1.令和元年司法試験の結果が公表されました。合格者数は、1502人でした。昨年は1525人でしたから、23人の減少ですが、際どく「1500人の下限」が守られたことになります。
(「法曹養成制度改革の更なる推進について」(平成27年6月30日法曹養成制度改革推進会議決定)より引用。太字強調は筆者。)
新たに養成し、輩出される法曹の規模は、司法試験合格者数でいえば、質・量ともに豊かな法曹を養成するために導入された現行の法曹養成制度の下でこれまで直近でも1,800人程度の有為な人材が輩出されてきた現状を踏まえ、当面、これより規模が縮小するとしても、1,500人程度は輩出されるよう、必要な取組を進め、更にはこれにとどまることなく、関係者各々が最善を尽くし、社会の法的需要に応えるために、今後もより多くの質の高い法曹が輩出され、活躍する状況になることを目指すべきである。
(引用終わり)
それにしても、1502人というのは、あまりにもぎりぎりです。このような数字をみると、「これは考査委員が、『来年は1500人を割り込みますよ。』とメッセージを送るために、敢えてぎりぎりの数字にしたのだ。」とか、「ここまでぎりぎりの数字になれば、来年は1500人を割り込むのが確実だ。」などというようなことを言う人が出てきそうです。実際のところは、どうなのでしょうか。
2.以下は、これまでの合格者数の推移です。なお、昨年以前の年の記載は、平成の元号によります。
年 | 合格者数 |
18 | 1009 |
19 | 1851 |
20 | 2065 |
21 | 2043 |
22 | 2074 |
23 | 2063 |
24 | 2102 |
25 | 2049 |
26 | 1810 |
27 | 1850 |
28 | 1583 |
29 | 1543 |
30 | 1525 |
令和 元 |
1502 |
平成20年から平成25年までは、平成24年の例外を除き、すべて「2000人基準」、すなわち、5点刻みで最初に2000人を超える得点を合格点とする、というルールによって、説明できました(「平成26年司法試験の結果について(1)」。平成24年は、「2100人基準」で説明できました。)。
そして、平成26年及び平成27年は、「1800人基準」、すなわち、5点刻みで最初に1800人を超える得点を合格点とする、というルールによって、説明できたのです(「平成27年司法試験の結果について(1)」)。
このように、平成20年から平成27年まで、一貫して、「〇〇人基準」というルールで説明できていました。ところが、平成28年は、1500人強の合格者数だったにもかかわらず、「1500人基準」では説明できない合格者数だったのです(「平成28年司法試験の結果について(1)」)。この年は、何らかの理由で、イレギュラーな合格者数の決まり方になっていたのでしょう。その年のイレギュラーな要因としては、例の漏洩問題の影響で法科大学院の教員が考査委員から外され、実務家が考査委員の多数を占めていたということがありました。当時、弁護士会は、合格者数の大幅な減少を主張していました(「平成30年司法試験の出願者数について(2)」)。また、元々、実務家考査委員というのは、合格点を下げて合格者数を増やすことには消極的だったのです。
(司法制度改革審議会集中審議(第1日)議事録より引用。太字強調は筆者。)
藤田耕三(元広島高裁長官)委員 大分前ですけれども、私も司法試験の考査委員をしたことがあるんですが、及落判定会議で議論をしますと、1点、2点下げるとかなり数は増えるんですが、いつも学者の試験委員の方が下げることを主張され、実務家の司法研修所の教官などが下げるのに反対するという図式で毎年同じことをやっていたんです。学者の方は1点、2点下げたところで大したレベルの違いはないとおっしゃる。研修所の方は、無理して下げた期は後々随分手を焼いて大変だったということなんです。 そういう意味で学者が学生を見る目と、実務家が見る目とちょっと違うかなという気もするんです。
(引用終わり)
そして、平成29年は、「1500人基準」で説明できる合格者数だったのですが、短答の合格率と論文の合格率のバランスが崩れていたことから、当初は1500人強を受からせるつもりはなかったのではないか、短答段階ではもっと少ない合格者数にするはずだったのに、論文合格判定の段階で異論が出て、急遽1500人強になったのではないか、と思わせるような数字だったのでした(「平成29年司法試験の結果について(1)」)。この年は、考査委員に法科大学院教員が戻ってきた年でした(「平成30年司法試験の出願者数について(2)」)。
このように、平成28年は「1500人基準」によらなかったという点で、平成29年は短答と論文の合格率のバランスが崩れていたという点で、それぞれ何らかのイレギュラーな要因があったのだろう、ということが伺われる結果だったのです。
これに対し、昨年は、「1500人基準」で説明ができただけでなく、短答と論文の合格率のバランスも、均衡が取れていたのでした(「平成30年司法試験の結果について(1)」)。
3.さて、以上を踏まえた上で、今年の結果はどうだったのか、みてみましょう。まず、「1500人基準」で説明できるかどうかです。以下は、今年の合格点である810点前後の人員分布です。
得点 | 累計人員 |
800 | 1599 |
805 | 1546 |
810 | 1502 |
815 | 1451 |
820 | 1399 |
5点刻みで、最初に1500人を超える得点が合格点となっていることがわかります。今年も、昨年と同様に、「1500人基準」で説明できることがわかりました。1500人の下限ぎりぎりだったのは、たまたま偶然そうだった、という、それだけのことです。
では、短答と論文の合格率のバランスは、どうか。以下は、直近5年の短答、論文の合格率の推移です。短答は受験者ベース、論文は短答合格者ベースの数字を示しています。
年 | 短答 合格率 |
論文 合格率 |
平成 27 |
66.2% | 34.8% |
平成 28 |
66.9% | 34.2% |
平成 29 |
65.9% | 39.1% |
平成 30 |
70.0% | 41.5% |
令和 元 |
73.6% | 45.6% |
当サイトでは、今年の出願者数が公表された段階で、いくつかの場合を想定したシミュレーションを行っていました(「平成31年司法試験の出願者数について(2)」)。その際、論文合格者数1500人が維持された場合にバランスのよい数字として、以下のような組み合わせを想定していたのでした。
(「平成31年司法試験の出願者数について(2)」より引用)
短答合格者数:3291人
短答合格率(対受験者):75.0%
論文合格者数:1500人
論文合格率(対短答):45.5%
論文合格率(対受験者):34.1%
これなら、短答と論文のバランスがよさそうです。そのことからすれば、論文合格者数を1500人にするなら、この辺りの数字に落ち着きそうな感じがします。
(引用終わり)
実際には、短答合格率が73.6%、論文合格率が45.6%で、上記と非常に近い数字になりました。今年の結果は、昨年同様、短答と論文の合格率のバランスもよいことが確認できました。
4.以上のことから、今年の結果は、昨年同様、考査委員が当初から1500人基準による合格者数を想定し、そのとおりの結果となった。そう考えて違和感がありません。「これは考査委員が、『来年は1500人を割り込みますよ。』とメッセージを送るために、敢えてぎりぎりの数字にしたのだ。」とか、「ここまでぎりぎりの数字になれば、来年は1500人を割り込むのが確実だ。」などという説明がされたとすれば、それは適切でないといえるでしょう。