双方有責における報酬請求の可否
(令和5年予備試験民法)

1.今年の予備民法設問1。前回(「Aのみ有責の処理(令和5年予備試験民法)」)はAのみ有責の場合の話をしましたが、本来は双方有責が正しいだろう(「Bの帰責性(令和5年予備試験民法)」)。というわけで、今回は本命である双方有責の処理を検討します。

2.双方有責の場合に、特に問題になるのは、536条2項の適用の可否です。文言だけを見ると、双方有責なら債権者に帰責事由があるのだから、当然に同項が適用できそうにみえます。

(参照条文)536条(債務者の危険負担等)

 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

 しかし、このように理解すると、債権者と債務者の帰責割合が1:9であった場合のように、圧倒的に債務者が悪い場合でも、「債権者に帰責事由があるんだから、対価は全部払ってね。」ということになってしまう。そもそも、危険負担は債務者無責の不能における対価の帰趨に関するもの(※1)で、債務者有責なら填補賠償(415条2項1号)の問題として、債権者の帰責事由は過失相殺(418条)で考慮すれば足ります。その方が、柔軟な割合的処理が可能で妥当な結論を導くことができる。そうしたことから、「債権者の責めに帰すべき事由」とは、債権者のみ有責、換言すれば、全面的に債権者のリスクに属すると評価できる場合をいうと考えることになるのでした(『司法試験定義趣旨論証集債権総論・契約総論』「債権者の帰責事由(536条2項)の判断基準」の項目を参照)。
 ※1 536条1項も、債務者有責であれば適用がありません。「当事者双方の責めに帰することができない事由」とされたのは、その趣旨によるものでした(『司法試験定義趣旨論証集債権総論・契約総論』「債務者有責の履行不能に536条1項を適用しない趣旨」の項目の※注を参照)。

 このことは、債権法改正以前からの解釈論でした。

坂口甲「双務契約における両当事者の責めに帰すべき事由による履行不能 ――ドイツ法における効果論の一考察――」研究年報48巻(2012年)より引用。太字強調は筆者。)

 双務契約において債務者の債務の履行が後発的に不能となった場合の法的効果については、従来、次のように考えられてきた。両当事者の責めに帰することができない事由による履行不能の場合には、危険負担の問題となり、原則として、債権者は反対給付の義務を免れる(民法536条1項)。債権者の責めに帰すべき事由によって履行不能が生じた場合は、危険負担の問題となるものの、債権者は、反対給付の義務を負い続ける(民法534条、536条2項)。債務者の責めに帰すべき事由による履行不能の場合には、債務は消滅せず、危険負担の問題にはならない。この場合、債権者は、損害賠償を請求するとともに(民法 415条)、契約を解除することができる(民法543条)。そして、両当事者の責めに帰すべき事由による履行不能の場合には、危険負担の問題にはならず、債権者は損害賠償を請求することができ(民法415条)、この損害賠償請求に過失相殺の規定(民法418条)が適用される

 (中略)

 伝統的な通説によれば、両当事者の責めに帰すべき事由による不能は、債務者の責めに帰すべき事由による不能の一種として理解される。……(略)……債権者は、債務者に対して債務不履行にもとづく損害賠償を請求することができるとともに(民法415条)、契約を解除することができる(民法543条)。債権者の損害賠償請求権は、民法418条により過失相殺される。……(略)……債権者が契約を解除した場合を除いて、債権者の給付請求権の不能は、債務者の債権者に対する反対給付請求権に影響を与えない

(引用終わり)

