょう。せいぜい、上位か否かを分けるにとどまる。とはいえ、上記金築補足意見は、学生向けの概説書や百選解説でも説明のある著名なもので、令和2年司法試験でも問題意識が問われているところなので、今後は、対応できる受験生が増えてくるでしょう。今年は合否を分けなくても、次はどうか分からない。そのことを意識して、事前準備をしておくべきだろうと、当サイトは思います。