1.今回は、明らかになった出願者数の速報値から、今年の司法試験についてわかることを考えてみます。以下は、直近5年の出願者数、受験者数等をまとめたものです。
年 | 出願者数 | 受験者数 | 受験率 (対出願) |
26 | 9255 | 8015 | 86.6% |
27 | 9072 | 8016 | 88.3% |
28 | 7730 | 6899 | 89.2% |
29 | 6716 | 5967 | 88.8% |
30 | 5811 | ??? | ??? |
年 | 短答 合格者数 |
短答 合格率 (対受験者) |
26 | 5080 | 63.3% |
27 | 5308 | 66.2% |
28 | 4621 | 66.9% |
29 | 3937 | 65.9% |
30 | ??? | ??? |
年 | 論文 合格者数 |
論文 合格率 (対短答) |
論文 合格率 (対受験者) |
26 | 1810 | 35.6% | 22.5% |
27 | 1850 | 34.8% | 23.0% |
28 | 1583 | 34.2% | 22.9% |
29 | 1543 | 39.1% | 25.8% |
30 | ??? | ??? | ??? |
2.まず、受験者数の予測です。これは、出願者数に受験率を乗じることで、算出できます。受験率は、受験回数制限が緩和されて以降、概ね88%、89%程度で推移しています。ここでは、受験率を89%と仮定して、試算しましょう。そうすると、
5811×0.89≒5171
受験者数は、5171人と推計でき、昨年より800人程度減少するだろうということがわかります。
3.次に、短答合格者数です。現在の短答式試験の合格点は、以下のようなルールで説明できます(「平成29年司法試験短答式試験の結果について(1)」)。
(1)満点(175点)の6割5分である113.75の小数点を切り上げた114点を一応の基本的な合格点とする。
(2)下位3分の1を落とす程度、すなわち、合格率66%を一応の目安とし、114点を合格点とするとそれより離れすぎる場合には、合格点を調整する。
以上のルールからすれば、今年の短答合格率も66%を大きく離れることはなさそうだ、という予測ができます。そこで、今年も短答の合格率(対受験者)が66%となると仮定すると、
5171×0.66≒3412
短答合格者は、3412人と推計できます。概ね3400人ということですね。
合格率を一定にして試算していますから、合格者数が3400人前後であれば、短答の難易度は、例年とそれほど変わらないということになります。
4.さて、問題は論文です。ここは、1500人の下限が破られるか、というのが、ポイントになります。
(「法曹養成制度改革の更なる推進について」(平成27年6月30日法曹養成制度改革推進会議決定)より引用。太字強調は筆者。)
新たに養成し、輩出される法曹の規模は、司法試験合格者数でいえば、質・量ともに豊かな法曹を養成するために導入された現行の法曹養成制度の下でこれまで直近でも1,800人程度の有為な人材が輩出されてきた現状を踏まえ、当面、これより規模が縮小するとしても、1,500人程度は輩出されるよう、必要な取組を進め、更にはこれにとどまることなく、関係者各々が最善を尽くし、社会の法的需要に応えるために、今後もより多くの質の高い法曹が輩出され、活躍する状況になることを目指すべきである。
(引用終わり)
この1500人の下限が、今年は破られるのか。現在明らかになっている資料からすれば、「そんなのわかるわけねーよ。」というのが、正直なところです。ですが、ここは少し、憶測的な話をしてみましょう。以下は、直近5年の最終合格者数の推移です。
年 | 最終合格者数 |
25 | 2049 |
26 | 1810 |
27 | 1850 |
28 | 1583 |
29 | 1543 |
平成25年は「2000人基準」、平成26年と平成27年は、「1800人基準」によって、合格者数が決まっていると考えることができました(「平成27年司法試験の結果について(1)」)。上記の推進会議決定が出されたのが、平成27年の6月ですから、平成27年の結果はこれを受けたものですが、従前の「1800人基準」を維持するというもので、ここまではわかりやすい結果でした。この時点では、「今後、合格者数が減っていく可能性はあるが、おそらくは、「1700人基準」、「1600人基準」、「1500人基準」というように、徐々に基準値を引き下げる感じになるだろう。」と思われたのです。