 この考え方によると、例えば、Aが、100万円の壺をBに売ったが、引渡し前に滅失し、その帰責割合はAが9割、Bが1割であった、という場合、A有責である以上、536条は1項も2項も適用されない。Aは、Bに対して100万円の代金支払請求権を有していますが、それは売買契約締結によって発生したもので、536条2項の適用によって発生したものではありません。他方、Bは、Aに対して填補賠償請求権を取得しますが、1割過失相殺されるので、その額は90万円となる。結果として、両者の相殺により、Aは、Bに対して、10万円の限度で代金支払請求をすることができるという結論になる。これは、100万円の壺が滅失したというリスクについて、Aが90万円、Bが10万円を分担するという結果ですから、帰責割合に応じた適切な結論です。
 債権法改正後も、この解釈論は維持されています。債権法改正後は、債権者有責の場合は解除ができない(543条)とされますが、536条2項の解釈に連動して、双方有責の場合には解除は否定されないという解釈が導かれるのでした(『司法試験定義趣旨論証集債権総論・契約総論』「債権者の帰責事由(543条)の判断基準」の項目も参照)。

(参照条文)民法543条(債権者の責めに帰すべき事由による場合)

 債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は、前2条の規定による契約の解除をすることができない

北居功「債権者の責めに帰すべき事由による解除制限-両当事者の責めに帰すべき履行不能を契機に-」慶應法学44号(2020年)より引用。太字強調は筆者。)

 「債権者の責めに帰すべき事由」とは、もっぱら債権者の責めにだけ帰すべき事由を意味するのか、それとも、債務者にも帰責事由はあるもの の、債権者の責めにも帰すべき事由があって、両当事者の帰責事由が競合する場合も含むのかについては、解釈が分かれ得る。

 (中略)

 両当事者の責めに帰すべき履行不能については、我が国では、不能となった給付に代わる塡補賠償請求権が過失相殺されて反対給付請求権と相殺されるとする見解が一般的である……(略)……。

 (中略)

 たとえ債権者に不能の責めが帰されるときでも、 債務者にも履行不能の責めが帰されるべき限り、債権者の解除権が当然に排除されるものではない……(略)……。

(引用終わり)

3.上記の説明を読んで、鋭い人は、「536条2項を適用しようがしまいが代金請求できるんだったら、どっちでも同じじゃね?」という疑問を持ったかもしれません。上記2の売買の例だと、それはそのとおりでしょう。しかし、請負の場合は、ちょっと違う話になるのです。前回の記事(「Aのみ有責の処理(令和5年予備試験民法)」)で、注文者(のみ)有責の場合には、536条2項の適用によって、仕事全部の完成が擬制されることにより、全額について報酬債権を請求できる、と説明しました。逆にいえば、536条2項の適用がない場合、仕事の完成が擬制されないので、報酬債権はいまだ請求できない。そうすると、請負人・注文者双方有責の全部不能の場合には、請負人は報酬請求できないという帰結になるのです。請負人・注文者双方有責の一部不能の場合には、債権法改正で新設された634条1号によって、請負人が割合的報酬債権を取得できるかの問題になります。

(参照条文)民法634条(注文者が受ける利益の割合に応じた報酬)

 次に掲げる場合において、請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなす。この場合において、請負人は、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができる
 一 注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなったとき。
 二 請負が仕事の完成前に解除されたとき。

 ここまでの説明で、同号の「注文者の責めに帰することができない事由」は、「注文者『のみ』の責めに帰することができない事由」と読む。すなわち、「注文者の責めに帰することができない事由」には、請負人・注文者双方有責の場合が含まれる、と理解すべきことがわかるでしょう。このことは、債権法改正の際にも、意識されていたことでした。

法制審議会民法(債権関係)部会第81回会議議事録より引用。太字強調は筆者。)

