再伝聞ではない
(令和6年予備試験刑事実務基礎)

1.令和6年予備試験刑事実務基礎設問3。検面調書のX供述中には、Aの発言が含まれています。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 Aは、同月5日午前10時頃、本件車両を運転して乙市内のX方を訪ね、一緒に観光しようと誘った。XがAに「この車どうしたんだ。」と聞くと、AはXに「丙島のレンタカー屋で借りた。もう期限過ぎてるけどね。」と言った。XはAに「返さないとだめだよ。そんな車で遊びになんか行けないよ。」と言ってAの誘いを断ったため、Aは、一人で乙市内を観光するなどしていた。

 (中略)

 検察官Pは、同月14日にXの事情聴取を行った。Xは、同月1日にAから遊びに行くという電話があったことや同月5日にAがX方に来た際に前記2記載のやり取りがあったことを供述した。Xは、そのほか、同月1日のAとの電話で、同月5日に乙駅構内で待ち合わせて遊びに行くと約束したこと、同月5日にX方を訪れた際にAは「昔から欲しかった車種だった。ナンバーも覚えやすいだろ。」などと言っていたこと、その車のナンバーがN300わ7777という同じ数字が並んだものだったのでよく覚えていることなどを供述したため、Pは、その旨の同月14日付け検察官面前調書を作成し、Xはこれに署名押印した

 Pは、Xの記憶喚起を試みたが、Xの証言内容は変わらなかったため、Xの同年2月14日付け検察官面前調書の証拠採用を求め、⑥Jは同調書を証拠として採用した。

〔設問3〕

 下線部⑥につき、裁判官JがXの検察官面前調書の採否を決定するに当たって考慮した具体的事実を、条文上の根拠と併せて答えなさい。

(引用終わり)

 このことに着目し、再伝聞であるとして刑訴法324条1項、322条1項の要件に係る事実を解答した人もいたようです。ここは、【事例】2にまできちんと遡って確認しないと気付くことができないポイントなので、A発言部分の存在を指摘できただけでも、一定の評価がされることでしょう。もっとも、このA発言部分が再伝聞となるかというと、それは違うと思います。

2.まず、検察官は、Xの検面調書から何を立証しようとしているのか。要証事実を確認しておきましょう。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

4 Aは、同年3月18日の第1回公判期日の冒頭手続において、同年2月4日にVから電話を受けた際、本件車両の返却期限の延長を了承してもらったので、横領していないと主張し、Aの弁護人Bも、Aの無罪を主張した。また、検察官Pが同月5日にX方を訪れた際のAの言動等を立証するために証拠請求したXの検察官面前調書をBが不同意としたため、Pは、Xの証人尋問を請求し、裁判官JはXを証人として採用した。

(引用終わり)

 「同月5日にX方を訪れた際のAの言動等」とは何か。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

2 Aは、同月5日午前10時頃、本件車両を運転して乙市内のX方を訪ね、一緒に観光しようと誘った。XがAに「この車どうしたんだ。」と聞くと、AはXに「丙島のレンタカー屋で借りた。もう期限過ぎてるけどね。」と言った。XはAに「返さないとだめだよ。そんな車で遊びになんか行けないよ。」と言ってAの誘いを断ったため、Aは、一人で乙市内を観光するなどしていた。

 (中略)

 検察官Pは、同月14日にXの事情聴取を行った。Xは、同月1日にAから遊びに行くという電話があったことや同月5日にAがX方に来た際に前記2記載のやり取りがあったことを供述した。Xは、そのほか、同月1日のAとの電話で、同月5日に乙駅構内で待ち合わせて遊びに行くと約束したこと、同月5日にX方を訪れた際にAは「昔から欲しかった車種だった。ナンバーも覚えやすいだろ。」などと言っていたこと、その車のナンバーがN300わ7777という同じ数字が並んだものだったのでよく覚えていることなどを供述したため、Pは、その旨の同月14日付け検察官面前調書を作成し、Xはこれに署名押印した

(引用終わり)

 まさに、さっき見たAの発言部分を指していることが分かるでしょう。では、検察官は、そんなもんを立証して何がしたいのか。それは、被告人・弁護人の主張を見れば分かります。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

4 Aは、同年3月18日の第1回公判期日の冒頭手続において、同年2月4日にVから電話を受けた際、本件車両の返却期限の延長を了承してもらったので、横領していないと主張し、Aの弁護人Bも、Aの無罪を主張した。また、検察官Pが同月5日にX方を訪れた際のAの言動等を立証するために証拠請求したXの検察官面前調書をBが不同意としたため、Pは、Xの証人尋問を請求し、裁判官JはXを証人として採用した。

(引用終わり)

 「2月4日に期限延長してもらったから!」と言っている。すなわち、「フェリーで出港した時点でも、まだ返却期限は切れてないッスよ。だから、横領行為が存在しないッス。」ということですね。厳密には、返却期限が切れてなくても、丙島の外に出てる時点でVの許諾の範囲を超えている気がするので、なお横領行為ありといえそうなのですが、設問は、期限延長が無罪主張として成立することを前提にしているので、そこはそういうものとして考えましょう。
 被告人・弁護人の主張を確認した上で、検察官が立証しようとする「同月5日にX方を訪れた際のAの言動等」をもう一度確認してみましょう。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

