1.令和6年司法試験民事系第1問設問1(2)イでは、修繕権と必要費償還請求の関係が問われています。これは、「普通の本には載ってない債権法改正を問う。」という近時の傾向に沿うものです。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 9.令和4年9月13日、Dは、Aに何らの通知もしないまま、建設業者Eに丙室の雨漏りの修繕工事を依頼した。Eは、雨漏りの状態を確認した上で、同月20日、この依頼を報酬30万円で引き受け、同月24日から30日まで丙室の雨漏りの修繕工事(以下「本件工事」という。)を行った。Dは、Eに30万円の報酬を支払い、同年10月1日から丙室の使用を再開した。令和4年9月30日、Dは、翌日から丙室の使用が可能となったため、Aに令和4年10月分の賃料を支払った。
10.令和4年10月10日、Dは、Aに対して、同年8月31日に支払った令和4年9月分の賃料の一部を返還するよう請求する(以下「請求2」という。)とともに、DがEに報酬として支払った30万円を直ちに償還するよう請求した(以下「請求3」という。)。Aは、この時に初めて、丙室に雨漏りが発生した事実とDがEに本件工事を行わせた事実とを知った。
〔設問1(2)〕 【事実】1から10までを前提として、次のア及びイの問いに答えなさい。
ア 請求2が認められるかどうかを論じなさい。 (引用終わり) (参照条文)民法607条の2(賃借人による修繕) |
問題文の事実を見れば、607条の2の要件を満たさないことは自明です。Aの反論から607条の2に気が付いて、このことを答案に書けたかどうか。これは、初学者でも、気が付けば書ける。こういうところは、差が付きます。ここから先は書ける人が一気に少なくなるので、その手前であるこの部分には、合否を分けるくらいアホみたいな配点が発生するでしょう。その先のことが分からなくても、ここだけは書いて逃げるべきです。
(参考答案(その1)より引用) (1)修繕権(607条の2)の有無 ア.雨漏りで丙室は使用できなくなったから、「賃借物の修繕が必要である」(同条柱書)といえる。 (引用終わり) |
このように、論点の本体よりも、前提となる法律関係に大きな配点が発生するのは、例外です。そのことは、以前の記事(「無理せず論点に飛びつこう(令和6年司法試験民事系第1問)」)で説明しました。
本問の場合、Aの反論で、わざわざ「丙室の雨漏りを無断で修繕する権利を有していなかったはずだ」と書いてあるのだから、修繕権があるか否かの検討にも配点があるはずだ、と判断できるでしょうし、その先のこと、すなわち、「じゃあ修繕権がなければ必要費償還請求は否定されるの?」という点については、「そんなの聞いたことない。」し、前後の条文を見ても、手掛かりになりそうなものが見当たらないことから、「その手前まではみんな条文を見れば書ける。適正な配点を実現するためにはここで差を付けるしかない。」という読みを入れることで、「ここは大きな配点があるぞ。」という判断に至ることができるのでした。仮に、誰もが知っている典型論点であれば、修繕権の部分は自明の前提として、本来の論点の方を厚く論じるという判断もあり得るところでした。本問で、「修繕権がないのは自明だから省略していいや。」と判断してしまった人は、この辺りの優先順位を読む大局観を身につける必要があります。
2.さて、前提となる修繕権について書いた後は、どうやって逃げるのか。分からないものを延々と書いても、時間をロスするばかりでなく、積極ミスを取られてかえってマイナスになる。だからといって、結論すら書かないというのは、「問いに答えていない。」ということで、結論に振られた配点を落とすことになります。なので、こういうときは、結論だけ言い放って逃げる。問題は、どっちの結論にするかです。設問をもう一度読んで、勘をはたらかせましょう。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 9.令和4年9月13日、Dは、Aに何らの通知もしないまま、建設業者Eに丙室の雨漏りの修繕工事を依頼した。Eは、雨漏りの状態を確認した上で、同月20日、この依頼を報酬30万円で引き受け、同月24日から30日まで丙室の雨漏りの修繕工事(以下「本件工事」という。)を行った。Dは、Eに30万円の報酬を支払い、同年10月1日から丙室の使用を再開した。令和4年9月30日、Dは、翌日から丙室の使用が可能となったため、Aに令和4年10月分の賃料を支払った。
