1.法務省から、平成30年司法試験予備試験の出願者数の速報値が公表されました。13746人でした。以下は、年別の予備試験の出願者数の推移です。
年 (平成) |
出願者数 | 前年比 |
23 | 8971 | --- |
24 | 9118 | +147 |
25 | 11255 | +2137 |
26 | 12622 | +1367 |
27 | 12543 | -79 |
28 | 12767 | +224 |
29 | 13178 | +411 |
30 | 13746 | +568 |
平成25年、平成26年と急激に増加した出願者数は、平成27年にいったん頭打ちとなり、これからは減少傾向に転じるのではないかとも思われました。ところが、平成28年は再度増加に転じ、昨年と今年は、その増加幅を拡大させています。このような数字の推移をみると、また出願者数は増加傾向になるのかな、という印象も受けます。しかし、本当にそうなのでしょうか。
2.予備試験の出願者数が増えたのはなぜか。その原因を考えてみましょう。法曹になりたいと思う人には、法科大学院に入学するか、予備試験を受験するか、という2つの選択肢があります。このことを大雑把に数式化すると、以下のような関係があることになります。
法曹志願者総数=予備試験出願者数+法科大学院入学者数
ただし、法科大学院に入学しても、在学中に予備試験を受ける人がいますから、それを考慮すると、以下のような関係が成り立つでしょう。
法曹志願者総数=予備試験出願者数+(法科大学院入学者数-法科大学院在学中予備試験出願者数)
これを変形すると、以下のような関係が成り立つことがわかります。
予備試験出願者数=法曹志願者総数-(法科大学院入学者数-法科大学院在学中予備試験出願者数)
予備試験出願者数=法曹志願者総数-法科大学院入学者数+法科大学院在学中予備試験出願者数
(1)まず、法科大学院入学者数に着目してみます。法曹志願者総数が一定で、法科大学院に入学する人が増えると、予備試験出願者数は減少し、逆に法科大学院に入学する人が減ると、予備試験出願者数が増えるという関係にある。そこで、法科大学院入学者数を確認してみましょう。以下は、平成20年以降の法科大学院の実入学人員の推移です(「各法科大学院の入学定員及び実入学者数の推移」参照)。
年度 (平成) |
実入学者数 | 前年比 |
20 | 5397 | --- |
21 | 4844 | -553 |
22 | 4122 | -722 |
23 | 3620 | -502 |
24 | 3150 | -470 |
25 | 2698 | -452 |
26 | 2272 | -426 |
27 | 2201 | -71 |
28 | 1857 | -344 |
29 | 1704 | -153 |
上記の入学者数の推移と、予備試験の出願者数が対応しているか、という目で見てみます。法科大学院の入学者数は、平成26年まで、一貫して下がり続けています。これに対して、予備試験出願者数は、平成25年、平成26年に大幅に増加していますが、平成24年はそれほど増加していない。これは、予備試験ルートの認知度が影響しています。予備試験が始まったのは平成23年ですが、当時の合格者数は116人にとどまっていました。そのため、当時はまだ、予備試験ルートを真剣に検討する人は、少なかったのです。それが、平成24年に合格者が219人とほぼ倍増したことから、「予備合格者は今後どんどん増える。予備ルートの方が近道だ。」と言われだした。そのために、平成25年から、どっと予備試験受験者が増えたのでした。このような経緯を踏まえると、平成25年、平成26年に、それまでの法科大学院入学者数の減少分を一気に吸収した結果が、予備試験の出願者数の推移に表れているとみることができるでしょう。法曹志願者のうち、法科大学院への入学を躊躇していた人が、予備にどっと流れたのが、この時期だったといえます。
そのような流れが一時的に止まったのが、平成27年でした。この年は、法科大学院の実入学者数の減少が、わずかにとどまっています。これは、予備試験の出願者数が平成27年に一時的に減少に転じたことと符合しています。そして、平成28年になると、法科大学院の実入学者数の減少幅が、また拡大しました。予備の出願者数が増加に転じたことは、これと符合しています。
ところが、平成29年をみると、実入学者数の減少幅は縮小しているのに、予備の出願者数は増加幅を拡大させており、平成30年も、予備の出願者数の増加幅は拡大を続けている。これが、今年になってわかったやや新しい傾向です。
以上のように、平成29年以降は若干の傾向変化があるものの、基本的には、法科大学院の実入学者数の増減と予備試験の出願者数には、ある程度の対応関係があることがわかります。それでは、今後はどうなるのか。今後の法科大学院の実入学者数を考えるに当たっては、文科省が入学定員の削減から志願者数の確保に方針を転換したことが重要です。
(法科大学院特別委員会(第75回)議事録より引用。太字強調は筆者。)