ところが、平成28年の合格者数は、1583人。一気に合格者数は下限近くまで減ってしまいました。しかも、「1500人基準」を採ったわけでもない、従来の傾向からすると中途半端な位置で、合格点が決まっていたのでした(「平成28年司法試験の結果について(1)」)。これは、当初の事務局案とは異なる決定によって、こうなったのだろう、というのが、憶測の出発点です。普通、事務方というのは、形式的な決定基準を用意しています。「どうしてこうなったのか。」と問われたときに、明快に答えられるようにしておく必要があるからです。例えば、平成27年の合格者数について、司法試験委員会や考査委員会議の委員から、「どうして1850人という案を出してきたのか。」と問われれば、以下のように明快に回答することが可能です。
「従来、司法試験の合格者数は、一定の基準人数を5点刻みで最初に超える得点を合格点とし、その合格点以上の者を合格者と判定してきたわけでありますが、平成27年6月30日の法曹養成制度改革推進会議決定におきまして、直近でも1800人程度の有為な人材が輩出されてきた現状を踏まえ、当面、これより規模が縮小するとしても、1500人程度は輩出されるようにするものとされております。昨年(平成26年)の段階で、基準人数を2000人から1800人へと引き下げておりまして、本年(平成27年)は、昨年と受験者数にほとんど変動がない(平成26年は8015人。平成27年は8016人。)ことを踏まえますと、現時点でさらなる基準人数の引き下げを行う特段の必要性もないと考えられますことから、昨年同様に1800人を基準人数といたしまして、5点刻みで最初にこの1800人を超える得点である835点を合格点とし、総合得点においてその得点以上であった者を合格者と判定いたしましたところ、1850人が合格者と判定されたということでございます。」
しかし、平成28年の結果については、このような説明が難しいのです。平成28年になって急に1500人台まで減らすというのであれば、どうして平成27年の段階で基準人数を1800人に据え置いたのか。今後、合格者数を減らしていくというアナウンスという意味でも、平成27年段階で1700人程度にしておくべきではなかったのか。1500人台にするとしても、従来の先例によるならば、基準人数を1500人とし、5点刻みで最初に1500人を超える得点を合格点とすべきであるのに、なぜそうしなかったのか。これらの疑問をぶつけられると、返答に困るでしょう。ここから、当初は、例えば「1700人基準」による合格者数が事務局案として提示されたのに、考査委員会議において「もっと減らすべきだ。」という強い異論が出て、1583人になってしまった、ということかもしれない、という憶測に発展します。この平成28年は、例の漏えい事件に対する暫定的な対応として、専ら採点に携わる者を除き、法科大学院教員が考査委員から外された年でした。
(「平成28年司法試験における考査委員の推薦方針について」(平成27年10月21日司法試験委員会決定)より引用。太字強調は筆者。)
当委員会は,本日,司法試験出題内容漏えい問題に関する原因究明・再発防止検討ワーキングチームから提出を受けた「平成28年司法試験考査委員の体制に関する提言」の内容を重く受け止め,今後,その基本方針に従い,平成28年司法試験考査委員の推薦を行っていくこととする。
(引用終わり)
(「平成28年司法試験考査委員の体制に関する提言」(平成27年10月21日司法試験出題内容漏えい問題に関する原因究明・再発防止検討ワーキングチーム)より引用。太字強調は筆者。)
平成28年司法試験においては,短答式試験においても論文式試験においても,研究者・実務家を問わず,法科大学院において現に指導をしている者は問題作成に従事しないこととし,研究者委員に関しては,かつて法科大学院における指導に関わっていたものの現在は指導を離れている研究者や学部のみの指導に関わっている研究者など,法科大学院での指導に現に従事していない者が司法試験委員会の了承の下で実務家とともに問題作成を行うという考査委員体制とすることが相当と考えられる。ワーキングチームは,司法試験委員会に対し,各科目・分野における特性を踏まえつつ,かかる基本方針の下で平成28年司法試験の考査委員の選任を早急に進めることを提言する。
これに対し,論文式試験の採点に関しては,採点者において採点対象となっている受験者を特定することができない状況とする運用が確立されており,特定の受験者が有利に取り扱われる事態が想定されないことに加え,法科大学院教育の実情を踏まえた採点方針とする必要性も認められることから,これまでと同様,司法試験実施後に任命されることを前提として,法科大学院における指導に現に関わっている者が考査委員となることも差し支えないものと考える。
(引用終わり)
研究者委員に代わる実務家の多くは弁護士ということになるわけですが、日弁連は当時、早期に1500人まで減らせ、と主張していました。
