刑事事実認定の作法を守る
(令和6年予備試験刑事実務基礎)

1.令和6年予備試験刑事実務基礎。設問2(2)では、検察官Pが送致事実である詐欺ではなく単純横領の罪でAを公判請求した理由が問われました。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 検察官Pは、その他所要の捜査を遂げ、詐欺の被疑事実で送致されたAについて、同月21日、④単純横領の罪で公判請求した。

〔設問2〕

(1) (略)
(2) 下線部④につき、検察官Pが送致事実である詐欺ではなく単純横領の罪でAを公判請求した理由について、詐欺罪の成立に積極的に働く事実、消極的に働く事実の双方を挙げつつ答えなさい。

(引用終わり)

 まず、最初に判断すべきは、構成要件該当性を問う趣旨なのか、犯人性や殺意のような特定の事実を認定させる問題なのか、という点です。ここは、小問(1)がヒントになっていて、これを考えることで、本件車両借受申込み時の返却意思の有無が、詐欺と横領を分ける分水嶺になることに気付くことができるようになっていました(「別紙をヒントにする(令和6年予備試験刑事実務基礎)」)。問題文の事実関係を見ても、借受申込み時の返却意思に関係しそうな事実が、目に付いたはず。そのことから、詐欺罪と横領罪の構成要件該当性を当てはめるような解答ではなく、借受申込み時の返却意思の認定について解答すべきだ、ということを判断すべきでした。積極の事実として錯誤、交付による占有移転があることなどを書き、消極の事実として欺罔行為ないし故意がないなどとする答案は、この時点で脱落しています。

2.事実認定問題であると判断できたら、これまでの傾向から、「ここがメインかも。」と考えたい(※1)。その上で、設問の問い方を確認して、「うん。ここがメインでござる。」と確信するべきでした。
 ※1 「刑事実務基礎の大局観(令和6年予備試験刑事実務基礎)」参照。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

 検察官Pは、その他所要の捜査を遂げ、詐欺の被疑事実で送致されたAについて、同月21日、④単純横領の罪で公判請求した。

〔設問2〕

(1) (略)
(2) 下線部④につき、検察官Pが送致事実である詐欺ではなく単純横領の罪でAを公判請求した理由について、詐欺罪の成立に積極的に働く事実、消極的に働く事実の双方を挙げつつ答えなさい。

(引用終わり)

 わざわざ、「積極的に働く事実、消極的に働く事実の双方を挙げつつ」と書いてある。「配点デカくしといたから丁寧に解答してね。」という考査委員からのメッセージです。これを読んでいながら、あっさり簡潔にまとめてしまった人は、問題文の読み方がおかしかったことを反省すべきでしょう。

3.事実認定問題のコツは、「刑事事実認定の作法に沿って解答する。」ということです。刑事の事実認定では、「合理的な疑いをいれない程度の立証」が必要でした。このことは、犯罪事実そのものにとどまらず、(重要な)間接事実・補助事実についても同様とされます。

TATP殺人未遂事件判例より引用。太字強調は筆者。)

 刑事裁判における有罪の認定に当たっては,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要である。ここに合理的な疑いを差し挟む余地がないというのは,反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく,抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても,健全な社会常識に照らして,その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には,有罪認定を可能とする趣旨である。そして,このことは,直接証拠によって事実認定をすべき場合と,情況証拠によって事実認定をすべき場合とで,何ら異なるところはないというべきである。

(引用終わり)

仁保事件判例より引用。太字強調は筆者。)

 原判決は、さらに進んで、多くの間接事実、補助事実を認定、挙示し、右自白の内容がそれらと符合するが故にその信用性真実性に疑いがないとし、また、犯行を否定する被告人の弁解を排斥しているのであるが、そのうち最も重要なものは、つぎの六つである。すなわち、

 一、被告人が、本件発生の時期の前後にわたり、当時の居住場所である大阪市内のe公園にいなかつた事実、
 二、被告人が、本件発生の日の数日前に、前記b近辺において、二人の知人に姿を見せた事実、
 三、被告人が、本件犯行前数日間徘御した経路として供述した内容には、当時、被告人が、現にそのように行動したのでなければ知りえない情況が含まれている事実、
 四、被告人が、A方の被害品と認められる国防色の上衣を所持していた事実、
 五、犯行現場に遺留されていた藁縄は、F方の農小屋から持ち出されたものであることが、被告人の自供に基づいて判明した事実、
 六、被告人が、本件発生の時期において所持、着用していた地下足袋が、裏底に波形模様のある月星印の十文半もしくは十文七分のものであつた事実、