塩田専門職大学院室長「法曹人口の1,500人といったような数字を踏まえまして,当面,目指すべき法科大学院の定員規模を2,500人としたということでございまして,その2,500という数字を達成するために,加算プログラムを29年度以降も継続して実施するというような趣旨を書いているものでございます。…平成29年の予定ということでございますけれども…六大学が定員の見直しを行うということを予定されていて,募集停止となる2大学がございます。その定員分を含めまして…来年度は2,566人になる見込みということでございます。ということで,先ほど御説明しましたように,目標値として2,500人程度ということを掲げておりますので,数字がほぼ達成されるというような状況になってございます。
加算プログラムにつきましては,自主的な組織見直しの促進ということと,各法科大学院における優れた取組を支援すると,こういったような目的で実施しておるわけでございますけれども,目標値である2,500人という数字が達成されるということでございますと,今後,基礎学の指標の取り方を含めまして何らかの修正を加える必要があるのかなとは認識してございます。」
(引用終わり)
(「「法科大学院公的支援見直し強化・加算プログラム」の見直しについて 」より引用。太字強調は筆者。)
入学定員の目標がほぼ達成され、今後は入学定員の適正化に代わって志願者数の確保が重要な課題となることから、定員充足率については指標から削除する。一方、入学者数が10名を下回る場合は、教育組織として規模が小さくなり過ぎているなど、法科大学院としてふさわしい教育環境の確保への影響が懸念されることから、3年連続で入学者数が10名未満となった場合は減点する。
(引用終わり)
このことから、そろそろ実入学者数も下げ止まりそうだが、定員が下げ止まってもローに入学したいという人が増えてくるとは限らないので、正確なところはよくわからない、というのが、当サイトの立場です(「平成30年司法試験の出願者数について(1)」)。とはいえ、ここからさらに減るといっても限界がありますから、減ったとしてもそれほど大きな減少にはならないだろうと思います。そうすると、法科大学院の実入学者の減少という要素は、今後の予備試験の出願者数を増加させる要因とはなりにくいだろう、という予測ができます。
(2)もう1つ、法科大学院在学中の予備試験出願者について考えます。ローに入学する人が増えても、在学中に予備試験を受ける人が増えれば、予備試験の出願者数は増加します。以下は、法科大学院在学中の予備試験出願者数の推移です。
年 (平成) |
法科大学院在学中の 予備試験出願者数 |
前年比 |
23 | 282 | --- |
24 | 706 | +424 |
25 | 1722 | +1016 |
26 | 2153 | +431 |
27 | 1995 | -158 |
28 | 1875 | -120 |
29 | 1678 | -197 |
平成26年までは、一貫した増加傾向です。特に、平成25年の増加幅が大きい。このことが、平成25年の予備試験の出願者数の急増に対応しています。それが、平成27年になって、減少に転じました。平成27年は、予備試験の出願者数も減少に転じていますから、この点でも、対応関係があるといえるでしょう。
ただ、平成28年以降に関しては、ロー在学中の予備出願者は減少を続けているのに、予備試験全体の出願者数は、むしろ増加しています。今後、法科大学院在学中の予備試験出願者が増えるかというと、減る可能性の方が高そうです。そもそも、法科大学院の入学者数自体が減っているわけですから、その中から予備を受けようとする人の数も減るというのが自然です。そう考えると、法科大学院在学中の予備試験出願者という要素も、今後の予備試験全体の出願者数を増加させる要因とはなりにくいだろう、ということになるでしょう。
3.以上のようにみてくると、過去の予備試験出願者数の増減は、概ね法科大学院入学者数と法科大学院在学中の予備試験出願者数の増減によって説明が付いたものの、直近の予備試験出願者数の増加については、必ずしも十分に説明できないことがわかります。予備試験出願者数を増減させる法科大学院入学者数と法科大学院在学中の予備試験出願者数以外の要素とは、何か。もう一度、以下の式をみてみましょう。
予備試験出願者数=法曹志願者総数-法科大学院入学者数+法科大学院在学中予備試験出願者数
残るは、法曹志願者総数であることがわかります。法科大学院入学者数と法科大学院在学中の予備試験出願者数の増減によって説明できない予備試験出願者数の増加は、法曹志願者総数の増加によって生じている。これまでは、法曹志願者は例年あまり変わらないけれども、その法曹志願者が法科大学院入学を選ぶのか、予備試験受験を選ぶのか、という内訳が変動しているというだけでした。前記1及び2でみたとおり、法科大学院入学者数が今後これ以上にどんどん減少することは考えにくいですし、法科大学院在学中の予備試験出願者がどんどん増えるということも考えにくいわけですから、今後、予備試験出願者数の増加傾向が続いていくためには、法曹志願者総数の増加傾向が継続する必要がある、ということになります。短期的には、司法修習生に対する給付措置が、法曹志願者総数を増加させる可能性はあるでしょう。ただ、長期的に見て、法曹志願者がどんどん増えていくかというと、今のところは、そのような気配は感じられないというのが一般的な見方でしょう。
