1.令和6年司法試験論文式公法系第2問設問1小問(2)。前回の記事(「法施行令4条1項1号該当性(令和6年司法試験論文式公法系第2問)」)では、実戦的な考え方を説明しましたが、実際のところは、どのようなことが問われていたのか。今回は、そのことを説明したいと思います。
2.法施行令4条1項1号は、行政実務だと多分かなり融通無碍に運用されていて、そこにはあまり論理はない。なので、適法方向で検討させても、あんまり意味がないよね、と考査委員は考えたのでしょう。それで、法38条2項による委任の趣旨を貫徹して厳格に解釈したらどうなるか。それを、Dの立場からの違法主張を問う形で訊いてきたのかな、というのが、第一印象です。
3.今回、問題になっているのは、縦覧・意見書提出手続を欠くことが違法ではないか、ということでした。そもそも、なぜ縦覧・意見書提出手続なんてものが必要なのか。関係法令からその趣旨を考えてみましょう。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 【資料 関係法令】 ○ 都市再開発法(昭和44年法律第38号)(抜粋) (中略) (事業計画の縦覧及び意見書の処理) (認可の基準) (中略) (定款又は事業計画若しくは事業基本方針の変更) (引用終わり) |
法16条は「認可の申請があつたときは」とし、法38条2項も「事業計画の変更……(略)……の認可の申請があつた場合に」としているので、縦覧・意見書提出手続は申請後・認可前にするものです。なんでそんなことするのか。意見書は誰に提出するかというと、都道府県知事で、法17条、38条1項を見れば分かるとおり、都道府県知事は認可をする行政庁ですね。都道府県知事は、提出された意見書なんか読んでどうするのか。日常の都政、道政、府政、県政に役立てるのか。違うでしょう。これは、認可の当否の判断材料にするためのものです。意見を提出できる者が、「当該第一種市街地再開発事業に関係のある土地(中略)について権利を有する者」(関係土地権利者)とされているのは、その者は事業の変更によって不利益を受ける可能性があるからでしょう(※1)。不利益を受けそうな関係土地権利者に、「この事業計画変更おかしいです。」と意見を言って認可を阻止する機会を与えている。その意味でいえば、この手続は、不利益処分の事前手続に類似した意味合いもあるということですね(※2)。
では、公衆縦覧は何のためにするか。それは、意見書を提出したい人に、事業計画がどんなもんか知らせるためでしょう。事業計画がどんな内容か分からないと、意見のしようがない。そういうわけで、上記の法令から、「縦覧・意見書提出手続の趣旨は、関係土地権利者(16条2項)に意見提出の機会を与えるとともに、その意見を認可の判断資料とする点にある。」ということが読み取れるのでした。
※1 「施行地区内の宅地について所有権又は借地権を有する者」ではなく、関係土地権利者とされているのは、施行地区内ではないがこれと隣接する地区の権利者等も含む趣旨です。施行地区外の権利者であっても、近隣にでっかいビルが建築されたら、日照妨害、騒音等の被害を受けることがあり得るためです。関係土地権利者の範囲は曖昧なところがあり、再開発ビルの建築によって景観が害されるという理由による近隣住民の意見書を受け付けた例もあるようですが、厳密な意味で関係土地権利者といってよいかは疑問です。
※2 認可の相手方は組合なので、関係土地権利者に対する不利益処分そのものではありません。
4.では、法38条2項が「政令で定める軽微な変更を除く。」として、縦覧・意見書提出手続を不要としたのはなぜか。それは、上記の縦覧・意見書提出手続の趣旨が妥当しない、すなわち、「意見なんて聴いても意味ない。」か、「わざわざ意見を聴く必要性が乏しい。」場合があるからでしょう。別の言い方をすれば、同項が「軽微な変更」の具体的内容を政令に委ねた趣旨は、「意見なんて聴いても意味ない。」か「わざわざ意見を聴く必要性が乏しい。」ような場合を類型化して定めてね、ということです。それを踏まえた上で、改めて施行令4条1項各号を見てみましょう。まず、分かりやすいのは、3号及び4号です。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 【資料 関係法令】 (中略) ○ 都市再開発法施行令(昭和44年政令第232号)(抜粋) (縦覧手続等を要しない事業計画等の変更) 一 都市計画の変更に伴う設計の概要の変更 2、3 (略) (引用終わり) |
事業施行期間や資金計画が変わっても、土地の権利関係には影響がないので、関係土地権利者が直接に不利益を受けるおそれはありません。もちろん、事業施行期間や資金計画があまりにメチャクチャだと、事業が頓挫して関係土地権利者も迷惑するかもしれませんが、それは関係土地権利者固有の利害ではない(※3)。なので、「関係土地権利者の意見なんて聴く必要性が乏しい。」といえるのでした。
※3 縦覧・意見書提出手続は、「こんな事業計画が実現したら困る。」という関係土地権利者の意見を提出させる趣旨であり、事業が頓挫するリスクは、「その事業計画が実現することで関係土地権利者が被る不利益」ではない、という説明も可能かもしれません。
次に、2号及び5号を見てみましょう。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 【資料 関係法令】 (中略) ○ 都市再開発法施行令(昭和44年政令第232号)(抜粋) (縦覧手続等を要しない事業計画等の変更) 一 都市計画の変更に伴う設計の概要の変更 2、3 (略) (引用終わり) |