以上である。

 これらは、それぞれ相互に独立した事実であるが、本件の具体的事情のもとにおいては、そのうち一、ないし五、のいずれのひとつでも、その存在が確実であると認められるならば、それだけで被告人の前記弁解をくつがえし、その自白とあいまつて、本件犯行と被告人との結びつきを肯認するに足り、六、もまた、確実であるならば、被告人の弁解に対する反証として、さらには有罪認定のための資料として、相当の比重をもつということができる反面、一、または六、が確定的に否定された場合には、被告人の嫌疑が消滅するか、または著しく減殺されることもありうるのである。したがつて、これらの事実の存否は、本件事案解明の鍵をなすものであるといわなければならない。そして、もしこれらの事実を積極に認定しようとするならば、その証明は、高度に確実で、合理的な疑いを容れない程度に達していなければならないと解すべきである。けだし、これらの事実は、上述のごとく、被告人と犯行との結びつき、換言すれば被告人の罪責有無について、直接に、少なくとも極めて密接に関連するからである。なおまた、上記一、ないし六、は、おのおの独立した事実であるから、必ずしも相互補完の関係には立たず、そのひとつひとつが確実でないかぎり、これを総合しても、有罪の判断の資料となしえないことはいうまでもない。

(引用終わり)

 本問の場合、「借受申込み時に返却意思がなかった事実」は詐欺罪の欺く行為を構成する犯罪事実そのものなので、当然に「合理的な疑いをいれない程度の立証」が必要です(※2)。「詐欺ではなく単純横領の罪でAを公判請求した理由」の結論を、「借受申込み時に返却意思があったことが認定できるから」とか、「借受申込み時に返却意思がなかったとの推認より、借受申込み時に返却意思があったという推認の方が合理的だから」と書いてしまう答案は、そもそもこの大原則すら理解していないと評価されかねないでしょう。「借受申込み時に返却意思があったとする合理的な疑いを排斥できないから」とするのが適切な解答です。
 ※2 時折、犯人性以外では「合理的な疑いをいれない程度の立証」を要しないとする答案を見かけることがあります。どこかでそのような誤った指導がされているのかもしれません。

参考答案より引用。太字強調は筆者。)

1.本件において、詐欺と単純横領は共罰的事前・事後行為の関係にあるから、申込み時に返却意思があったとする合理的な疑いを排斥できず、欺く行為が認められないときは、軽い単純横領にとどまる(利益原則)。

 (中略)

4.以上のとおり、申込み時に返却意思があったとする合理的な疑いを排斥できないことが、単純横領の罪で公判請求した理由である。

(引用終わり)

 それとの関係で、「安易に断定しない。」ということも重要です。本問では、消極の事実として、フェリーチケットの購入日時・場所、Xとの事前の待ち合わせ場所の2つがあります。

参考答案より引用。太字強調は筆者。)

2.消極的に働く事実

(1)丙島は乙市の西約30kmにある離島であることから、申込み時(令和6年2月3日午後1時頃)において、既に車両用チケットを購入していれば、特段の反対事実がない限り、申込み時に返却意思がなかったと認定できる。しかし、車両用チケットは申込みの翌日に購入されており、そのような認定はできない。
 当初から返却意思がなかったのであれば、乗客用チケットと車両用チケットを同時に購入するのが便宜で自然である。しかし、Aは、乗客用チケットは往路と復路を併せて同月2日午後3時頃インターネットで予約購入したのに、車両用チケットは同月4日午後6時30分頃になって別途丙島フェリー乗り場の窓口で直接購入している。……(略)……。

(2)Xは同月1日のAとの電話で、同月5日の待ち合わせ場所を乙駅構内と約束した事実(同月14日付け検面調書X供述)がある一方で、Aは、同月5日午前10時頃、本件車両を運転して乙市内のX方を直接訪ねた事実がある。……(略)……。

(引用終わり)

 上記の点を指摘する際に、「これらの事実から、借受申込み時に返却意思があったと認められる。」、「これらの事実から、借受申込み時に返却意思があったと推認できる。」、「これらの事実から、借受申込み時に返却意思があったとしか考えられない。」などと一方的に決め付けてしまってはいけません。フェリーチケットに関していえば、「うっかり車両用チケットを買うのを忘れていたことに気付き、慌てて丙島フェリー乗り場の窓口で直接購入した。」とか、「首尾よく騙し取れるか不明だったので、車両用チケットは買わないでおいた。」などの一応の合理的な説明が可能です。待ち合わせ場所についても同様で、「最初から自動車で行くと伝えると、Xに不審がられるおそれがあったので、当初はいつものように電車で行く旨を伝えることにした。」とか、「首尾よく騙し取れるか不明だったので、とりあえず駅構内を待ち合わせ場所にしておいた。」とか、「Xに電話した時は、まだ騙し取るつもりはなかったが、Xに電話をした後に騙し取る意思が生じ、借受申込み時には返却意思はなかった。」などの一応の合理的な説明が可能でしょう。ですから、本問の事実関係からは、「借受申込み時に返却意思があった」とする説明も、「借受申込み時に返却意思がなかった」とする説明も、相応に合理性があるものとして成立し得るのです。このことを刑事事実認定の作法に沿って表現するなら、「借受申込み時に返却意思があったという合理的な疑いがある。」ということになる。上記の消極の事実についていえば、各事実は、「合理的な疑いを生じさせる」ものと表現すべきなのです。