中井康之(弁護士)委員 契約をしてすぐの段階で請負契約を終了させるような事情が生じた,それが注文者の責めに帰すべき事由であった……(略)……その場合であっても利益も含めた報酬全額を請求することができるということが果たして相当なのか。 このとき,ほとんど仕事をしていないわけです。コスト負担を免れたことによって,ここでいう利益を得ることになりますから,それは償還する,逆に言えば約定報酬から控除することができるということだろうと思いますけれども,この構成だとその立証を注文者がしなければならないわけですが,注文者は請負人側のコストも分からなければ,コストを免れたことによる利益も分からない。分からないにもかかわらず,全額報酬請求を受けた上で償還すべき金額を自らの責任で明らかにしなければならない。極めて注文者に酷ではないかと思うわけです。……(略)……。
 請負のとき,例えば会社の業務に関するソフトを作るなどという請負契約の場面で典型的に表れてきますけれども,注文者にも責任がある,つまり,ソフトを作るために前提となる会社の事務の流れやどういう事務目的を達成するかという情報を提供しない,他方で請負人側についてもその処理能力に問題があったりして,両方に何らかの問題がある中で仕事が結局,完成しない。どちらに帰責事由があるのか,ぎりぎりの議論になる。場合によっては7:3か,6:4かで注文者に問題があるとなったときに,注文者に帰責事由があるという判断になると,ここでは100:0で報酬請求ができてしまう。それで,しなかった仕事についてのコスト,利益のみが減額される。果たしてそれで妥当なのか。
 実務的には,そういう場面であれば請負人がそれまでに相当の仕事をしているわけですから,その仕事に応じて一定の報酬と得られたであろう利益相当額の賠償請求を認めることが適当であるとしても,請負人側にも落ち度があれば落ち度分を過失相殺等によって処理できる。損害賠償請求構成だと,そういう柔軟な妥当な解決を導き得る,こういう強い意見があります。

 (中略)

 例えば7:3ぐらいで落ち度があったときに,帰責事由はどっちだと判断するということは十分あり得ると思うんですけれども,それで注文者に帰責事由ありという判断に至ったときの帰結はどうなるんでしょうか。割合的解決はできるんでしょうか

(引用終わり)

 前回の記事(「Aのみ有責の処理(令和5年予備試験民法)」)で説明したとおり、本問はそもそもBに免れる利益がありませんでしたが、仮にあったとしても、その額の立証が難しい(裁判所が簡単に認めてくれない。)。それもあって、双方有責の場合には、損害賠償請求の問題にして割合的に処理した方が柔軟だよね、ということを言っています。これに対し、立案担当者は以下のように答えます。

法制審議会民法(債権関係)部会第81回会議議事録より引用。太字強調は筆者。)

合田章子(法務省民事局付)関係官 7:3の場合にどうなるかということですけれども,最終的には注文者の責めに帰すべき事由があるかないかという判断になって,あると認定された場合であれば……(略)……割合的な解決はされないという帰結になると整理をしております。それが注文者にとって酷なのではないかという点については,結局,注文者の責めに帰すべき事由という認定の問題のような気もしております。整理としては,そういう割合的な解決はできない規律になっているということです。

(引用終わり)

 要するに、「注文者が全部負担すると酷な場合は注文者無責って認定すればいいんじゃね?」と言っている。逆にいえば、注文者有責ということで報酬債権を全部請求できる場合というのは、全部リスクを負わせても酷とはいえない場合、すなわち、注文者が100%悪そうな場合ということになるわけですね。

法制審議会民法(債権関係)部会第81回会議議事録より引用。太字強調は筆者。)

岡正晶(弁護士)委員 割合的解決をすべきであるという観点からの更なる質問でございますが……(略)……注文者が100%悪い場合の規律としては,そう問題はないと思うんです。……(略)……そのときに7でも6でも「注文者の責めに帰すべき事由」というかなり緩い概念で少しでも認定上,これがあれば100の報酬請求が可能になるんだと,そういう概念として注文者の責めに帰すべき事由という言葉を使うと,かなり窮屈になってしまうのではないかと思います……(略)……。

山野目章夫(早大)幹事 契約の趣旨に照らして注文者の責めに帰すべき事由があるということは,請負人のほうで主張立証しなければならないことでありますし,ここのところでかなり規範的な,評価的な判断がなされるであろうと感じます。合田関係官が指摘なさったことと趣旨が重複いたしますけれども,弁護士会の先生方が心配しておられるような,どっちもどっちというような事例の多くの局面というものは,実際裡においては裁判実務上,軽々には注文者の責めに帰すべき事由があるとはされないと判断されることによって,適切な解決が得られていくものではないかと感じます。

(引用終わり)