2 Aは、同月5日午前10時頃、本件車両を運転して乙市内のX方を訪ね、一緒に観光しようと誘った。XがAに「この車どうしたんだ。」と聞くと、AはXに「丙島のレンタカー屋で借りた。もう期限過ぎてるけどね。」と言った。XはAに「返さないとだめだよ。そんな車で遊びになんか行けないよ。」と言ってAの誘いを断ったため、Aは、一人で乙市内を観光するなどしていた。

 (中略)

 検察官Pは、同月14日にXの事情聴取を行った。Xは、同月1日にAから遊びに行くという電話があったことや同月5日にAがX方に来た際に前記2記載のやり取りがあったことを供述した。Xは、そのほか、同月1日のAとの電話で、同月5日に乙駅構内で待ち合わせて遊びに行くと約束したこと、同月5日にX方を訪れた際にAは「昔から欲しかった車種だった。ナンバーも覚えやすいだろ。」などと言っていたこと、その車のナンバーがN300わ7777という同じ数字が並んだものだったのでよく覚えていることなどを供述したため、Pは、その旨の同月14日付け検察官面前調書を作成し、Xはこれに署名押印した

(引用終わり)

 「2月4日に期限延長してもらったから!」と言ってるけどさ。その翌日にはXに「もう期限過ぎてるけどね。」と言ってんじゃん。わけわかんねーよ。ということですね。すなわち、要証事実は、「2月4日に期限延長が了承された事実はないこと」です。

3.では、このA発言部分は、再伝聞か。
 再伝聞かどうかは、A発言部分が伝聞供述かどうか、すなわち、供述内容を証拠とするものか、さらに換言すれば、供述内容どおりの事実を立証しようとしているか、という観点で判断されます(※1)。本問でいえば、「丙島のレンタカー屋で借りた。もう期限過ぎてるけどね。」という供述内容どおりの事実を立証しようとしているのか。「丙島のレンタカー屋で借りた。もう期限過ぎてるけどね。」という供述に含まれる事実とは、「Aが丙島のレンタカー屋で借りた事実」と、「同月5日時点で返却期限を過ぎている事実」となりそうです。そのうち、「Aが丙島のレンタカー屋で借りた事実」は、なんにも争いになってないからどうでもいい。他方、「同月5日時点で返却期限を過ぎている事実」はどうか。厳密には、「返却期限を過ぎている」は、評価であって、事実ではありません。「返却期限が過ぎた事実をこの目で見た。」、「返却期限が過ぎた事実をこの耳で聴いた。」なんてことがあるか、ということを考えてみると、分かりやすいでしょう。そう考えてみると、供述内容どおりの事実を立証しようとしているってわけじゃないよね、ということになる(※2)。この時点で、再伝聞じゃなさそうだな、と判断できます。
 ※1 「供述内容の真実性が問題になるか。」という基準を用いることが適切でない点については、「「供述」の意味を理解する(その1)(令和5年司法試験刑事系第2問) 」参照。
 ※2 厳密には、「もう期限過ぎてるけどね。」の部分は、そもそも「供述」ですらないといえます。

 供述内容どおりの事実を立証しようとしているわけでないとすると、何を立証しようとしているか。「もう期限過ぎてるけどね。」という発言は、その存在自体が、要証事実である「2月4日に期限延長が了承された事実はないこと」を推認させる間接事実となります。「仮に、本当に返却期限が延長されていたなら、そんな発言するはずない。」という経験則による推認ですね。そんなわけで、このA発言部分は、再伝聞とはならないのでした。

4.もう1つ、A発言部分を(現在の)精神状態の供述と捉える考え方があり得ます。本問では明示されていませんが、被告人・弁護人の主張には、「客観的に期限延長の了承が認められないとしても、Aは、期限が延長されたものと誤信していたから故意がない。」との主張も含まれていると考える余地があります。これに対し、検察官としては、「もう期限過ぎてるけどね。」という発言を、「俺はもう期限が過ぎていることを認識している。」という趣旨に理解した上で、「Aが発言当時、返却期限が過ぎていると認識していた事実」を要証事実として立証することが考えられるでしょう。これは、いわゆる(現在の)精神状態の供述です。(現在の)精神状態の供述については、有力な伝聞説もあるものの、非伝聞とするのが実務・通説とされます。なので、仮にこのように考えても、A発言部分は再伝聞でないということになるのです。

5.以上を簡潔かつ端的にまとめると、当サイトの参考答案のようになるでしょう。

(参考答案より引用)

 調書中の「もう期限過ぎてるけどね。」というA発言部分は、その存在自体から期限延長了承の事実がないことを推認させ、又は発言当時のAの期限超過の認識(精神状態)の供述となるから、同法324条1項、322条1項の要件充足を要しない。

(引用終わり)

 ここまで正確に書ける人は、試験当日には1人もいないレベルだと思うので、合否はおろか、上位か否かすら分けないでしょう。もっとも、復習の際には、一度頭の整理をしておくと、正面からこのような点が問われた場合に、より適切な解答を短時間で思い付くことができるようになるでしょう。

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