施設建築物というのは、以前の記事(「施設建築物?(令和6年司法試験論文式公法系第2問)」)で説明したとおり、いわゆる「再開発ビル」です。これに関しては、関係土地権利者に影響が全くないとはいえない。とりわけ、施行地区内の宅地について所有権又は借地権を有する者にとっては、権利変換後に付与される権利床の内容に影響します。5号の給排水施設や消防用水利施設等は、まあ些末かなあとは思うものの、2号の延べ面積(日常用語でいう「延床面積」のこと)の10分の1というのは、ちょっとざっくりし過ぎているし、10分の1を超えていなければ常に影響が小さいといえるかは疑問がないわけではありません。とはいえ、趣旨としては、「関係土地権利者への影響が小さいから、敢えてその意見を聴く必要性が乏しい。」ということが言いたいのだろう、ということは分かります。
5.さて、そのような目で、1号を見ると、どうか。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 【資料 関係法令】 (中略) ○ 都市再開発法施行令(昭和44年政令第232号)(抜粋) (縦覧手続等を要しない事業計画等の変更) 一 都市計画の変更に伴う設計の概要の変更 2、3 (略) (引用終わり) |
「都市計画の変更に伴う」の意味を、単に、「都市計画の変更があったので」という程度のものと考えると、「意見なんて聴いても意味ない。」とも、「わざわざ意見を聴く必要性が乏しい。」ともいえない感じがします。都市計画の大幅な変更を受けて大幅な事業計画変更をする場合を想起すれば、「関係土地権利者に対する影響が小さいから意見なんて聴かなくていい。」とはいえないことが分かるでしょう。なので、単に都市計画の変更を契機にしてなされたものを全部含むという趣旨であるならば、法38条2項の委任の趣旨を逸脱するものだ、ということができるでしょう。
では、法38条2項の委任の趣旨を逸脱しない解釈はあり得るか。そのような解釈は、あります。受験生が気付くわけないとは思うものの、一応、関係法令に、ヒントとなる条文が存在します。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 【資料 関係法令】 (中略) ○ 都市再開発法(昭和44年法律第38号)(抜粋) (中略) 第2条の2 (略) (中略) (認可の基準) (中略) (定款又は事業計画若しくは事業基本方針の変更) (引用終わり) |
法17条3号から、事業計画は都市計画に適合しなければならない。同条は法38条2項で事業計画変更認可にも準用されるから、事業計画を変更する場合も同様である。例えば、本問とは逆に、当初の都市計画の施行区域にC地区が入っていたとしましょう。それで、当初の事業計画の施行地区にも、C地区が入っていた。それが、都市計画が変更されて、C地区が施行区域から除外された。施行区域内の土地でなければ、事業を施行できません(法2条の2第2項)から、その場合には、事業計画も変更して、施行地区からC地区を除外しなければ、都市計画不適合になってしまいます。なので、C地区を除外する事業計画変更は、都市計画に適合させるために必要不可欠だし、その申請について、都道府県知事が認可しないという判断は想定できない。この場合に、C地区宅地所有者Eから、「C地区を除外しないで。」という意見書を提出させても無意味です。
以上のようなことを想起して、「あっそうか!都市計画が変更されたことに伴って、変更後の都市計画に適合するようにするために事業計画も変更する場合は、その事業計画変更は都市計画に適合させるために必要不可欠なんだから、『関係土地権利者の意見を聴いて認可しないことにしました。』ってことが絶対ないじゃん。だから、関係土地権利者の意見なんて聴いても意味ないんだ!」と気付いてほしいなー。考査委員は、そう思っていたのでしょう(※4)。無理です。
※4 別解としては、形式的に1号に当たる場合であっても、「新たな施行地区の編入を伴う場合は、既存の施行地区内の宅地所有者等が権利変換で付与されるべき権利床の減少を生じさせうるから例外的に『軽微な変更』に当たらない。」とか、「1号該当だけでは軽微性を基礎付けないから、2号から4号に準じる事由が必要であり、そのことは5号から読み取れる。本問ではそのような準じる事由はない。」などの解釈もありそうです。出題趣旨では、これらの解釈が記載される可能性もあるでしょう。
6.以上のことを理解した上で、当サイト作成の参考答案(その2)を見れば、意味がよくわかるでしょう。
(参考答案(その2)より引用) (1)縦覧・意見書提出手続を欠く違法 ア.事業計画変更認可をするには、「軽微な変更」を除き、縦覧・意見書提出手続を要する(法38条2項、16条)。
イ.しかし、縦覧・意見書提出手続の趣旨は、関係土地権利者(16条2項)に意見提出の機会を与えるとともに、その意見を認可の判断資料とする点にある。もっとも、認可の判断資料として上記意見を聴く意味に乏しい場合がありうることから、法38条2項は「軽微な変更」を例外とし、その具体的内容の決定を政令に委任したと考えられる。
ウ.都市計画で定めるのは市街地開発事業の種類、名称及び施行区域である(都計法12条2項)ところ、本件都市計画変更はC地区を第一種市街地再開発事業の施行区域に編入するものである。施行区域に編入されれば、組合は施行に係る事業の対象とすることができる(第2条の2第2項)ようになるが、当然に事業の対象となるわけではない。事業の対象とするには、事業計画において施行地区とする必要がある(法2条3号、7条の11第1項)。施行区域内のどの地区を施行地区とするかにつき施行者に一定の裁量があり、施行区域の全域を常に施行地区としなければ、直ちに都市計画不適合となるわけではない。また、施行地区に編入した後の利用態様については、施行区域に編入する都市計画変更によって直ちに一義的に定まるわけではない。 エ.以上から、「都市計画の変更に伴う設計の概要の変更」(法施行令4条1項1号)、ひいては「軽微な変更」に当たらない。Q県知事がR市長に縦覧・意見書提出手続を実施させなかったのは違法である。 (引用終わり) |
こんなのを現場で書ける人は誰もいないと思いますので、書けなくても何の問題もありません。「なるほど、これは無理だ。」という実感を持つために、参考にしてみてください。