1.前回までの検討(「設問1小問(1)の解法~前編~(令和6年司法試験論文式公法系第2問)」、「設問1小問(1)の解法~中編~(令和6年司法試験論文式公法系第2問)」)で、関係法令を見終わりました。通常は、これで作業は終わりです。なぜなら、法効果を基礎付ける要素が条文として存在していない、ということは考えにくいからです。とはいえ、問題文の事例の方に何かある、ということも一応あり得るので、念のために、改めて問題文の事例も確認します。そうすると、本問は例外的なケースだということに気が付くでしょう。冒頭に、事例ではなく、「【市街地再開発事業の制度の概要】」というものがある。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 【市街地再開発事業の制度の概要】 市街地再開発事業とは、都市計画法上の都市計画区域内で、細分化された敷地を共同化して、いわゆる再開発ビル(法上の「施設建築物」)を建築し、同時に道路や公園等の公共施設の用地を生み出す事業であり、原則として、都市計画において市街地開発事業の種類(本件の場合は後述する第一種市街地再開発事業)、名称及び施行区域等が定められている場合に実施される(都市計画法第12条第1項第4号・第2項)。 (引用終わり) |
ここまで条文を読んできた者としては、「知ってる知ってる。」という内容がほとんどのはず。ところが、知らない話が所々ある。それが、上記の太字強調部分です。1つは、「設計の概要」の構成要素。読んでみると、何か妙に細かいことが書いてあって、素で読むと、「こんなのいる?」という印象を持つことでしょう。でも、ここまで条文を読んできて、事業計画変更認可の公告が、「新たに編入される施行地区内の宅地所有者等が自らの宅地が権利変換の対象となることを予測可能になる」という意味で、法効果に関係があるぞ、ということを確認していたのでした。その前提できちんと読めば、「これも書き写し案件か。」と気付くことできたはずです。
(浜松市事件判例より引用。太字強調は筆者。)
市町村は,土地区画整理事業を施行しようとする場合においては,施行規程及び事業計画を定めなければならず(法52条1項),事業計画が定められた場合においては,市町村長は,遅滞なく,施行者の名称,事業施行期間,施行地区その他国土交通省令で定める事項を公告しなければならない(法55条9項)。……(略)……。 (引用終わり) |
土地区画整理事業とは違う部分もありますが、まあざっくりと考えて、こういうのが公告されたら、「これ入口からエレベーターまですげー歩くじゃん不便じゃん。」とか、「すげー天井高くて開放感ありそう。」、「めっちゃ窓からの景色がよさそう。」、「この立地でこの規模ならめっちゃ高い価値になるな。」のような感じで予測可能性が高まる要素として書き写しておけばよかろう。そんな判断は、可能だったのではないかと思います。もっとも、全部書き写すときついので、重要な部分に絞る。宅地所有者等の権利に関わるのは、公共施設じゃなくて、権利床の元になる再開発ビル(施設建築物)の方です。なので、公共施設のところは省略して再開発ビルのところだけ摘記して書く(※2)。
※2 厳密には、「近くに公園がある。」というようなことも再開発ビルの利便性に関わるので、公共施設が全然関係ないわけじゃないんですが、そこは費用対効果を考えてスルーしてよいと思います。
(参考答案(その1)より引用) 新たに編入される施行地区は公告され(法38条2項、19条1項)、設計の概要は設計説明書及び設計図を作成して定められ、設計説明書には、再開発ビルの概要等が記載され、設計図は500分の1以上の縮尺で、再開発ビルの各階について柱、外壁、廊下、階段及びエレベータの位置を示す平面図、再開発ビルの床及び各階の天井の高さを示す断面図、再開発ビルの敷地についてビルの位置や主要な給排水施設の位置等を示す平面図等が記載される。 (引用終わり) |
もう少し要領よく、かつ、意味付けも含めて書けるというなら、そうすればいい。
(参考答案(その2)より引用) 事業計画変更認可の公告により、設計の概要を構成する設計説明書の記載から権利変換処分で付与される区分所有権に係る再開発ビルの概要等が、設計図の記載から上記再開発ビルの具体的構造等がわかり、新たに編入される施行地区の宅地所有者等は自らの宅地が権利変換の対象となること及びどのような再開発ビルについて権利床を取得できるのかを予測可能になる(法施行規則11条3項2号) (引用終わり) |
2.次に気になるのは、権利床うんぬんかんぬん、というところでしょう。
(問題文より引用) 【市街地再開発事業の制度の概要】 (中略) 第一種市街地再開発事業においては、原則として、施行地区内の宅地の所有者(以下では、借地権者には触れない。)に対し、それぞれの所有者が有する宅地の価額の割合に応じて、再開発ビルの敷地の共有持分権が与えられ、当該敷地には再開発ビルを建設するために地上権が設定されて、当該敷地の共有者には、地上権設定に対する補償として、再開発ビルの区分所有権(従前の所有権者に与えられた区分所有権に対応する再開発ビルの部分を一般に「権利床」という。)が与えられる。事業施行前における宅地の所有権が区分所有権等に変換されたという意味で、これを「権利変換」という。権利変換がなされた後、土地の明渡しを経て実際の工事が着手される。 (引用終わり) |
ちなみに、「権利床」は、「けんりゆか」でも「けんりどこ」でもなく、「けんりしょう」と読みます。それはともかく、関係法令としては挙がっていない内容、それもかなり重要な内容が書いてある。「こんなん関係法令のとこにも挙げとけよ。」と思うかもしれません。それは別に不可能なことではなかったと思うのですが、「ここまで条文読ませるのはさすがに無理だろう。」という判断があったのでしょう。対応する条文は、概ね以下のとおりです。