(「平成28年司法試験最終合格発表に関する会長談話」(平成28年9月6日日弁連会長中本和洋)より引用。太字強調は筆者。)
当連合会は…現実の法的需要や新人弁護士に対するOJT等の実務的な訓練に対応する必要性から、急激な法曹人口の増員ペースを緩和すべく、司法試験合格者数については、まずは早期に年間1,500人とすることを提言している。
(中略)
本年の合格者数は、昨年より267人減少し、法曹人口の増員ペースが一定程度緩和されたと言うことができ、この流れに沿って早期に1,500人にすることが期待される。
(引用終わり)
地方の単位会では、より大幅な減員(例えば、1000人など)を主張するものが、現在でも多数あります(「2017年司法試験合格判定にあたり、法曹の質確保のため適正かつ厳正な判定が行われるよう求める会長声明」(札幌弁護士会)。「2017年度(平成29年度)司法試験に厳正な合格判定を求める会長声明」 (京都弁護士会)。「平成29年度司法試験合格者発表を受けての会長談話」(埼玉弁護士会)。「平成29年度司法試験に厳正な合格判定を求める会長声明」(栃木県弁護士会)。「平成29年度司法試験最終合格発表に関する会長声明」(兵庫県弁護士会)。「2017年度(平成29年度)司法試験に厳正な合格判定を求める会長声明」(山口県弁護士会)等)。
そんなことを考えながら、翌年の平成29年のことを考えてみます。この年は、法科大学院教員が戻ってきた年でした。
(「平成29年以降の司法試験考査委員体制について」(平成28年11月2日司法試験委員会決定)より引用。太字強調は筆者。)
当委員会は,司法試験出題内容漏えい問題に関する原因究明・再発防止検討ワーキングチームから提出を受けた「司法試験出題内容漏えい事案を踏まえた再発防止策及び平成29年以降の司法試験考査委員体制に関する提言」の内容を踏まえ,当委員会及び法科大学院関係者において十分な再発防止策を講じることを前提として,法科大学院において現に指導をしている者についても,問題作成を担当する司法試験考査委員として推薦対象とすることとする。
(引用終わり)
この平成29年は、多くの人が1500人割れを想定していました。仮に1500人を守るつもりがあるのであれば、徐々に減らしていくはずであるのに、平成28年に一気に1500人台まで減らしてしまった。これは、1500人という下限は守るつもりがないぞ、というメッセージだろう、と捉えたわけです。おそらく、平成27年に1583人という合格者数にすべきであるという意見を強く主張した考査委員の中には、そのような考え方の人も多かったでしょう。他方で、事務局としては、事務局の権限で上記の推進会議決定を無視するという判断をするわけにはいかないですし、前回の記事(「平成30年司法試験の出願者数について(1)」)で説明したとおり、文科省は合格者数1500人を基礎にして法科大学院の入学定員を計算しているわけですから、1500人を割り込んでしまうと、文科省の計算が狂って困るだろうということもある。そこで、1500人を基準人数とする案を提示したのでしょう。そして、おそらくは、考査委員の構成の変化によって、合格者数をさらに減少すべきだと強く主張する意見は少数にとどまった。その結果、1500人を基準人数とするという事務局案が、そのまま通った。これが、平成29年に1500人を割り込むことがなく、かつ、「1500人基準」で説明できる合格者数だった(「平成29年司法試験の結果について(1)」)ことの背景ではないか。そんな憶測が、頭の中に浮かびます。ただ、これは当初からそうなるかどうか、ということは、必ずしもわかっていなかったのでしょう。なぜなら、短答段階では、例年どおり、合格率を66%程度に据え置いていたからです。初めから1500人を維持するつもりなら、短答段階でもう少し合格者を増やしてもよかった。それをしなかったために、短答と論文の合格率のバランスが崩れ、論文だけ、例年よりもかなり高い合格率になってしまったのでした(「平成29年司法試験の結果について(1)」)。
さて、以上の憶測を仮に前提にするとすると、今年はどうなると考えることができるか。現段階で、1500人を下限目安とする推進会議決定を変更する特段の政府の意思決定はありませんから、事務局としては、今年も1500人を基準人数とする案を出してくる可能性が高いでしょう。そして、法科大学院教員が考査委員に戻って来たという状況に変化はなく、法科大学院教員としては、ローの定員が合格者1500人を前提に考えられている以上、1500人を下回ってしまうと、さらなる定員削減を求められることになりかねないので、1500人の下限を守ろうとするでしょう。そういうことからすれば、今年も1500人が守られる可能性は、それなりにありそうだと考えることができます。
