令和元年司法試験の結果について(8)

1.ここ数年、司法試験の結果が出るたびに注目されるのが、予備組の結果です。今年は、予備試験合格の資格で受験した385人中、315人合格。予備組の受験者合格率は、81.8%でした。以下は、予備組が司法試験に参入した平成24年以降の予備試験合格の資格で受験した者の合格率等の推移です。昨年以前の年の表記は、平成の元号によります。また、比較のため、右端の欄に全受験者ベースの受験者合格率及びその前年比を示しました。

受験者数 合格者数 受験者
合格率
前年比 全受験者の
合格率
前年比
24 85 58 68.2% --- 39.3% ---
25 167 120 71.8% +3.6 38.9% -0.4
26 244 163 66.8% -5.0 35.6% -3.3
27 301 186 61.7% -5.1 34.8% -0.8
28 382 235 61.5% -0.2 34.2% -0.6
29 400 290 72.5% +11.0 39.1% +4.9
30 433 336 77.5% +5.0 41.5% +2.4
令和元 385 315 81.8% +4.3 45.6% +4.1

 今年は、予備組の受験者数が初めて減少に転じました。これは、昨年の予備合格者が一昨年より11人減少した(「平成30年予備試験口述試験(最終)結果について(1)」)ことに加え、平成29年以降の合格率の上昇によって、滞留者が減ったことが影響しています。
 受験者合格率をみると、全受験者の合格率の変動に近い推移をしているとみることができますが、全受験者の合格率よりも、はるかに高い合格率で推移していることがわかります。
 上位ローの既修と比べると、どうでしょうか。以下は、東大、京大、一橋及び慶応の法科大学院既修修了生の合格率等をまとめたものです。

法科大学院 受験者数 合格者数 受験者
合格率
東大
既修
143 111 77.6%
京大
既修
145 112 77.2%
一橋
既修
70 52 74.2%
慶応
既修
218 128 58.7%

 今年の予備組の受験者合格率81.8%は、上位ロー既修よりも高い数字であることがわかります。もっとも、慶応はともかくとして、それ以外の上位ローは、既修に限ればそれなりの合格率です。このように、上位ロー既修との比較では、そこまで圧倒的であるとまではいえないことには、留意しておく必要があるでしょう。
 さらに、平成30年度修了の既修に限ると、以下のようになります。

法科大学院 受験者数 合格者数 受験者
合格率
東大
既修
103 89 86.4%
京大
既修
110 91 82.7%
一橋
既修
56 42 75.0%
慶応
既修
128 93 72.6%

 平成30年度修了の既修に限れば、東大、京大は、予備組に勝っていることがわかります。以前の記事(「令和元年司法試験の結果について(6)」)でも説明したように、「既修」と「修了年度が新しい」という要素を兼ね備えていると、法科大学院修了生のカテゴリーの中では最強となるので、このような結果となるのです。もっとも、予備組全体と、法科大学院修了生の中で最強のカテゴリーに属する者とを比較するのは、あまりフェアではありません。

2.予備組内部にも、明暗があります。以下は、予備組の年代別の受験者合格率などをまとめたものです。

年齢 受験者数 合格者数 受験者合格率
20~24 158 155 98.1%
25~29 52 47 90.3%
30~34 40 31 77.5%
35~39 41 29 70.7%
40~44 28 16 57.1%
45~49 32 22 68.7%
50以上 34 15 44.1%

 年代別にみると、予備組内部でも合格率に顕著な差があることがわかります。20代前半はほぼ全員合格という圧倒的な合格率。前記1でみた上位ローの平成30年度修了の既修ですら、勝負にならないレベルです。それが、歳を重ねるにつれて、下がっていく。この差は、どの段階で生じているのか。短答段階では、予備組は受験者385人中4人しか落ちていません。ですから、若手の圧倒的に高い合格率は、専ら論文段階で生じているのです。
 この論文段階での若手圧倒的有利の傾向は、今年の予備組に限ったことではなく、毎年みられる確立した傾向です。その背後にある要因を明らかにすることが、論文を攻略するための重要なヒントとなります。
 若手圧倒的有利の要因の1つは、以前の記事でも説明した「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則です(「令和元年司法試験の結果について(6)」)。不合格者が翌年受験する場合、必ず1つ歳をとります。不合格を繰り返せば、どんどん高齢になっていく。その結果、高齢の受験生の多くが、不合格を繰り返した「極端に受かりにくい人」として滞留し、結果的に、高齢受験者の合格率を下げる。これは、年齢自体が直接の要因として作用するのではなく、不合格を繰り返したことが年齢に反映されることによって、間接的に表面化しているといえます。
 もう1つは、年齢が直接の要因として作用する要素です。それは、加齢による反射神経と筆力の低下です。論文では、極めて限られた時間で問題文を読み、論点を抽出して、答案に書き切ることが求められます。そのためには、かなり高度の反射神経と、素早く文字を書く筆力が必要です。これが、年齢を重ねると、急速に衰えてくる。これは、現在の司法試験では、想像以上に致命的です。上記の「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則とも関係しますが、論点抽出や文字を書く速度が遅いと、規範を明示し、問題文の事実を丁寧に書き写すスタイルでは書き切れなくなります。どうしても、規範の明示や事実の摘示を省略するスタイルにならざるを得ない。そうなると、わかっていても、「受かりにくい人」になってしまうのです。この悪循環が、上記のような加齢による合格率低下の要因になっているのだと思います。