(参照条文)都市再開発法 75条(施設建築敷地) 76条 77条(施設建築物の一部等) |
まあ、現場で読めないこともないけれども、それを問うても仕方がない。「【市街地再開発事業の制度の概要】」で書いてあげて、それを直接書き写せば足りるようにしてあげよう。そんな考査委員の配慮があって、関係法令の方には掲載しなかったのでしょう。
上記の部分は、事業計画変更認可の法効果に何か影響するか。これは権利変換の内容に関するものであって、「権利変換処分を受けるべき地位」それ自体を肯定したり、否定したりするものじゃないのかな。迷うところです。すぐ判断できる人はそれでいいのですが、そうでない人の方が多いでしょう。そこで、こういうときは、ちょっと保留の印でも付けておいて、問題文をもう少し読んでみる。「【本件の事案の内容】」のところは、さすがに一般的な法効果の記述はないかなあ、という感覚になりますが、具体的な事例が法効果を考えるヒントになることもある。なので、これも一応目を通すべきです。物凄い勢いで斜め読みしていく。そうすると、ヒントになる部分が出てきます。
(問題文より引用) 【本件の事案の内容】 (中略) 同年9月上旬、権利変換計画の公告縦覧手続が行われ(法第83条第1項)、Eが多くの権利床を取得することが明らかになった。Dは、本件事業にとって無益と思われるC地区の編入により、権利床に変換されるべき宅地の総面積が増加した結果、自己が本来取得できたはずであった権利床が減少したことを知り、かかる事態を生じさせた本件事業計画変更認可に不満を持つに至った。 (引用終わり) |
特に注目すべきは、「かかる事態を生じさせた本件事業計画変更認可」というワードです。本件事業計画変更認可は、「かかる事態」を生じさせる。法効果っぽいじゃん。ということで、ちょっと考えてみる。Dのように従来から施行地区だった区域の宅地所有者は、本件事業計画変更認可によって新たに「権利変換処分を受けるべき地位に立たされる。」とはいえません。元から権利変換処分を受けるべき地位にあったからね。しかし、もらえるはずの権利床が減るかもしれない地位に立たされる、というのは、新たに生じる法効果なのではないか。先に保留扱いにしておいた権利床うんぬんかんぬんの話は、ここで組み合わせて使うことになりそう。このことに気付けば、これらも答案に書き写すべきだ、という判断をすることができるわけです。この場合、書き写しには少し工夫が必要です。「C地区の編入により、権利床に変換されるべき宅地の総面積が増加した結果、自己が本来取得できたはずであった権利床が減少した」というのは、具体の事実関係なので、一般的な制度の話として記述するときは、これを一般化・抽象化する必要があるのです。それから、全部をそのまま書き写すとパンクするので、要点だけ摘記する必要もある。とりあえず、当サイト作成の参考答案(その1)のような感じで書ければ、ここはもう十分でしょう。
(参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。)
一般処分における相手方の地位に及ぼす影響については、後続の個別処分を受けるべき地位に立たされるかを考慮する(第2種市街地再開発事業計画決定事件、浜松市事件各判例参照)。 (引用終わり) |
3.以上のような感じで作業すれば、問題文全部を確認して、答案に書き写すべき部分を漏れなく抽出できます。本問は、パニックになってメチャクチャなことを書く答案が続出するでしょうから、ここまでに説明した内容の半分くらいでもできていれば、優に合格レベルでしょう。超上位者でも、書き写すべきものを漏れなく書き写せた人はいないと思います。
4.重要なことは、これらの作業を時間内にテキパキと処理することです。言葉にすると長いですが、脳内で処理すると、感覚的・瞬間的に処理できる部分が多いので、時間内にできる人はできる。部分的には判例の知識が必要ですが、それは、「判例はこの要素を挙げていたから、ここでもこれは挙げとくか。」くらいのレベルのものです。深い理解は必要ない。必要な能力は、「こうやって解くんだ。」という解法の理解と、単純な事務処理能力です。これは、実際に過去問を解く以外には、習得できない(※3)。予備校答練や学者の演習書の問題は、過去問のようには作られていません。判例・裁判例の事案を事例問題風にアレンジしたものが問題文になっていて、解説をみると、模範答案として、その判例・裁判例の判示を要約したような内容が掲載されている。たまたまそれを知っている人は解けるけどね、という感じであることがほとんどです。本試験を時間内に解けるようになるには、過去問をベースに時間を測って、制限時間内に作業を完遂する訓練をしまくるしかない。「論証集グルグル」のようなインプットをしても、説明したような作業ができるようにはなりません。解法を理解すると、事務処理能力の高い若手が短期で合格することも、納得できるでしょう。同時に、短期合格の若手が、特に深い理解を持っているわけでもないことが分かる。そのことに気が付けば、「短期合格者作成!」を謳う論証集やまとめノートを購入して読んだからといって、自分が短期合格できるようになるわけでもないことが分かるはずです。そんなものを買って読む暇があるなら、重要判例の原文を読むべきでしょう。これは、裁判所のウェブサイトで無料で見ることができます。判例原文を読むとどうして問題を解くことができるようになるかは、ここまでの説明で分かったはずです。解像度を高めた解法を知ることで、普段の学習で何をするべきか。そうしたことも、自ずから見えてくるのです。
※3 若手の短期合格者の中には、特に訓練しなくても素でできちゃう人がいますが、そうでない人は、意識して訓練するしかありません。