10.令和4年10月10日、Dは、Aに対して、同年8月31日に支払った令和4年9月分の賃料の一部を返還するよう請求する(以下「請求2」という。)とともに、DがEに報酬として支払った30万円を直ちに償還するよう請求した(以下「請求3」という。)。Aは、この時に初めて、丙室に雨漏りが発生した事実とDがEに本件工事を行わせた事実とを知った。
〔設問1(2)〕 【事実】1から10までを前提として、次のア及びイの問いに答えなさい。
ア 請求2が認められるかどうかを論じなさい。 (引用終わり) |
Aの反論の後段は、一部を否定する主張です。仮に、どう考えても全部否定の結論になるのが妥当、という感じの事案であったなら、こんな反論が出てくることはないでしょう。ということは、「修繕権がないから、当然に必要費償還請求権は発生しない。」という結論ではなかろう。そう考えれば、修繕権がなくても、必要費償還請求権は発生するという結論が正しそうだ、という判断に至ることができるでしょう。後は、その結論を理由もなく言い放つ。
(参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。) (1)修繕権(607条の2)の有無 ア.雨漏りで丙室は使用できなくなったから、「賃借物の修繕が必要である」(同条柱書)といえる。 イ.しかし、このことは必要費償還請求を妨げない。 (引用終わり) |
もちろん、書ける部分を書いても時間が余る、というのなら、もう少し考えてもいいでしょう。実際に答案を最後まで書き上げて、「以上」を書こうかな、でも、まだ10分残っている。それなら、もう一度ここの理由を考えてみて、「第4.設問1(2)イの補足」などの項目を立てて、新たに追記すればよい。既に書いたところに無理やり挿入するよりも、有効な方法です。「通知をしなかったというだけで費用の償還ができなくなるのは公平でない。」くらいでも、何も書かないよりはマシかもしれません。ただ、これは書こうと思えば書けるところ、確実に配点を取れるところをしっかり書き切ってからの話です。答案構成の段階でウンウン考えて答案を書き出すのが遅くなってしまい、「設問2を丁寧に書く時間がなくて、錯誤の要件の当てはめが雑になっちゃいました。」なんてことになったら本末顛倒です。普段の演習で、この辺りの時間管理も訓練する必要があるのです。
3.法科大学院や予備校等では、「法解釈には必ず理由を付してください!理由を付さないなら、書かない方がマシですよ!理由は絶対に絶対に絶対に書いてください!」などと指導される。真面目な人は、一生懸命に理由を考えて時間をロスし、途中答案になったり、「理由を付さないくらいなら書かない方がマシって言われたから、書かないでおこう。」などと考え、そもそも修繕権について丸々落としてしまったりする。先に説明したとおり、修繕権を丸々落とすのは、合否を左右しうる失点になりかねません。論文式試験は、部分点を積み重ねて合格点を確保する試験です。「書かない方がマシ」なんてことはない。法科大学院や予備校等では、完璧でないと合格できないかのような指導がされがちです。しかも、優先順位の発想がない。あれもこれも、全部やれと言ってくる。例えば、「答案は人に読んでもらうものです。楷書で丁寧に書きましょう。」、「唐突に論点を書いては不自然です。問題提起しましょう」、「接続詞をもっと使いましょう。」、「違和感があります。自然な表現にしましょう。」、「もっと改行したら読みやすいです。」、「理由付けをもっと説得的にしましょう。」、「主語は省略してはいけません。」、「『及び』・『並びに』や『又は』・『若しくは』を正確に使い分けましょう。」等々。多くの受験生は、これらを全部忠実に守ろうとして、優先順位の低い事柄に神経を使い、時間をロスしていく。一方で、要領の良い若手は、優先順位の高いことに集中して、汚い字を書き殴って読みにくい文章を恥ずかしいとも思わずに書いて、配点を拾っていく。このことも、論文の若手圧倒的有利(「令和5年司法試験の結果について(12)」、「令和5年司法試験の結果について(13)」)の結果が出力される原因の1つになっています。人は、同時に多数のことを考えることができません。優先順位を考慮して、大事なことからやっていく。これが、時間を制限された試験における鉄則です。