参考答案より引用。太字強調は筆者。)

2.消極的に働く事実

(1)丙島は乙市の西約30kmにある離島であることから、申込み時(令和6年2月3日午後1時頃)において、既に車両用チケットを購入していれば、特段の反対事実がない限り、申込み時に返却意思がなかったと認定できる。しかし、車両用チケットは申込みの翌日に購入されており、そのような認定はできない。
 当初から返却意思がなかったのであれば、乗客用チケットと車両用チケットを同時に購入するのが便宜で自然である。しかし、Aは、乗客用チケットは往路と復路を併せて同月2日午後3時頃インターネットで予約購入したのに、車両用チケットは同月4日午後6時30分頃になって別途丙島フェリー乗り場の窓口で直接購入している。これらの事実は、申込み時に返却意思があったのではないかという合理的な疑いを生じさせる

(2)Xは同月1日のAとの電話で、同月5日の待ち合わせ場所を乙駅構内と約束した事実(同月14日付け検面調書X供述)がある一方で、Aは、同月5日午前10時頃、本件車両を運転して乙市内のX方を直接訪ねた事実がある。当初から返却意思がなかったのであれば、同月1日の電話において、車でX方を直接訪れると約束するのが自然であるから、これらの各事実は、申込み時には返却意思があったのではないかという合理的な疑いを生じさせる

(引用終わり)

 積極の事実についても同様で、安易に「借受申込み時に返却意思がなかったと推認できる。」などと書いてはいけません。借受申込み時に返却意思がなかったと考えて整合するけれども、上記の合理的な疑いを排斥できない、とするのが適切です。

参考答案より引用。太字強調は筆者。)

3.積極的に働く事実

(1)返却期限(同月4日午後5時)を過ぎても本件車両を返却しなかった事実、同日午後6時頃にAがVから現在地等を尋ねられても何も答えず、一方的に電話を切った事実、その後、Vが何度も電話をかけたが、Aが出なかった事実、Aが同日午後6時45分頃に本件車両とともに乙市行きの本件フェリーに乗り込んだ事実、同月5日午後1時頃、VがAに居場所を尋ねたところ、Aが「今、丙島にいる。もう少しで営業所に着く。」と虚偽の応答をして一方的に電話を切り、乙市内の観光を続けた事実、その後Aが一切電話に出なかった事実、申込み時に車種を指定した事実、AがXに「昔から欲しかった車種だった。」と言った事実(同月14日付け検面調書X供述)は、申込み時に返却意思がなかったと考えてよく整合する。
 しかし、上記各事実は、申込み時には返却意思があったが、その後に領得意思を生じたと考えても矛盾しないから、前記1の合理的な疑いを排斥するに足りない

(2)申込み時に返却意思があったのであれば、その旨を弁解するのが自然であるところ、逮捕後のAは、Vから1週間延長してもらった旨の虚偽の弁解をしている。しかし、単純横領も犯罪であり、自らそれを認めることに心理的抵抗があることからすれば、前記1の合理的疑いを排斥するには到底足りない

(3)レンタカー料金の後払いを懇願した事実は、直接には料金支払意思に係るものではあるが、返却意思がない場合には、後払いにすることで料金支払も免れようという動機が生じるから、申込み時に返却意思がなかったと考えて整合する。しかし、後払いを希望する者が車両の返却意思を欠くのが通常であるとは到底いえず、Aの逮捕時の所持金が5万円でレンタカー料金3万円の後払いが可能であったことも併せ考えると、前記1の合理的な疑いを排斥するには到底足りない

(引用終わり)

 以上の点については、予備校等の答案例でも不適切な表現がなされているものが多いので、注意を要します。

4.例年、事実認定問題は非常に出来が悪く、本問でも、そもそも積極・消極の事実を適切に摘示することすらしない答案が相当数にのぼるでしょう。なので、実戦的には、ある程度の事実を指摘した程度でも、上位になってしまうかもしれません。しかし、刑事実務基礎の事実認定問題は毎年のように出題されますし、事実認定の作法は、一度体得してしまえば、なかなか忘れません。ここは大きく差を付けることのできる部分なので、過去問の演習を通じて、考え方、書き方を確立しておきましょう。そうすれば、刑事実務基礎を安定した得点源にすることができるようになります。

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