1.令和6年予備試験民事実務基礎。設問3(2)では、書証による事実認定が問われました。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) 〔設問3〕
第1回弁論準備手続期日において、原告準備書面及び被告準備書面が陳述され、弁護士Pは、次回期日である第2回弁論準備手続期日までに準備書面を作成することとなった。 (1) 弁護士Pは、別紙1【Xからの聴取内容】を前提に、被告準備書面の再々抗弁に対し、再々々抗弁として、以下の各事実を主張することにした。 (あ) Xが、Aに対し、令和5年3月23日、代金200万円とした本件商品の代金額につき、50万円とするよう申し入れ、XとAとの間で上記代金額につき争いがあった。 (中略) (2) 第2回弁論準備手続期日において、弁護士Pは、上記(1)のとおり再々々抗弁を記載した準備書面を陳述し、弁護士Qは、再々々抗弁事実のうち上記(1)(い)の事実(以下「本件事実」という。)につき「否認する。X主張の和解合意をした事実はない。」と述べた。 (ⅰ) 裁判所は、本件合意書のA作成部分の成立の真正について判断するに当たり、弁護士Qにどのような事項を確認すべきか。①結論を答えた上で、②その理由を簡潔に説明しなさい。 (ⅱ) 弁護士Pは、本件事実を立証するに当たり、今後どのような訴訟活動をすることが考えられるか。証拠構造や本証・反証の別を意識し、上記(ⅰ)で裁判所が確認した事項に対する弁護士Qの回答により場合分けした上で簡潔に説明しなさい。 (引用終わり) |
(1)ここで、別紙2をきちんと見ないで、「よっしゃー二段の推定じゃあああああああああ。」と言って覚えていた論証を貼ったりしてはいけません。別紙2をよく見るのだ。「乙(買主)」欄には、Xの署名及び押印があるのに対し、「甲(売主)」欄には、Aの署名しかないでしょう。いつもの論証で、「印章は厳重管理されみだりに他人に使用させない経験則から~」と書くとおり、二段の推定における一段目の推定は押印に関する判例法理であり、署名に関してはこれに相当する法理は存在しません(※1)。このことは、以前の記事でも詳細に説明したところです(「署名でゴリ押ししない(令和5年予備試験民事実務基礎)」)。
※1 司法研修所編『改訂
事例で考える民事事実認定』(法曹会 2023年)19頁。
(2)一段目の推定が問題とならないとすれば、民訴法228条4項の適用だけを考えればよい。
(参照条文)民訴法228条4項 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。 |
ここでいう「本人……の署名」とは、本人の意思に基づく署名を指し、署名が本人の意思に基づくことをもって、「署名(成立)の真正」というのでした(「署名でゴリ押ししない(令和5年予備試験民事実務基礎)」)。(ⅰ) では、それを答えれば終わりです。
(参考答案より引用) 1.(i) (1)① 本件合意書の甲(売主) 欄の「A」とする記載が、Aの意思に基づく署名であること(A署名の真正)の認否 (2)② 本件合意書のA作成部分の成立の真正に係る推定(民訴法228条4項)の肯否を左右するからである。 (引用終わり) |
2.(ⅱ) では、「証拠構造や本証・反証の別を意識し」と指示されています。この部分に配点があるに決まってるので、そこはきちんと書く。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) (ⅱ) 弁護士Pは、本件事実を立証するに当たり、今後どのような訴訟活動をすることが考えられるか。証拠構造や本証・反証の別を意識し、上記(ⅰ)で裁判所が確認した事項に対する弁護士Qの回答により場合分けした上で簡潔に説明しなさい。 (引用終わり) |
(1)「証拠構造」というのは、本件合意書が処分証書であること(この点に争いはない。)から、本件合意書の成立の真正が認められれば、本件事実(和解契約締結の事実)も認定できるよね、という話を書けばよい(処分証書概念の意味については、以前の記事(「作成者」、「成立の真正」の意味(令和5年予備試験民事実務基礎)」)で詳しく説明しました。)。証拠構造が問われているだけで、推認力ないし証明力の評価は問われていませんから、契約書が類型的信用文書である云々は書くべきでないでしょう。
(参考答案より引用) 本件合意書は、これによって和解契約がされたといえるから、処分証書である。Pは、本件合意書の成立の真正(同条1項)を立証(本証)すれば、本件事実を立証できる。 (引用終わり) |
通常は、裁判所目線で事実認定する場面を想定しているので、「認定できる」という表現を用いますが、ここでは弁護士Pの目線で考えるので、参考答案では「立証できる」という表現を用いています。
(2)「本証・反証の別」というのは、228条4項の推定の性質を理解してますか?という意味です。すなわち、同項の推定が生じたとしても、証明責任は依然としてPの側が負っているので、P側が本証、Q側が反証という構造に変わりはありませんよ、ということを答える。Q側の反証の内容としては、「署名時には白紙で、後から内容を勝手に記載された。」というものと、「署名後に変造・改ざんがあった。」というものを挙げるのが普通なので、それも書けたら書く(※2)。これが、弁護士QがA署名の真正を認めた場合の解答になります。
※2 司法研修所編『改訂
事例で考える民事事実認定』(法曹会 2023年)17、18、22頁。