4.以上のことを理解した上で、本問を考えると、AB双方有責なので536条2項は適用されず、634条1号の適用はあるものの、全部不能なので割合的報酬請求もできない。結局、Bは全く報酬を請求できないという結論になります。これを答案にしたものが、当サイトの参考答案(その2)です。

(参考答案(その2)より引用)

1.本件請負契約に基づく報酬債権(632条)の履行請求として250万円の支払を請求できるか。

(1)契約締結に先立つ本件損傷により、Bの仕事債務全部が原始的不能であった。もっとも、412条の2第2項は、契約の代表的な効果である損害賠償請求権を認め、原始的不能であっても直ちに無効とはならないとする。他に特段の無効事由はうかがわれないから、本件請負契約は有効に成立する。

(2)報酬債権は請負契約成立を原因として発生するが、仕事の結果に対する対価である(632条)から、仕事完成が先履行(633条ただし書、624条1項、634条参照)である(判例)。もっとも、債権者(注文者)の帰責事由による仕事完成不能のときは、仕事全部完成が擬制され、報酬全額を請求できる(536条2項、634条1号反対解釈)。

ア.債権者の帰責事由は、全面的に債権者のリスクに属するかで判断する。帰責事由が認められると、債権者は一方的に反対給付を負担する結果となり、過失相殺のような調整の余地もないからである。

(ア)確かに、甲を管理占有することで支配領域におくAが、甲の保管に係るリスクを負う。Aは、個人宅における掛け軸の標準的な保管方法に反し、甲を紙箱に入れたのみで湿度の高い屋外の物置に放置したため、本件損傷が生じた。

(イ)しかし、一般に、請負契約においては、仕事完成可能かは仕事完成義務を自ら負う請負人が判断すべきである。しかも、Aは、書画骨董品収集を趣味とする個人にすぎないのに対し、Bは、掛け軸の修繕を行う専門事業者である。修繕可能性判断の責任・能力を有するBが、契約締結時の修復不能に係るリスクを負う。Bは、甲を最初に見た際に、「甲は保存状態が悪く」と発言しており、既に保存状態が悪いことに気づいていた。それから半年ほど経過すれば甲の状態がさらに悪くなることは十分考えられ、Bは甲の現在の状態に疑念を抱いていた以上、契約締結に当たり、甲の状態を自ら確認すべきであった。Aは東京在住で、Bは京都に店舗を有するから、Bが直接にAの自宅を訪れて精査することは必ずしも容易でないとしても、本件損傷は原型をとどめない腐敗であり、甲を撮影した画像データの送信を要求するという簡易な手段でも容易に判断できたのに、そのような手段すら怠った。

(ウ)以上から、全面的にAのリスクに属するとはいえない。

イ.したがって、報酬全額の請求はできない。

(3)原始的全部不能でAの受益部分はないから、割合的報酬(634条1号)の請求もできない。

(4)よって、報酬請求は一切できない。

(引用終わり)

5.既に公表されている出題趣旨の記載は、以上で説明した内容を含意しています。

令和5年司法試験予備試験論文式試験民法出題趣旨より引用。太字強調は筆者。)

 設問1は、請負契約に基づく請負人の債務の履行が原始的に不能であった場合に、請負人が請負代金相当額を請求することができるかを問う問題である。請負人が請負代金を請求するためには仕事の完成が必要であることを踏まえた上で、危険負担における債権者主義を定めた民法第536条第2項に基づいて請負代金を請求することができるかを論ずることが必要である。その際には、請負契約締結前の注文者の行為が「債権者の責めに帰すべき事由」に当たるかについて、自分なりの考え方を論理的に展開することが求められる。

(引用終わり)

 出題趣旨は、普通の受験生が読んでも、意味がわからないようになっていることが多く、予備校等でも正確に説明されないことがあります。なので、読み方には、注意を要する。もっとも、受験生でも容易に読み取れる部分もあります。本問でいえば、「自分なりの考え方」という点です。上記で説明した内容を普通の受験生が正確に答えることなんてできるわけないので、「自分なりの考え方」であれば点数を付けたよ、ということを言っているわけですね。こうした部分は、素直に参考にするとよいでしょう。

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