3.ところが、近時、上記2の傾向に変化が生じています。以下は、上記2でみた予備組の年代別合格率を直近4年で比較したものです。比較のため、最下欄に、受験生全体の合格率も示しました。

年齢
(最下欄を除く)
令和元年 平成30年 平成29年 平成28年
20~24 98.1% 95.5% 96.2% 94.2%
25~29 90.3% 84.7% 83.0% 72.7%
30~34 77.5% 68.4% 65.5% 43.5%
35~39 70.7% 57.1% 56.2% 45.6%
40~44 57.1% 43.2% 42.4% 23.6%
45~49 68.7% 43.4% 40.6% 22.5%
50以上 44.1% 53.8% 34.2% 31.4%
受験生全体 33.6% 29.1% 25.8% 22.9%

 平成29年は、年配者の合格率が考えられないほど急上昇しました。そして、それ以降も、上昇傾向が続いています。平成28年までは、年配者は、予備試験合格者であっても論文段階で苦戦していたのです。平成28年の数字を見るとわかりますが、40代の合格率は、受験生全体の合格率と同じくらいだったのでした。年配者は、予備試験に合格しても全然有利とはいえない、という感じでした。それが、平成29年以降は、受験生全体の合格率を下回ることがなくなりました。今年の40代後半の合格率は68.7%にまで上昇し、受験生全体を大きく引き離すに至っています。30代の数字をみても、平成28年は4割程度だったものが、今年は7割程度にまで上昇している。これは、受験生全体の合格率の上昇とは比較になりません。このように、平成29年以降の予備組の合格率の上昇は、受験生全体の合格率の上昇とは異質なものといえるのです。

4.上記2で、若手圧倒的有利の要因が、論文特有の「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則と、加齢による反射神経と筆力の低下にあることを説明しました。加齢による反射神経と筆力の低下が、平成29年以降の年配者に限って生じなかった、ということは、ちょっと考えられない。ですから、平成29年以降の年配者の合格率の急上昇は、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則が、あまり作用しなかった、ということになる。平成29年の段階で、当サイトではそのような説明をしていたのでした(「平成29年司法試験の結果について(9)」)。今年も、その説明がそのまま妥当するような結果となっています。
 ではなぜ、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則が、あまり作用しなくなったのでしょうか。当サイトでは、数年前から、上記の「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則が生じる原因が、答案の書き方、スタイルにあることを繰り返し説明するようになりました(「平成27年司法試験の結果について(12)」)。平成27年からは、規範の明示と事実の摘示に特化したスタイルの参考答案も掲載するようになりました。その影響で、年配の予備組受験生が、規範の明示や事実の摘示を重視した答案を時間内に書き切るような訓練をするようになったのではないかと思います。「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則は、どの部分に極端な配点があるかということについて、単に受験生が知らない(ロー等で規範と事実を書き写せと指導してくれない。)という、それだけのことによって成立している法則です。ですから、受験生に適切な情報が流通すれば、この法則はあまり作用しなくなる。正確な統計があるわけではありませんが、当サイトの読者層には、年配の予備試験受験生が多いようです。今さら法科大学院や予備校には通いにくいということで、当サイト等を頼ることになりやすいからでしょう。その影響が一定程度あって、年配の予備組受験生については、正しい情報が流通し始めたのではないか。例えば、平成28年の30代以上の受験生は189人で、そのうちの65人が合格しています。今年は、30代以上の受験生は175人で、そのうちの113人が合格です。この50人くらいの合格者の差が、当サイトの影響であったとしても、それほど大げさではないのかな、という気がしています。それはともかくとしても、今年、40代後半の合格率が急上昇していること、50代以上でも受験生全体の合格率を上回っていること(※)は、重要です。加齢による反射神経や筆力の衰えは、意識的に規範と事実に絞って答案を書くなどの対策をすることによって、克服できることを示しているからです。
 ※ 50代以上は、昨年と比較すると合格率が下がっていますが、このカテゴリーは母集団が少ない(今年の受験者数は34人)ため、現時点で何らかの傾向変化があったとはいえないでしょう。

5.最近では、法科大学院修了生の間でも、当サイトを通じて、規範の明示と事実の摘示の重要性を知る人が増えてきているようです。そうなると、この傾向は予備組だけに限らず、法科大学院修了生にも及ぶようになるでしょう。以前の記事で説明したとおり、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則は、修了生との関係では修了年度別の合格率に反映されます(「令和元年司法試験の結果について(6)」)。したがって、修了年度別の合格率に傾向変化が生じれば、その兆候を知ることができる背後にある要素が変動した場合にどの数字に現れるかを理解しておくと、一般的に言われていることとは異なる、とても興味深い現象を把握することができるようになるのです。

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