(参考答案より引用) (1)QがA署名の真正を争わない場合 依然Pが証明責任を負うが、署名時白紙、署名後改ざん等のQの反証、すなわち、真偽不明とする程度の立証がない限り、本件合意書のA作成部分の成立の真正が認定される(同条4項 事実上の推定)。Pは、本証として、上記反証を妨げる訴訟活動をすれば足りる。 (引用終わり) |
3.弁護士QがA署名の真正を否認した場合については、具体的な訴訟活動をどの程度指摘できたかで、差が付くでしょう。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) (ⅱ) 弁護士Pは、本件事実を立証するに当たり、今後どのような訴訟活動をすることが考えられるか。証拠構造や本証・反証の別を意識し、上記(ⅰ)で裁判所が確認した事項に対する弁護士Qの回答により場合分けした上で簡潔に説明しなさい。 (引用終わり) |
おそらく、出題意図としては、筆跡の対照による証明(民訴法229条1項)を解答させようとしていたのでしょう。
(参照条文)民訴法229条(筆跡等の対照による証明) 文書の成立の真否は、筆跡又は印影の対照によっても、証明することができる。 |
ここで、「対照となるAの筆跡をどっから持ってくるの?」ということに意識を向けられるか。その意識があれば、「Aとの間で締結された契約の契約書があるじゃん。」というところに思いが至るはず。
(問題文より引用。太字強調は筆者。) (別紙1) 「私は、令和2年7月1日、Aに対し、店舗用建物を所有する目的で、私所有の土地(以下「本件土地」という。)を、賃料月額10万円、毎月末日に翌月分払い、期間30年間の約束で賃貸しました(以下「本件賃貸借契約」という。)。 【Y(代表取締役A)の相談内容】 「……(略)……。 (引用終わり) |
ここまで来れば、具体的な訴訟活動として、本件賃貸借契約・本件商品に係る売買契約の各契約書の証拠調べ・筆跡鑑定請求を解答すればよいことが分かるでしょう(※3)。
※3 実際には、当事者の側で専門家に鑑定を依頼して、その結果を書証とすることの方が多いのでしょうが、論文式試験の解答としては、裁判所に対する鑑定請求を書く方が収まりがよさそうです。
(参考答案より引用) (2)QがA署名の真正を否認した場合 Pは、本証として、対照用文書として本件賃貸借契約・本件商品に係る売買契約の各契約書の証拠調べ、筆跡鑑定を請求し、筆跡対照によってA署名の真正を立証する訴訟活動が考えられる(同法229条1項)。 (引用終わり) |
4.弁護士QがA署名の真正を否認した場合に関しては、実務的には、本件合意書の成立の真正にこだわるのではなく、ダイレクトに本件事実(和解契約締結の事実)を立証対象として、本件事実を推認させる間接事実の積み上げによる立証を試みるのが本道でしょう(※4)。筆跡の同一性から署名成立の真正を立証するのは容易でないからです。
※4 このことは、以前の記事でも説明しました(「署名でゴリ押ししない(令和5年予備試験民事実務基礎)」)。
(東京地判平3・6・27より引用。太字強調は筆者。)
人の筆跡には、それなりに固定化した特徴、すなわち筆跡個性がある。筆跡鑑定は、この筆跡の個人差に着目して、複数の文書の筆跡個性を比較対照することによって、筆者の同一性を識別しようとするものである。ただ筆跡は、指紋のように万人不同で常時不変でもないので、その鑑定は、指紋を照合してその同一性が即人物の同一性と判定し得るごとくに単純明快ではなく、筆跡の同一性は程度の問題となり、それに基づく筆者の同一性は確率の問題となる。まず、鑑定資料からその筆跡個性をいかに抽出するかという問題がある。また、この筆跡個性を比較する際に、これを構成する個々の特徴の異同をいかに判別するかという問題がある。さらに、この筆跡個性の間に全体としてどの程度の異同があれば、最終的に同筆あるいは異筆と結論するのかという、鑑定基準の問題がある。筆跡鑑定の信頼性はこれらの各プロセスにおける判断の科学性、客観性及び厳格性にかかっているといえよう。 (引用終わり) |
では、Aの署名が何の意味も持たないかというと、そんなことはありません。筆跡の同一性の程度は、本件事実を推認させる間接事実となり得るのです。例えば、「A本人の筆跡である可能性が60%」という鑑定結果が得られた場合、それだけでは、「Aの意思に基づく署名である。」とまでは認めにくいので、228条4項を適用するには足りない。それでも、「不確かではあるが、A本人が本件合意書に署名した可能性が相当程度ある。」という余地があり、少なくとも、「明らかに偽造とまではいえず、本件事実の存在と矛盾しない。」といえるので、その限度で本件事実を推認させる間接事実となり得る、というわけです。ただし、証明力は限定的なので、あくまで間接事実の1つにできる、というのにとどまります。
もっとも、本問は書証からの事実認定を問う趣旨であることが明らかなので、このようなことを答案に書くべきではないでしょう。
5.現在の合格水準からすれば、設問3(2)は、うっかり二段の推定を書いてしまったりしない限り、致命傷にはならないでしょう。もっとも、過去問として演習する際は、きっちり復習して、再び出題されたなら正確に解答できるようになっておきたいところです。とりわけ、存在してしかるべき文書(契約書等)に意識を向けられるか、という点は、結構差が付くポイントになることが多いので、試験現場でも意識を喚起できるよう、思考過程に組み込んでおくべきです。