4.最後に、出願者数から予測できる今年の予備試験の短答・論文の難易度を確認しておきましょう。まず、受験者数の予測ですが、予備試験の受験率(出願者ベース)は、例年82%程度です。ですから、今年の予備試験の受験者数は、以下のようになると予測できます。
13746×0.82≒11271人
そして、予備試験の短答式試験の合格者数は、例年、「2000人基準」によって説明できる(「平成29年予備試験短答式試験の結果について(1)」)。ここでは、2100人くらいと考えておきましょう。そうすると、短答式試験の受験者合格率は、以下のように推計できます。
2100÷11271≒18.6%
これは、どのくらいの水準なのか。以下は、これまでの短答合格率(受験者ベース)の推移です。
年 (平成) |
短答 合格率 |
23 | 20.6% |
24 | 23.8% |
25 | 21.8% |
26 | 19.5% |
27 | 22.1% |
28 | 23.2% |
29 | 21.3% |
30 | 18.6% |
これをみると、今年の短答式試験は、これまでで最も厳しい試験になりそうだ、ということがわかります。
次に、論文です。近時の論文式試験の合格点及び合格者数は、以下の法則で説明することができます(「平成29年予備試験論文式試験の結果について(1)」)。
(1)210点に累計で400人以上存在しない場合は、210点が合格点となる。
(2)210点に累計で400人以上存在する場合は、5点刻みで初めて400人を超える点数が合格点となる(「400人基準」)。
(3)ただし、上記(2)を適用すると、合格点が245点を超える場合には、245点が合格点となる。
そして、平成27年、平成28年は、これまでの傾向では説明の付かない平均点の上昇が生じた結果、上記(2)の「400人基準」によって、合格点及び合格者数が決定され(「平成28年予備試験論文式試験の結果について(2)」)、昨年は初めて上記(3)が適用されて、論文合格者は469人となったのでした(「平成29年予備試験論文式試験の結果について(1)」)。この上記(3)の基準の存在によって、受験生全体の出来が良ければ、合格者数が400人を大きく上回る可能性がでてきたのです。
とはいえ、さすがに、今年になっていきなり500人を大きく上回ってくるということは、あまり考えにくいでしょう。他方で、平成27年以降の高めの採点傾向は、考査委員が得点分布の目安を守るようになったためだと考える(「平成29年予備試験論文式試験の結果について(2)」)と、この傾向は今後も続きそうだ。すなわち、基準(1)が適用されて合格者数が400人未満となる可能性は、低いといえます。そこで、今年の合格者数としては、概ね以下の3つのケースを考えておけばよさそうです。
① 基準(2)が適用されて、合格者数は410人くらいになる。
② 基準(3)が適用されて、合格者数は460人くらいになる。
③ 基準(3)が適用されて、合格者数は510人くらいになる。
上記①から③までのそれぞれの場合の論文式試験の論文受験者(≒短答合格者)ベースの合格率を試算すると、以下のようになります。
① 410÷2100≒19.5%
② 460÷2100≒21.9%
③ 510÷2100≒24.2%
過去の数字と比べてみましょう。
年 (平成) |
論文 受験者数 |
論文 合格者数 |
論文合格率 |
23 | 1301 | 123 | 9.4% |
24 | 1643 | 233 | 14.1% |
25 | 1932 | 381 | 19.7% |
26 | 1913 | 392 | 20.4% |
27 | 2209 | 428 | 19.3% |
28 | 2327 | 429 | 18.4% |
29 | 2200 | 469 | 21.3% |
30 | 2100? | 410? | 19.5%? |
460? | 21.9%? | ||
510? | 24.2%? |
①であれば、概ね平成25年、平成27年と同じくらい。②であれば、概ね昨年と同じくらい。③になると、これまでで最も受かりやすい論文になる、ということがわかります。もっとも、ここで注意したいのは、短答と論文の合格率のバランスです。仮に、法務省が③の場合を想定していたとしましょう。この場合、短答は厳しいのに、論文はかなり易しくなる。これを避けようとするなら、短答の合格者数をもう少し増やそうと考えるでしょう。短答式試験における「2000人基準」を、「2500人基準」くらいに緩和してくるかもしれない。仮に、「2500人基準」が採用されて2600人くらいが短答に合格すると、以下のとおり、短答合格者ベースの論文合格率は概ね19.6%となり、これは上記の①と同じくらいの穏当な数字です。
510÷2600≒19.6%
とはいえ、実際に③のようになるか否かは、論文を採点してみて初めてわかることです。ですから、今年の段階で、法務省がそこまで先読みするかというと、可能性としてはちょっと低いかな、と感じます。これが、今年の結果が出て、合格者が500人を超えてきたなら、その実績を踏まえて、来年は短答をもう少し緩和する、ということになりやすいでしょう。したがって、今年は、短答は厳しめ、論文は例年どおりか、それより易しめになる可能性が高い、と思っておけばよいのだろうと思います。