とはいえ、今年の場合、1500人も合格したら、論文が簡単になり過ぎるのではないか。前記の短答合格者3412人という推計を基に合格者が1500人だった場合の論文合格率(短答合格者ベース)を計算すると、以下のようになります。
1500÷3412≒43.9%
これは、どのくらいの水準なのでしょうか。以下は、直近5年の論文合格率(短答合格者ベース)の推移です。
年 (平成) |
論文 合格率 |
26 | 35.6% |
27 | 34.8% |
28 | 34.2% |
29 | 39.1% |
30 | 43.9%? |
さすがにちょっと高すぎる、という印象を持ちます。出願者数が減っているのに、短答合格率を例年どおりとし、さらに論文合格者数を据え置いているので、このようなことになるのです。そこで、考えられるのは、短答でもう少し受からせる、という方法です。仮に、短答合格率を75%にして、論文合格率(短答合格者ベース)を計算すると、以下のようになります。
1500÷(5171×0.75)≒38.6%
この水準であれば、直近では平成28年以前と平成29年の間くらいの合格率となります。仮に、短答合格者を決定する段階から1500人程度を合格させるつもりなら、短答の合格率を75%程度まで高めてくる可能性は、十分あるでしょう。、すなわち、下位3分の1を落とす試験から、下位4分の1を落とす試験にする、ということですね。この場合の短答合格者は、5171×0.75≒3878人ということになります。短答合格者発表の段階で、この点は1つの注目点となりそうです。
5.とはいえ、今年も1500人が維持されるという前提で受験対策をすることは危険です。最悪の事態であっても合格できる程度のレベルにまで、高めておくべきでしょう。その意味でいえば、多くの人が感覚的ではあれ、合意できる最悪の水準は、「さすがに1000人は割らない。」というところだろうと思います。つまり、1000番以内に入るようにしておけば、まず落ちることはない。そこで、短答が例年どおりの合格率66%だった場合に、論文合格者数が1000人だった場合を考えると、短答合格者ベースの合格率は、以下のようになります。
1000÷3412≒29.3%
かなり厳しい数字だな、ということは、感覚的にわかります。ただ、受験対策として考える場合には、これが過去の例ではどのくらいの順位を意味するのか、ということを考えてみると、より具体的に把握できるでしょう。そこで、平成25年以降で、上位29.3%となる順位をまとめたのが、以下の表です。
年 (平成) |
上位29.3% となる順位 |
25 | 1540 |
26 | 1488 |
27 | 1555 |
28 | 1353 |
29 | 1153 |
これがどんなときに役に立つか、ということですが、それは、再現答案を見るときです。再現答案には、当時の順位が付されていたりしますが、それが今年でいえば、何位くらいなのか。意外と、把握できていないことが多いのです。もちろん、受験生の構成自体が違うのですから、完全な比較はできないのですが、概ね上位何%なのか、ということを意識しておくと、ある程度の比較が可能になるのです。その意味でいえば、今年の1000番は平成25年でいえば1540番に相当しますから、平成25年の再現答案を参照する場合には、1500番程度の答案のレベルまで高めておけば一応は大丈夫だろうといえる、ということがわかるわけですね。
最後に、これまでの試算に用いた数字をまとめておきましょう。
年 | 出願者数 | 受験者数 | 受験率 (対出願) |
26 | 9255 | 8015 | 86.6% |
27 | 9072 | 8016 | 88.3% |
28 | 7730 | 6899 | 89.2% |
29 | 6716 | 5967 | 88.8% |
30 | 5811 | 5171? | 89%? |
年 | 短答 合格者数 |
短答 合格率 (対受験者) |
26 | 5080 | 63.3% |
27 | 5308 | 66.2% |
28 | 4621 | 66.9% |
29 | 3937 | 65.9% |
30 | 3421? 3878? |
66%? 75%? |
年 | 論文 合格者数 |
論文 合格率 (対短答) |
論文 合格率 (対受験者) |
26 | 1810 | 35.6% | 22.5% |
27 | 1850 | 34.8% | 23.0% |
28 | 1583 | 34.2% | 22.9% |
29 | 1543 | 39.1% | 25.8% |
30 | 1500? | 43.9%? 38.6%? |
29.0%? |
1000? | 29.3%? | 19.3%? |